非探索者でもできる! かんたん護身術!
「ちょっと予想外のこともあったけど……それじゃ、気を取り直して『非探索者でもできる! かんたん護身術!』をやっていこっか!」
ぎゅっと胸の前で拳を握ってアオイは言った。渋谷第八層。稀にスケルトンが出没することもある階層である。
:ギュッてした!
:眼鏡アオイ見てみたいよね
:第八層……スケルトンかー 個人的には第十八層の墓場ゾーンとかに行ってみてほしいところだけど
:あそこのアンデッドほんとにダルい 昼でもアレだけど夜だと地獄だし
:第二十八層のアンデッドナイトくんとかどうやって攻略するんだろ
:みんなのトラウマ デュラハンくんとか
:あいつワンダラーってかイベントボス感あるよな
:ギミックボスなー たまにそういう特殊階層あるよな ダンジョンくん
:ゲームっぽいよな
:ミミックくんとかね
「ミミックくんはまだわかるけど謎宝箱のほうがこわい説あるよね」
:わかるwww
:アレ誰が置いてるんだろうな……ダンジョン?
:宝箱の中身を用意するスタッフさんとか居るのかもしれない
:ダンジョンフェアリーみたいな? 精霊術師とかそこらへん知らねーかなー
:精霊術関連のスキルツリーに【対話】っていうのがありましてね……
:万物の声が聞こえる
:精霊だけだゾ(マジレス)
「精霊術もロマンあるよねー。ダンジョンの外にも連れていけるならなー。ペットにしたい。ウンディーネちゃんとか」
:最前線組のMPなら実際できそうなんだけど『魔封』がある問題な
:でもアレないと街中で銃持ってるようなもんだからな
:銃よりよっぽど危険な件
「あー……『魔封』の腕輪ね。ボクにはあんまり関係ないけど」
一定以上の実力を持つ探索者にはダンジョン外で『魔封の腕輪』を装着する義務がある。『魔封の腕輪』――世界すべてのダンジョンの第三十層から第四十層でドロップするこの腕輪は探索者の魔力を特定の方向のみに絞って出力させる機能が備わっている。
ある種の『呪いの装備』であるが――『自由に魔力を使えなくなる』という効力はあくまで代償。その本来の効果は『装着者の魔力を使用して自動で作動するバリアを展開できるようになる』というものだ。
『魔封の腕輪』を装着している限り、ダンジョン内でのように魔法を使ったりスキルを使ったりと言った力を発揮することはできないが、代わりに誰かから傷つけられることもない。『魔力の制限』という強い代償を条件にしているからか、そのバリアの強度は装着者の実力に比例しないほどに高い。交通事故に遭ったとしても無傷で終わる。
もちろんアオイはそんなものを付けていない。一定以上の実力を持った探索者であれば装着を義務付けられるものだが、携行可能な銃火器を持った非探索者にすら抑えられる程度であれば問題ない……とされている。
実際は『大量にドロップするとは言っても「魔封の腕輪」をすべての探索者に配布できるほどの在庫がない』のではないか? とも噂されているが、真偽は定かではない。
「スケルトンくんとかが居たらかなり良いんだけどねー。グールはどっちみちこの階層には居ないけどイヤだなぁ。あんまり触りたくない。べちょってなりそう」
:そもそもMOBと素手で戦おうってのがおかしい件
:そう言えばアオイって武器使わないの?
:体術専門? そっちのほうがいい感じなのかな
「いや、武器重いじゃん。荷物になるから持ち歩きたくない」
:おwwwwもwwwwいwwwww
:またすごい理由来たな……
:装備の重量っていうのはちゃんと考えないといけないことではあるけどな 位階を上げたとしてもやっぱり重い装備を着たままずっと移動するっていうのはキツい
:山登りとかでもそうだもんなー 軍人でも『移動訓練』ってのがあるくらいだし
:探索もだいたいは移動時間だからな
「でしょ? だからボクは悪くないわけですよ。ボクは悪くねぇ!」
:悪くないか?
:悪くはある
:いくらアオイが強くても心配なんだよな 物理無効の死霊系とかにもしエンカウントしたら……
:それは無エンチャの武器持ってても同じだろ
「あー、レイスとか? アレはなんとかなるよ。……ん、ゴブリンかな」
アオイの髪がアンテナのように跳ねて反応する。音もなく駆け、エアウォークを使って折れた柱の上に立つ。
「はっけーん。集団だね。護身術を教えるなら一対一のほうが良さそうかもだけど……ま、いっか」
配信くんを操作してゴブリンの集団に向ける。ゴブリンは単独でポップすることもあるがたいていは群れている。アオイとは違ってソロの危険性を重々承知しているのかもしれない。
「それじゃ、早速喧嘩売ってこっか。【エアウォーク】」
ぴょん、ぴょんっ、と空を跳ね――アオイは上空からゴブリンに急襲。三体居たゴブリンの内の一体、シミターを携えたゴブリンを踏みつける。
「で、もう一体」
そのまま流れるように弓を持ったゴブリンに接近、弓を構えるも間に合わない。着ている革の服を掴み、抵抗しようとした方向に崩して投げる。地面に転がった頭に足刀を振り下ろし無力化。還元の光が溢れる。
「とまあ、これで一対一だね。かんたん護身術講座の時間です」
:流れ作業のように処理されるゴブリンくん
:ゴブリンくんだって……生きてるんだぞ……!
:ゴブリンも現実的に見ると割りと脅威なんだけどな アオイ見てるとあんまそう感じないけど
「ゴブリンが生きてるわけないじゃん。ただのMOBだよ」
やれやれと肩をすくめながらアオイは残った最後の一体、棍棒を持ったゴブリンと相対する。
ゴブリンはアオイを見てもすぐには手を出さずにいた。仲間が一瞬でやられたからか、その目には警戒の光が見える。
「じゃ、かんたん護身術だけど……いちばんは『戦わないこと』だね。『逃げる』が第一。そこんところはみんな知ってるとは思うけど、一応ね」
自分よりも強い敵と遭遇したならば最適解は『戦わないこと』だ。まず間違いなく勝てないのだから『逃げる』が最適解になるのは当たり前の話ではある。
だから、アオイの『護身術』はそれを第一にしたものになると宣言した。『非探索者でもできる』と銘打っているからには避けずには通れない話だろう。
「基本的に自分よりも『強い人』が相手だって想定だから、相手はこっちのことを舐めてかかってきている……んだけど、今はそうじゃないね。まあいいや。実戦ならだいたいは降伏を促すための威嚇とか、怪我はさせたくないっていう躊躇があったりする……んだけど、相手がMOBの場合はそれもないね」
あれ? これゴブリンくん相手にするの間違ったかな? とアオイは首を傾げる。それを隙と見たゴブリンが棍棒を振り上げアオイに向かって突進してきて――
「とりあえず、逃げることもできずにこうやって戦うことになった場合」
振り下ろした棍棒を半身になるだけで躱したアオイが――カメラ目線のまま、ゴブリンには目もくれずに言葉を続ける。
「突き詰めれば、どうやって『制圧の機会をつくるか』って話に帰結するわけです。ボクの場合は『投げ』だけど……例えば」
アオイがゴブリンの手首を掴む。当然、ゴブリンはそれを振り払おうとするが。
「ボクが思うに『投げる』のって、結局は『背中を押してあげる』みたいなものなんだよね」
振り払おうとしたその瞬間、ゴブリンが力を加える方向は――アオイの意図したものになる。
「ボクの手を振り払おうとしている。そうやって身体を動かしている。なら、思っていた抵抗がなかったら……当然、意図したよりも『勢いがつきすぎてしまう』」
ゴブリンが手を振り払おうとするのと同時、アオイは手をぱっと離していた。しかしゴブリンの行動は止められない。振り払おうとした勢いのまま、その体勢が『崩れる』。
「投げるために崩すんじゃなくて、投げるときにはもう崩れてるんだよ。そういう状態に持っていく」
あとは、その背中を押してあげるだけ。
アオイはゴブリンに向かって踏み込み、その腕を掴んだ。身体を反転させ――四方投げ。ゴブリンは頭から地面に落とされ、血の花を咲かせる。還元の光が粒のように天へと昇る。
「……みたいな感じかな。参考になった?」
アオイは配信くんに向かって首を傾げた。
そんな彼女に対する反応は――
:何やってるのかわからなかった
:簡単そうに言うけどやれるかって言うと……
:動きに無駄がなさすぎる
:不自然なほどに『起こり』が見えない 予備動作がまったくない すべての動きが無拍子に見える
:※軽々とやってのけていますが特別な訓練を受けています 真似しないでください
「……あれぇ?」
アオイはアホみたいな声を上げた。おかしい。なんでだ。
「わかりやすくゆっくりやったつもりなんだけど……」
これでも伝わらないとは。予想外だ。アオイは真剣な顔をして考え込んだ。
:えっ
:今ので……?
:……確かにいつもの動きよりはひとつひとつの動作の区切りがわかりやすかったが
:じゃあなんすか 今のすらわからないオレたちはバカってことっすか
:話自体は基礎的なことだとは思うが……動きに関しては、あれだけの判断が初心者にできるかと言えば
「うーん……まあ、参考になったってことでいっか!」
わからなかったときはわからなかったほうが悪いってことで、とアオイは結論付けた。
もちろん、考えるのが面倒になったからである。
:は?
視聴者の心は一つになった。一致団結してこの顔だけは良い美少女に文句を言ってやろうとした。
しかしできなかった。
それを予期したアオイが配信くんに顔を近づけて「ねっ♪」とウィンクしたからだ。
案の定、視聴者たちは沈黙した。アオイの可愛さに悶絶し、文句を言うことなんてできなくなったのだ。
:おかわわわわわわわわわ
:やめろ! 恋する恋する!
:やっぱりホントに顔だけは世界一かわいいな……
「ふふ……でしょ?」
アオイが得意げに微笑んだ。褒められて気持ちよかったのだろう。
視聴者もすっかり機嫌を良くしていた。かわいいものが見れたからだ。
こうしてお互いに良い気持ちのまま配信は終わった。
配信者も視聴者もチョロすぎる……。




