星勇斗の冒険 1
星勇斗、十六歳。現役男子高校生であり、探索者。
日本において探索者免許が取得できるのは義務教育を終えてから。ほとんどの少年少女たちが探索者を志し――そのまたほとんどが挫折する。これは毎年の恒例行事のようになっている。
勇斗もその中の一人であった。勇斗にとってダンジョンは物心ついた頃に出現したものだったが、それでも発見当初の熱狂は記憶に残っている。その中には色々と複雑な問題も絡んでいたが――子どもだった勇斗の心に残っているのは『憧れ』だけだ。
探索者になりたかった。探索者になって、アニメや漫画、特撮で見たようなヒーローになりたい。魔法やスキルを駆使して……いつか、未だ誰も達成していないダンジョンの踏破を成し遂げてみせる。
そんなことを思うような、どこにでも居る子ども。それが星勇斗という少年であり……その憧れを未だに持ち続けていることこそが、彼の特異性の一つではあった。
もっとも、同じように憧れを持ち続けている少年少女は少なくない。それはつまり『無謀』な新米探索者が少なくない数存在するということであり……手厚い支援、配信の存在と『事故』が起きないように配慮されてはいるものの、それでもやはり『事故』が起こることはある。
そのたびに議論が巻き起こりはするものの、結局は規制を進められることなく終わっている。だって憧れは止められない。成人してからと探索者免許が取得できる年齢を引き上げようという動きはあるが――他国の例を見ても、それが守られることは少ない。
『義務教育を終えてから』は少年少女を我慢させる限界だ。それ以上に先延ばしされたなら、義務教育の頃よりも足が長くなった彼らは必ずダンジョンに侵入しようとする。そして管理されずにダンジョンに侵入なんてしようものなら――十中八九『事故』が起こる。冥界の住人を増やすだけだ。
ただ、勇斗は漠然と『探索者になりたい』と思って時が来るのを待っていたわけではなく、その時までにできることをしようとしていた。
ダンジョンの情報について調べ、魔法やスキルについて調べ、探索者の配信を見て、剣術道場に通い……彼の『憧れ』は一般的な者たちのそれよりも強く、非現実的な夢想ではなく、地に足付いた『目標』として探索に対して向き合っていた。
今は雌伏の時と考え、牙を研ぐ。そうして牙を研ぎ続けた彼には――
パーティーを組むような友達が居なかった。
憧れが強すぎて人間関係を構築するための時間さえも牙を研ぐために費やした、悲しい結果だった……。
*
そういうわけでソロで潜っていた彼がしかし何の問題もなく探索者としての実力を積んで急速に成長していったある日に助けてと叫ぶ妙な女のせいでオーガに遭遇して逃げている内にアオイと出会って協力してなんとかオーガを討伐して、それから。
「いやー、どうなることかと思ったけど……オーガ倒せて良かったねぇ。経験値的にも、お金的にも!」
アオイと分担してオーガのアイテムドロップを持って帰路につく。
そんな中でアオイは機嫌よく笑っていた。やはり抜群の美少女だ、と改めて思う。勇斗にとってはダンジョンと同じかそれ以上に非現実的なその容姿を目にすると、ついつい見つめそうになってしまう自分が居る。それだから極力見ないようにと意識していた。
「でも、アオイが居なかったら俺は間違いなく死んでいたと思う。……ありがとう」
「えへへー。どういたしまして。でもオーガだもん。そりゃ無理だよ。ボクはちょっと……昔とった杵柄ってやつがあったからね」
『昔とった杵柄』なんてものでは片付けられないと思うが……勇斗だって、一応は剣術を学んでいたのだ。師匠には『探索者になりたいのなら、まずは攻撃を捌く技術からだな』と言われて捌く技術だけならそこそこになったと自負していたのだが……それもアオイには遠く及ばないだろう。
しかし。
「でも、ユートくんも何かやってた? 剣術とか。折れちゃってたけど……折れてたってことは、あのオーガの攻撃を剣で凌いで、でも死んでないってことだもんね。その年齢でそこまでいくの、けっこうすごいよ。太鼓判押しちゃう」
アオイはそんな自分を評価してくれた。その言葉だけでこみ上げるものがあった、が。
「……アオイに言われてもな」
『その年齢で』と言われても、自分と同年代かそれより下――ってことは免許を取得できる年齢的にないだろうが、それくらいの年齢の少女に言われても複雑だ。上には上が居る。自分が天才だなんて思ったこともないが『本物』とはこういうものなのかと実際に目にすると痛感する。
ただ、だからと言ってそれが憧れを諦める理由にはならないが。
「え? あー……まあ、ボクはね。実際ユートくんと同い年の頃でも……うーん、ホントにすごいんだよ? すごいんだけど、ボクを比較対象にはしないほうがいいんじゃないかな」
「わかってるって。アオイがすごすぎるだけだろ?」
「えへへー。それはそう」
にへらと笑いながら肯定する。そういうところに『こいつ』と思わなくはないものの、素直にかわいいと感じてしまう。
実力は遠く及ばない。しかし、彼女の背中を見た勇斗は。
いつか、背中を見るのではなく。
「でも、いつまでも負ける気はないから」
いつか、隣に並びたいと思っている。
「……へぇ」
アオイの目をまっすぐに見つめて決意を表した勇斗に対して、彼女は面白そうに唇を歪めた。
瞳を細めて、妖艶に微笑む――その表情には、魔性が宿り。
それを正面から受ける勇斗はゾクリと背筋に走るものを感じた。アオイの表情から読み取ることのできた微かな戦意……それに身体が反応して、恐怖と怯えを感じている。
だが、それには負けじと彼は臆することなくアオイを見つめる。
「あは」
そうしていると、アオイは楽しそうに笑みを浮かべて勇斗に近づき――肩を組んだ。
「!?」
突然のことに勇斗は動揺する。えっいきなりなんで近い近いというかなんかやわらかいものが当たってるんですけどちょっとこの美少女自分が美少女って自覚薄くないかヤバイヤバイ暴力的すぎる当たってる当たってるあたたかやわらかおっぱ――
「期待してるよ、少年。鍛錬に励み、技を磨け」
耳元で囁く。息がくすぐる。しかし、勇斗の心は既に惑わされる状態ではなく。
アオイの言葉に、ただ耳を傾けている。
「もちろん、探索も進めて……もっと深くまで潜って、オーガを技抜きで一蹴できるようになったなら」
そのときは。
「ボクにも勝てるかも、ね」
その言葉には冗談めかしたような調子はなかった。勇斗の言葉を真正面から受け止めて、真正面から返してくれた。
なら、勇斗もそうするべきだ。
「ああ。……いつか、必ず、君に並べる男になる」
「…………………ぅえ!?」
しかし、真面目に返した言葉にアオイはなぜかすっとんきょうな反応を返した。
……うん? どうしてそんな反応を? そう思う勇斗にアオイは「あれー? そういう意味? いや、まあ確かに……でも……うーん……」とよくわからない独り言をぶつぶつとつぶやき、最後には。
「まあいっか。そのときはよろしくー」
とめちゃくちゃ軽く言いながら肩を叩かれた。
えっ、そんな軽い感じ? 勇斗は唖然としてアオイを見た。今の、割りと重めの決心のつもりだったんだけど……。いや、だからと言って決意が鈍るとかはないけどさぁ。
「……アオイって、もうちょっとムードを気にしろって言われたことないか?」
「なぜそれをっ!?」
さもありなん。アオイは勇斗の言葉に『エスパーか!?』とでも言いたげな反応を見せた。
今がそうだからだよ。
*
「きっ――君たち、オーガは!?」
「た、倒した!? なんだと……!?」
「……しかし、それはあくまでも結果論だ。ああいった場合は救助を待っていてほしい」
その後、合流した救助隊からはちょっとした説教と生還を喜び『よくやった』とお褒めの言葉を頂戴した。
そして勇斗とアオイがパーティーを組んでいるわけではなくたまたまソロのふたりがいっしょになったということがわかれば――それはもうこんこんと説教を受けた。ソロでの探索は危険だ。よほど優れたユニークスキルでもない限りは決して推奨される行為ではない。
「パーティーを組めば、一見実入りは減るように感じられるかもしれない。人数分報酬は山分けだからな。経験値としても戦闘に参加した者たちで等分だ。しかし、結果的にはソロで潜るよりもずっと効率が良くなるだろう。何より、安全性が段違いだ。人の目は前にしか付いていない」
もちろん、勇斗もアオイもそんなことは知っていた。管理局の者もそれはわかっているだろうが、それでも言わずにはいられなかったのだろう。勇斗もアオイも形だけの返答をした。もっとも、勇斗に関しては思うところもあったのだが。
オーガと出会った経緯についても聞かれたので叫びながら走り去っていった少女のことを正直に話した。アオイも「あ、その子ボクも見た。やっぱあの子だったのかなぁ」なんて言っていたが、彼女と話したわけではないらしい。救助隊もすれ違っていないようだ。
アイツどこ行ったんだよ……。勇斗はもうあの少女に対して特に何も思っていない――わけではないが、オーガから逃げているときほどではなくなっていた。
あのときは『あのクソ女これで死んだら末代まで呪ってやるからな』と思っていたが、今はこうして生き残っている。
それに、アオイにも出会えた――なんて、これは思うだけでも恥ずかしいが、正直なところを言えばそうも思ってしまっている。
だからと言って許すつもりは毛頭ないが。
「でも……パーティーかぁ」
管理局からの聞き取りを終えるとアオイとは自然に解散した。連絡先を交換……は、しない。と言うかできなかった。友達すら居ない勇斗がアオイのような美少女と連絡先を交換するなんてハードルが高すぎる。
そもそも『いつか必ず君に並ぶ』なんて言っておいて連絡先を交換するのは……ちょっと、格好がつかないだろう。アオイは軽い調子で「またね~」なんて手を振っていたが。
そしてまたひとりに戻り、勇斗が思ったことは。
「本気で深層を目指すなら――ソロじゃ、無理だよな」
鍛錬に励み、技を磨く。それに関しては師匠に話をつけて時間をかけていくしかない。
だが、もう一つ。探索を進めることに関して言えば、一人ではやはり限界がある。
アオイほどの実力があるのならソロでも問題ないのかもしれない。なんたってオーガを相手にできるんだ。それも、見たところかなりの低位階で。
探索を進めればアオイはもっと強くなる。それも劇的に。どれだけ技を磨こうとも、前提となる力がなければ難しい。そしてその『力』は探索を進めれば自動的に手に入る。
このままでは間違いなく差は開くばかりだ。少しでもそれを縮めるために探索の速度を上げることは必要不可欠。そのためには。
「パーティーメンバーを、増やさないと」
ずっと、勇斗はそれから逃げてきていた。パーティーメンバーが必要なことはわかっていた。勇斗は探索についての知識を持っている。管理局のスタッフに言われるまでもなく、探索は複数人で行うものだと知っている。
だが、勇斗にとって『友達作り』というものは非常にハードルが高いものだった。師匠だって教えてくれない。「んなもん自然とできるだろ」と言われても……自然って何? できないから苦労してるんですが?
だから、ずっとそれから逃げて探索に没頭していた。ソロでも大丈夫なところまで……と思いながら第九層。
第十層は、もしかしたらソロでも突破できるのかもしれない。だがその先は? 時間をかけて安全に、スライムでレベルを99にしたとして……その頃、自分は何歳だ? アオイはいったいどこに居る?
石橋を叩いて渡るような心構えはむしろ持っておくべきものだが、そんなことをしなくても渡れる道があるのなら、そちらを通ってしまえばいい。
勇斗はわかっていた。わかっていて、目をそらし続けていた。
でも、もうそんなことは言っていられない。……アオイに言った。彼女に誓った。いつか、必ず彼女に並べる男になると。
彼女の隣に立つために――一刻も早く、憧れに追いついてみせるために。
「でも……パーティーかぁ~~~~~~」
そうは言っても苦手なものは苦手なものだ。勇斗は頭を抱えていた。パーティー募集ってどうするんだっけ。ネット? 掲示板? 確か管理局でパーティー斡旋所みたいなことはやってくれていたはずだけど……。
「登録だけしとくか……」
パーティーを必要とする探索者のために『そういう会』を定期的に開いていることも知っている。ゼロからパーティーを結成したり、後は『自分たちのパーティーに足りない役割』の人を募集・勧誘したり。……そういったものにも、参加する必要は出てくるだろう。
「憂鬱過ぎる……」
できれば探索だけしたい。でも『人間関係はガチで大事』って話も聞くからなぁ。ギスギスした関係で長期間いっしょに生活するとかストレス過ぎるからな。それだけで体力も集中力も削られる。パフォーマンスの低下に繋がる。
どこまでもゲームっぽいダンジョンだが『リアル』だということだけはゲームとは大きく異なっている。探索には時間がかかるし、パーティーメンバーとは実際に顔を合わせて『何もしない時間』をいっしょに過ごす必要もある。
それ自体は理解していたものの……理解していたからと言って、どうにかできるものではない。どれだけ熟練した探索者でも最終的に悩むのは人間関係だと言う。絶対的な正解なんてないからこその人間関係だ。だから仕方ない――なんて思えるほど勇斗は頭が空っぽではなく、絶対的ではないにせよ、ある程度の『正解』はあるのだということも知っている。
だから勇斗のこれは『逃げ』だ。それはわかっている。わかっている、のだが……。
――期待してるよ、少年。
「~~~~~~ッ! くそッ! やってやるよ!」
オーガから逃げているときを思えば、これくらいはへでもない。
勇斗はパーティー結成のために形振り構わず全力を出すことを決めた。
*
三日後、シブヤに何の成果も得られずに崩れ落ちる勇斗の姿があった。
たかが三日、されど三日。勇斗の心は摩耗していた。
今までに積み重ねてきた努力とはまったく方向性が異なる。キッツイ。身体的にはまったく疲れてないはずなのにぐったりしている。心が……折れる……ッ!
と言うか人に話しかけるのってホントに難しい。そもそも勇斗は今までがソロだったのですべてが『中途半端』だ。特定の役割というものはない。オールラウンダーと言えば聞こえはいいものの、その内実はただの器用貧乏だ。
そもそもパーティーメンバーの募集自体、役割ごとにかけられていることが多い。命を賭けているのだ。ふわっとした募集なんてするパーティーはその時点で怪しい。
それでいて勇斗は本気で深層を目指している。彼がパーティーメンバーに求めるハードルも決して低いものではない。
『器用貧乏』と自虐する現在のスキル構成も後々のことまで考えてのものだ。『まずは一人でも探索できるように』という優先順位に基づいて取得したものであり――結果としてパーティーの結成に躓いている。
「俺、やっぱりソロで潜ったほうがいいんですかね……?」
「そ、そんなことないですよっ。勇斗くんは有望な探索者ですし、まだ三日ですよ? さすがにそんな早く成果が出るものじゃありませんって」
担当者さんにそんな泣き言まで話す始末だ。迷惑をかけてしまっている。申し訳ない。由良さんにも仕事があるのに……。
「いえいえ、これが仕事ですから。……でも、勇斗くんはオーガ事件でちょっと有名人ですから。引く手あまたでもおかしくないと思うんですけど」
「そりゃ、アオイならそうでしょうけど……俺は何もしてませんから」
「そう見えるならその人の目が節穴なんですっ。……まあ、勇斗くんと同じ位階くらいの探索者ならまだまだわからないかもしれませんけど」
「じゃあ意味なくない?」
思わず素で突っ込むと由良さんはふふっと笑みで答えた。遊ばれてる……。
「いっそのこと、アオイちゃんと組めばいいんじゃないですか?」
「そのアオイに追いつきたくて頑張ってるんですよ。カッコ悪いじゃないですか」
「ふふっ。男の子だ」
「からかわないでくださいって」
勇斗と由良が話しているのは管理局の人材斡旋窓口だ。閑古鳥が鳴いているわけではないものの、人がごった返しているわけでもない。ぽつぽつと人が居る。管理局の中では比較的暇な部署とも言える。
とは言え、周りに人が誰も居ないというわけではなく――例えば、隣にもちょうどパーティーを探すつもりだったのだろう少女が窓口に来たところだった。
まだ担当者も来ていないその窓口で誰とも話すわけでもなく、少女は所在なさげに座っていた、が……とある単語が聞こえた瞬間、勇斗と由良のほうに顔を向けていた。
勇斗はまだそれに気付いていない。
「アオイはオーガを倒しましたけど、俺はホント……死ぬかと思いましたからね。と言うかアオイが来てくれなかったら冗談抜きに死んでたと思います」
「でも、生きてるじゃないですか。それがいちばん大事なことですよ。勇斗くんは最後まで諦めなかった。だから掴めた。でしょう?」
「かも、しれませんが……それを言うなら、俺よりも」
オーガをトレインしてきた、あのクソ女のほうが――と、そう続けようとしたそのとき。
「――あ、あのっ!」
そう、隣から声をかけられた。
いきなりのことに驚きながら、勇斗は隣に振り返った。そこに居たのは一人の少女。
小柄な子だ。姿勢も良くないから実際よりもさらに小さい印象を覚える。
眉を八の字に寄せ、表情は暗い。前髪が長いので見えにくいが……こう近くで見ると、容姿は整っているように思える。アオイを知らなければドギマギしてしまっていたかもしれないほどだ。
もちろん、知り合いというわけではない。どうして声をかけてきたのか……迷惑になるほど大声で話してしまっていただろうか。しかし、どこかで見かけたような。
「すっ……す」
「す?」
どこか挙動不審に見える少女に対し、勇斗は首を傾げる。す……何?
その答えは。
「スミマセンでしたぁあああああああああああああ!」
がしゃん! と椅子を倒していきなりこちらに土下座をかます少女の――その大声を聞いて。
勇斗は思い出した。
こいつ――あのときのクソ女じゃん、と。




