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魔王の器

 聖女3人分の聖魔法。

 そして最大にして最高の攻撃魔法『神聖な(セイカレド)滅亡(ディストラクション)』は、間違いなく魔王に命中した。


 当てる場所さえ間違えば、この地上の生命の精神体を全滅させうる禁忌の聖魔法。

 聖魔法レベル最大値10の聖女3人分の力がないとそこまでの威力にはならないらしいが、今回はきっちり3人分。


 ワイアットの身体は倒れているけれど、そこには何も生の気配は残っていなかった。


 私の力はもう殆どゼロで、息をすることが精一杯だった。もう少し賢く、自分の力を残しておけば良かったのだろうけど、そんな器用なことができるほど私は賢くないから仕方ない。


 地面に倒れた私に、自分も殆ど魔力を使い果たしてふらつくオスカーが近寄ろうとして、それより先にマリウスが傷ついた身体を引き摺りながらも駆け寄った。


「アグノラ。大丈夫か」

 なぜこんな姿にと、マリウスは心配そうに私を覗き見る。

 マリウスが心配したらいけないと思って、マリウスには言ってなかったのだから仕方ない。

 だってマリウスの性格から、『私の生命力』を使う必要があるなんて言ったら、絶対反対されるに決まってる。


 もし私がそれで死んでしまったら、その時はまた天国であった時に謝ればいいかーーー、なんて、甘い考えだったなんてことも言えないけれど。


 私の上半身を抱き上げたマリウスの頬に、私は力なくそっと触れる。

 マリウスの温かい頬。

 あの時と違う。

 魔王に倒れて死にかけた、あの時とマリウスとは。


 ちゃんと生きていた。

 それだけで泣きそうになる。


 私はマリウスが死なないように頑張ったのだから。

 マリウスが生きていれば、それだけで成功なのだから。

「ーーーマリウス様。生きていてくれて、ありがとうございます」

 ほんわり微笑んだ私を、マリウスは睨み付ける。


「馬鹿か、何をこんな時に。当たり前だ。それより今はお前の方が危ないじゃないか。早く回復薬を」


「私は別に大丈夫。それよりケイレブとベリルを優先して。魔王がいなくなったことで魔物達も消えてしまったけど、傷自体は2人の方が酷いはずだから」

「だが」

「いいから、お願い」

 言った途端、私の左目から涙が一筋こぼれ落ちた。


「もう誰も失いたくないの」

 私は倒れた魔王の器を眺める。

 ーーーワイアットは、死んでしまった。あの魔法でワイアットの身体ごと消滅してしまったのだ。


 解ってた。

 戦いに、誰かの死が起こり得ること。

 誰かが犠牲になるかもしれないこと。

 いつも覚悟しながら勇者パーティーは戦い続けていた。


 でも。

 本当はワイアットは死ななくて良かった。

 この魔王の住み家には来ていなかったのだから。


 魔王に選ばれていたばかりに。

 ワイアットの精神体ごと、消滅させるしかなかった。ワイアットを守るためにタイミングを失ったら、もう人類の滅亡は始まってしまうのだから。


「ーーーっごめんなさい、ワイアット。貴方を救えなかった」

 涙が止まらなくなり、私は両手で自分の顔を塞ぐ。

 一番悲しいのは、弟であるマリウスだ。

 マリウスが泣いていないのに私が泣くのは間違いだ。

 

 マリウスは、ぐっと自分の唇に力を入れた。

 口の形を歪めて、必死で感情が溢れることを防ぐ。

 涙脆いマリウスが、泣いていない。でも泣かないように歯を食いしばっている姿でマリウスの悲しみが苦しいほど伝わってきて。

 どうしようもない悲しさに襲われた。

「マリウスーーー」



「待て!よく見ろ!!まだだ」

 かなり遠く。何故見えているのかわからないけれど、魔王の住み家の入り口で待機しているはずのエイダン王子の声が小さく耳に届いた。


「まだって、どういうーーー」

 動かない身体をどうにか動かして、私はワイアットの倒れた姿を見る。


 倒れていたーーーはずのワイアットの身体が起き上がって、こちらに向かっていた。


 まさか、まだ力が足りなかった!?


 聖女3人の力が足りなかったのか。

 それとも、それ以上に魔王の力が大きかったか。

 どちらにせよ。


 もう私には聖なる魔力は残っていない。


 殺られる!!!


 そう思ったのに、ワイアットの身体は私とマリウスの身体を素通りしていった。


「え?どうしてーーー」

 視線でワイアットの姿を追った先に、オスカーの姿が見えた。


『っっっーーーこの身体はもう駄目だ。神聖力で汚された。すぐに代わりになる身体は、瘴気が定着した身体のみ。お前の身体ーーーいただくぞ』


 その声が耳に届いて、私はその事実に全く気づかなかったことに、気がついた。


 魔王は瘴気を持つ身体に移り変わる。

 デイジー聖女の護衛からワイアットへ。ワイアットからマリウスへ。魔王の手によって与えられた瘴気が身体を蝕み侵され、そして魔王に乗り移られる。

 でも例外だってある。

 元々ーーー瘴気に侵された身体を持った人がいたなら、それだって依代になれる。

 オスカーの瞳はオッドアイ。その片方の瞳は、小さい頃に瘴気に侵されたからでーーー。


 狂った獣のような動きでワイアットは必死な表情で走り、オスカーに手を伸ばした。

 鼬の最後っ屁。

 窮鼠猫を噛む。

 そんな言葉が浮かぶほどに必死なその様子は、魔王の最後の力を振り絞ったもの。


 でも私もオスカーも力を使い果たしていて、まだ余力があったかもしれないマリウスも、親愛なる兄の動く姿に少しだけ安堵してしまったのかもしれない。

 だからこそ。

 ワイアットの爪が、オスカーに届いた。

 私は絶望で目を閉じる。



 ーーーーその時。


 オスカーの身体が、急に光に包まれた。


『ーーー何ーーーーっ!?』 


 ワイアットの身体はその光に弾かれて、また地面に倒れ込んだ。

『なぜだ。なぜ、ただの魔道士であるお前が神聖力などーーー』


 神聖力?

 弾き飛ばしたオスカーでさえ、何が起こったのかわからなさそうな顔をしている。


 オスカーが光の元を探して、首もとから、その原因であるらしいモノを手に取る。

 

 チャリ、と音を出したそれは、オスカーらしくないアクセサリー。

 薄くて小さな魔石のついた、オモチャ同然のチープなネックレス。

 どこかで見たことがあると思ったら、それは私がオスカーに出会ったばかりの頃に、賃金を貰うのを拒否するオスカーに対して、代わりにと渡したネックレス。


 ーーー確か、レベル1の『幸運』を、その安っぽい魔石の限界まで付与した、ただのお守り程度のプレゼント。


 そんなものを、まさか、こんな命を左右する大事な局面に、他のどんな防御魔法を付与したアクセサリーを差し置いてでも、つけてくるなんて。


 何故。


 私が、意味がわからずオスカーを凝視していたら、私の視線に気づいたオスカーが、ほんの少しだけ頬を赤くして顔を背けた。


 ーーーオスカーが顔を赤くした?


 見間違いかと目を擦ってもう一度オスカーを見たら、もう赤くなかったので、やっぱり気のせいだろうと自分に言い聞かせる。


 それより問題は、生き残っていた魔王だ。

 魔王はワイアットの身体で地面を這いながら、元のデイジー聖女の護衛の身体に手を置いた。


 私はふらつきながら、その方向に足を引き摺って進む。

「アグノラ」

 マリウスが私を止める。

「ダメよ。今、倒さないと世界が」

『もう遅い』


 魔王の声が耳に響いた。

『ーーーまさか、魔道士の身体さえも手に入らないとは想像もしなかったが、ーーー少なくともこの身体さえあればーーー我は生き残れる』


 魔王の声に覇気はない。だが、今にも消え入りそうな声でもなかった。

『身体は動かぬが、もうそこの聖女に力なき今、我を倒せる人間は居らぬ。ーーーまた時が満ちるのを待ち、数年後、必ずお主らのもとに恐怖という地獄を与えようぞ』

 

 魔王はワイアットの身体を引っ張ってきた時のように、ゆっくりと空間に亀裂を作り、そこに手を入れた。


 中に入ってしまえば、もうどこに行くかもわからない。だが魔王が言うように、私にはもう力が残っていなかった。もし私の力が戻っても、デイジー聖女の力はもうない。3人分の力が必要な以上、もう、二度と魔王を倒すことは叶わない。


 今を逃せば、もう二度と。


 私は魔王の腕を掴んだ。

 死に物狂いで。

『ーーー何だ貴様は。ーー離せ』

 離したら終わる。

「っ離すものか」

『離せっ』

 魔王のもう片方の腕で頬を殴られた。でも絶対離してやるものか。

 世界はーーー終わらせない。


 ボロボロと涙が溢れる。

 こんなに。

 こんなにも私は弱くて無力だ。


 でもーーー。

 諦めないことが、私の唯一の特技だから。


 絶対に。

「離してやるものかっ!」

 

 私が引っ張る。

 魔王が袖を引っ張って私が引き摺られる。

 もう亀裂の中に身体が入ってしまっている。その時にマリウスが、私の手を掴んで引っ張った。

 そのマリウスの腕を、オスカーが引く。

 近くにまでやってきたケイレブとベリルは、それぞれマリウスとオスカーの身体を支えた。


 拮抗している。誰もそこから動けなかった。

 ただ、唯一魔王と繋がっている私の腕が、掌の力が限界を迎えそうだった。

 これを離したら、魔王を逃がしてしまう。

『いい加減離せっ!』

「離すもんか!!」

 何度目かの声を上げた時に、ふと、私の横に人影が現れた。


 エイダン王子だった。


「魔王。1つ、聞いてもいいかな」


 今の状況にそぐわぬ、おっとりとした口調でエイダン王子は魔王に尋ねた。

「かつて別の次元で魔王から私にかけられた呪いは、魔王である貴方を倒せば解けるのだろうか?」

 

 切実なる思い。

 エイダン王子の何千年にも及ぶ不死の呪いによる苦しみを知っているだけに、誰も動けなかった。


『ーーーどのような呪いかは知らぬが、そなたにかけられた呪いは、とても強力でそなたの魂と結びついておる。ーーー我を倒したところで、その当時の魔王とやらに解いて貰うしか方法はなかろうよ』


「ーーーそうか。理解し(わかっ)た」

 にこり。

 彫刻のように整った顔立ちでやわらかく笑うエイダン王子。金色の髪がサラリと靡いた。


「では、答えてくれたお礼として、私から貴方に褒美を差し上げよう」

 エイダン王子は、自分の腰から1本の棒を取り出す。

 華美な装飾をされた金色の杖が何なのか、私は知っている。

「エイダン王子!?」

 悲鳴のように声を上げた私に、エイダン王子は「もういいんだ」と笑った。

「少なくともここで君に会えた。君がいて、しばらくは魔王が現れて滅びることのない世界。そこを、私の最後の場所とするのもーーー悪くないだろうと思ってね」


 私にそういうと、エイダン王子は魔王の服の中にその杖を差し込んだ。

「もう私には必要のないものだ。だから君にあげよう。ーーー行くがいい。もう『ここ』には戻れない『過去』へ」

 そしてエイダン王子は魔法を唱える。

 過去に戻ることのできる国宝の杖に、その魔法を。


「【パスト(過去へ)】」


 何百回、何千回と唱えた言葉の、最後の一回を。

 瞬間、掴んでいたはずの魔王の身体は、空気のように消えてなくなった。


 どこか知らない過去へーーー飛んで行ってしまったのだろう。


「ーーーそんな、魔王を過去に飛ばして大丈夫だったの?」

「大丈夫だよ。何千回と、魔王に滅ぼされる世界を見てきたんだ。この世界以外はすべて、例外なく滅亡していたんだよ?だからこそ、魔王が過去に戻ろうが戻らなかろうが、その世界は滅ぶんだ。もう一人魔王が増えたところで、大した差じゃないよ」

「そんな無茶なーーーってことを言いたいわけじゃなくてーーー。あの過去に戻る杖がなかったら、もうエイダン王子は過去に戻れなくなるんですよ?ずっとこの世界に行き続けなきゃいけないんですよ?」


 整いすぎた顔立ちが首を傾けると、金色の髪がさらりと流れる。ブルーの瞳はこれ以上ないほどに澄んでいる。

「わかってるよ。わかってやったんだから、むしろ褒めてくれないかな?ほら、私のおかげで、もう魔王はいなくなったのだよ?」


 優しく笑うエイダン王子の言葉に、私はようやく大切なことを気づかされる。

「そうだわ。確かに、違う次元に行くことがあったとしても、違う過去に行かされたら、もう同じ場所に戻ってくることはできないって、、、」

「そうだ。だから、もう危機は去ったんだ」


 破顔したエイダン王子に、皆がわっと声をあげる。

「エイダン王子、最高!」

 ベリルがエイダン王子に抱きつき、それにケイレブもエイダン王子の肩をバシンと叩いた。

「さすがだな、がははは」

 マリウスも少しだけ言いにくそうにしながら、

「、、、エイダン王子ーーー感謝する」とだけ呟く。

 まだエイダン王子とのしこりがある中で、それでもちゃんと感謝の言葉を述べてようとする素直なマリウスの様子が可愛くて、私はくすりと笑ってしまった。


 魔王のいない魔王の住み家はしずかだった。

 暑さと重力は変わらないけれど、少しずつ霧が晴れていく。その先で、倒れたワイアットの姿が露になった。

「ワイアット!!!」

 駆け寄ると、まだワイアットは息をしていた。


 しかしワイアットに入り込んだ瘴気がワイアットを完全に侵していた。

 

 初めてワイアットに会った時のワイアットの姿。

 全身紫の肌に、腐って溶ける肉の異臭。

 もってあと1日。ーーーいや、数時間も危うい。


 あの時の私は万全な状態で、それでも全力を尽くしてようやくワイアットを回復させることができた。


 だけど、今の私にはもう、殆ど魔力は残っていない。全て魔王との戦いに使い果たしてしまった。

 回復魔法でも、回復薬でも効かない。

 この状態には、私の聖魔法がないと。


 

 「、、、アグノラ」

 もう命の火が消えてしまいそうなワイアットが、声を出して私の名を呼んだ。

「ワイアット!?」

 話しては駄目だ。話したら、ただでさえ少ない体力が尽きてしまう。でもワイアットは、それを自分自身で理解していて、話しているのだ。


「ーーーマリウス」

「ワイアット兄!!!」

 近寄ったマリウスにもワイアットは声をかける。そしてワイアットの周りに全員集まった。

「ーーーみんな」


 にこり、とワイアットは腐れかけた顔で、なんとか笑顔を型どった。

 なんという精神力。

 腐れかけているのだ。少し動かすだけでも相当痛いはず。それでもワイアットは弱音1つ吐かない。


「僕が死んでも、悲しまないで」

 ワイアットは優しい声でそう言った。


「ーーー本当は、あの日、村に魔物が襲いかかってきた日に、僕は死んでいたはずだったんだ」

 ワイアットは手探りで私の手を探して、そっと触れた。

「ーーーアグノラに命を救われた。それからずっと僕は幸せだった。健康な体を取り戻して、好きなことばかりさせてもらって。大切なマリウスやオスカー、そして他のみんなと楽しく暮らせてーーーー」


 ワイアットの目が白濁していく。

 焦点が合わず、呼吸が途切れ途切れになっていく。


 駄目だ、話しては。

 ーーー駄目なのに。


 ワイアットを助ける方法が見つからない。


「、、、アグノラ」

 ワイアットは私の名を呼ぶ。

「、、、アグノラ、、、」

 もう私のことは見えていない。

 言葉が出せるだけでも奇跡に近い。


「ーーーアグノラ。どうか、君に、、、感謝と祝福を。僕はーーー君が、、、」


 ふ、とワイアットの意識が途切れた。

 同時に私の涙腺が崩壊する。

「ワイアット!!!嫌だ!!!死なないで!!!」


 違う。ワイアットの命は助かったんだ。長引かせるために回復させたんじゃない。これからもずっと、皆で幸せに暮らすはずだったのに。

 

 私はもう微かにしか出ない聖魔法を精一杯ワイアットにかける。だけどもう腐敗が進んだワイアットには微々たる影響しか与えない。

「ーーー嫌だ!!嫌だ!!ワイアット!!」

 ワイアットの呼吸が少しずつ弱くなっていく。


「、、、エリクサー」


 ポツリと呟いたのは、オスカーだった。


「エリクサーがあれば、」


 エリクサー。最高級の回復薬。

 あらゆる病を治し、あらゆる呪いを解き、蘇生はできないけれど、生あるすべての生き物を完全回復させる霊薬。


 けれどそれは、かつてマリウスとオスカーがワイアットを救うために世界中を探し回ったのに見つからなかったはず。


「他の材料は揃っている。あとは、世界樹の樹液だけなんだ。エリクサーを作るために必要なものは」

「世界樹、、、?」

 いきなりそんなことを言われてもどうしようもない。もうワイアットは息を引き取ろうとしているのに、今更、どこにあるのかもわからない世界樹を探すなんて不可能だ。


 常に冷静なオスカーらしくない言動だった。それほどオスカーも、ワイアットを失うことに動揺しているのだろう。


「ーーー世界樹は、100年に一度生まれる聖女の力を宿した木だ」

 

 その言葉を発したのは、エイダン王子だった。

 皆がエイダン王子を振り返る。

「聖女の部屋の資料の片隅に載っていた。重要事項だと。それは知る人ぞ知る事実。それこそ妖精王もそのことは知っているだろうが、それでも世界樹が特定できないのは、未だに『アグノラの世界樹』が覚醒していないからだ」

「、、、私の世界樹、、、?」

 エイダン王子は頷く。

「エリクサーは確実に存在する。それでも現在、この世にエリクサーがないのは、100年前にいた聖女の世界樹が枯れて100年。それ以降、世界樹が存在しないからだ。そもそもその他の道具が希少で、聖女がいたときでさえたいして作ることができなかったエリクサーが、100年後に残っているはずがない」


 エイダン王子は悲しげに言う。

「誰もわからないんだ。世界樹の場所は。聖女がその木を覚醒させないと、世界樹はその時までただの木なのだから。今からアグノラの縁の木を探すことなんてーーー」


 私のーーー木、、、?


 言われて、すぐに脳裏に浮かんだ映像があった。


 私はオスカーを見上げる。

「ーーー他の材料は揃っているって言ったわよね?」

「あぁ。俺のマジックバックに」

 マジックバック。それは本来の容量以上に品物が入る魔法の鞄。

「オスカー。転移の魔方陣は新しく展開できる?」

 私の瞳の強い光を感じ取ったのだろう。オスカーが顔を引き締めて、大きく頷いた。

「いつでも可能だ」

「そう」

 私は大きく頷き、そしてワイアットの顔に手を添えた。

 腐って異臭を放つその顔は、もう溶けて目も当てられないくらい。でも、口がどこかくらいはわかる。

 私は、そこに自分の唇を押し当てた。


「アグノラ!????」

 

 声を出したのはマリウス。毛が逆立つ勢いだったが、それを私は無視した。


 もう私に聖魔法を使う力はない。

 渡せるとしたら、魔王を倒す時に使って残りどのくらいかもわからない生命力だけだ。

 口を通して、私は自分の生命力をワイアットに移動させた。


 そして私はオスカーに言う。

「連れていって」

 それは私の故郷。

 過去に戻る前、二度と帰らないと誓ったあの場所。

 過去に戻ってから、すべてが始まったあの場所。


「、、、ヤードターナへ」


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