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周回遅れ

「青春ってまぶしいよね」



 渋谷ダンジョン第七層、ストーンゴーレムの核を踏み砕いたアオイがしみじみと語った。



:ストーンゴーレムも人形だけどここまで圧倒するか

:十層までだとだいぶ厄介なMOBのはずなんだが

:動きは遅いけど硬いからなぁ

:アオイ「投げれば硬さは問題ないから」

:まず普通の人間は投げられないんですがそれは



 視聴者のコメントが流れる。自分の話を完全に無視されたアオイはむっと下唇を上げ、



「ねーぇ? 聞いてる? ボクを無視しないでよー」



:俺らに青春の話なんてするな

:ストーンゴーレムをいともたやすく屠るアオイが悪い

:へへ……青春なんて……忘れちまったぜ……

:また髪の話してる……

:誰の頭がまぶしいって?



「あっ……そうだったね。キミたちに青春なんてなかったか……まあ、ボクもなかったから仲間ってことで!」



 からからとアオイが笑う。実際、自分にも青春なんてものはなかった。友人すら居なかったのだ。青春なんてあるはずがない。

 だからこそ青春を前にするとまぶしく感じてしまうというのもある。アオイが目にした青春とは何かと言えば、もちろん勇斗と梓のことだ。


 現役高校生で同じパーティーの探索者で男女ふたりきりで……もう、青春じゃん。青春でしかない。第十層を突破した祝勝会と言っていたから、次は第十一層以降になるんだろう。心配だが勇斗なら、そしてギフテッドの梓であれば問題ないだろう。

 現状では第二十層はまだ突破できないだろうが、そこまでならトントン拍子に行ってもおかしくはない。将来有望で青春してる探索者……ま、まぶしすぎる。



「でも、青春してる子たちを見ると『かわいい』とも思うようになっちゃったんだよねぇ。トシかな?」



:何歳だよ

:アオイも若いだろうがよ

:お前に若いって言われたら俺たちはなんだよ



「え? おじさん?」



:はっきり言うな



 えー、とアオイは楽しそうに笑う。実際のところ、自分の配信を見ている人がどういう人なのかはわからない。これだけの美少女なのだから本来であれば老若男女問わず見られていてもおかしくないのだが……現在の視聴者数を考えるに、老若男女とはいかないだろう。

 ただ、視聴者数自体はあまり減少することもない。多少の推移こそあれど――そして視聴者数が多いとは言えないアオイにとってはその『多少』も十分に大きな数字なのだが――安定している。


 アオイには配信に関する知識がない。物事を浅く軽く考える彼女は『美少女なんだしもっと視聴者増えてがっぽがっぽ稼げてもおかしくないのになー』などと考えている。実際、彼女の容姿を考えればそれはあながち的外れな考えというわけではないのだが――はっきりと言うのであれば、アオイの視聴者数は絶対的に『少ない』と断じることができるものではない。

 チャンネル登録者数に増減がないにも関わらず、視聴者数の減少が起こらず安定している。それが異常なことであるという認識がアオイにはない。

 ダンジョン配信者の数は多い。しかし、そもそも――『配信者』とはダンジョン配信をしている者たちだけを指す言葉ではない。ダンジョン配信者がダンジョン配信以外の配信を行うことも珍しいことではない。

 視聴者の母数は限られている。リソースは無限ではない。どうしてもパイの奪い合いになってしまうものだ。複数の配信を同時に見るということもないことではないが、決して多いことではない。


 アオイの配信の問題点は視聴者からの指摘もあるようにサムネもタイトルも何もかも未設定であり新規視聴者の流入が見込めないこと。視聴者がおすすめの配信者として宣伝することもなく、飽和状態にあるコンテンツの山の中でわざわざ新しく『これを見よう』と踏み切るような『きっかけ』がないことにある。

 どれだけ中身に自信があっても、他にいくらでも魅力的な選択肢がある状況では手に取ってもらうことすらないだろう。


 ただ、アオイの配信の視聴者数は『減少していない』。知られていないのだから増えることがないにも関わらず『減少していない』ということが何を示すか。


 もちろん、アオイはそれが何を示しているかなんて理解できずに『もっと増えてもおかしくないのになぁ』と考えているのだが。



「頑張ってる子たちを見てると、自分も頑張らないとなーって思うよね。メンドいけど」



:それで思うだけで何もしない説

:やめてくれアオイ その言葉はオレに効く

:前に言ってたコラボとかは? 話来たの?



「あー……そんなこと言ってたこともあったっけ」



 もちろん、アオイはコメントに書かれてあった通り『思うだけで何もしない』つもりだった。

 だが、コラボと言われて思い出すこともあった。すっかり『かんたん護身術』が板についてきた頃の話だ。その中で『探索者を相手として想定するなら、MOBじゃなくて実際に探索者を相手にしたところを見せるべき』という話が出た。

 その中で冗談まじりに『高レベ探索者とコラボできたらなぁ』なんて話していたのだが……冗談ではなく、ちゃんと考えてみてもいいのかもしれない。


 ただ、問題がひとつ。



「コラボのお願いとかどうやってしたらいいのかわかんない。こんな零細配信者だからね。断られるのとか想像しただけでキツい。お祈りメールは見たくないよぅ」



 あと面倒くさい。そのことは口に出さなかったが視聴者は口に出すまでもなく理解していた。アオイもわかってくれると思っていた。嫌な信頼である。



「ってことで、連絡先だけ置いとくね。概要欄からお願い。えーっと……これはさすがにスマホ使ったほうがはやいか」



 ダンジョン配信は思考で動かすものだが、あまりにも直感的過ぎて正確な作業には向かなかったりする。コピー・アンド・ペーストなどの動作は苦手とするところなのである。よってアオイはスマホから自分の連絡先を配信の概要欄にコピペした。七層なので電波が弱い。ダンジョン配信のページが謎に軽くなかったら更新することも難しかっただろう。



:アオイが……わざわざ?

:星でも降るんじゃね

:絶対途中で『やっぱめんどい。やめる』ってなると思った……



「ちょ、さすがにそれは失礼じゃない? これくらいボクでもできるよ」



 ぷんぷん、と腰に手を当てて怒ってみせるアオイだが、配信のタイトルもサムネイルも未設定の彼女が口にしていいセリフではない。



:美少女のくせに鏡持ってないの?



「持ってるが?」



:皮肉だぞ



「知ってますけど!?」



 知っていて返したんですけど! と怒るアオイに視聴者たちは『じゃあ最初から失礼とか言うな』と口を揃えた。


 ぐうの音も出ない。アオイは「ぐう」と呻いた。



:ぐうの音、ほんとに出す人居るんだ……。




      *




「コラボ、か」



 配信を見ていた男がつぶやく。彼はクラン『迷い道』の長であり、匿名掲示板では『名無しの武人さん』と名乗っている男である。彼が今まで見ていたのはアオイの配信。そこで彼女が口にした言葉は無視できるものではなかった。



「三上は気が気じゃないだろうな」



 彼はクラン『ヴァナへイム』のマスター、フレイヤのことを思い出す。アオイにご執心の彼女のことだ。アオイが他の探索者と絡むような機会はできるだけつくりたくはないだろう。

 かと言って魔術師であるフレイヤがアオイの相手をするのは趣旨に合っていない。それに『護身術』の実践だ。模擬戦めいたことをするだろう。面子を大事にするフレイヤが万が一にも自分が掲げる看板に泥を塗りかねない行為に及ぶとは思えない。



「配信で名前を見なかった、ということは今回はリアルタイムでは見ていなかったようだが……」



 もし見ていたなら自分に連絡が飛んできたとしてもおかしくはない。アオイの配信は基本的に突発的なものだ。スケジュールなんてものはない。自分だって何度見逃したかわからない。探索中などはどうしたってのんびりと視聴していることなんてできないのだから当たり前だ。


 しかし、どうするか。男は考えていた。アオイとのコラボに申し込むのかどうか、ではなく。どのように申し込むのか、だ。


 まず誰が申し込むのか。自分や『迷い道』に所属するメンバーでもいいが……『配信』されるのであれば避ける者が多いだろう。自分だってあまり手の内を明かしたいわけではない。アオイと手合わせしたいという気持ちもあるものの、それならば『模擬戦』ではなく『喧嘩』がいい。その展望まで踏まえるならば『配信』されているわけではなかったとしても、アオイと直接顔を合わせるのは避けたいところだ。


 アオイの配信は欠かさず見るようにはしているものの、まだまだ力の底は見えない。

 何より『対人』の戦闘は見ていない。実際に人間を相手に戦っているところを見なければ判断できないこともある。


 男はクラン『迷い道』の長である。『迷い道』が目指すは『最強』。ここで言う『最強』の定義は『一対一で向き合った状態から開始される戦闘』において最も強い者を想定している。基本的には対人戦闘を想定しており、ある種『競技的』な意味での最強を求めていると言っていい。

 アオイにもいずれは『勝つ』ことを考えている。男はそういう考え方をする人間だった。『迷い道』の人間であればほとんどがそうであろう。物騒なクランである。ダンジョン発生以前であれば間違いなく社会不適合者の集まりだった。



「……誰かけしかけるか」



 最終的に戦うことを想定しているのであれば自分の手の内を明かすわけにはいかない。逆に探る必要がある。それもフレイヤとの契約を考えるならばアオイに友好的過ぎず、また敵対的過ぎない者が。


 都合のいい存在がどこかに転がっていないものか――そう考えていた、そのとき。



「あん? マスター、何見てんだ?」



 女がひとり、音もなく背後から顔を出した。


 床にまで届きそうなほどに長い髪は黒の中に赤が混じり、その背は女性の平均より遥かに高い。胸部や臀部も大きく、すべてが『デカい』女だった。

 その眼光は鋭く、猛禽類を思わせる。攻撃的なまでの美貌を持つ彼女は『迷い道』に所属する探索者だった。



「勝手に覗くな。デリカシーというものを知らないのか」


「クランハウスで悠長に見てんのが悪ィだろ。声をかけてやっただけ優しいと思うがね。しかし、マスターが見ているんだから何の動画かと思ったが……」



 現在、男が見ていた動画はアオイの配信のアーカイブだ。つまり銀髪美少女の雑談配信である。

 男はクランメンバーにアオイのことを話していない。隠そうとしていたわけではなかったものの、わざわざ教えるつもりもなかった。一般にもアオイの名が広まればその限りではなかったが、現状でクランメンバーにアオイのことを教えれば何らかの接触を持とうとする可能性がある。

 そして、男の目の前に居る彼女はその『可能性』の筆頭のような女性だった。



「……身のこなしがフツーじゃねぇなあ」



 現在モニターに表示されている映像の中でアオイは戦闘行為を行っていない。ただ単に話しながら歩いているだけだ。だがそれだけでもわかる者にはわかるものだ。



「アタシの知らない配信者だが――誰だ? これ」


「オーガの討伐者だ」



 女の疑問に男は端的に答えた。女の眉がぴくりと跳ねる。



「……へぇ」



 女はクラン『迷い道』に所属する探索者である。

 クラン『迷い道』に所属する探索者はそれぞれ武術、格闘技を修めている。ダンジョンを探索して鍛錬することによって研鑽し『最強』を目指すことこそが彼らの本懐。

 彼らは複数の武術、格闘技を取り入れている。だが、その中にもやはり『ベース』となるものは存在している。


 男は伝統系の武術を。そして女は――腰に佩いた剣が象徴するように、剣術を。



「これが『アオイ』か」



 女は剣士だった。


 剣道ではなく『剣術』を修めた現代の剣士。ダンジョン発生以前であれば脚光を浴びることなどないであろう技術の研鑽に人生を捧げた狂人であり、時代が時代であればその天稟から性別を超越して英雄として名を馳せたであろう生粋の剣士。


 彼女には弟子が居た。年齢がそう離れているわけではないが、ずっと面倒を見ている弟子がひとり。



「弟子が世話になったとは聞いていたが……聞いていた以上にヤバいヤツだな」



 にぃ、と彼女の唇から獰猛な獣のような牙が覗いた。


『剣姫』。数少ない動画、配信の映像を見た視聴者から付けられた二つ名を持つ彼女の名前は和泉サキ。


 彼女には弟子が居た。探索者になる前からの弟子が。

 唯一の弟子の名は星勇斗。アオイに救われた少年だった。


『とある女性と並べるようになりたい』と以前から熱心だった修行にさらに精を出し始めた弟子が話していた存在――その姿を認めた彼女は。



「喧嘩するには最高の相手だ」



 そう笑った和泉を見て男は思う。



(当初の予定とは違うが――渡りに船、か)



 となれば、まずするべきことはひとつ。


 男はつい先程まで配信されていた動画を再生し、彼女に見せることを決めた。


 和泉サキ。現代最高峰の剣士を相手に、アオイはいったいどう対処するのだろうか。



(……もっとも、コラボできるかどうか確定していたわけではないが、な)



 男はアオイの配信の視聴者である。だから知っていた。


 彼女は極度の面倒くさがりであり――口に出してみただけで、やっぱりやるつもりなんてまったくなかったなんてことも高確率で起こり得る、と。


 理解が深い。

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[一言] 少年剣士の成り上がりハクスラ生活~ダンジョンに行きたいのにボクっ娘とメカクレ少女と最凶師匠が離してくれません~始まるよー!
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