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出会っちゃった

 沢木梓にとって、星勇斗を食事に誘うのは決死の覚悟を必要とする行為だった。なんなら階層主戦のときよりも緊張したかもしれない。

 梓のような少女にとって『自分から人を誘う』という行為は大変な努力を要する大仕事だ。友人が居ないというわけではないのだが、友人と遊ぶときも誘われることのほうが圧倒的に多い。

 それも相手は勇斗、男の子だ。梓も年頃の少女である。異性を誘うことは難しい。それも二人きりだ。二人しか居ないのだから当たり前だし、今までもずっとそうだっただろうという話なのだが……探索抜きに、となればまた話が変わってくる。ドキドキである。



(これ、ちょっとデートっぽい……かも)



 二人で祝勝会をするだけだと言うのに梓はそんなことを思って首を振った。熱くなった顔を必死に冷まそうとしている。



「髪めっちゃばさばさ当たってるんだが」



 結果、梓の長い髪がばっさばっさと勇斗の顔を急襲していた。あわあわと慌てながら謝る。勇斗は許してくれた。やさしい。それどころか乱れた髪を整えてくれる。やさし……それはさすがにちょっと子ども扱いしてません?



「されても文句言えないだろ」


「れ、レディに向かって失礼ですよっ。も、もうっ」


「レディ……」



 語尾に笑と付きそうな苦笑でそう言われて梓はご立腹だった。まったくもう、と腕を組んでぷんすかと怒っている。悪い悪いと謝られるが、それもなんだか子ども扱いされているように感じてしまう。そして実際、子ども扱いされても仕方ないような子どもじみた言動だったと反省する。……恥ずかしい。


 とは言え、すぐに自身の言葉を翻すことはできない。一度口にした言葉を撤回することもまた恥ずかしいことだ。梓には難しい。もう少し時間がかかる。



「悪かったよ、梓。髪に触るとか、あんまり良くないことだとはわかってるつもりなんだけど、つい」


「そうですよ? で、でも、そんなに気にしないでください。勇斗くんになら、その、嫌じゃないと言いますか……そういうところも、勇斗くんらしさだと思うので!」


「それ褒めてるか? 梓も俺のこと割りと子ども扱いするよな」


「子ども扱いと言うか……うーん、子ども扱いなのかな」


「俺に聞かれても困る」



 子ども扱いされているようにも思えるが、そもそも勇斗は『そういう少年』なのだ。梓はこの短い期間でそう学習していた。梓が相手でなくとも髪を整えるくらいはしかねない。色々と危うい少年である。



「わ、わたし以外にはあんまり変なことしないようにしてくださいねっ」


「いや、さすがにしないって。梓以外に仲良い女子とか居ないからな」


「……ですか」



 心なしか、口角が上がっている気がする。梓は咄嗟に勇斗からぷいと顔を背けた。梓は特別扱いされることに憧れている。特別扱いされると隠せないほどに嬉しくなってしまうのだ。自分でもあまり良くないことだとはわかっているものの――なかなか直せるものではない。



「それで、今向かっているところって……喫茶店、だったっけ」


「いえ、一応はパティスリー……ケーキ屋さんですね。最近できたみたいなんですけど、カフェスペースもあって。気になってたんです」


「なんか女子ばっかっぽいな。居心地悪そう」


「そ、そんなことはないかと。……男の人も、たぶん居ますよ?」



 ちなみに、その『男の人』とはほとんどの場合『カップルの片割れ』だったりするのだが。梓もわざわざそれを口に出そうとは思わなかった。勇斗は「まあ、男でも甘いものは好きだからなぁ」と平和ボケした感想を口にした。



「でも、あの店の場合、それだけじゃないかも」


「それだけじゃない? ……実はめちゃくちゃ男ウケするものが置いているとか?」



 勇斗の目が怪訝に細められた。めちゃくちゃ男ウケするもの――パティスリーには似つかわしくない料理でも置いているのだろうかとでも思っていそうな表情だった。


 梓は違うと答えようとして、一度止まった。『めちゃくちゃ男ウケするもの』という意味では間違っているとは言えないからだ。



「一部正解です。その店には男ウケするものが――実際は男の人だけじゃなくて、女の人もそれを求めていたりするらしいですけど――置いてあることもあるみたいなんです」



『それ』が目当てだった、という向きもなくはない。梓も実際に目にしたことがあるわけではないが、その噂を聞いたことがあるからこそ、その店に行ってみたいと思ったのだ。


 それは? と目で尋ねてくる勇斗に、梓は頭の上に両手を上げ――ぴょん、とミミのように立てながら答えた。



「その店には、たまに――月からウサギさんが降りてくるらしいですよ?」



 いたずらめいた微笑みとともにそう口にした梓を見て、勇斗は「かわいい」と口にした。


 も、もうっ、と梓は顔を赤らめながら怒ってみせた。


 ほ、ほんとにわたし以外にそういうことしちゃダメですからねっ!




      *




 そして、目当ての店――パティスリーラパンに到着すると、人だかりができていた。


 思っていた以上の人気店だったらしい。梓はしまったと思った。そこまでだとは思わなかった。梓の耳に聞こえるほどの評判なのだ。あまりにも想定が甘かった。

 しかし、行列に並ぶ時間も勇斗とならば苦ではない。勇斗がどう思うかだけが気がかりだが、彼も良しとしてくれるならば甘えたいと思う。


 近づくにつれて、その全容が明らかになる。遠くからではわからなかったが、カフェスペース――テラス席も満席というわけではないらしい。人と人の間から空席が見える。


 イートインよりもテイクアウトのほうが強い店なのだろう。パティスリーだということを考えれば不思議ではない。しかし、これほどの人だかりができるのであればイートインも満席になるような気がするのだが……。


 そんな梓の疑問はすぐに氷解することになる。ラパンの前、人だかりの一部になって初めて見えたテラス席の一角に――『ウサギ』が居た。



(わ、わ――もしかして、あれって)



 噂の『月のウサギ』だろう。一目見ただけでそう断じることができたのは、彼女がバニーガールの格好をしていたからだけではない。


 月光で紡がれたように穏やかな輝きをまとう銀髪、同性から見てもあまりにも肌理が細やかで触れてみたいと思ってしまいそうになる乳白色の肌。

 宝石のような赤い瞳に、造り物でなくてはありえないと思えるほどに整った美貌。スタイルも抜群で、バニーガールという姿が彼女の持つ肢体の魅力を露わにしている。

 あまりにも美しく、あまりにも可憐な少女。


 噂には聞いていたが……なるほど、これは確かに見るだけで幸運になれるだろう。

 なんたって、梓自身、彼女を見ることができたことに幸運を感じているのだから。


 しかし、これほどかわいかったら嫉妬の対象にすらならない。梓はのんきに「すっごく綺麗な人ですね」と勇斗に話しかけた。


 彼は食い入るように少女のことを見つめていた。やはり彼も男の子、谷間が見えれば脚も見える、そんなバニーガール姿の少女から目が離せないのだろうか。しかしそれにしては、彼の目に浮かぶ表情は恥じらいではなく……強いて言うのであれば、動揺、驚きの感情が見えた。


 彼はつぶやく。



「……アオイが、どうしてこんなところに」



 アオイ? それはいったい――そう梓が尋ねようとした瞬間、月のウサギがこちらを見た。


 きょとん、と目を丸くした彼女に見られて、梓は緊張に身を固めた。どうして、こっちを? やっぱりかわいい。横からでも綺麗だったけど、正面から見るとそのかわいさがもっとよくわかって破壊力が尋常じゃない。暴力的なまでの美貌だ。顔が良すぎる。


 そんな梓の思考は、次の瞬間、さらなる衝撃に吹き飛ぶことになる。


 少女が、微笑む。こちらを見て、嬉しそうに微笑みを浮かべて――その表情はその美貌には似つかわしくないほどに人懐こく、彼女の印象をたちまち一変させるほどのものだった。

 その顔でその笑顔は反則だろう。しかし、どうしてこちらを見てそんなに嬉しそうな表情をしているのだろう。

 動揺の中で浮かんだ疑問、その答えは少女が口にした言葉によって判明した。


 彼女は言った。



「ユートくんじゃん! 久しぶり〜! 元気だった? ボクは見ての通りバイト中。って言っても、この格好してケーキ食べるだけなんだけど……ユートくんもいっしょにどう? 軽く話し相手になってほしいな〜って」



 もちろんアオイである。


 こうして星勇斗とアオイは再会し、何の事情も知らない梓はひたすらに困惑した。


 一握りの、しかし精一杯の勇気をもって誘ったデートで起こるにはあまりにも残念なイベントだった……。


お読みいただきありがとうございます~!

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[気になる点] 行列の客の目当ての月のウサギさんから仲良さげに声を掛けられたユート君の明日はどっちだ [一言] アオイが悪いとは言えないが梓ちゃん可哀想…
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