かわいい服着て甘いもの食べたい
ふと思った。
「今のボク、美少女なんだからスイーツとか食べに行くべきじゃない……?」
ちょうど味覚もそっち側に寄っている。舌が甘味を求めている。昔から甘いものが苦手ってわけでもなかったけれど、今はめちゃくちゃ好きになってるし。
と言うか単に苦いものが苦手になってる。いわゆる『子ども舌』になってるよね。……これ、女体化が原因と言うよりは肉体年齢が幼くなった方が原因な気がする。
「ってことで、オシャレしてオシャレなお店で甘いもの食べよう!」
外に出ていくならやっぱりオシャレしないとね。素材が良すぎてシンプルなコーデが似合うって言っても、今のボクじゃシンプルなコーデすら難しい。
カラーバランスとか、もうね。色は……難しい……。ので、参考にしている配信者さんの言葉に従い、初心者のボクは大人しくモノトーンに差し色を使うところから始めてます。
アオイは白黒以外の服も買っているし、自宅で自分を着せ替え人形にするぶんには色々な服を着てああでもこうでもないと模索しているが、現状、外出する際にはモノトーンで『大きくは間違っていないだろう』と思えるところから始めていた。
シルエットはAライン――下に広がるタイプのものを多用しているが、これに関しては無意識だ。足回りを隠して体重移動を見えにくくするようなものを選ぶのが癖になっているのだろう。
それもあって、アオイはガーリーな服を好んで選んでいる。ただ、カジュアルなものやモードなものも自宅では試しているし、着こなしを覚えたならばきっちりとしたコーデもできるかもしれない。
「フレアスリーブかぁ……これに合わせるなら、ボトムスはパンツのほうが良いかな? タイトなデニム地か、スキニー……いや、でも、ボクとしてはやっぱり……」
姿見を前に、ああでもないこうでもないとアオイはファッションについて考える。男の頃からファッションは難しいと思っていたが、女性のファッションはさらに段違いに難しい。と言うか選択肢があまりにも多すぎる。
しかし、選択のパラドックス――選択肢が多くなりすぎると不幸を感じる――が起こっているかと言えばそうではなく、むしろ楽しく感じるから不思議だ。もっとも、アオイはまだまだ美少女になりたて。だからこそそう感じているのかもしれないが。
「……でも、こうして見ると」
アオイは自分がこの短期間に買った服を見る。そこには普段着として着るには少々華美なワンピースが数多く眠っている。
まだまだファッションについて疎い時期、衝動的に買ったものが多い。オケージョン用のワンピースは銀髪美少女であり黙っていれば気品すらまとうアオイには非常に似合うのだが、普段使いするのは難しい。
パーティードレスだけ何着も持ってる人みたいになってる……。アオイは自分の衝動性を後悔した。しかしすぐに立ち直った。だってかわいいし似合うもん。仕方ないよね! 今なら配信でもいいし……ただ、ワンピースにプラスでワンアイテムみたいなのがまだまだ難しいから、全体の完成度としてはまだちょっと惜しい感じなんだけど。
でもスタンダードアイテムもそれはそれで難しい。素材やほんのちょっとした違いで大きく印象が変わってくるのはわかるんだけど、実際に着てみるまではなかなか……。首元がちょっと詰まってるかどうかだけでモードな印象かカジュアルな印象かって分かれたりするし、そこらへんのところまで考えると。
「む、難しすぎる……」
アオイは頭を抱えた。これで毎年どころか季節ごとに変わったりするし、流行も常に変化している。何? わかんない。わかんないよぉ……。そう思いはするが、それでもオシャレは楽しいものだ。自分を着せ替え人形にするの楽しすぎる。眼福だし。
「……よし!」
今日のところは甘いもの食べるんだし、ガーリーカジュアルなコーデで行こう! そうと決めたアオイは服を選び――途中でまた『ガーリーカジュアルって……どうすればそうなるんだろう……』と悩んで手を止め、また考え込んだ。
かわいすぎて……つらい……っ!
*
「結局モノトーンコーデなんだよね」
ミモレ丈の黒色ワンピースに白のシアーカーディガンを合わせたコーデだ。……うーん、ボクの髪色だったら色は逆のほうが良かったかな? でも白ワンピってあんまり持ってないんだよなー。『黒が似合うでしょ!』と思って黒いのばっか買っちゃったし……実際めちゃくちゃ似合うんだけど、他のアイテムと合わせると印象も変わってくるから。
しかし、それでもかわいいことはかわいい。アオイはるんるん気分で街へと繰り出し、周囲からの視線を受けて気持ちよくなっていた。でも……アオイはちらと街を歩く人々の姿を見る。
(こうやって見ると、みんなオシャレさんだよねぇ)
自分以外の女性は自分よりもずっとオシャレ上級者だ。美少女になってファッションに目覚めて初めてわかった。ボクは素材が抜群だからめちゃくちゃ高い下駄を履いてるようなものだけれど、それでも『おっ』と思うことがある。
アオイの場合は銀髪灼眼の美少女だ。他の人のコーデを参考にするとしても難しいところはある。その人の体型や肌色、髪の色や長さによって似合うものは大きく変わってくるものだ。自分という素材が特殊過ぎて『マネキンが着てるやつをそのままお願いします』のカードが使えない。モノトーンコーデを多用しているのはそういった理由もある。
(あ、あの人のアレ、あそこのじゃない? ネットで見た。でも、合わせ方によってぜんぜん印象違うなぁ……)
ふんふむとアオイは考える。男の頃だったら絶対になかった視点だ。もっとも、好きなゲームの着せ替えで遊んでいるときも他のプレイヤーの装備を見て『あ、アレって確かあのときのイベントの報酬じゃ……』なんて思っていたからそこまで違いはないのかもしれない。
「えーっと……確か、ここらへんに」
SNSで流れてきたカフェがあるはず。そう思って首を振るアオイの視界――その端に、行列が見えた。
「ん?」
もしかして、あそこ? 目を向けてみると、そこに並ぶのはほとんどが若い男性だった。そして、その行列の先にあるものは。
「……ラーメン」
くぅ、とアオイのお腹が乞うように鳴いた。
……美少女だけど、ラーメン食べても問題ないよね。
方針転換、アオイはラーメン屋さんに並ぶことにした。べつにスイーツは食後でもいいし。
……アオイは忘れていた。今の身体のことを。
その胃の容量は、ラーメンを食べた後にスイーツが入るほどのものではなかったということを――




