星勇斗の冒険 3
沢木梓――オーガに追われていた少女となんやかんやあって再会してなんやかんやあって試しにパーティーを組んでみてから一週間。
とんでもないコントロールの悪さを見せる梓に対して勇斗はすっかり遠慮というものをなくしていた。
気弱でおとなしめな印象を持つ梓だが――こんなナリをしておいて、少し図太いところがある。
傷つきやすい子なんじゃないかと思っていたし実際そういうところはあるのだが……梓は立ち直りも早かった。
ちょっと強く言っても「ひーん!」と泣き言を言うだけで終わる。だからと言ってひどく扱おうとは思わないが、必要以上に傷つけないようにと気遣うのはやめた。
と言うかマジでコントロール悪くて気遣いなんてする余裕は持てなかった。
「あーずーさぁー! 自分以外に【ヒール】使うのはやめろって言っただろうがぁあああ!」
「ひ、ひぅっ! で、でもっ……ゆ、ゆーとくんが怪我してたから」
「それでMOBに当ててたら意味ねぇんだよ! 【ヒール】!」
ひーん! ごめんなさい! ごめんなさいぃ! と泣きながら謝る梓だが、本気で謝っているつもりだとしても前科がある。ありすぎる。簡単に許す気にはなれない。
本当は優しい子なのだ。今のだって勇斗が傷つく姿に我慢できなくてつい【ヒール】を使ってしまったのだろう。……ただ、コントロールが悪すぎて勇斗ではなく相対するMOB――ホブゴブリンの傷を癒やしてしまっただけで。
今、勇斗たちはホブゴブリン率いるゴブリンの群れと戦っていた。ワンダラーではあるが、ソロでも第九層まで来れる二人だ。ホブゴブリン程度が相手であればなんとかなると見込んでのことだった。
最初に梓が牽制で魔法を撃ち――案の定当たらなかったので勇斗が切り込んで時間稼ぎをしていた。その間に詠唱をしていてほしかったのだが、不意の一撃をいなすことができずに負傷した勇斗を見て我慢することができなかったらしい。
これはやっぱり課題だな――そう思いながら、勇斗は大きく剣を振るって距離を取る。最初に居たのはホブゴブリン一体にゴブリンが四体……一体のゴブリンは勇斗が斬ったので、残りはホブゴブリンを含めて四体。
このままひとりでもやっていけなくはないかもしれないが――あくまでも『時間稼ぎ』に徹していたからやり過ごすことができただけだ。それでも一体はゴブリンを斬り伏せることができたのは勇斗の功績だが、それによって攻撃を受けてしまったことを思えば失敗とも言える。
「梓! 謝るのはいい! 撃て!」
「は、はいっ! ……【集え、我が焔。来い、我が焔。呼び寄せたるは31の子。我が手を離れ――拡がり、熾れ】」
ゴブリンの群れから距離を取った勇斗と代わるように、梓が一歩前に出る。杖を構えて――詠唱とともに、それを振るう。
「【魔法の火矢・31連】!」
杖の先に集まった火の球が、その言葉とともに前方に向かって拡散する。
普通に考えると、詠唱なんて使うよりもさっさと魔法を使ったほうが早い。
だが、梓の場合――ただ魔法を撃ったとしてもどうせ当たらないのだ。それなら詠唱をして『当たるような魔法』を使ったほうがずっと良い。
個別に攻撃することが難しいなら、範囲攻撃だけを使えばいい。
結果――梓の詠唱によって放たれた火の散弾はゴブリンの群れを襲った。ゴブリン程度であれば【ファイアーボール】一発でもオーバーキル。ホブゴブリンには、ダメージを与えても致命傷には至らず。
「ふっ――」
それをわかっていた勇斗は、火矢を防ぐために顔の前に腕を掲げていたホブゴブリンの懐に踏み込み、剣を握る。
「【スラッシュ】」
スキルの使用。剣閃が瞬き、ホブゴブリンの胴を真っ二つに斬り飛ばす。【スラッシュ】は剣を振るうスキルだ。ただそれだけのスキルであり――しかし、スキルの補助なしに振るうときよりもずっと鋭く、力ある一撃を出すことができる。
(師匠なら、スキルなんてないくらいのほうがいいのかもしれないけど……俺はまだ無理だな)
師匠曰く、スキルは『使わされている』感じがあって嫌らしい。スキルの補助なしにスキルを使ったときよりも強力な剣を振るう師匠がおかしいとは思うのだが『使わされている』感じはわからなくもない。
ただ、勇斗の考え方は違った。スキルによって『使わされている』のなら、それを利用すればいい――スキルの動きを前提にして身体を動かせばいい、と考えていた。
もっとも、そういう意味でもまだまだ師匠には逆立ちしても届かないのだが……それは仕方ないだろう。
「あー……お疲れ、梓。ホブゴブリンでもなんとかなったな」
「は、はい。……勇斗くんも、お疲れ様です。さすがですっ。そ、それに比べてわたしは……」
「まあ【ヒール】の件はちゃんと反省してほしいけど、ホブゴブリンたちを相手にあんな簡単に行ったのは梓の魔法があったからだよ」
だからそんなに自分を卑下するなって。勇斗は梓の頭をぽんぽんと叩いた。小動物的な可愛さがあるからついこんな接し方になってしまう――が、年頃の女性の頭に触れるなんて推奨されることではないだろう。勇斗は謝ろうとしたが、梓が「えへへ……」と気の抜けた笑みを浮かべているのでやめた。
(……こういうところは、ほんと、癒されるんだけどなぁ)
許されるのであればぬいぐるみのようにして抱きしめてやりたくなるほどだ。同年代の少女に向ける感情ではないが、めちゃくちゃにかわいがりたくなってしまう。
例えばアオイに同じようなことをするかと言うと絶対にしないだろうし、想像しただけで恥ずかしくなってくるほどだが……梓はなぁ。なんか、妹みたいな感じだ。
まだ付き合いが始まってから一週間ほどしか経っていないにも関わらず、梓も勇斗に対して心を開いている様子だった。明らかに懐かれている。そういうところも小動物めいたところがある。
ただ、戦闘中は癒されるどころの話ではなかった。ヒヤヒヤする。……しかし、勇斗は梓とのパーティーを解消するつもりはなかった。梓のコントロールの悪さは致命的な欠点だ。だが――彼女にはそれを上回るほどの長所がある。
(今まで一度も、梓の魔力が切れたところを見たことがない)
それどころか、彼女が疲れている様子すら見たことがない。最初『スタミナには自信があります!』なんて言っていたが、ここまでだとは思わなかった。
(と言うか、あれだけ魔法を使っていて魔力切れを起こさないっていうのがよくわからないんだよな。……純魔でMP増加にポイントを全振りしていたとしても、あの使い方じゃ保たないだろ)
明らかにおかしい。だが、それに関して何か言うつもりはなかった。隠す理由があるのかもしれない。パーティーメンバーになったのだから一蓮托生、戦闘に関する隠し事なんて言語道断だとも思うが――それでも隠したいことはあるだろう。
弱点を隠されるのであれば本当にたまったもんじゃないが、今までの戦闘のことを考えるとそういう方向性じゃない。なら、今のところは『待つ』ことにする。……これでも、本格的にパーティーを組むと決まったわけじゃない。
『お試し』とは言ったが、これは何も勇斗だけの話ではない。梓もパーティーを探しているつもりだったようだが、今回のパーティーはあくまでも梓が『なんでも言うことを聞く』と言っていたから聞いてもらっているだけの『お願い』だ。
本心では――梓も、自分とふたりだけのパーティーよりも良いパーティーを探したいかもしれない。男とふたりきり、っていうのもやりにくいだろうし……ちょっとは心を開いてくれたような気もするけど、それも俺がそう勘違いしてるだけかもしれないからな。
(ま、それもこれも――まずは、第十層に挑んでから、か)
「梓。第十層のことなんだけど……」
「あ、は、はいっ! ほ、ホブゴブリンを倒せたら、一回挑んでみようか……って話でしたよね。わ、わたしも、いいと思います! 勇斗くんとなら、たぶん……行けそうな気がするので」
第十層。階層主戦。
勇斗は単独での突破にはまだまだ時間がかかると考え、梓はソロでは無理だと考えて挑まなかった『フロアボス』戦。
だが、ふたりなら……きっと、突破することができるだろう。
今後の話は、それが終わってからにしよう。
(……少しでも早く、アオイに追いつくために)
心なしか、勇斗が剣を握る手に力がこもった。
彼はアオイがまだ第十層を突破していないなどとは夢にも思っていなかった。
「……」
そんな勇斗を、梓は静かに見つめていた。
その心を窺うように。
*
沢木梓がダンジョンに入ったのは他の同級生と同じく、本当に軽い気持ちだった。
自分の何かが変わることを期待して……そんな思いがなかったわけもない。それはほとんどの探索者が共通して思っていることだ。探索者になったら自分に特別な力や才能があって――そうでなくとも、探索を進めるうちに強くなって、何かが。人生に一発逆転があるかもしれない。
そんな軽い気持ちを持っている者は多い。一発逆転をと思っているくせに特に努力をしたわけでもなく、ただ『降ってくる』のを待っているような者は。
勇斗のようにひたすら努力をしてきたような者や、アオイのように『生きていくため』になし崩し的にといった者は稀だ。勇斗やアオイは現実的に『探索者』を見ていたが、梓はもちろんそうではなかった。
そんな探索者候補たちは、ほとんどが実際にダンジョンに潜って現実を知る――梓もその中のひとりになるはずだった。
だが、そうはならなかった。その理由は。
「……な、なに、これ」
管理局主導の初心者講習。初めてダンジョンに足を踏み入れて、怯えたり可哀想に思ってしまいながら拘束されたホーンラビットを倒して――そうして、初めて自分のステータスを意識した瞬間。
最初は何も記載されていないはずのスキル欄に、一つの記載があった。
【無尽】
端的にそう書かれたスキルを見て、梓は戸惑った。嬉しいと思う気持ちもなかったわけではない。『自分は特別な存在だ』ということがわかったのだ。舞い上がってしまうのは仕方ないことだろう。
しかし、それを口にするのは憚られるところもあった。……ユニークスキルは特別な力だ。世界でも有数の力。たった数人しか居ないなんてことはないが――何万人も居る、なんてこともない。
例えば日本でも上位の探索者クランである『シブヤウォーリアーズ』や『迷い道』、『ヴァナヘイム』にはユニークスキル保持者は居ない。
(【無尽】……どんなスキルなんだろう。名前的に、尽きることが無い……何が?)
帰ったらスキル検索してみよう。ユニークスキルの中には複数の保持者が居るスキルも存在している。これもそういったスキルなのかもしれない。
どちらにせよ、これからの探索者生活が楽しみだ。梓は浮かれていた。ただの女子高生だった自分……特別なものなんて何一つ持っていなかった。持久走だけはちょっと得意だったが、それくらい。取り柄なんてないわたしにも、特別なものが――
そして【無尽】がまったく登録のない本当の『ユニーク』であるとわかり、次に梓が調べたのは『ユニークスキルを持っているとわかったときにどうすればいいのか』だった。
自分が特別な存在だったらと思いはすれど本当にそうだったなんてことは想定していない。やっぱりスキルを登録したほうがいいんだろうか。そんなことを思いながら軽い気持ちで調べて――『ユニークスキル』の価値と、それに伴う危険性を思い知った。
「……ば、バレちゃ、だめなんだ」
ダンジョンは国家主導で攻略が進められている場所である。民間の探索者も数多く居るが、その本領はあくまでも国家、各国に所属する軍人こそが真の『攻略組』である。
ダンジョンにはそれだけの価値がある。そんな中で『ユニークスキル』を保持していることがどれだけの価値を持っているか。
例えるならば梓は宝くじを当てたようなものだ。それは非常に幸運なことと言えるが、周囲にそれが知られてしまったとき、どういったことが起こるかは想像に難くないだろう。どうしようもなく危険性が付きまとう。
日本では強制的に召集されるなんてことはないだろうが――それでも国に知られれば強い勧誘を受けることは間違いない。……民間の探索者に『ユニークスキル』を保持している者は少ないが、それはやはり『ユニークスキル』なんて言われるほどに貴重で強力なスキルを保持している場合、軍属になることが多いからだ。
もちろん、梓にはそんなつもりはなかった。『特別な存在』になりたかっただけで――でも、実際になったときにどうするかなんて考えたこともなかった。実際にそうなったときにどうなるかなんて、考えられなかった。ただぼんやりとすべてがうまくいくんだって……すべてが良い方向に変わるんだって。そんな程度の考えでしかなかったのだ。
梓はユニークスキルを隠すことにした。それはソロで探索すると決めるほどの徹底っぷりであり……『探索者になったらいっしょに潜ろう』なんて話していた友人たちが初心者講習で探索者になることを諦めることも手伝っていた。
梓はそれどころではなかったが、義務教育を終えたばかりの少女たちに探索は厳しいものだったらしい。
そもそもあんなに歩くとか聞いてないし。自分たちは光が当たるところばかり見ていて影に隠されている場所のことをまったく知らなかった。それを思い知らされた。
探索者を志し、しかしすぐに諦める者たちの多くと同じ理由だった。
ソロでダンジョンに潜った梓が最初にするべきだったのはスキル【無尽】の検証だった。ユニークスキルだとは言え、どんなものかわからなければ宝の持ち腐れだ。何かが尽きないっぽいことはわかる。しかし何が……。
「……体力とか?」
なんとなく思ったのはそれだった。梓は特に何も鍛えたことがないが持久走で疲れるようなこともなかった。それが周囲から不審に思われなかったのは――ひとえに、少し注目されるだけで慌てる小心者だったからだろう。
持久走で疲れるなんて関係なく注目されたら慌てて汗が出て息が乱れる。そんな様子は周囲の者からは『疲れている』ように見える。
そもそも梓は足が速いわけではなく、ただ『疲れない』だけだ。疲れるほど全力で体育に励むなんて少女がそこまで多いかと言えば、そうでもない。それだから梓は目立たなかった。
……ユニークスキル保持者の多くは、ダンジョンに潜る前からユニークスキルに通じるような特性を持っていることがある。【超人体質】もそうだが、梓の【無尽】もそうだったのかもしれない。
試しに梓は全力で走り回ってみることにした。走った。まったく疲れなかった。これは……そういうことなのかも!
「……ど、どうなんだろう、これ」
正直なところを言えば、梓は『微妙なスキル……!』と思っていた。疲れない。体力が尽きることがない。それは良いことなんだろうとは思う、けど……それだけでやっていけるかと言うと、微妙じゃないだろうか。
「これ、隠さなきゃいけないのかなぁ……ひ、ひとりでモンスターと戦うとか、できるかな」
考えてみる。自分がモンスターと戦って――どうやって戦えばいいのだろうか。
「……疲れないなら、逃げながらちまちま攻撃する、とか?」
走りながら遠くから攻撃する――それしかない。そうと決まれば魔法を使えるようになろう。初心者講習では最低限のスキルを持つくらいまでは面倒を見てくれる。戦闘で稼ぐことができる経験値は戦闘に参加した者たちの位階に依存して配分される。例えば高位探索者がモンスターを瀕死に追い詰めてからトドメだけを、なんてやり方は通用しない。パワーレベリングはできない――かと言えば、微妙なところで。
初心者講習では監督者の監視下において武器の貸与と使用が認められている。……高位探索者に戦闘を手伝ってもらうことはできないが、武器の制限はない。
つまり銃でも使えばいい。
ダンジョン内部は『日本』ではない。銃の使用が認められている。身の丈に合わない探索は推奨されていないので使用には条件もあるが……初心者講習においては例外だ。最低限の位階がなければどれだけ浅層でも『身の丈に合わない』層になる。
結果、梓は最低限のスキルを取得できるくらいのポイントは持っていた。【ヒール】でも取ればそれだけですっからかんになる程度ではあるが……それでも、何のリソースもない探索者にとっては貴重な機会だ。熟考しなければならない。
【ヒール】は非常に魅力的だが、最初に取得するのであれば他のものにしたい。現状、梓にはモンスターを倒す手段がない。浅層に出現するモンスター……スライムでさえ倒せるかどうかは微妙だ。叩いてもゼリー状の身体に阻まれてぽよんっと跳ね返されて終わる気がする。ホーンラビットが相手でも攻撃がまず当たらなそう。避けられてぐさぁと角で串刺しにして終わる気がする。
だから、何らかの攻撃手段が欲しかった。遠距離から攻撃することのできるもの……銃が無理なら、魔法だ。攻撃魔法。
そう思って、梓は【火魔法】のスキルツリーの初期スキルの一つである【ファイアーボール】を取得した。
そして、実際に使ってみて――自分のコントロールに辟易しながらも連発して連発してようやく倒すことができて、帰ってから『魔法 当たらない 当てる方法』で検索してみて、あることに気付いた。
「わたしの魔力……減って、なかった?」
魔法が当たらない対処法を調べたときに『MPの問題があるので、魔法は当てられないようなときはできるだけ使わないようにしましょう。回復手段があるならまだしも初期なら数発で弾切れになるはず。魔力切れはめちゃくちゃキツくて動けなくなることもあるので無駄遣いは厳禁!』なんて記述があったのだ。
しかし梓は無駄遣いに無駄遣いを重ねていたが、まったくMPが切れるような素振りはなかった。いくら無駄撃ちしても魔力が尽きる気配なんてなく――だから気付いた。
【無尽】。これは、魔力に関してもそうなんじゃないかって。
そのことに気付いた瞬間、梓の胸に去来した感情は高揚ではなく動揺だった。
尽きることのない魔力。……それがどれだけの価値を持っているのか、梓が正確に理解できていたわけではない。だが、その一端でも理解できたのであれば十分だった。
魔法は強力な力だ。【ファイアーボール】という初期に覚えられるものであっても一撃で相当な威力を持つ。少なくとも浅層においては『当たれば勝つ』と言えるほどの威力を有する一撃必殺の攻撃手段。攻撃魔法でなくとも【ヒール】さえ使えれば怪我は治る。それが魔法だ。
だが、魔法も万能ではない。その最大の欠点は『魔力を消費すること』だ。使用可能な回数が限られている。魔力の回復手段としてマナポーションなんてものも(買おうとすればそれなりの額にはなるが)存在するものの、それも無限に持ち歩けるわけではない。リソースは限られている。
梓にはそれがない。限界がない。魔力が尽きることがない。
故に【無尽】。それが沢木梓の持つユニークスキル。
「ど、どうしよう」
梓は途方に暮れた。しかしどうするもこうするもない。隠したほうがいいだろうことは変わらない。ただ梓の戦法は決まった。尽きることがないのであれば魔法を使えばいい。梓には無駄遣いなんて概念はないのだ。当たらなくても当たるまで撃てばいい。それでいいと思って探索を進め――実際、それでなんとかなった。
ただでさえ魔法は強力な力だ。それは本来『使用回数に制限がある』こととトレードオフであるからこその力でもある。梓のユニークスキルはその代償を踏み倒す無法なもの。浅層までであれば攻略できないほうがおかしい。
魔法のコントロールを良くしようとなんて思わない。そんなことをしなくても自分の魔力が尽きることはないのだから。節約なんて考える意味もない。数撃ちゃ当たる。それでなんとかなった。なってしまった。
そして、オーガに遭遇した。
「な、なんでぇえええええ!」
梓にイレギュラーの知識がなかったわけではない。自分から攻撃しない限りは安全だ、と。もしオーガに気付いていたなら、絶対に攻撃なんてしなかった。
だが、曲がり角で遭遇したゴブリンの群れに咄嗟に【ファイアーボール】を連発して――その背後にオーガが居るなんて、想定していなかった。
必死に走った。幸い、【無尽】は魔力だけではなく体力にも適用される。振り返って魔法を使う余裕すらなかったから「たすけて」と叫びながら走ることしかできなかった。
なんとか逃げ切れたものの、何かが一つ間違っていれば死んでいた可能性がある。死の危険があった。そのことに気付いた瞬間、恐怖で震えた。足がすくんだ。
でも、探索者を辞めようとは思わなかった。……【無尽】は自分の唯一の取り柄だ。これを捨てるわけにはいかない。
そしてダンジョンから出て――オーガ出現の報を聞いた瞬間、もしかしてと思った。自分は助けを求めながら走っていた。必死になって叫びながら走り続けて気付かなかったが……もしかして、私を助けようとしてくれた?
梓の肩に罪悪感が手をかけた。その手が持つ重みはどんどん強さを増していき、自分が原因で人が死んだかもしれないと思うと吐き気を抑えることができなかった。
自分には【無尽】のユニークスキルがある。だが、他の探索者にそんなものはない。
全力で走り続けることは難しく、オーガから逃げ切れることはまず不可能だ。
そしてあんな浅い層に居た探索者がオーガから逃げ切れなければ……どうなるかなんて、火を見るより明らかだった。
それだから、オーガと遭遇した探索者が無事に生還したと聞いたときは安堵した。力が抜けてその場にへなへなと座り込んでしまったほどだ。
その探索者に謝りたい。そう思いもしたが、その探索者を探す過程で『どうして探しているのか』と聞かれるだろうことは間違いない。そのときに自分がオーガに攻撃をしてしまったことと自分がその探索者にオーガを『なすりつけ』てしまっただろうことを説明しなければいけない。
それは当たり前のことだ。実際そうなのだから説明すればいい。……それは、わかっていた。
わかっていたが、できなかった。梓は臆病だった。自分のせいで人が死にかけた。それが判明したときに責められることが怖くてたまらなかった。責められるべきだと思いながらも、責められることが怖くて怖くて……そんな自分が、最低な自分が、情けなくて。
あまりに情けなくちっぽけな自分の心に涙が溢れた。涙が溢れたところで何も変わりはしないのに。泣きながらごめんなさいごめんなさいと虚に向かって謝って、誰にも何も伝わらない。
そうやって罪悪感に押しつぶされていた梓だが、ずっとそのままで居るようなこともなかった。
時間は平等に流れすべてを風化させる。トラウマは簡単に消えるものではなく、いつまでも抱え続けてしまうものかもしれない。
だがほとんどの場合、薄れてはいくものだ。恨み骨髄に徹するようなことがあったとしても日常を過ごしている内に薄れていく。
食事をするときにずっと過去の嫌なことを思い出すか? 仕事をするとき、読書するとき、風呂に入ったり歯磨きしたり、あるいは人と話しているとき。何の関係もないことをしているときにも常にトラウマが念頭にあるか? 後悔が思考を支配しているか?
梓も同じだ。いくら罪悪感に心身ともに蝕まれていたとしても――それでも、生きていかなければいけない。罪悪感を抱えながらも生きているのだ。人生は続く。
探索者を辞める気はなかった。しかし、今までのようにソロで探索することは避けようと考えていた。【無尽】を打ち明ける覚悟はないが……それでも、ソロでの探索を続けていればまた同じようなことを繰り返してしまうかもしれない。パーティーを組めば無関係の他人に気付かずモンスターをなすりつけるなんてことはしなくなるはずだ。
そうしてパーティーを組もうと馴染みの管理局員さんに相談して、斡旋所に通い詰め――
「……ま、魔法一発で不採用になる」
いざパーティーを組もうという段階までは行かないこともなかった。だが、実際にパーティーを組もうとなって、試しにと魔法の練度を確かめるために訓練場に行って魔法を見せて――あまりのコントロールの悪さから「やっぱりこの話はなかったことで」とお断りされてしまう。
当たり前と言えば当たり前なのだが……梓も【無尽】のことは隠している。そしてそもそも自己アピールというものが彼女はめちゃくちゃに苦手だった。スタミナには自信があったが、そう言われて彼女の真価が伝わるはずもない。いくら純魔だと言っても魔力量には限りがある。そんな貴重な魔力を無駄遣いするようなコントロールの悪さ……さらに純魔ということもあって他の役割を期待することもできない。相手からすれば無能と見られることも仕方ないだろう。
うなだれていた梓だが、彼女は諦めることもしなかった。めげずに……なんてことはなく割りとめげてはいたが、それはそれとして起き上がって前を向いて何度も歩き出していた。
そうして梓がまた馴染みの管理局員に相談しようとしていた日のことだ。
(……あ、隣、座ってる)
自分が案内された席の隣に人が居た。満員御礼なんて状況じゃないのなら梓は席を一つ空けてほしいタイプの人間だった。だがそんな贅沢を言っていられる立場でも性格でもない。おとなしくその席につくことにする。
お隣さんは自分と同い年くらいの男の子だった。担当の管理局員さんと仲が良いのか、ずいぶんと話が弾んでいる。こういう人でもパーティーを探しに来るんだな、と思う。
簡易的な仕切りがあるとは言え、この距離だ。どうしても話は聞こえてしまう。盗み聞きをしようだなんて思わないので、梓はできるだけ話を耳に入れないようにと意識した。自分だって同じ立場なら話を聞かれたいとは思わない。音を遮る魔道具とか置いてくれたらいいのに……。予算かそれ以外の何かが理由で無理なのかもしれないけれど。
しかし、今回に限っては――聞こえてきたからこそ知ることができた。
(オーガ……!?)
隣の少年が発した言葉を耳にした瞬間、世界が凍った。
ドクン、ドクン、と心臓から流れる血潮だけが熱を持つ。
血の流れる音がする。こんなところに。わたしのせいで。どうしよう。どうすれば。ドクン、ドクン、ドクン、ドクン。脈打つ鼓動に痛みさえ感じる。世界が揺れる。
(いや――どうすれば、じゃない)
どうすればいいのかは決まっている。どうするべきかは決まっている。どうしなければいけないかは、決まっている。
謝るんだ。今すぐに。今を逃せば二度と会えないかもしれない。早く、早く、言わないと。死ぬかもしれなかった。わたしのせいで。
「あ、あのっ!」
そして、決死の覚悟で謝って――どうしてか、彼とパーティーを組むことになって。
(……わたしの魔法に、怒ってた、けど)
怒られるのは怖かった。怒られるのは嫌だった。でも、愛想笑いを浮かべて申し訳無さそうな顔で『戦力外通告』を受けることと比べれば。
(勇斗くんに怒られるのは……い、嫌じゃない、わけじゃない、けど)
でも、今までに受けた扱いよりもずっと良かった。怒られても呆れられても……でも、彼は自分を見捨てなかった。見限られても、見捨てられてもおかしくない――どころか、それが当たり前だって自分でも思うのに。
(心配になるくらい、やさしい)
こんな役立たずとパーティーを組んでくれるなんて、と。そう思いはするものの、梓が今までに出会ったどんな探索者よりも勇斗は探索に真剣だった。もっとも、梓が今までに出会った探索者なんて限られているが……。
(……勇斗くんになら)
まだパーティーを組んでから一週間ほどだが、梓は彼に自分の【無尽】について打ち明けるかどうか悩んでいた。
ただ、このパーティーはあくまで『お試し』。第十層を攻略するまでは組むことになっているが、その後どうなるかはわからない。
もちろん梓としてはこのまま本格的にパーティーを組みたいとは思っているが――隠し事をしている自分が、ほんとうに彼に受け入れられるのか。隠し事をしたまま、彼と組んでもいいのだろうか。そんなことも考えてしまう。
(勇斗くんは、どう思っているんだろう)
第十層を攻略して、その後は。
彼は、どうするつもりなんだろう。
(……終わってほしくない、けど)
彼は探索に真剣だ。【無尽】のことを隠したままのわたしなら、見限られてもおかしくないし――自分でも、早く見限ったほうがいいと思ってしまう。今は彼に甘えているだけ。彼の優しさに甘えているだけなのだから。
彼にはきっともっと良いパーティーがある。梓は本格的に誰かとパーティーを組んで探索したことがない。だから他の探索者と比べると言っても、それはどうしても『配信』をしている探索者になってしまう。
そういった探索者たちと比べれば、当然、勇斗は見劣りする。だが――それでも、実際に見た勇斗の剣は梓にとっては光のようで。
そんな勇斗が真剣に探索を進めるなら……あるいは【無尽】を持っていることを打ち明けたとしても、自分よりもっと良いパーティーがあるはずで。
だって、自分はユニークスキルを持っているが、それにしてもコントロールが拙いから。勇斗の隣に立つことができるほどの能力は、持ってなくて。
(――強く、なりたい)
あるいは、梓が探索者を志してから初めて、そんなことを思った。
強く、なりたい。
自信を持って、勇斗くんの隣に立てるように。
わたしのせいで死にかけて――それなのに、わたしとパーティーを組んでくれる彼の役に立てるわたしになりたい。
やさしい彼に、報いたい。
ずっと自信なんて持ってなかった。誰かの役に立てたことなんて一度もなかった。
探索者になってからも、ずっとひとりでやってきた。
ユニークスキルなんて大きな力を持っているのに――それを明らかに持て余して、まったく使いこなすことができなくて。
そのせいで迷惑をかけた人が居て。……死にかけた人が居て。
それなのに、その人はわたしを許してくれて――それどころか、わたしを求めてくれて。
わたしを必要としてくれた彼に、わたしをまだ見捨てずにいてくれる彼に。
彼の役に立てるわたしになりたい。
そのために。
「強く……なりたい」
しかし、そんな彼女をいつまでも時間は待ってくれない。
第十層、階層主戦。
まずは、それに挑んでからだ。
そして、そこで役に立てなければ――
ぎゅ、と梓は無意識に強く杖を握った。
一度掴んだものを、二度と離すまいとでも言うように。




