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卑怯

「ってことで、今日は応募してくれたみなさんで『かんたん護身術』配信をしていこうと思います!」



 渋谷ダンジョン第十層。ボスが待ち構える門の前でアオイは配信を始めていた。

 アオイが配信で行っている『非探索者向けの護身術講座』は探索者を相手とすることも想定したものだったが、これまではゴブリンなどのダンジョンに出現するMOBしか相手としたことはなかった。アオイには探索者のツテなどなかったのだ。そういうわけでアオイは自分の動画に出演してくれる探索者を募集した。そして応募してくれた人たちが――今、同じく『門』の前に集まっている。


 その数は合計で四人。男二人に女二人。アオイの想定とは違って女性からの応募もあったのだ。探索者であれば性差なんてほとんどないようなものではあるが、戦闘職――それも近接格闘を得手とするのはさすがに男性のほうが多い。いくら位階による『補正』があるとは言っても素の身体能力が高いに越したことはないからだ。



「そういうわけで、まずは自己紹介からお願いしようかな。実はボクもぜんぜん知らないからね。打ち合わせとかなんもしてないし。メンドかったから」



:コラボするならさすがに打ち合わせくらいしろ

:ぶっつけ本番すぎる

:迷惑じゃん



「でもボクのそういうところわかってて応募してくれたんじゃん? だからいーの!」



:それは……まあ……

:アオイだしなぁ……

:遅刻かまさなかっただけえらい



「肯定されるとそれはそれでちょっとムカつくなぁ……あと遅刻はさすがにしないって。ボクがいちばん遅かったけど」



:遅刻みたいなもんじゃん



「遅刻じゃないですー。二十秒くらい前ですー」



:五分前ですらないのか……

:それはもう遅刻だろ

:集合場所ダンジョンにするから……



「えー? だってここまで来るのにいっしょに潜るー、とかしても……ねぇ?」



 空気がキツそうだ。それに、配信としてあまり面白くなくなってしまう。動画の趣旨にも反する恐れが出てくるし。



:アオイぼっちだもんな

:あー……内弁慶なところありそうだよな

:外では気弱なアオイ……? アリだな



「し、失礼な……! と、と言うか、キミたちにいつまでもかまってられないんだけど! 今日はせっかくきてくれた探索者さんたち優先だから!」



 ってことで、自己紹介どうぞ! 投げやりにアオイが渡したバトンだったが、受け取ってくれた探索者がいた。配信くんがその探索者の姿を映す。


 そこに居たのは一人の精悍な男だった。彫りの深い顔に薄い色の肌。大柄な体格に相応の筋肉の鎧をまとっており――明らかに『一般人』の風格ではなかった。



「エドワードだ。今日は雇い主からの命令でここに来た。まさかこんな華麗なお嬢さんが相手だとは思わなかったが……お手柔らかにお願いするよ」


「華麗なお嬢さん……!」



 アオイのテンションが見るからに上がった。華麗なお嬢さんだってー! と配信くんに向かって笑いかけるが、チャット欄はまったく別の話題に向かっていた。



:エドワード・カーターか……!

:サンフランシスコの? どうしてここに

:雇い主ってことは……また大物に目をつけられたな



「あ、有名人なんだ。エドワードさん」



 想定外の盛り上がりにアオイはぱちくりと目を瞬かせる。もちろんアオイは何も知らない。アオイは探索者だが探索者のことなんて何も知らないのだ。



「ははは、君は知らなかったようだけどね? レディ。もっとも、有名人ってほどじゃあないさ。あっちではそこそこだけど日本では知ってる人のほうが珍しいくらいだと思うよ。君のファンはどうやら物知りが多いようだ」


「あー……まあ、外国の芸能人とかでもよっぽどのスターじゃないとわからないもんねぇ。探索者も同じようなものかー」



 エドワード・カーター。サンフランシスコをホームに『していた』探索者だ。現在はトップ探索者とは言えないが、数年前までは第一線で活躍していた探索者である。

 もちろんアオイはそんなことは知らなかった。が、エドワードが口にした通りそれは珍しいことではない。アオイの視聴者層がおかしいだけだ。


 そして日本人の青年と女性も自己紹介した。彼らに対しては特に大きな反応もなく平穏に終わった。有名人なんてそうそう居るものではない。ただ、アオイはその身のこなしから彼らが決して只者ではないことを見抜いていた。

 探索者の大多数は決して『有名人』ではない。民間の探索者でもそうだが、軍属の探索者でもそうだ。軍属の探索者と民間の探索者では最高到達層が大きく異なる。名前を知られていない軍属の探索者が民間の探索者の『上澄み』よりも位階が高いことなんて当たり前だ。アオイの配信の視聴者たちだってそのほとんどは『無名の探索者』だ。



「アオイちゃんはマジでめちゃくちゃかわいいんだし知られたら絶対バズると思うんだけど正直ウチらだけのアオイちゃんにしたい気持ちはあるし変に有名になっちゃうと絶対寂しい気持ちにはなると思うんだけどアオイちゃんの目的を考えると有名になるべきだってことはわかってるんだけどそれはやっぱり複雑と言うかウチらで支えられたらいいんだけどやっぱり限界はあるし重いかもだけど正直養えって言うならぜんぜん養うし元気なところを見せてくれたらそれだけでいいって言うかでもそのためには収益化通らなくちゃいけないんだけどそれは現状難しそうだからここでリアルスパチャ渡していいですか!?」



 ただ、無名だからと言って癖がないわけじゃない。人それぞれに癖がある。財布を取り出そうとした女性探索者に男性探索者が「それはさすがに絵面がヤバい」と言って取り押さえた。どういうことなの。アオイは引いた。あと直接お金を渡されるのはさすがに……ちょっと。



「んで、最後にアタシだな」



 そして、最後のひとり。

 彼女の姿を配信くんが映した瞬間、チャット欄が動揺に震えた。



:え

:マジか

:いや、まあ……フレイヤが来る可能性もあったんだし、同格のヤツが来てもおかしくはないはずなんだが

:『剣姫』和泉サキ

:『迷い道』のわがまま姫が配信に映ることを許すとはな……



「和泉サキだ。アオイ――テメェと戦ってみたかったから応募した。喧嘩、やろうぜ」



 黒髪に燃えるような赤が混じった長髪。整った容姿を獰猛な笑みで歪めて、彼女はアオイを見つめていた。



「……この人、趣旨わかってる?」



 この配信はあくまでも『非探索者でもできる! かんたん護身術!』である。喧嘩をしようというわけではない。


 もちろん、アオイはサキのことも知らなかった。ので、自分より知っていそうな視聴者に向かって問いかける。

 答えは以下の通り。



:たぶんわかってないよ

:戦いたいだけなんじゃないかな

:好きなアニメの脳筋バトルジャンキーキャラを思い浮かべてほしい。それと同じような思考回路をしているのが目の前の女です



「えぇ……」


 アオイはドン引きした。ダンジョンがなかったら社会不適合者じゃん……。


 ダンジョンがあっても割りと社会不適合者である。




      *



 探索者同士の模擬戦は娯楽として楽しまれることも少なくない。


 だが、いくらヒールなどの回復魔法があったとしても、どうしても危険は取り除けない。意図的な事故が起こる可能性もある。模擬戦とは言え戦う相手に全幅の信頼を寄せられないし――寄せてはいけない。当たり前のことだ。


 それだから、探索者同士の模擬戦、決闘は『ボス部屋』にて行われる。



「おー……瞬殺だねぇ」



 ダンジョンの十層ごとに存在する『階層主戦』では『死んでも死なない』。万が一死んだとしてもダンジョンの外にある門から排出される。

 これは階層主を討伐した後であっても適用される。ボス部屋は独立した異空間だ。長時間占拠したところで問題はない。探索者同士の決闘、模擬戦だけではなく死の危険性が高い訓練などでも利用されることは多い。


 ちなみに『誰がそんなこと最初に試した』かと言えば『内輪もめ』の結果である。ボスを倒した後にドロップ品の配当で揉めたパーティーが殺し合いをした。また、独立した異空間であることから殺人がバレる危険性も薄い。そういうわけで蘇生措置もせずに処分した――かと思ったらその殺された探索者は階層主戦で死んだ者たちと同じようにダンジョンから排出されていた、というわけだ。

 そんな事件があったものの、じゃあ死んでもいいようなことも試せるねとなった――わけはもちろんなかった。配信していたわけでもない。嘘を判別するスキルによってその探索者が嘘をついていないことはわかっていたものの、だからと言ってそう簡単に信じて投げ出すには『命』というものは取り返しがつかないにもほどがある。


 そういうわけで『死んでも死なない探索者』に白羽の矢が立った。ユニークスキル【不死鳥の卵】を保持する探索者、終里伊織。

 彼は階層主戦で階層主をブッ殺した後、自殺した。しかし彼がその場で復活することはなく、階層主戦で死んだときのようにダンジョンから排出された。【不死鳥の卵】を保持する終里は『死んでも死なない』。死んだとしても炎とともに復活する。だが、階層主戦でだけはその『復活』が成立しない。復活する前に『死亡判定』があるのか、ダンジョンから排出されるようになっていた。

 つまり、ボス部屋で『死んでもダンジョンから排出されるだけ』なことは階層主戦を突破した後でも適用されることが証明された。

 ……もっとも、それでも試そうと思う者はなかなか出なかったのだが、それは『階層主戦』のシステムが判明した当初も起こったことだ。いくら『死んでも死なない』と言われても万が一があるかもしれない。生死が懸かっているのだから警戒するに越したことはない。死の恐怖は容易に乗り越えられるものではない。


 探索者はそれを乗り越えられる異常者にしかなれない。



「グレートボア……一回しか斬ったことなかったが、こんなにヤワかったか?」



 渋谷ダンジョン第十層の階層主、グレートボアを一刀のもとに斬り伏せたのは『剣姫』和泉サキ。



:位階が高いからってグレートボアって一撃で倒せるもんだっけ

:雑魚だけど体力だけはかなりあるからなぁ

:スキル使ったらまあ……

:初心者にとっての関門だからな フツーに戦ったら決定打がなくて日が暮れる

:五人全員魔法系の戦闘職でMPの許す限り全弾命中させてもニュービーのMPなら足りないだろうからな~

:性格悪い調整してるよな 魔法だけに頼ってたら詰むって言う

:でも魔法ナシだとホントにいつまでかかるんだって感じだったからなぁ……



 それを見た視聴者たちが雑談を始める。

 グレートボアは『単純』な階層主だ。奇抜な攻撃方法などしないし初見殺しのようなギミックもない。ただただ『デカくてタフ』な階層主。求められているものは『持久力』であり『精神力』だ。単純とは言っても直撃すれば初心者では耐え難い攻撃の中、ちまちまと膨大な体力を削り続ける作業ができるか。そういったことが求められる。

 それだから渋谷出身の探索者はグレートボアに対して『面倒くさい』という印象を強く持っている。決して強くはないが面倒くさいMOBだ、と。

 

 初心者では使えないだろう圧倒的な攻撃力を誇るスキルを持っていたり、あるいは高価な――常人では決して手が届かないほどの――武器を持っていたり、はたまた無尽蔵のMPを持っていたり……そういったことがあるならば『面倒くさい』なんて思うことなく倒せるのかもしれないが、もちろん、そんな例は滅多にない。


 例えばアオイ。彼女はグレートボアを投げることならできるだろうが、それだけでグレートボアが倒せるかと言えば倒せないだろう。投げ続ければ消耗させることはできるかもしれないが死にはしない。


 いや、端的に――正直に言えば、だ。


『持久力』や『精神力』といった言葉はアオイからもっとも離れた言葉である。


 そんな彼女がグレートボアを倒すことができるわけがない。


 ……ない、のだが。



「これでボクも第十一層以降に行けちゃうなー」



 ダンジョンの十層ごとに出現する『階層主の間』には階層主に挑むための門がある。しかし、探索者はダンジョンに潜るたび、十層ごとに『死に戻り』前提の難易度の階層主戦を突破しなければいけないのか、と言えばそうではない。

 一度でも階層主を倒したならば階層主に挑むための門ではなく、階層主戦を『スキップ』するための門が出てくる。

 再戦することもできるが、階層主戦は一度でも勝てば『力を示した』と見なされて階層主戦を経ずに階層を通り抜ける許可が下りる。


 つまり、アオイはこれで第十層の階層主戦を『突破した』判定になる。



:えぇ……

:それが狙い?

:探索者の風上にも置けないクズ……



 アオイのつぶやきを配信くんが逃すことはなく、きっちりと視聴者に詰められた。


 最初からそういうつもりだったわけではないけれど、正直ラッキーだとは思っている。


 楽ができるなら楽をしたい。それがアオイの信条だから――

 


お読みいただきありがとうございます~!

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