誤算
「しゅ、収益が……ない……!?」
アオイは画面を見て愕然としていた。まるで世界が崩れ落ちたかのような錯覚とともに、皮算用で買ってしまった服のことが脳裏に過ぎる……。
もちろんちょっと配信をしたところで収益を得られるほど配信者は楽な商売ではない。そもそもダンジョン配信は一般的な動画サイトのそれとは違って広告などは一切ない。配信だけで収入が得られるわけではないのだ。
ちなみにアオイはそんなことも知らずに『こんな美少女が配信すればがっぽがぽでしょ~』としか思っていなかった。どこまでも調べることの大切さを知らずに怠る女である。
「と言うか、そもそもぜんぜん見られてない……! 今回はアーカイブ化もちゃんとしたのに……」
リアタイで視聴してくれている人はそこそこ居たはずだ。そうでなくちゃコメントと楽しく雑談なんてできるはずがない。もしコメントが一切なかったとしたら完全な無言配信になっていただろうから、あれに関してはめちゃくちゃ助かった。ボクはシャイだからね。間違いない。
「うーん……なんでだろう?」
だって、ボクはこんなにかわいいのに――そう思ったアオイは特に何も考えずに配信で聞いてみることにした。
「ってことなんだけど、どう思う? 視聴者諸君」
:サムネとタイトルが未設定だから
:今回もだし
:やる気ある?
:前の配信のリンク貼ったらブラクラ扱いされて通報されたし
:怪しすぎるもんな
「ブラクラはひどくない!?」
遺憾である。しかしアオイが同じような動画のリンクを貼られたら開くことなく通報するだろう。自分のことだけ棚に上げるのが特筆してうまい。
「えー……でも、服、買っちゃったし……今日の服もそうだよ? これのおかげで生活費がさー」
ひらひらとアオイはスカートの裾をつまんで見せつける。配信くんに向かってくるりと反転、アイドルのようにポーズを取る。ミモレ丈のフレアスカートに黒のノースリーブニットを合わせたコーデ。薄手のニット生地なのか身体のラインが完全に出ている。アオイの好み全開である。
:見た目はホントに良い
:これ見られるってだけで金出してもいいくらいだわ
:かわい……好き……
「それならお金出してよー。ぷりーずぷりーず」
:収益化には一定以上のチャンネル登録者数と総再生時間が必要だからな
:まだ投げ銭解禁されてないから無理だぞ
:そんなことも知らずに配信者を……?
「う、うるさいなぁ……調べるのとかめんどくさいし……」
:見 切 り 発 車
:反 面 教 師
:その結果むしろ面倒なことになってない?
:本末転倒じゃん
:こいつ最高にアホ
「……」
罵倒されている。しかしアオイには反論する言葉がなかった。正論だったからだ。正直自分もそうだと思う。でも面倒くさかった。当時のその思いも本物である。であれば今の自分が過去の自分を責めるのも酷なことだ。仕方ない。アオイは過去の自分にさえ甘かった。
しかしこのまま言われっぱなしではいられない。であれば。
「ね、みんな」
:?
:どしたんアホ
:考えなしのアホイさん?
アオイは視聴者に声をかけ、配信くんを見つめた。突然の呼びかけに罵倒を中断して画面を見つめる視聴者たち。その間を待ち、注目が最大限集まるその瞬間――アオイはぐぐーっと配信くんに顔を近づけ、
「ボク、かわいい? ……かわいさに免じて、ボクを褒めて?」
:うおおおおおおおお
:かわいい! かわいい!
:やめろやめろ恋する恋する!
:顔だけでマジで国を傾かせそう
:好きです
:結婚したい……
:もう何もしなくていいから養わせて
:さすがにかわいすぎるだろ……犯罪か?
:ピピーッ! かわいすぎ罪で私の家に終身刑だぞ♡
:↑さすがにキモい アオイはかわいい
「うわぁ」
コメントのあまりの変わりようにアオイは引いた。ドン引きである。
:なんでアオイが引いてるんだよ
:梯子外すな 騙すならちゃんと最後まで騙せ
:ゆりかごから墓場まで騙せ
:お前が始めた物語だろ……!
「いや……ボクがかわいいのはわかってるんだけど、ここまで変わると……人間ってこわいなーって……」
:アオイがかわいすぎるのが悪い
:それくらいかわいいからな
:お前の顔は凶器だって自覚しろ
:かわいすぎ罪! 私のお家に禁錮300000000000000年♡
「なんかひとりめちゃくちゃこわい人居るけどそれも?」
:いやそいつはヤバい
:無視しろ 触れるな
:荒らしだぞ ブロックしとけ
「しょっぱ! な、なんでこの人のことそんなに塩対応……? 有名人だったりする?」
アオイは改めてチャット欄の中でも一際ヤバい発言を繰り返すアカウントの名前を見た。えー……なになに……『フレイヤ』? なんか聞いたことあるような……どこかの神様だっけ。
:有名だけど一応裏垢だな
:裏垢って言っても一部にとっては有名無実なんだけど
:マナーだからな さすがに言えない
「あー……そっか。まあ聞いても知らないかもだけどね。声優さんとかの名前だったらワンチャンみたいな」
それも詳しいとは言えないから、本当に世間のことを知らない。今の総理大臣って誰だっけ……。
:アオイって浮世離れしてそうだもんな
:俺も俳優の名前とか言われてもピンと来ないことあるし
:私の名前言って驚かそうと思ったけど知らなかったら泣くからやめとく〈フレイヤ〉
:そうしとけ
:いいから座ってろ
「だよねー。あ、フレイヤさんはごめんね」
でも、どうして裏のアカウントなんだろうか。表で来てくれたら宣伝にも……いや、有名な人だからこそ何か事情があるのかもしれない。『フレイヤお姉ちゃん、ボクのことを宣伝してほしいな』ってかわいくお願いしようかとも思ったけど、事情があるならちょっとなー。
アオイは珍しく殊勝なことを思った。勝手な想像をして勝手に結論を出して勝手に身を引いた。そういうこともある。
「とりあえず、まだ配信でお金がもらえないって言うならとりあえずはダンジョンでお金を稼がなくちゃね。新しい服とか買いたいし」
:服なー 探索者用のは高いもんな
:こんな浅い層で賄える収入で買えるものじゃないが……まさか
:えっ……ふ、服も? 何のエンチャもない……わけ
「うん? いや、そりゃフツーに外で買った服だけど……」
アオイは視聴者の疑問に答えた。異常者の答えだった。
もちろん、これくらいの層――第十層以下であればダンジョン用の『特別な装備』なんてものは持っていないほうが普通だ。
しかし、であればこそ『そのための服装』が必要でもある。少なくともオシャレを重視するなんてことは間違っている。機能性こそ優先するべきものだろう。
それをアオイは動きやすさも最低限の防御力も差し置いて『かわいさ』を優先していると言った。そもそもノースリーブだ。エンチャントも何もないのに無暗に肌を晒すなど、正気の沙汰ではない。
ただの布であっても軽度の脅威から身を守るだけの防御力は有している。シブヤの浅層はあまりないが、草木生い茂る階層であればその『草木』でさえ軽度の脅威にはなる。枝や葉の間を通って肌に当たれば傷ができる。それが服を着ていればどうだ。ただの一枚の布が肌を脅威から守ってくれる。『肌の露出』とはそれだけで危険度を上げる行為だ。
一部の視聴者はアオイの動きを見て既にそれを察していたようだが、ほとんどの視聴者にとってはそうではなかった。動揺し、心配するような声がいくつも流れた。
アオイは腰に手を当て胸を張って答えた。
「だいじょーぶだいじょーぶ。ほら、言うでしょ? オシャレは我慢、って!」
:そういう意味じゃないと思うわ〈フレイヤ〉
しかし突っ込まれてしまった。
アオイは無言で配信くんに自分の顔を近づけてウィンクした。
勝った。
また気持ち悪くなっているチャット欄を見て、アオイは大きく腕を掲げた。
むなしい……勝利だった……。




