少しでも楽をしたい
「位階もそこそこ上がったし……ちょっとスキルでも獲ろうかなー」
ダンジョン内のMOBを倒すと『ポイント』を得られる。
ゲームでもよくあるような『スキルボード』……あまりにも膨大で入り組んだ樹形図は、しかし現在ではそれなりに解析が進んでいた。
どのスキルを獲得すればどういったスキルが解放されるのか。
こういうビルドにしたいんですけど、どういう順番でスキルを穫ればいいですか? ああ、それなら……なんて会話はテンプレだ。
と言うかダンジョン管理局がだいたいまとめてくれている。公式サイトにオススメのビルド構成さえも乗っている。
ちなみにアオイはそれを無視している。
「んー……やっぱり最初は【ヒール】かな」
アオイは【ヒール】を獲得した。回復魔法。ソロで潜るのであれば、これは正しい。他人と分業できないのだから回復手段は自分ひとりで用意しなければいけない。回復魔法かポーションか。どちらにも一長一短がある。回復魔法には限られた『ポイント』が必要だが、ポーションは荷物になる。過酷な戦闘をしなければならない状態であまり荷物を持つべきではない。
高位探索者のパーティーに大容量の【アイテムボックス】持ちであるポーターが必須とされるのはそういった当たり前の事情からだ。実用可能な【アイテムボックス】を使えるほどの空間魔法の使い手になるには相当量の『ポイント』を注ぎ込まなければいけないが、注ぎ込むだけのメリットがある。
アオイとしては【アイテムボックス】を持ちたいところでもあった。荷物邪魔だし。ただ、そこまで育てるのがダルい。面倒くさい。だから【ヒール】だ。
「【ヒール】」
アオイは自らに【ヒール】を使った。外傷があったわけではない。無傷だ。ただ疲れたから限られたMPを削って【ヒール】を使った。ダンジョンを舐めている。
「おおー……やっぱ効くなぁ……これでダンジョンの外でも使えたらいいんだけど」
ポーション、【ヒール】ともにダンジョン外で使うことはできない。正確には効力が大きく下がってしまう。ダンジョン内とダンジョン外では大気中に漂う魔素の濃度が大きく異なる。
それだから多くのダンジョンの第一層には『ダンジョン病院』が設立されている。ダンジョンの外で使えないのであればダンジョンの中に患者を運ぼうの発想である。
ただ、アオイが『ダンジョンの外でも使えたらいいんだけど』と言ったのは単に『疲れたときとかにすぐ回復できて便利なのに』程度の意味である。この女、回復魔法をリフレッシュ用品のように使っている。
「んー……今日はもういいかなー。荷物的に、これ以上は持ち帰れないし」
じゃら、とアオイはポーチの中にぎゅうぎゅうに詰め込んだ魔石を見る。今までに倒してきたMOBのドロップ品だ。魔石以外にも素材は落とすが、わざわざ拾うほどではない。まったくの無価値というわけではないものの、二束三文にしかならない。浅層のMOBが落とすものであっても素材によっては高価で取引されているものもあるが……今回はなかった。
その点、魔石はエネルギー資源なだけあり、あって困るものではない。小さなものでもそれなりのお値段で引き取ってもらえる。だからアオイは魔石だけを回収して後は放置していた。ダンジョンに自動清掃機能が備わっていなければあまりにも迷惑な所業である。
「今回は【ヒール】も覚えたし、それなりに位階も上がった。稼ぎ的にもまあまあ。重畳重畳」
ほくほくと表情筋をゆるませながら、アオイは悠々と帰っていく。
(これで――これで、また新しい服が買える!)
生活必需品より先にそっちが出た。
遠からずまたダンジョンに潜る必要がありそうだ。
*
ダンジョンには更衣室が併設されており、ほとんどの探索者はそこで着替えることになる。
どうせ武器は預けなければいけないのだ。それならいっそのこと装備はぜんぶ預けてしまえばいい。
家から着たものをそのまま着て帰っていくなんてことは珍しい。つまりアオイである。
ただ、これはアオイも意図してのことだった。自分はこれでも元男。ちょっと更衣室に入るのは罪悪感がある。いや見たい気持ちが少しもないのかと言えばそんなことはないしかなり見たいけど自分のならまだしも他人のそういうのを見るのってさすがにちょっとダメじゃない? 自分のでさえ最初は悪い気持ちしたし。今では慣れちゃったけどさぁ。
しかし失念していたこともある。ダンジョン後、ということは運動後ということであり――汗をかいている。美少女としてこれはどうなんだろうか。次に覚えるのは【浄化】かなー。
【浄化】は身体や衣服の汚れを浄化してくれる魔法だ。ついでに水とかアンデッドとかも浄化してくれる。そっちが本来の用途な気がしなくもない。
今のアオイには【浄化】はない。さすがに一回の探索で手に入る『ポイント』では【ヒール】でせいいっぱいだった。いくらまだ位階が上がりやすく『ポイント』が手に入りやすいとは言っても、そう簡単にスキルを取得できたなら人は自身のビルド構成に悩まない。限られた手札でやりくりしていくしかないのだ。『振り直し』の機会もあるとは言え、短期間に何度も変えられるものではないのだから。
アオイが【浄化】を求めるのは後々のことまで考えればおかしくはないだろう。ただ、第二十階層あたりまでならそこまで長期間の探索になることはないので『まず先に取るべきものがある』という話なのだが。
なんなら二十層ごとに存在する『安全地帯』でなんとかできないこともない。現在第六十一層まではダンジョン管理局によって『安全地帯』に休憩所が設置されている。第八十一層に関しては最前線組の探索者たちが設置した簡易の休憩所しかないものの、それでもMOBは出現しないのだ。ゆっくりシャワーを浴びることはできなくても、身体を拭く程度のことはできる。
そう考えると未だ【ヒール】以外に何のスキルも取得していないアオイが【浄化】を求めるのは時期尚早と言うべきだろう。
「……一度気になったらめちゃくちゃ気になってきたな。早く家帰ってお風呂入ろ」
そうつぶやいて、アオイは足早に帰路についた。
ふわりとスカートをはためかせて。