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《番外編》10年後 恋するユロアはまだ9歳

 魔王からの脅威がなくなって10年。

 今日も世界は、いつもの変わらない時間が流れていく。

 妖精の村では明るい太陽が穏やかに照り、鮮やかな色の草木をのびのびと育てていく。


 あたし、ユロア。9歳。

 オレンジの髪は母親譲り。茶色の瞳は父親譲り。

 顔は、両親よりは可愛いと自負している。

  

 窓を開けて、あたしは大きく息を吸って、新鮮な空気を身体いっぱいに取り込んだ。

「今日も良い朝ね。オスカー」

 にかっと笑うあたしに、オスカーは寝不足でできた目の下のくまごと目を擦って頷いた。

「、、、朝から元気だな」

「当たり前でしょ。それがあたしのチャームポイントなんだから」

「そういうのをチャームポイントとは、、、まぁ、、、そうだな。ユロアらしいといえば、それで」


 そういって、あたしのママが準備していったオスカー用の朝食にオスカーは手をつけて食べ出す。

 オスカーはベジタリアンだから野菜中心の朝食だ。


 朝露の入ったブイヨン使用のスープは、野菜も沢山入っていて、美味しいだけでなく飲むだけで気力も体力も大幅に改善する。 


 野菜はパパが朝イチで収穫したトマトとレタスのサラダ。それにワイアットおじさんの牧場の取れたて卵のスプラングルエッグ。


 1口食べて、オスカーはわずかに瞳が和らぐ。美味しいということを無言で現すオスカーの、そのわずかな表情の違いに気づくのは、あたしくらいじゃないかしら。


「ーーーアグノラは?」

 オスカーの質問に、あたしは肩をすくめる。

「ママは今日も、教会に呼ばれて出ていったよ。聖女は大変ね。100年に1人しか現れないんだから仕方ないけど、もう少しのんびり働けないものかしら」

「魔王がいなくなったとはいえ、まだ瘴気は溢れているからな。、、、マリウスは?」

「パパはいつもの畑仕事の後に、魔物退治に向かうって。冒険者とはいえ、あれは多分、ただの趣味ね。ケイレブおじさんと同種よ。戦いが好きなだけ。魔物を倒す時のイキイキした表情は、さすがの娘でも引くわ」

 ふ、とオスカーが微笑む。

「そう言ってやるな。マリウスがいるから、魔物の被害が減って安心に暮らせているんだ」

「それはそうだけど」


 あたしは少し頬を膨らませながら、テーブルの横にあるオスカーの作業台にオスカーの服を並べていく。


「こんなめでたい日まで仕事しなくても良くない?オスカーだってそうよ。せっかくの綺麗な顔が、その目の下のくまで台無し」


 あたしが言うと、オスカーは意外にも気になったのか、自分の目元を触る。

「ーーーそんなに目立つか?」


 あたしはそう言うオスカーの顔を、すぐ近くまで近づいて覗き込む。

 艶のある長い黒髪に、神が特別に創ったとしか思えないほどの整った顔。

 緑と青のオッドアイは、宝石のように綺麗で。


 あたしは、ぼうっと見惚れそうになるのをどうにか堪えた。

「酷いけど、大丈夫よ。ママのスープと、私のオマジナイで、きれいになるわ」

 あたしはそう言って、オスカーの目の下に指を当てた。魔力を込めると、オスカーのくまがジワジワと消えていく。


 これはあたしとママとパパ、そしてオスカーだけの秘密。


 100年に1度しか現れないという聖魔法の使える聖女。だというのに、あたしも聖魔法が少し使えた。


 いくら聖女であるママの子供とはいえ、聖魔法は遺伝するものではない。

 オスカーが推測するに、魔王を倒すために過去最高の聖女であったというデイジー聖女と、ママの力を倍増させて3人分の聖女の力を集めた時のいずれかの影響ではないかと言っていた。

 

 絶対に遺伝はしない。それでも聖女の娘に聖魔法が使えることを知られたら、聖魔法欲しさに、ママやあたしを誘拐したり危険な目に遇うかもしれないと、このことは厳重な秘密にすることになった。


 あたしはオスカーと目があって、ぱっとその手を離した。

「さぁ。最高のイケメンになったわ。それじゃ、朝ごはん食べたら、オシャレ女子のあたしがコーディネートしたこの服を着てね。そうしたら完璧よ」


 今日は、とうとうエイダン様の努力が報われる日。

 よくも悪くもないという王子だったみたいだけど、意外と欲深かった第一王子。その妨害を乗り越えて、ようやく今日、エイダン王子は第二王子にして、王になるための戴冠式を迎える。


 エイダン王子のおかげで、世界は驚くほどの発展を遂げた。国中の危険な川や谷は整備された。衛生が整い、病気が減った。そして豊かな食料により飢饉に飢える人が大幅に減った。


 その背景には、もちろんママの聖魔法の力や、パパやワイアットおじさんの広大な畑や牧場の力が加わっているけど、エイダン王子個人の実行力あってこその世界平和だ。

 国を悪化させていた膿のような人達は逮捕され、この国は確実に良い方の道に進んでいる。

 ーーーというのは、ママの言葉だ。

 

 ワイアットおじさんはパパとママが結婚してからもこの家に住んでいる。殆どの時間を牧場で過ごしているから、あまり顔をみないけど、よく王宮や教会、そして魔物退治の依頼がかかる両親に代わって、あたしを育ててくれた親みたいな存在だ。


 目の前にいるオスカーも、大賢者として魔塔主となり、この家と別に王都に屋敷を構えた。

 でも、週の半分はこの家に帰ってきて、少なくとも朝の時間をゆっくりと過ごす。


 ベリルさんも仕事が終わった朝にこの家に帰ってきて、夕方まで寝て過ごしている。ケイレブおじさんとベリルさんは恋人だというけどケイレブおじさんが自由すぎて、数ヶ月会わないこともあるらしい。


 いろんな大人が、この家を行き来して暮らしている。あたしにとってはそれが当たり前で、何も疑問に思わなかったけど、この前できた友達からは、変だと言われた。


 でもそんなこと、どうでもいい。これがあたしの幸せな生活なんだから。


 あたしは黒を主体としたタキシードに、黒のシャツ。そして落ち着いた紫紺のタイをオスカーにつける。そして華美すぎない装飾を胸元につけると、満足して「うん」と頷いた。


 あたしが惚れた人は、世界一カッコいい。

 無口ながらも優しくて、賢くて、美しい。


 平凡な顔立ちで脳筋で筋肉ムキムキのパパよりずっとオスカーの方が何十倍、何百倍カッコいいのに、オスカーよりパパを選んだママの目は、きっとこっそり瘴気に侵されているんだと思う。


 オスカーとあたしの年齢差、20歳。

 それがどうしたっていうの?

 あたしは16歳になったら結婚できる。あとたった7年じゃない。


 オスカーは30歳越えてもまだ独身を貫いてる。

 魔塔主になって、様々な新しい魔法と魔道具による発明で、巨大な資産を得たこともあって、求婚を迫る女性は山のようにいるらしい。


 あまりの美貌に引け目を感じることと、氷のように冷たい視線と動かない表情、そして会話が成り立たないほどに無口であることが多少、それらの女性を躊躇させてはいるものの、それでもオスカーの数多くの魅力は、人を魅了させて止まない。


 なのに、オスカーは一向に女性への興味を示さない。男色家という噂も上るほど。


 でもあたしは知っている。

 まだ時々、あたしのママを見て、眩しそうにしていること。


 ママはもう30代が近づいている。だというのに、聖魔法の力か、その人生の在り方なのか、むしろ年々、綺麗になっていると評判だ。

「パパの愛の力かな」と、遠慮もなく自分の娘に惚気てくるあたり残念な母ではあるけれど、相変わらずパパとママはラブラブで、あたしは少しそんな姿に憧れていたりもする。


「ーーーじゃあ、行ってくる」

 そう言うオスカーに、オスカーが前から準備していたエイダン王子へのプレゼントを手渡す。

「忘れたらダメよ。大切なものなんでしょう?」

 オスカーはそう言われて、自嘲するような、寂しいような表情を僅かに浮かべた。

「、、、そうだな。エイダン王子が王になった暁には、これを譲る約束だったからな」


 中には、ママから貰ったという幸運のネックレスが入っている。それを9年前、あたしが生まれた日に、お祝いにやってきたエイダン王子と賭けをしたという。

 

「未練を絶ちきれ、か」


 オスカーはそう呟くと、そのプレゼントの箱をタキシードの胸の奥のポケットに入れる。

 賢いというとのは辛い時もあるようで、忘れたい記憶さえ忘れられない。思い出す記憶に複雑そうな瞳をしたオスカーに、あたしはつい、手を伸ばしてオスカーの袖を掴んだ。


「、、、そんな顔をしないでいいわよ。オスカーはあたしが幸せにしてあげるから」


 言ってしまって、ボッと顔が赤くなる。

 告白はするつもりだったけど、今じゃない。

 もっと大人になって、今より綺麗になってから。

 ーーーううん。そんなんじゃ遅い。

 幸せは、いつ失われるかわからない。だからその瞬間を大切に生きなさいと、ママから何度も教わった。


 あたしはこの瞬間を後悔しない。

 オスカーを好きという気持ちは本当で、子供心の一時的な愛情なんかじゃない。

 あたしは真っ直ぐに背の高いオスカーを見上げた。

「あたしはオスカーが好き」

 

 そう言うと、オスカーはほんの少し驚いた顔であたしを見下ろした。

 オスカーと視線が重なって。しばらく無言が続いた後。


 オスカーは、誰が見てもわかるくらいに破顔した。

「ユロアの笑顔はマリウスそっくりだが、真っ直ぐに気持ちをぶつけてくるのはアグノラ似だな」

 

 その笑顔に私の心臓は貫かれた。褒められたんだか貶されたんだかよくわからないけど、もうその笑顔が見れただけで悔いはない。


 ポン、と頭に手を置かれ、ゆるゆると頭を撫でられた。

「俺に言い寄る女性のなかで『幸せにする』と言ってくれたのはユロアだけだな」

「う、嘘じゃないよ!本当に!」

「わかってる」

 またゆるゆると撫でられる。私の本気をわかっていて。これはーーー断られるやつ?

 さぁ、とあたしの顔から血の気が引いた。

 そりゃそうだ。まだあたしは子供。告白されて受け入れられたら、それはそれで問題だ。

 

「あ。あのーーーそう。7年後。7年後までにオスカーが、あたしと一緒にいて、幸せを感じられてたら。そしたら、いいんじゃない?あたし、これからもオスカーに相応しい女性になれるように努力するし」

「努力」

 オスカーは呟いた。うん、と私は頷く。ずいと身体を乗り出して、自分の意気込みを伝える。


「パパの根性はあたし、しっかり受け継いでる。パパの執着心も、ママの一途さも、1度決めたら絶対諦めない気持ちも、あたし、ちゃんと遺伝してるから」

「それはーーー怖いな」

 

 本気で引いているのか、あまり嬉しそうにしていないオスカー。あたしは言葉のチョイスを間違えたのか。


 ふむ、とオスカーはあたしを見る。

「確かに顔はマリウスより可愛いし、アグノラよりも色気はありそうだし」

「、、、それ、ちゃんと褒めてる?」

 ぶすりと頬を膨らませたあたしに、オスカーはまたあたしの頭を優しく撫でた。

「数年後、デビューする時には、下心を持った男どもが沢山近寄ってくるだろう」

 見上げたオスカーの瞳が、いつもより優しくて。


「ユロアの努力が実ったら、害虫避けとして、俺がユロアをエスコートしよう」


 そう言って、オスカーはスマートにあたしから離れて、部屋の隅にある魔方陣で姿を消した。


 社交界デビューで、家族以外にエスコートされるのは、婚約者の証。いや、家族といってもいい関係のお兄さんとして、本当に害虫避けのつもりかもしれないけれど。


 あたしは僅かな可能性が生まれたことに感謝して飛び上がり、未来の自分を想像した。

 オスカーに相応しい自分になるために。私は最大限の努力をし続けよう。

 そしたらきっと。願いは叶うと信じて。


 明日も、明後日も。

 この世界はずっと、輝き続けるだろうから。

 


 

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