バニーガールカフェ
「あー……んっ」
パティスリーラパン。”lapin”の名前を冠する洋菓子店に併設されているカフェスペースに一匹のウサギが座っていた。
その髪は白銀。月光をまとうようなその髪は月の兎を表すようで、そこからぴょんっと跳ねたウサミミが若干見劣りするほどだ。髪質、髪色に完全にマッチするウサミミを用意できなかったが故に生じるギャップだったが、だからと言って魅力を毀損することはなく映えている。
白磁の肌がまとうのは光沢を放ったバニースーツ。手にはカフスではなく白の長手袋、首元には黒の蝶ネクタイ、脚には網タイツを履いた絶世の美少女。バニースーツは際どいハイレグ、レオタードに近い装いだ。透明な肩紐を吊った廉価品ではなくワイヤー、ボーンで支えるタイプの高級品。決して小ぶりではなく主張する乳房をしっかりと支えている。
煽情的とも言える装いを身にまとった少女はしかし、情欲を煽るような淫靡な雰囲気はまとっていなかった。ラパンのカフェスペース、そのテラス席に座る彼女はハイヒールを履いた脚を弾むように浮かせながら、表情豊かに美しく輝く宝石のようなケーキに舌鼓を打っていた。
通りすがりの者が目にすれば否応なく足を止め、ラパンに並んだ行列へと続く。
それが少女によってつくられた行列であることは考えるまでもなかった。
少女は「はぁ……」と幸せそうに息をつく。
「かわいい格好しておいしいもの食べるだけでいいとか、チョロいバイトだなぁ」
もちろんアオイである。
星勇斗や沢木梓が探索に精を出しているにも関わらず探索どころか配信さえもほっぽってアオイが集客バニーガールになっていることには理由があった。
(でも、まさかボクがこんなことをすることになるなんて、ね)
ほわんほわんほわん……アオイは回想シーンに入った。
*
その日、アオイは甘いものが食べたいと思って街を歩いていた。
すると突然見知らぬ女性が声をかけてきてなんかめちゃくちゃ熱くうさぎとバニーガールについて語られて「キミに着てほしい! お金は弾む! 私の店には、キミが必要なんだッ! キミが最後のピースなんだッ!」と手を握られてなんやかんやでバニースーツを着ることになった。
他のスタッフに「今日開店ですよ!? 何考えてるんですかー!?」と怒られる店主っぽい女性に写真を撮られたりなんなりして、開店時間になったらテラスでケーキを食べていてほしいと言われたので言う通りにした。
色々とツッコミどころはあるものの、アオイとしてはお金もらえるしケーキ食べられるしいっか! という気持ちであった。すべてにおいて適当過ぎる。
テラスに出れば当たり前のように注目を浴びる。あまり宣伝していないのか、オープン日だと言うのに客が並んでいると言ったことはなかったが……元から人通りはそこそこある道だ。そんなところにバニーガールが現れて注目を受けないはずがない。
(バニー、良いよね。ボクも今のボクめっちゃ良いって思うもん)
注目を受けたアオイはケーキを片手に持ちながらうんうんと納得していた。改めて考えてみるとアオイはコスプレめいた衣装は着たことがなかった。普段着としては使えないが、着せ替えで遊ぶのであれば鉄板だろう。
ボクとしたことが……アオイは今までコスプレ方面に手を伸ばしていなかったことを後悔した。しかし、逆に考えれば今からの楽しみが増えたということだ。費用については考えないこととする。
どういうのがいいかなー。個人的にはチャイナっぽいのが好きなんだけど……チャイナドレスはどういうスタイルにするかが迷うよね。ミニチャイナも良いけど、深いスリットの入ったチャイナドレスも欲しい……いや、着るのはボクなんだ。見たいならどっちも着ればいい。アオザイとかも良いよね。好き。
それからコスプレと言えば……ボク的にはやっぱりアニメとかゲームのキャラクターのコスプレって言うのが『コスプレ』ってイメージだけど、他にもいっぱいあるよね。
制服とか……制服もセーラーかブレザーかってあるし。メイド服とかも外せない。警察コス……ナースコス、女医コスとか? バニー繋がりだとアニマルコスプレとか。あとシスター! 銀髪シスターとか良いよねぇ……。体操服とかもある。軍服っぽいのも。パンツスタイルの衣装でキチッとしてみたかったりもするかも。和装……巫女服、花魁、浴衣とか。チアガールとかもね! 良いよね! アラビアン風……ベリーダンス衣装も好き。えっちだし。妖艶な感じするもんね。OLさんっぽいのとか、サンタっぽいのとか……スク水、メイド水着、セーラー水着、ビキニ、パレオ、レオタード……あ! アイドル衣装っぽいのも良いかも。
特定のキャラじゃないものでもこれだけ選択肢がある。これにアニメやゲームに出てくるようなキャラクターのコスプレなんかも含めれば……夢、広がってきたね!
わくわくしてきた。アオイは自分にどんなコスプレが似合うか――どんなコスプレをしたいか考え始めた。特定のキャラクターなら……あのゲームのキャラ……担当……嫁艦……推し……いや、純粋に衣装が好きなあの子とか……あの衣装とかめっちゃえっちだもんなぁ……でも本格的にするとなると服をつくるところから……ボクにそんなことできるはずもないし、誰かにつくってもらう……? お、お金で解決できないかな……?
そんなことを考えてはしまったが、未来のことばかり考えても仕方ない。見えないほどの遠い先を見ようとするより、目の前のものを見るべきだ。今を楽しもう。さしあたっては――バニーガール姿のボクに向けられる視線とか。
ウサギの毛を思わせる白銀の髪。それが歩くたびに揺れ動き、臀部に装着された小さなしっぽを覗かせる。ふりふりと揺れる小ぶりなヒップ、網タイツを履いてはいるものの際どいハイレグによりその形がしっかりとわかるそれがチラチラと見え隠れする。常に見える状態にあるよりもずっと視線を引く姿だ。
もちろんアオイはそういった視線のすべてを察していたし、それに気持ちよくなっていた。アオイに向けられた視線は男性のもののほうが多いかと言えばそういったわけではなく、むしろ男性の方には不躾な視線を送ってしまうことへの遠慮や後ろめたさが見えた。それでも抗えずに視線自体は向けてしまうのだが……どちらかと言えば、まじまじとアオイの姿を見ていたのは女性のほうが多い。
アオイは絶世の美少女である。白銀の髪に紅の瞳。透き通るような肌に、すらりと伸びた手足。バストが控えめだったりするわけではないものの、グラビアアイドルかモデルかと言えば明らかに『モデル』側の容姿をしている。バニーガールなんて姿をしていても、いやらしさよりも先に美しさが先に来るような少女だ。
女神か天使か妖精か。生々しい感情よりもある種『厳か』とも言える印象を持つ少女。そんなアオイは女性にとってしても目を惹くものであり――性欲という後ろめたさが少ないぶん、芸術品を鑑賞するような目でじっくりとアオイを見ることができた。
もっとも、セクシーな装いというものはむしろ女性が好むこともある。セクシーでキュートな女性というものは同じ女性にとっても強い憧れの対象であり、あるいは男性の持つそれよりも厳しい評価基準によって愛好される。
下着姿やセミヌードなど、均整の取れた肉体美を見せつけるような写真を自らのSNSのアカウント上で掲載するような女性が居たとして、男性のファンよりも女性のファンのほうが多い――なんてことはままあることだ。
そういった視線を受けながらアオイは気持ちよくなっていたが、いつまでもそうしているわけにもいかない。アオイがバニーガール姿でテラスに出たのはアオイの趣味ではない。この店の店主の趣味――なような気はするが、たぶん口実としては宣伝・集客のためだ。
そのためにはやはりケーキを食べなければいけない。……あと、単純にアオイとしても早くケーキを食べたくなってきた。
「かわいいケーキだよねぇ」
フォークで切り分ける前に、改めてアオイは目前のケーキを眺める。
パティスリーラパンの店名を冠する代表作、『Lapin』。半球状の白いムースにぴょんとウサギのミミを思わせるホワイトチョコを乗せたガトーだ。
ホワイトチョコのムースにイチゴのジュレ、生地のビスキュイジョコンドの中央にはイチジクのガナッシュを合わせた一品……らしい。
正直そういう用語を言われてもアオイは何のことかわからなかった。びすきゅいじょこんどって何やねんとなる。ガナッシュはまだ聞いたことがあるけれどよくわからない。たぶんチョコ? よく聞くけど実はよくわかっていない……アオイは雰囲気でものを食べている……。
それはそうといざ実食。さくりとケーキにフォークを入れて御開帳。白いムースの中で赤いジュレがきらきらと顔を覗かせている。底の生地もやわらかく、抵抗なくするりと切り分けることができる。
まずはムースの部分をフォークですくいとるようにして、ぱくりと一口。
「んん! へぇ……!」
口に含んだ瞬間、アオイの目が大きく開いた。
なめらかでやわらかく、そして軽やか。チョコレートの味はそこまで強調されておらず、すっきりとした甘さが口の中で溶けて消える。
この時点でもうおいしい。このなめらかな口当たりが決して強くはないはずの甘さを活かしている。惜しいと思ってしまうほどにしつこさがなく、すぐにもう一口と進めたくなってしまう。余韻に浸る間もなく、今度はジュレといっしょに口に含む。
「はぁ……」
甘い。イチゴと言うから酸味が強いのかと思っていたが、どちらかと言えば甘みが強調されている。酸味がないわけではないのだが、とろりとしたジュレが滑らかで軽やかなムースと合わさればまさに極上。すっきりと口溶けの良いムースが舌の上で消えたかと思えば、甘みの強いとろりとしたイチゴのジュレが舌に残る。ホワイトチョコの風味とイチゴの風味の相性も良い。思わず目を閉じ、余韻に浸ってしまうほどだ。
しかしこれでもまだまだ堪能したとは言えない。パキッ、とウサミミ型のホワイトチョコをフォークで折って口に含む。これもおいしい。ムースのそれよりも濃厚で、ジュレと同等に甘い。口に広がるホワイトチョコの香りを楽しんで、一度コーヒーを挟む。
このコーヒーも良い、んだけど……昔の味覚で楽しみたかった、という欲もある。本来は苦味が強く酸味は少ないタイプの味なんだろう。香り自体は楽しめるものの、今の味覚では本来の味を塗りつぶすほどに砂糖とミルクを入れなければ楽しめない今の味覚がちょっとニクい。……あるいは、少しずつでも舌に苦味への耐性をつければまた楽しめるようになるのかもしれないが、アオイはわざわざそのために苦い思いをしたくない性格をしている。たぶん無理だろう。
「お、この生地もなかなか」
ビスキュイジョコンド。ムースの底生地。しっとりやわらか、アーモンドの風味が豊かなおいしい生地だ。これをムースといっしょに食べるのも良いだろうなぁ。食べた。合った。やわらかくはあるが、ムースやジュレなどの口の中で溶けるようなものと比べるとしっかりとしている。食感の違いが出て楽しく、おいしい。
そして中央にあるイチジクのガナッシュ。ミルクチョコをベースにしただろうそれがようやく見えてきた。楽しみにしながら口に含む。
「っ……! んん~……♡」
おいっしい! アオイは頬に手を当てて相好を崩した。イチジクのガナッシュだけあって濃厚な甘みと芳醇な香りを楽しめる。チョコレートとしての味わいも強く、口溶けの良さも抜群。これだけ甘みが強く、ねっとりとすらしているにも関わらずしつこくないのは構成によるものだろうか。全体として軽やかですっきりとした味わいだからか、このガナッシュもそれに合わさっていっしょに溶けて消えていく。ただ余韻まで完全に消えるわけではなく、幸福がじんわりと広がっていく。
「おいしい……」
ふぅ、とアオイが恍惚の息をつく。その表情がたたえた幸せそうな微笑みは見る者すべての心を奪う。
Lapinはホワイトチョコ、ホワイトチョコレートのムース、イチゴのジュレ、イチジクのガナッシュにビスキュイジョコンドという構成のガトーだ。見た目もかわいらしく、味も癖がなく万人向け。滑らかで軽やかな口当たりは食べやすく、全体のバランスも良い。店名を冠するにふさわしいガトーと言えるだろう。
最高のバニーガールに決して負けることのない最高の味わいをあなたに。
パティスリーラパンは皆様のご来店をお待ちしております。
*
アオイの集客効果は非常に大きく、その日のパティスリーラパンは大盛況。店主のスキルを持ってしても後半は焼き菓子を含めて一切売るものがない状態になってしまったほどだ。 その味に魅了されたのか、翌日以降、アオイという客寄せウサギが居ない状態でも数多くのリピーターがラパンの味を求めて押し寄せた。
ラパンの店主はアオイに感謝し、また時間があればお願いしたいと依頼した。
アオイはそれを快諾した。労働は嫌いだ。休みたいときは休みたい。というか常に休みたい。
だが――コスプレしてケーキを食べるだけでいいのであれば、やぶさかではない。
何より、アオイもラパンの味に魅了されてしまった。
毎日は嫌だが、たびたび足を運びたいと思っていた。
不定期でバニーガールが出没するパティスリー、ラパン。
いつ現れるのか誰にも予想することができない幸運のウサギと出会うことができたならば、願い事が叶うと言われている。
あるいは――彼女をひと目見た瞬間に、願い事が『彼女と会うこと』になるからかもしれない。




