剣姫ショッピング
アオイたちは【テンペスト】によってみんな仲良く死に戻りした。
それから少し話して解散……するところだったのだが、アオイはサキに「んな服で出歩く気か」と怒られてしまった。
アオイの服は何の変哲もないただの服だ。それの何が問題かと言うと――アオイはダンジョンに潜る際に『着替えていない』ということだ。
つまり着替えを持っていない。
『死に戻り』する際に細切れになったアオイは貫頭衣じみた服を着させられた状態で排出された。
これは他の者たちも同じだ。『死に戻り』に何のリスクもないなんてことはない。
装備や持ち物すべてが失われるなんてことはないものの、何の対策もしていないならばロストするものと考えて間違いない。
こうなる可能性は承知の上だったのだろう。アオイ以外の者たちは動揺したような様子はなかったが、アオイは違った。そもそもアオイは『死に戻り』の経験がほとんどない。完全にロストのことを忘れていた。
さらにアオイは着の身着のままでダンジョンに潜っている。女子更衣室に入るのが憚られるというのもあるが……本来、探索者は探索用の装備に着替えてからダンジョンに潜るものである。アオイのように外で歩く格好のままダンジョンに潜るなんてマネはしない。
それだからアオイには『着替え』もなかった。ついでに言うならお金もない。貫頭衣のまま帰るしかないのである。
そうして帰ろうとしたところでひょいと猫のように首根っこを掴まれてしまった。
「いやー、ボク、着替えとか持ってなくて」
「じゃあ買え。ダンジョンショップに置いてんのは探索用だが、探索用でも服は服だろ」
「お金もないんだよねー」
「……テメェなぁ」
そんな話をしていたところ「お金の話!?」とスパチャのお姉さんがにゅっと顔を出してきた。
事情を話すと彼女は愕然として震える腕で財布を差し出してきた。「い、今はこれだけしか……でもちょっと待っててくれたら通帳持ってきて預金全額引き出してくるしだから待っててほしいって言うか」などと供述するので返した。そこまではいらない。
「で、でも……ウチの【テンペスト】のせいだし」
「それを言うならサキさんに斬られた時点でだし」
「……はぁ。とりあえずアタシの服でも着とけ。そんで約束を果たす」
「約束?」アオイは首を傾げた。なんだっけ。
「服を買ってやるって話だよ」
あー。そんなことも話したなーとアオイは思った。完全に忘れていた。なんでも忘れ過ぎである。恐らく頭のどこかに穴が空いている。
「おねーさんも来ます?」
「えっ……い、いや、ウチとしてはめちゃくちゃ光栄だけど推しと直接関わり過ぎるのは個人的な信条的にチョット問題って言うかおこがましすぎると言うか厚かまし過ぎると言うか解釈違いって言うか推しとの距離が近すぎるのは問題だしウチが他のファンなら羨ましすぎて正直嫌な気持ちになっちゃいそうだしだから」
「えー? ボクなら絶対行くけどなぁ。もし行かなかったら後悔するって思わない? せっかくのチャンスをふいにしたー、って」
「す、する……と思う、けどぉ……」
自己中心的な考え方のアオイがあっけらかんと言ってみせるのにスパチャの女性がもごもごと口籠る。
何を優先するかの違いだ。あるいはどちらも自分を優先しているのかもしれないが――アオイはより卑近な欲望を優先している。
そして同時にアオイの方がより将来的なことを考えてもいる。
『その場の欲』を優先しなかったことをずっと後悔する可能性があるのなら、と。
もちろん、どちらが正しいと言うわけではない。
が、この場にはもう一人居る。
「面倒くせぇな……好きなら付いて来ればいいだろうが」
「ひぇっ……け、剣姫まで……う、ウチ、死ぬのか……? 今日、死ぬ……? 死因、幸福……?」
ということでスパチャのお姉さんもいっしょに来ることになった。それまではサキの服を借りる。
明らかにサイズが合わないと思ったものの、サキの言う服とは探索用の服のことであり――自動でサイズを合わせてくれる謎機能が付いている服だ。
必ずしもそんな機能が付いている服ばかりではないものの、そういった服をサキは見繕ってくれた。
「おおー……サキさん、こういう服も着るんだ? ちょっと意外かも」
サキから渡された服は白のワンピースだった。シンプルながら、だからこそ着るのに勇気を要する服だ。
サキが着ても似合うとは思う。『姫』なんて呼ばれているだけあって顔立ち自体はかわいい方向もあるサキだ。絶対似合う。
だが、サキの印象とは異なる。肉食獣じみた雰囲気をまとう彼女がこういった服を着るイメージはない。実際、今だってパンツルックの装いだ。動きやすさを優先している。
「アタシは着ねぇよ。だが、ダンジョン産の装備は外見を選べねぇからな……」
「あー、それはあるよね。ボク的にはそれ口実に色んな服着れて良さそうだなーって思うけど」
「アオイちゃんはどんな服着ても絶対似合うし口実とか要らないと思うしもしそんなこと言うならウチが切り刻むけどアオイちゃんがダンジョン産のコスプレ衣装着るのは正直かなり楽しみだし見たいって言うか」
「ねー。ボク絶対似合うよねー」
「……テメェら変な噛み合い方してんな」
サキが嘆息する。そんなサキにアオイは、
「えー? でもボクだよ? 絶対似合うとは思わない?」
「似合うだろうな」
「でしょ? ……サキさんも方向性は違うけどオシャレさんだし、ちょっと意見欲しいかも」
「……『剣姫』ルックのアオイちゃんか。いいかも」
「アタシとしてはアオイはガーリーな方向が似合うと思うが」
「ちょっと大人っぽいのも似合うでしょ! たぶん! 髪型もいじったりしてさ〜」
アオイはサキのような装いになった自分の姿を想像する。うん……良さそう! 隣で同じものを想像していたスパチャのお姉さんがにへらとだらしない笑みを見せる。ちょっと気持ち悪い。
「……おねーさん、ボクのことちょっと好き過ぎじゃない?」
「あっあっアオイちゃんにそういう目で見られるとか申し訳ないし死にたくなるけどゾクゾクするところもあってウチ変な趣味に目覚めそうかも」
「テメェは最初から変だろ」
「でもボクそれくらいの美少女だからな……美しさって、罪?」
「……アタシも変人呼ばわりされることは多々あるが、絶対にテメェらほどじゃあないな」
失礼な。初対面でいきなり『喧嘩しようぜ』とか言い出す戦闘狂より変人なわけがないだろう。
変人と言うよりは危険人物かもしれない。
「エアリエル。テメェは知り合いの仕立て屋は居るか?」
「テーラーの友達なら……あ、アオイちゃんのスーツとか良いかも……ぇへ……」
「服飾系のスキル持ちは需要もあって成り手も多いが……腕の立つヤツは引っ張りだこだからな。子飼いのを抱えてるクランもあるが【夜明け】の傘下くらいでもない限り専門クランのヤツらには及ばないだろ」
だから、頼むなら早い方がいいし、コネがあるならなおさら良い。
そういう話だったようだが――アオイとしては。
「うん? ……何の話? 服を買いに行くんじゃ」
「ああ。だから、服を買いに行くんだよ」
当たり前のようにサキが言った。うん? アオイは首を傾げる。
なんか食い違ってる気がする。
*
「アナタがウワサのアオイ嬢ですかぁ〜! エアがご執心ですからね! ワタシも話には聞いていましたが……Amazing! ホントにめちゃくちゃキュートじゃないですかぁ! う〜ん、創作意欲が刺激されますねぇ〜! エア、余ってる素材とかナイですか? Oops、そこにオワスはサキイズミ? アナタのドレスは同業の領分を侵してしまいそうなので諦めますが……Hm……アナタもアオイ嬢の服が目当てで? Oh、それはそれは! であれば、アナタにも素材を提供していただければ……お代はケッコウです! アオイ嬢みたいな美少女が着てくれるというだけで最高の宣伝になりますからねぇ! ワタシがスポンサーになりたいくらいですよぉ!」
なんかめっちゃクセ強い仕立て屋さんのところに連れて行かれた。
スパチャのお姉さんの知り合いらしいが……とりあえず、同類相求むということかもしれない。




