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金欠

「お金がない」



 自分の着せ替えショーを楽しみに楽しんだアオイはそう思った。


 美少女になってから一週間、ずっと自分の着せ替えで遊んでいた。

 その間、一度たりとも外出していない。ずっと『この服がいいかな〜、それともこの服? う〜ん、どっちもボクに似合いそう……いいや、買っちゃえ!』ってしてた。

 下着も選んだ。かわいい下着を履くとテンション上がるってこういうことなんだな〜と思った。それはそれとしてエロい下着も買った。封印した。裸よりエロいもん。危険すぎます。


 女の人がファッションを好むわけだ。ひらひらと姿見の前でスカートをはためかせながらアオイは思う。

 ただ、化粧に関してだけは挫折してしまった。素顔が良すぎる。技術があれば違った魅力も引き出せるのかもしれないが……今のアオイではすっぴんの魅力を損なうことしかできない。


 そうしてアオイは『次はどんな服を買おっかな〜』と思って通販サイトの商品をポチッた。


 クレジットカードの利用上限に引っかかった。



「………………あ」



 そこで初めてアオイは現状を理解した。


 金がない。


 収入の目処も立っていないのに、金がなかった。



「……」



 備蓄の食料を探したがなかった。ここ一週間、一度も外に出ていない。

 もともと出不精であるアオイだから『外に出るための服が決まるまでは〜』と先延ばしにしてしまっていた。


 つまりは。



「ヤバいかもしれない」



 かもではなくヤバかった。




      *




 お金を稼がなければいけない。


 アオイは探索者だ。世界各地に出現したダンジョンを探索し、ドロップ品を換金することによって収入を得ている。


 十年前、世界各地に突如ダンジョンが発生した。

 その内部は明らかに物理法則に反した空間が広がっており、現実には存在しないような『モンスター』が生息していた。


 そのモンスターは人間に敵対的であり、遭遇すると十中八九襲ってきた。ダンジョン発生当時、すぐに各国政府は事態対処に動いたが……その前に、アメリカ在住のとある一般人がモンスターを銃撃した。


 そのモンスターは角が生えたウサギのような見た目をしており、今では『ホーンラビット』と呼ばれるモンスターだった。

 ホーンラビットは銃撃を受けて当然のごとく死んだ。ただ、死体がいつまでも残ることはなかった。いくつもの光の粒に変化し――ダンジョンに『還元』された。残されたものは、ホーンラビットの角と宝石のように光る小さな石だけ。

 その一連の映像はすべて撮影されていた。


 投稿された映像は瞬く間に世界中に拡散され――最初はフェイクだと疑っていた声も、似たような映像が増えていくにつれて消えていった。


 誰もが思った――ゲームやんけ! と。


 その異空間が『ダンジョン』と呼ばれるようになったのもゲームからである。

 と言うか出現するモンスターがまんまゲームのモンスターなのだ。スライムとかゴブリンとか居るし。


 もちろん、警戒する声はあった。当たり前だ。こんな物理法則に反した異常、何が起こるかわからない。ゲームに似ているということは危険もあるということだ。


 各国政府はダンジョンの立ち入り禁止を発表した。それは当たり前の措置だったが……問題もあった。


 明らかにゲームに出てくるような『ダンジョン』なんて場所だ。各国政府がいくら発表していようと禁じていようと罰則を設けていようと、そこに入ろうと思う人間をゼロにすることはできなかった。


 ダンジョン発生当時の話だ。まだ存在が把握されていないダンジョンも数多く存在していた。ダンジョンに侵入し、モンスターを倒し……フランス在住の男性、ラファエル・ユーゴー。当時十九歳。

 彼がとある動画を投稿したことを皮切りに、世界中の人々がダンジョンに殺到した。


 ラファエルは人気の動画投稿者であり、彼は何度もダンジョンに潜ってモンスターと戦っていた。


 そして、ダンジョンから出て――ゲームと同じなら、と自分の身体能力に変化があるかどうかを計測した。


 結果、彼の身体能力は様々な世界記録に届きかねないほどにまで向上していることが判明した。


 ゲームで言う『レベルアップ』の存在……そして、それだけではなく。



「いいか、みんな。今から見せるものはCGじゃない。現実だ。ぼくの頭がおかしくなっている可能性はあるけれど――意識すると『ポイント』を振れるようになったんだ」


「ポイントって言うのは、つまり……ゲームでよくあるだろう? レベルアップしたら、ステータスに自由に振れるポイントがあったり……選んだスキルを取得するようになるポイントが」


「そのボードが、ぼくの頭の中にある」


「そして、これがぼくの取得した『スキル』――最初に取得するなら、やっぱりこれだろ?」



「『Fiat lux』(光あれ)」



 その瞬間、ラファエルの眼前に光の球が浮かび上がった。


 ――魔法の存在。


 それを知った者たちがダンジョンに押しかけるのは無理もなかった。様々な事件、事故も起こったが……それでも、人々はダンジョンを欲した。


 各国政府はダンジョンの段階的な開放を決定した。

 禁止しても必ず抜け道を探して侵入する。であれば、せめて管理するべきだ。


 国家の枠を越えて『ダンジョン管理局』が設立され、各地のダンジョンは管理されるようになった。


 モンスターが落とす光る石――魔石が資源転用できる可能性を見出されてからは『ゲームのような世界を現実で体験できる』ということ以外の価値も生まれた。人はパンのみに生きるにあらず。とは言えパンがなければ生きてはいけない。『やりがい』も大事だが食わねば生きてはいけないのだ。


 ダンジョン探索は『趣味』ではなく『仕事』になった。世界各国でも軍によるダンジョン攻略に以前よりも力を入れるようになった。

 スキル【鑑定】によりダンジョン内で手に入れる品がどんなものかわかったことも大きい。


 職業『探索者』。言うまでもなく過酷な職業であり、命の危険がないわけではない。


 それでも人々がダンジョンに潜るのは、それ以上に人々が求めるものがあるからだろう。



 アオイの場合は単に探索者だったら楽して生きていけるかな〜と思ったからであり、夢も希望も特にない。


 美少女になったのもダンジョンの何かしらが原因なんじゃないかと思うが、ダンジョンなんてものが実在している時点で何が起こっても仕方ないだろう。


 とにかく、ダンジョンに潜らなければいけない。


 アオイのホームは渋谷ダンジョン。渋谷駅から徒歩三分、とあるビル内に『発生』したダンジョンであり、地下はすべてダンジョンに変容した。ちなみに一階より上は通常営業。ダンジョン関連の商業施設である。人はたくましい。


 今回も向かうのであれば渋谷だ。ただ……この姿で入れるかという疑問もある。


 ダンジョンはダンジョン管理局によって管理されており、その入退出にはダンジョンカードが必要だ。

 日本においてダンジョンカードの発行は義務教育を終えたすべての国民に許可されているが……自分はどうなのだろうか。

 そもそも戸籍も何もない。自分がダンジョンカードを発行したのは高校生のときだったが……確か、住民票とかの提出を求められたような気がする。


 ただ、入退出は駅の自動改札のようにダンジョンカードをタッチするだけだ。渋谷の探索者人口は多い。割とザルな気もする。ザルだったらいいなぁ。


 そうと決まれば渋谷に行こう。


 となれば――



「最高にかわいい格好、しちゃいますか!」



 言うまでもなく、探索者は命の危険を伴う職業である。


 ダンジョンにはモンスターが生息しており、それらは人間を襲ってくる。


 動きにくい服装など言語道断。しかし、アオイの頭にそのような常識が残されているかと言えば。


 もちろん、欠片も残っていなかった。


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