TSダンジョン配信者さんは楽して生きたい。
「はーい、それじゃあ今日も配信しまーす」
画面に映るのは一人の美少女。
月光を閉じ込めたような銀髪、血のように赤い瞳、造り物めいた白皙。
この世のものとは思えないほどに整った容姿を持つ彼女は黒のワンピースを身にまとい、ぼんやりとした瞳とやる気のなさそうな声でこちらを見ている。
:待ってた
:ぬるっと始まる
:告知……告知どこ……?
「あ」
流れたチャットを見たのだろう。彼女は間の抜けた声を漏らした。
その声だけは妖精が奏でたような浮世の調子があったものの、その様子からは親しみやすさしか感じない。
:忘れてた?
:い つ も の
:すべてにおいて適当過ぎる……
「あー……まあいいじゃん? 人間なんだから。そりゃうっかりすることくらいあるよ」
流れるチャットに彼女は平然として開き直った。まったく反省の色が見られない。
:程度ってものがありましてね……
:アオイは忘れすぎ
:許されない
当然、そんなふうに返されてしまう。
だが、対する彼女はぐいっと顔をカメラに近付け、
「許して?」
と可愛らしく小首を傾げた。
:あっあっあっ
:急に媚びるなかわいい
:いきなり顔アップはやめて心臓止まる
:顔だけは良い女
:声もいいぞ
「チョロっ……」
:声に出てるぞ
:せめて隠せや
:俺らがチョロいのは認めるが……
しかし顔が良いのは確かだった。あまりにも顔が良く、それを自覚して武器にしている。
視聴者もアオイの性格は理解している。だから生意気な少女として雑にプロレスじみた言い合いをするのだ。
ただ、こうやって延々と視聴者と話すことが良いことかと言えば。
「…………思ったんだけど、こうやってコメントと延々と話してるのが『内輪感』強くて新規は入りにくいのでは?」
:うわぁ! いきなり落ち着くな!
:急にスッと冷められると動揺する
:でもアオイにしてはまともな考え
「だよなー。間違ってはいないと思うんだよ。……でも、キミたちと話すの楽しいからなぁ」
:はいはい
:露骨なポイント稼ぎやめてもろて
:狙ってるのバ レ バ レ
「……」
書き込まれた言葉を見た瞬間、アオイの眉がスッと下がり、下唇が上向く。
そのままカメラをぐいと近付け、顔面アップで自分の不機嫌さを主張する。
:だから顔アップにするのやめろっつってんだろ!!!!!
:顔が良すぎる
:不機嫌な顔もかわいい
:頬を膨らませてるのわざとだろうけどかわいい
:くそっ……クズのくせにかわいすぎんだろ……
「……確かにポイント稼ごうとはしたけど、キミたちと話すのが楽しいって思ってるのはホントなんだけど」
:知ってる
:そうじゃなきゃアオイが配信なんてするわけない
:どしたん? 話聞こか?
「ぽ……ぽまいら……」
:オタクくぅーん!
:何歳だよ
:うっ……頭が……
そういった茶番をこなした後、涙目にすらなっていなかったアオイはスッと元の表情に戻った。
「まあこんな話は置いといて、今日の配信で何をするか発表します」
:おっ
:そこダンジョンだよね? 渋谷? 何層?
:これは今から本格的に潜るんやろなぁ……
ぐっとカメラが引いて背景を映す。
ところどころひび割れたリノリウムの床、剥き出しの電灯。
一見、寂れたどこかのビルか、地下道のように見える。専門店が居並ぶ通路だろうか。
だが、よく見れば違和感を覚える。並んだ看板、そこに書かれている文字すべてが一つとして意味をなしていない。
まるで『よく描かれている模様』として何かが形だけ真似たように。
渋谷ダンジョン第四層。ダンジョンの『下地』になった施設の面影を残している場所だ。
人口が少ない場所ではないが、今はあたりに人影のようなものは見えない。
低階層ではあるものの、まるきり初心者が来るには危険で――逆に少しでも位階が上がればすぐに駆け抜けていってしまう階層だ。
そんな場所で少女は思わせぶりにポージングを決め、発表! とばかりに声を上げた。
「今日はなんと…………『非探索者でもできる! かんたん護身術!』をやっていきます」
:い つ も の
:またぁ〜?
:アオイはもうちょっと冒険したほうがいいと思う……
「いやソロだし。危ないじゃん。言っとくけどゴブリンくんも非探索者からすれば凶悪だからね? つまり十分冒険してます」
先程までのテンションはどこへやら、フラットに彼女は反応する。
実際、ゴブリンは危険なモンスターだ。ゲームなどでよく出る雑魚敵であり、実際他のモンスターと比べればあまり強くはないもの、そもそもモンスターというだけで危険なものだ。
ただ、言葉というものは内容だけではなく誰が口にしているかどうかによっても変わるものである。
:どの口
:いつもゴブリンくんをひどい目に合わせてる女が居るみたいですよぉ〜?
:ゴブリンくん「コロシテ……コロシテ……」
案の定、そんな反応が返ってくる。
少女は呆れたようにため息をつき、
「ゴブリンにそんな知能あるわけないじゃん。でも一応人型だからね。抵抗あるのはわかる。……モンスターがみんな人型だったらなぁ」
:人型MOBは少ないからなぁ
:オーガくん「ドーモ」
:来ないで
:お前は呼んでない
「あ、オーガ。オーガね〜。アレ、もうちょっと低階層でポップしてくれないかな〜。いいカモなのに」
しみじみとそうのたまう彼女だったが、他の探索者からすればたまったものではない。チャットが高速で流れていく。
:やめてください死んでしまいます
:ホントに死人出かねないから(ヤメテ)
:それを言えるのは高位の探索者くらいなんだよなぁ……
:最前線組でもなければ『いいカモ』じゃないしオーガと同じくらいの厄介さならもっと効率良いのがあるから……
「みんな鍛錬が足りませんなぁ〜。でもそこで……ボクの動画ですよ!」
そう言って彼女は胸を張る。
ウェストを絞っていることもあって彼女の服装は胸の形がよくわかるものになっていた。
彼女は巨乳というわけではないが、控えめに言っても小さくはないものを持っている。
が、視聴者にはそんなことよりも突っ込みたいことがあったらしい。
:(参考になら)ないです
:何やってんのかワカンネ
そんなふうに反応されてしまう。もっとも、今回のものは彼女も意図した仕草ではなかったようだ。特に何か言うことはなかった。
それよりも気になる書き込みが目に入った。
:あの……アオイちゃんがオーガを倒せるってネタじゃなくてマジですか?
:おっ ニュービーか?
:まあアーカイブに残ってないもんなぁ……
「お? 割と最近見始めてくれた人かな? お前ら囲め! 逃がすな! ボクのために!」
:アオイがオーガを倒せる……って言うかカモにできるのはマジだよ
:そうそう アーカイブにはないけど
:アレなぁ〜 視聴者も撮ってなかったから切り抜きとかもないんだよなぁ〜
オーガ――端的に言えば鬼だ。オーガと呼ばれてはいるものの、どちらかと言えば日本における『鬼』のイメージに近い。
筋骨隆々、背丈は並の成人男性を遥かに越えた人型のモンスター。
図体自体はそれほど大きくはないものの、その膂力は凄まじい。
体皮は硬く、敏捷に長ける。攻撃がそもそも当たらないし、当たっても効くとは限らない。
間違いなく厄介な敵だ。五十階層付近まで潜る中位の探索者であってもわざわざ敵にしたいとは思わないだろう。
より深層を潜る高位探索者ならば鎧袖一触ではあるだろうが、だからこそわざわざ相手にもしない。
そんな怪物を相手に『カモ』と言い切ることができる可憐な少女。
その映像は残っていない。ただ、もし残っていたならば――
「切り抜き上げてもらってたら今頃バズってた説ある?」
ふとそんなことを思って口にすると、
:ありまぁす!
:あのときにリアタイしてからのファンだし
:普段のもショッキング()な映像だけど……アレは衝撃的な映像だった
:俺らも慌ててダン管に通報しまくったもんな
:アーカイブさえ残していれば……
当たり前ながら、そんな反応を返される。
彼女もわかっていたのだろう。痛いところを触られたときのように顔を歪める。
「ゔっ……しゃ、しゃーないじゃんかよぉ……。アレ初配信だし、そもそもあのときは配信者するとか考えてなかったし……戦ってみるまではあんなザコだとは思ってなかったし……SOSって意味でしかなかったんだから〜」
:それはしゃーない
:まあ配信推奨されてるのもいざというときに救助要請するためだからね
:今ではSOS関係なく配信してる人も増えてきていますが……
:民間のトップ層はだいたいやっとる
:たまに国もやってるけどね
ダンジョン配信の主目的は『救命』だ。決して配信者として活動するためではない。
しかし、現状は娯楽目的での配信が多くを占める。『ダンジョン』などと言うものが現実にあるのだ。実際に足を運ぶことはなくとも、その中がどうなっているのか知りたいと思ってもおかしくはないだろう。
それだから、誰もアオイのことを責めはしないが――もしもアーカイブに残っていたら、とは思ってしまう。
「ダンジョン配信はおっきいコンテンツだからねー。ゲーム配信とどっこいどっこいみたいなところあるけど」
ただ、ダンジョン配信がそこまで圧倒的な支持を得ているかと言えばそうでもない。
ゲーム配信とどっこいどっこいだから、決して小さくはない、のだが……。
:ゲームって面白いんやなって
:ダンジョンくんはもうちょっとゲームでテンポを学んでもろて
:MOBの配置が間隔空きすぎだよ~
:マップ広すぎだよ~
:実際に自分が動いて戦うって考えると仕方ないところはあるけど……
「それね。ゲームと比べると移動がダル過ぎる……。ぜんぶ配信するってなるとだいだい移動シーンになる説」
:あるある
:でもバトルシーンの迫力は……?
:やりますねぇ!
:最高
:配信くんのカメラワーク 有能
「わっかるぅ~。まあゲームほど長々と戦ったりはしないけどねぇ……低階層は」
ゲームと現実は違う。人間にはスタミナがあり、HPは数値化されていない。
マップはバカみたいに広く、プレイ時間のほとんどは移動時間だ。
MOBといつ遭遇するのかなんてわからず、腹も空けば喉も乾く。生理現象からは逃れられない。
ゲームでは省略されている細々とした『面倒ごと』が現実には存在している。
:レベル高い探索者は持久力も半端ないからなぁ
:高レベル探索者の配信は移動もサクサクだしリアタイでも楽しい
:ステータスも高いからなぁ 自動に振られるポイントだけでも一般人とは比べ物にならないし
「そうそう。だからボクみたいな低レベ探索者はこういうふうに実質雑談配信になりがちで……っと、居た居た」
:あっ……
:見つかっちゃったか……
:本日の被害者さん御一行 いらっしゃーい
「はいっ。それじゃあ早速ゴブリンくんと戦っていきましょう! 普通にゴブリンを討伐したいって場合は奇襲一択なんですが……今日の動画の主旨からは外れちゃうのでね。とりあえずはこっちを見つけてもらいましょう。……ばーか♡ ざーこ♡ 緑肌♡ 日光届かないのに葉緑素持ち♡」
:ホントになんで緑色なんだろうな
:落とした素材を調べてみたらマジで葉緑素あったっぽいしな
:無用の長物~
:還元される前の状態って調べてみたことあったんだっけ
:どっかが実験してたゾ 生きたまま学者に解剖されてた
:グロじゃん
「お、来ましたね~。今回のゴブちゃんは三匹。一匹ずつ釣っていくとかはメンドいので……こういうふうに、一気に複数から襲われた場合から」
:メンドいって言った?
:いつもの
:まあゴブリンくんもわざわざ単独行動なんてしないからね……
「今回のゴブちゃんの構成は刃渡り60センチくらいの刃物を持ってるゴブちゃんに、棍棒っぽいものを持ってるゴブちゃん、それに弓を持ってるゴブちゃんです。遠距離攻撃持ちが居るのは厄介ですね。御存知の通り、MOBだけあって遠距離攻撃の精度は高いです。これに関しては人間よりも上。ここらへんもゲーム的だよねぇ。まっすぐ狙ったところに当てるって意味ではマジでゲームかってくらいピンポイントに当てる能力を持ってます。つまりめちゃくちゃ厄介」
:このゲーム遠距離攻撃持ちぶっ壊れすぎんよぉ~
:高レベだと耐久積んでるから軽い攻撃なら効かないんだけどね
:低レべだと脅威過ぎる……
「ってことでまずはこの厄介な弓手から。そこらへんで拾った石を投げます。ほいっと。当たりましたね。弓を構えている手に当たってイタイイタイでちゅね〜。で、そのまま弓手を片付けたいところなんですが前衛が邪魔です。複数人からの襲撃への対応は複数を一気に相手するのではなく各個撃破が基本。危険度が弓手の次に高いのはもちろん刃物持ち。棍棒で殴られても痛いけど、刃物で斬られたりしたらマジで動けなくなるからね……。アドレナリン出てると感覚麻痺して割りと動けたりするんだけど、そんなことに期待していちゃいけません。それで実際に刃物持ちを相手にどうすればいいのかと言うと――」
:来るぞ
:素手でいくな
:※普通の人は真似しないでください 怪我します
「刃物にビビらず前に出て足を踏み抜いて手首を押さえて、こう、ぐるんっと。で、倒れた顔を踏みつぶせばとりあえずは無力化できます。人間だったらここで味方はビビったりするんですが……そこはゴブちゃん、棍棒持ちはこちらに果敢に向かってきます。同じことを繰り返して、最後に弓手。近付いても油断せずに対処しましょう。鉄板の動きとして目打ち――このときは手を開いておくほうがいいね。指が目に入ったらラッキーくらいの気持ちで。だいたいこれで怯んでくれるから、そのまま鼓膜を破るイメージで耳を叩く。耳を掴んで、足払い。目に指を突っ込んでも可。残心は忘れずにね」
:こわい
:一連の動きに淀みがなさすぎる
:完全に対人を想定した技術なんだよなぁ……
「まあ実際そうだからね。対探索者用の技術みたいなとこあるし。探索者はバケモノ揃いだから、そういう意味ではMOBと同じようなものだね。そりゃレベルを上げればいいって話ではあるんだけど……それはそれで難しいから」
:護身術(対人想定)
:ダンジョン配信ですることですか……?
:それ言っちゃダメー
「い、いや、ダンジョンじゃなきゃできないことだから。実際に人を相手にこんなことできないじゃん? こうするしかないんですー」
:それはそう
:アオイのは実践的過ぎる
:「どんな手段を使っても」って感じ
「まあ本物の人間が相手なら金的も狙ったほうがいいけど」
:ヒエッ
:金玉ヒュンッてなった
:わかりやすい弱点
「でも女の人が相手って可能性もあるからねー。探索者だったら外見だけじゃわからないことも多いし……どんなスキル構成してるかわからないしねー」
:魔法とか使われると……ね
:魔法じゃなくても十分脅威だぞ
:ユニークスキルもあるからなぁ
「そこらへんの対処はちょっと教えにくいんだよねー。ボクでもムリーってのもあるし。……高レベ探索者とコラボとかできたらなー」
:探索者ニキ言われてるぞー
:ぐぬぬ……俺はちょっと無理そう
:マ? ちょっとマネージャーと掛け合ってくる!!!!!
「あはは。ありがとー。って、こんな低層配信者を高レベ探索者が見てるわけないってゆー。……いや、ボク世界一の美少女だしワンチャン?」
:自分の顔に自信がありすぎる
:大言壮語
:世界一はさすがに言い過ぎ
「……ん」
:ヴッ!!!!!!!!
:急に顔近づけるのヤメロ!!!!!
:世界一かわいいです……
「…………ボク、視聴者がツンデレでも誰も得しないと思うんだよね」
:言うな言うな
:かわいいやろ?
:好きなくせに〜
「うざ……」
:ガチのトーンやめて
:でも癖になりそう
:顔だけは良いから
「美少女に引かれるのが好きなの? マゾ♡ へんたい♡」
:そういうんじゃないんだよなぁ
:これはこれで興奮する
:それはそう
「ボクも好き。鏡見てたまにやってる。好きな台詞をこの顔と声で言えるわけだからね。……そういう配信も需要あるかな? でもありがたみ薄れるかもしれないからなー」
:配信の企画探しに余念がない女
:なお
:それ以前の問題が山ほどあるんだよなぁ……
「アオイの楽して稼ぎたいチャンネルでは楽して稼げそうな企画を募集してます。よろしくね!」
:そういうところだぞ




