星勇斗の冒険 4
ダンジョンでは十層ごとに『階層主』が出現する。
どんなダンジョンでも階層主のフロアの構造は同じようなものだ。何もないところに門だけがあって――そこには扉も何もなく、ただ黒いもやのようなものが渦巻いている。
一度に入ることができる人数上限は五人。探索者は五人単位でのパーティーを組むことが多いが、それは階層主戦を考慮してのことだ。
道中のことだけを考えるのであれば大勢連れても問題ないが――重要なことが一つ。
階層主戦では、死んでも死なない。
階層主戦で死んだとしても、ダンジョンの入り口近くにある『門』からペッと排出される。持ち物は失われてしまうが、命だけは失われない。
つまり『死』が前提の難易度になっているということだ。
その階層に来るまでを五人で進めるような探索者でなければ突破することは難しい。道中出現するようなMOBを避けて進んできたとしても、この階層主戦に関しては避けられない。すべての探索者たちは階層主によってふるいにかけられることになる。
渋谷ダンジョンの第十層の階層主は巨大な猪のような姿をしている。階層主はダンジョンによって千差万別だ。猪のような動物型もあれば、幻獣のような姿をしている階層主も居る。動物型の中でも哺乳類だけではなく爬虫類のようなものも居れば魚類のようなもの、軟体動物のようなものも居る。竜だって爬虫類系の幻獣と言えなくはない。
人型の階層主も多い。鬼が居れば骨のような不死者も居るし、人型と動物型を合わせたようなものも多い。精霊だって人の姿をすることが多い。各地の伝承を原典にしただろう階層主も多く、例えば妖怪をもとにしたような階層主……と言うより、MOBは多い。あと明らかにゲームから持ってきたようなMOBも。他にも植物型や無機物型、機械型のようなMOBから自然型のMOB、それから……とダンジョンに出現する階層主やMOBの種類は多岐にわたる。
探索者にも得手不得手は存在しているし、純粋に『やりにくい』MOBも居る。癖の強いダンジョンもあるにはある。ダンジョンによって『難易度』と呼べるようなほどの違いはないのだが、出現するMOBの違いで潜るダンジョンを選ぶような探索者も少なくない。
もっとも、たいていの探索者が潜るダンジョンを選ぶのはダンジョンがどうかと言うよりはダンジョンのある地域がどんな場所かのほうが大きいだろう。端的に言えば『最寄り』のダンジョンを選ぶ探索者が最も多い。ダンジョンそれ自体よりもずっと大きな要因だ。
勇斗や梓も同じだ。渋谷ダンジョンを選んでいるのは近いから。通えるところにあるから、というものが大きい。
渋谷ダンジョン第十層の階層主は巨大な猪だ。大人の男でも見上げるほどの大きな猪、グレートボアだ。道中に出現するMOBワイルドボアを大きくしただけとも言える。
だが、大きさとはすなわち強さである。ダンジョン以後は『魔力』の存在もあって単純なイコールでは結べなくなったと思われることもあるが、それでもやはり大きさとは強さだ。同じ位階の探索者であれば基本的に身体が大きいほうが膂力もある。それも決して無視できないほどに。
と言っても、まだ第十層だ。階層主とは言っても『怪物』と呼べるようなものではない。携行可能な銃火器であってもなんとかなる。攻撃方法としても基本的にはただ突進してくるだけ。非常に『イージー』な階層主とも言える。
ただ、尋常ではないほどに『タフ』な階層主でもある。
強靭な毛皮に分厚い筋肉。その突進も決して遅いわけではない。威力だけを考えるならば普通自動車が走ってくるのと同じようなものだが、自動車よりも小回りが効く。
純粋に威力『だけ』を考えるのであれば、オーガの拳にも近いものがあるかもしれない。もっとも、オーガは拳の一振りでグレートボアの突進を再現するような怪物だ。単純な比較はできない。
勇斗ひとりではおそらく勝てない。突進を避け続けることはできるかもしれないが、避けているだけではどうにもならない。攻撃できたとしてもそう簡単にやられてくれるタマじゃない。暴れられたら、それだけでも吹き飛ばされてしまうだろう。そんなところに突っ込んでこられたらその時点でゲームオーバー。死に戻り確定だ。
その点、梓とふたりであれば突破の可能性は低くない。勇斗が注意を惹いているうちに梓が魔法を放てばいい。梓の致命的なまでのコントロールの悪さを思えばフレンドリーファイアが心配なところだが、今回は的が大きい。だからと言って安心できないのも梓だが。
なんたって相手は階層主。『死に戻り』前提の難易度だ。多くの探索者にとっての最初の壁。地球に生息する動物を遥かに越えた脅威度を誇る『怪物』級とは言えないものの、ライオンやトラ、カバやゾウ、クマといった動物よりも凶暴な獣だ。
人の身でクマと戦うと考えれば、いくら銃を持っていたって決して安心なんかできやしないだろう。第十層に挑む程度の探索者であればまだまだ人間を辞めたと言えるほどの力はない。
だが、勇斗と梓であれば。第九層までをソロで踏破することができるほどの実力を持つふたりであれば、決して難しくはない。なかった。
「……あれ? 勝った?」
「み、みたい……です?」
地に倒れ伏し、還元の光に変わるグレートボアを眺めながら勇斗と梓が首を傾げた。
戦闘には特筆するようなことは何もなかった。プラン通り、勇斗が引き付けている間に梓が魔法を連発するだけ。危うくフレンドリーファイアを起こすようなことこそあったが、それを除けば何のことはなかった。
拍子抜けするような結果だが、特に驚くようなことでもなかった。『魔法』なんて強力な武器を何度も放つことのできる梓が居るのだ。実際、同じ位階の探索者であればすべての魔力を費やしたとしてもそれだけでグレートボアを倒すことは難しい。その程度には強敵だったが、明らかに梓が規格外だった。
もっとも、彼女もひとりであったならば魔法を外しているうちに突進されて終わっていただろう。攻撃を引き受けてくれる相手さえ居れば結果はこうなる。
念願の第十層突破だ。おめでとう。そうやってお互いを称えたい場面のはずだったのだが――
「……これ、俺じゃなくてもよかったんじゃ」
「い、いや! その! ……こ、今回に関してはちょっとそうかもって思わなくもないですけど、わ、わたしには! 勇斗くんが! 必要なので!」
「やっぱ今回に限ってはそうだよなぁ……初めての階層主戦で、これか……」
「た、タンクも立派な戦闘職ですよ! そ、そんなこと言ったら怒られますよ!?」
「そうだけどさぁ……正直、今回に限ってはタンクの仕事としてもめちゃくちゃ簡単だったと言うか……誰でも良かった感ある」
「そ、そんなこと――……な、ないですよ?」
「本気でそう思ってるならもっと自信持ってくれるか?」
探索者に憧れ、研鑽を怠らなかった少年はちょっとやさぐれてしまっていた。次の階層へと進む『門』が現れてもなかなか入ろうとはせずにすみっこで小さくなっていた。
そんなへそ曲がりの少年を見て梓は『ちょっとかわいいかも』と思っていたが、今の少年にそれを伝えることはできなかった。
だって伝えたら絶対にもっといじけてしまう。
少年心も繊細なのだ。
*
「ちょ、ちょっと、待ってください!」
勇斗がひとしきり落ち込んで立ち直り「じゃあ次の階層覗くだけ覗いて帰ろう」と門に向かおうとしたとき、梓は彼を引き止めた。
「は、話が……あって」
話なんてどこでもできる。それは真だが偽でもある。次の階層に行ってからでも、帰ってからでも――そのどちらでもなく『今』でなければできない話もある。
階層主戦は順番待ちじゃない。第十層に設置されてある門は常に開放されている。五人が入れば他の探索者は待つしかないなんてことはない。誰かが挑戦している間でも問題なく挑戦することが可能だ。
つまり、階層主戦はダンジョンの中でも異界にある。周囲から完全に隔絶された空間だ。配信くんで配信でもしていない限り、誰にも中のことはわからない。
秘密を話すにはうってつけだ。
梓としても、階層主戦はもうちょっと激闘だったら良かったなぁと思っていた。だって激闘を制したあとのほうが秘密を打ち明けるには『っぽい』ので。艱難辛苦をともに乗り越えて絆を深めた後だったら箔がつくような気がする。
しかしこの時を逃せば次は第二十層。第十層までの『チュートリアル』とは違って本格的な探索が始まる。いつになるかわからない。そもそも、それまで勇斗が自分とパーティーを組んでくれるかすらわからない。
なら、今だ。誰にも聞かれる心配がない今だけは、自分のユニークスキルについて話すことができる。
「うん? 話って……ああ、そう言えばこのパーティーは第十層までのお試しでって話だったか。まあ、俺はあんまり活躍できなかったけど」
「そ、そうじゃなくて! い、いや……それも、あるんですけど」
あ、あと、そもそも勇斗くんが活躍してないなんてことはないですし! 梓は胸の前で手をぎゅっと握って大声を出した。ずいと身を乗り出して勇斗に迫るような形になっている。なぜか勇斗が「あ、ああ……」と梓から視線を逸らしたが、梓はそれに気付く余裕もなかった。
「わ、わたしは、勇斗くんが良ければ、これからもパーティーを組みたくて、いや、組んでほしくて……だ、だけど、その前に、話さなきゃいけないことがあって」
「話さなきゃいけないこと? ……それは、本当に『話さなきゃいけないこと』か?」
口ごもりそうになる梓を見て、勇斗が尋ねる。途切れ途切れの言葉から梓の話が『あまり話したくないこと』だと察したのだろう。
「俺が知っていなくちゃいけないことなら聞くけど……話したくないなら、話さなくても」
「う、ううん。……話さなきゃ、いけないことなの」
そう、話さなきゃいけないことだ。口に出して、改めて梓はそう思った。話さなくてもいいなんてことはない。
このままのらりくらりと隠したままやっていくこともできるかもしれない。他人のスキルを覗き見るなんてことはできないのだ。話さなくても、バレることはないかもしれない。
だが、そうだとしても――『話さない』なんて選択肢はない。あってはならない。
ダンジョン探索のパーティーを組むということは一蓮托生、互いに自らの命を預けるということだ。生殺与奪の権を明け渡すこと。ダンジョンの中で『背中を預ける』ということはそういうことだ。
比翼連理の鳥に隠し事なんてあってはならない。自分の命が懸かっているだけではなく、相手の命も懸かっている。そんな状況で、パーティーメンバーに『自分に何ができて何ができないか』を話していないなんてありえない。
本格的にパーティーを組むのであれば、絶対に話しておかなければいけない。
だから。
「勇斗くん」
こわくて、足がすくみそうになる。とくんとくんと心臓の音が響く。とめどなく水が注がれ続けているみたいに、とくとくとくとくと心がさざめく。
勇斗とはまだ出会ってからそれほど経っているわけではない。その人柄はなんとなくわかったが、信じるにはまだ早いだろう。理性が囁く。臆病で頭が良いフリをするのが得意な理性が囁く。だからまだ話さなくてもいいんじゃないか。ユニークスキルだ。彼だってわかってくれるはずだ。こんな特大の秘密であれば隠していても仕方ない。そんなふうに思ってくれる。理性が囁く。わたしにとって都合のいい理屈を捏ねて、臆病な心の背中を押す。
でも。
「勇斗くんに、わたし、ずっと……隠していることが、あって」
いくら理性がそう言ったって、心はそう思わない。
簡単に信じるなんて危ない? その通りだ。納得する。論理が通っている。頭がいいね。まったくもって正論だ。
でも――それでも私は『信じられる』って思ったんだ。
勇斗くんのことを『信じる』って決めたんだ。
だから。
梓は意を決したように顔を上げて、勇斗の瞳をまっすぐに見つめる。
「ユニークスキルを、持ってるんです」
どくん、と大きく心臓が胸を打った。それ以上言うなと止めるように。首の血管がどくんと震える。勇斗の顔から目をそらしたくてたまらない。見るのがこわくて、でも。
彼はまっすぐにわたしを見つめてくれる。
わたしの言葉に、ほんの少しだけ眉を上げて――でも、それだけで。
わたしの言葉を、待ってくれる。
「スキルの名前は【無尽】。初めて自分のステータスを見たときから持っていて……その効果は、体力と魔力が尽きないこと。いくら走っても疲れないし、いくら魔法を使っても魔力切れを起こさない。……それが、わたしのユニークスキル」
それを聞いても、勇斗は驚いた様子こそ見せるが何も言わない。それを優しさだとわかっていても、やっぱり、こわい気持ちもあって。
「……ごめん、なさい」
今まで隠して、ごめんなさいと梓は謝る。初めて話したときのように頭を下げて、梓は勇斗の言葉を待つ。
彼の答えは。
「ていっ」
「いたっ!?」
手刀だった。頭を下げた梓の脳天に勇斗の手刀が振り下ろされた。チョップである。突然の痛みに梓は涙目になって頭を抑える。
え? え? な、なんで? や、やっぱり、勇斗くん、怒って――
そう思って顔を上げると、彼は呆れるように微笑んで梓を見ていた。
「【ヒール】。……今のはパーティーメンバーに情報を隠していた罰だ。ってことで、もう謝るな。わかったか?」
「え? あ、は、はい」
「あと梓がおかしいことはわかってたから。そこまで強力なユニークスキルとまでは思わなかったが……あんだけ無駄撃ちして魔力切れを起こさないとかありえないだろ。隠すんならもうちょっとうまいこと隠してくれ」
「えっ」
まさかのダメ出しである。言われてみればごもっともとしか言いようがないのだが、決死の覚悟で秘密を打ち明けておいてそんな言われようをするとは思わなかった。
「でも、そんだけ強力なユニークスキルなら隠すのもわかる。……むしろ、隠してるなら打ち明けるの早すぎないか? 他人を信頼しすぎだろ。俺もべつに善人ってわけじゃないんだが、善人だったとして会っても間もないヤツに話していいことじゃなくないか?」
「う……で、でも、パーティーは一蓮托生ですし」
「うん。だから中途半端だよなって」
「うぐっ!」
ぐさぁー! 勇斗の言葉が梓に突き刺さった。痛い。【ヒール】。梓は【ヒール】を使った。しかし効果がなかった。【ヒール】は心の傷には対応していないらしい。
「でも、まあ、なんだ……そういうところも梓らしいっちゃ梓らしいよな」
「こ、こういうところが? ……ほ、褒めてないですよね、それ」
じとー、と梓が下唇を上げて勇斗を見る。彼は笑って、
「褒めてないことはないって。そういうところがかわいくてにくめないって言うか……ずるいよなぁって」
「……! ゆ、勇斗くんもそういうところですよ!」
か、かわいいとか気軽に言わないでほしい。梓は褒められ耐性がなかった。皆無である。友人に小動物めいた『かわいがり』をされることはあるものの、男の子にそう言われるというのは……いや、待て。
「……ち、ちなみに勇斗くん。『かわいい』って言うのはどういう」
「小動物っぽい」
「勇斗くんはデリカシーって言葉を辞書で調べておいてください」
「なんでだよ。……女の子として、とか言われても困るだろ?」
「そ、それは……困りますけど、正直、ちょっと困りたい気持ちもあると言いますか」
「梓ってちょっと図々しいところあるよな……」
勇斗とはまだ知り合って間もないはずなのだが、すっかり自分のことを知られてしまっている気がする。
しかしそう思われてしまっているのであれば仕方ない。図々しくいこう。
「そ、それで? 勇斗くんは、わたしのこと、どういう意味でかわいいって思ってくれてるんですか」
「……それ、言ってて恥ずかしくないのか?」
「めちゃくちゃ恥ずかしいので言うなら早く言ってほしいですお願いします!」
穴があったら入りたいほどに恥ずかしいが、それはそれとして褒められるチャンスがあるならば逃したくはない。前髪にむんずとしがみついて離れない。それが沢木梓という少女であった。
「……お、女の子としても、そりゃ、かわいいと思ってますけど?」
「……………………」
「あの梓さん? せめて何か言ってくれませんかね?」
「あ、いや、その……お、思ったより、破壊力あったと言うか……ゆ、勇斗くんも今の言い方、かわいかったですよ! めちゃくちゃ不慣れな感じ出てて」
「不慣れに決まってんだろこんなこと……」
照れ隠しにガシガシと頭を掻く勇斗。こうやって恥ずかしがっているところを見ると普段の言動に関しては無自覚なところもあるのかもしれない。いつも割りと同じくらい恥ずかしいこと言ってますよ……? とは梓の正直な気持ちである。
「とにかく! 梓の隠し事がどうこうって話に関してはこれくらいにしよう。それでいいか?」
「は、はい」
「よし。それじゃあ――梓」
勇斗が梓に向かって手を差し出した。その意味がわからない梓ではない。
彼の手をとって、目を合わせる。
「これからも、よろしく頼む」
「は、はいっ。……不束者ですが、どうぞよろしくお願いします」
「輿入れの挨拶?」
「……か、かも?」
こてん、と梓は小首を傾げる。
なんでだよ、と勇斗は笑った。
*
渋谷ダンジョン第十一層。
これまでの風景からガラリと変わって、そこは森の中だった。地下だと言うのに空は見える――ただし、雲の動きはない。偽物の空だ。
生い茂る木々、植物に特徴と呼べるようなものはない。勇斗も植物について詳しいというほどではない。関東の山地などで見られる植生から逸脱しておらず、日常的に未開発地域に行くような者からすればダンジョンだとは思えないかもしれない、らしい。
森の中、なんて階層は深層にもある。ただしそちらに関しては日本どころか地球上に存在するどんなものとも異なる植生が見られたりするらしい。そもそも地球に生息していない植物も数多く生息している。植物系のMOBも生息している。代表的なものならトレントだろうか。顔のある樹だったり顔とかなく単に動く樹だったりする。樹人とでも呼ぶべきエントなども存在するし、精霊っぽいMOBも居る。第十一層であっても出てこないことはないだろう。
ここからが本格的な探索だ。第十層までは実質チュートリアルのようなものであり、MOBを避けて潜るのであれば素人であっても至ることができる。
ただし、第十層の階層主であるグレートボアを倒すことができるのであれば『素人』であることはありえない。
ここから、本当の探索が始まる――のだが、それはそれとして勇斗と梓は帰ることにした。
終わってみれば楽勝だったとは言え、グレートボアとの戦闘で疲れた。ヒールで身体は癒やしても精神の疲れは癒やしてくれない。それに準備も万端とは言えない。探索は準備の段階で終わっているようなものだ。それができていないのに探索をするほど勇斗は探索を舐めてなかった。
単純に荷物があるという問題もあった。グレートボアの討伐報酬、ドロップアイテムだ。第十層なんて浅い層であっても荷物の問題は大きい。戦う上で間違いなく邪魔になる。
【無尽】のことを思えば荷物に関しては梓が持つべきなのだが――梓は【無尽】の影響で疲れることがなく、また魔法を撃つという戦闘スタイルから荷物を持っていても邪魔になりにくい――前提として、勇斗にはその発想すらなかった。『女の子に荷物持ちをさせるなんて』という常識が思考に影響を与えている。もっとも、勇斗はそれを改める気もなかったが……。
ダンジョンを出て不要なドロップアイテムを換金する。装備の素材になったりしそうなものに関しては念のため保管してもらうことにした。第十層とは言え、稼げる金額は決して小さいものではない。ダンジョン探索に必要なものは多く、入ってくる金額と比例するように出ていく金額も大きいし――そもそも、命の危険がある職業だ。小遣い稼ぎ程度で収まるはずもない。高校生が一度に手にするには大きい金額だ。
もちろん勇斗は装備の更新に充てるつもりだった。初心者装備はレンタル品だが、第十層より先に行くならば、ちゃんと買ったほうがいい。もっとも、そうなると本当に一気に金額が嵩んでくるが――命に代えられるものではない。すべてを一気にとはいかなくとも、少しずつ変えられたら……いいなぁ。
「高位の生産職の人がつくる装備ってすごいですもんね。……一応、レンタル品もそうなんでしたっけ」
「一本一本手打ちしたわけじゃないけどな。鍛冶スキルを持った生産職が『工場』から手掛けた作品らしい」
「……生産職のイメージだと、刀鍛冶みたいにしてるのかなって思うんですけど」
「実際のところはめちゃくちゃ機械生産だからなぁ。便利ではあるが」
生産職――装備やアイテムを生産するためのスキルを伸ばしている人々も多い。ポーションのような小物、武器や防具、アクセサリー……。そういったものは中世や近世での『ものづくり』のように工業化されていないイメージもあるかもしれないが、実際のところまったくそんなことはない。ポーション制作の現場なんて製薬会社の製薬工場そのものだ。ゲームでイメージされるような『錬金釜みたいなものに材料を入れてコトコト煮込む』なんて方法もできなくはないらしいが、効率的ではない。
と言っても、高位探索者が必要とするようなものは材料も手に入りにくく、品質も決して均質と言えるようなものではない。それだから大量生産のラインは使えず、どうしても『一品物』を作るようになりがちなのだが……それでも現行の科学技術を使わないなんてことは稀だ。使えるものはなんでも使う。それが生産職の現場だ。固定観念なんて役には立たない。
「それじゃ、梓。今日もお疲れ――」
「――ちょ、ちょっと待ってください!」
換金も済んだし今日はこれで解散、としようと思っていたのだが、梓はそんな勇斗の裾を掴んで引き止めた。
不思議そうにする勇斗に、梓は驚いたように、それでいて恥ずかしそうにしながらも一つのことを提案する。
「ひょ、拍子抜けではありましたけど、せっかく第十層を突破したんですし、祝勝会みたいなのとか、しませんか?」
「……あー」
梓の提案に、勇斗は『そういうのもあったなぁ……』と遠い目をした。その発想はなかった。勇斗は今までの人生でもいわゆる『打ち上げ』のようなものとは無縁だった。
もちろん、ダンジョンバカ過ぎて友達が居なかったからである。
「ごめん、梓。そうだよな。そういうもんだよな。うん。俺もやりたい。めちゃくちゃやりたい」
完全に頭から抜け落ちていたが、それも憧れていたことではあった。好きで友達が居なかったわけではないのだ。ダンジョンにかまけて他のことがすっかり頭から抜け落ちてしまっていただけで、勇斗は孤独を愛するような人間ではない。友達とバカ騒ぎとかもしてみたい側の少年である。
「で……どうすればいい? 悪いが、俺はそういうのに詳しくなくてな……」
何をすればいいのかすらわからない。経験した覚えがない。創作物で見たものは飲み会のようなものだったが……やっぱり、飲食店に行くものだろうか。
「べ、べつにどうするって話はないと思いますけど……勇斗くんに候補がないなら、わたし、ずっと行ってみたいところがあって」
そう前置きして、梓は胸の前で手を合わせる。
不安を表すように手遊びしながら勇斗を見上げて、彼女は簡単な質問を投げかけた。
「勇斗くんは――甘いものは、好きですか?」




