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魔王のすみか

 薄暗く、それなのにとても暑い。

 込み上げてくる熱気は、蜃気楼のように視界を歪ませて、目を霞ませる。どこまでも続く広い場所のはずなのに、すぐ近くでも殆ど見えない。

そして身体全体に重石をつけられたように、身体が重く感じた。

 空気が薄くて息が苦しい。

 こんな感覚の全てを麻痺させるような不自由な世界。

 私はまた、この場所までやってきてしまった。


『魔王の棲み家』


 勇者マリウスの行くところについていくだけの私は勿論、脳筋の第一人者である大戦士ケイレブも案の定、その場所までの道程を覚えてはいなかった。


 マリウスが記憶を取り戻さなければ、私達が再びここに辿り着くことはなかっただろう。いや、あの頃も必死で探してたどり着いたのだから、いつかは探し出せたかもしれないけれど。


 ここの場所に辿り着くには、いくつもの難所を越える必要があった。

 世界の果てにある氷の大陸の中央に位置する洞窟へ行き、希少な鉱石を手に入れる。

 その鉱石を、灼熱のマグマが剥き出しになっている山脈まで運んで、マグマの中に入れるとマグマが固まり、その中に沈んでいる別の鉱石を取り出す。


 1300℃で何万年も温められ続けたその鉱石は、驚くほど透明に澄んで輝いている。

 その光輝く鉱石を、王宮の西側に位置する大森林のとある泉に入れる。そうすることで、この地上と魔界が繋がっている、隠された通路が現れた。


 そして魔界に入ってからも随分と長い道程を歩いた。魔人は自らの翼で空を飛べるため、道を整備することもない。


 断崖絶壁。鬱蒼とした森。

 荒れ果てた道なき道をただひたすらに歩く。


 今回は、過去に戻る前に一度、魔王の澄み家に繋がる場所まで行ったことがあるから真っ直ぐこれたけれど、場所が把握できていなかった当時は、相当困難を極めた。


 あのオスカーが、知恵という知恵を振り絞ってようやく突き止めた魔王の棲み家までの道。


 魔界だけでも厄介なのに、さらにそこから別の異空間にあるという魔王の棲み家を見つけ出すなんて、今考えても凄いことだとは思う。


「みんな、ちゃんといる?」

 私は声を出して確認する。

「あぁ」「いるわよ」

 返事をしたのは数人。返事をしていなくとも、何かしらの反応はしてくれたと信じたい。


 かつて、勇者パーティーとしてこの場所に辿り着いたのは5人。勇者マリウスと大賢者オスカー、大魔法使いベリル、大戦士ケイレブ。そして聖女の私、だった。そのメンバーは、1人も外れることなく、今、この地に足を踏み入れている。


 そしてもう1人。エイダン王子もここに来ると言い張って、この魔王の棲み家まで同行していた。かつてマリウスの顔をしていたという魔王に、不死の呪いをかけられて地獄の苦しみを味わった人。


 永久の時を渡り歩いてきたという彼は、私達がまた全滅した時のために残って欲しかった。でもエイダン王子は自分が不死であることを盾にして、絶対に自分の意見を譲らなかった。


「この機会を逃したら、きっともう二度と魔王の棲み家に行くことはないだろう。これは私のケジメなんだ。この先また永久の時間を生きるにしても、何も知らないままなんて後悔しか残らないだろう」


 そう言われてしまうと、断るにも断れなくなってしまった。呪いが解かれないと死ねないエイダン王子。この機会で呪いが解けるのが一番いいけれど、うっかり一緒この魔王の住み家という亜空間で過ごさないといけなくなるとか、そんな最悪の事態も考えてしまって、魔王の住み家に辿り着いてからも、ずっとエイダン王子のことが気になってしまっていた。


 今からでも引き返せるんじゃないかとか。

 せめて、魔王の住み家の出入り口にいてもらうべきだとか。


 そしたら、急に私の袖をグイッと誰かに引っ張られた。振り返ると私の斜め後ろ、顔のすぐ近くにマリウスが少し機嫌悪そうな顔で私を直視していた。暗くて霞む視界も、これだけ近いと流石に見える。


「ここまできて、他の男は見るなよ」


 ヒュ、と息を吸い込む。呼吸が止まるかと思った。明らかに嫉妬を含んだマリウスの言葉に、歓喜による鳥肌が立ち上がった。

 

「、、、な、何をこんなところで」

「こんなところだから、だろ」

 マリウスは真面目な顔で小さく息を吐く。

「いつどうなるかわからない。ーーーもう、お前を失いたくないんだ。俺がアグノラを守るから、アグノラも俺を見ててくれ」


 私はマリウスの茶色の瞳が濃く色付くのを見つめて、静かに頷いた。


 私だってマリウスが息絶える瞬間を知っている。あの絶望感はもう、二度と味わいたくない。

 心臓が何かに引き裂かれるような心の傷は、むしろ直接の痛みであって欲しいと願うほどに、辛い。

 

「マリウス。貴方も絶対に死なないでね」 

 そう言って、私はマリウスに自分が知り得るすべてのバフ魔法をかけていく。

「身体向上、体力増進、痛覚軽減、状態異常無効、直接攻撃軽減、魔法攻撃軽減、、、」

 途中でマリウスが慌てて私の口を塞ぐ。

「おい、ちょっと待て。やり過ぎだろう。アグノラは魔王を倒すための魔力を残さないといけないというのに俺に補助魔法使ってどうする」

「マリウスがいなかったら、私が生きてる意味がないもの」

 呟いて、また次の補助魔法をかけようとすると、マリウスの手で私の口を塞がれた。

 マリウスの目が、怒りを含んで強く光る。

「ーーーそんなこと、言うな」

 

 恍惚とするほどに強いその瞳の輝きに、私の皮膚という皮膚の毛穴が開いて鳥肌が立った。

 そう、私はこの輝きに惚れたんだ。

 私の言葉は本心だった。こんなに私の心を動かしてくれる人はマリウスしかいない。マリウスのいない世界なんて、絶望しかない。


「俺が生きることと、アグノラの命を危機に曝すことは別だ。アグノラが死んでしまえば、それこそ俺だってーーー」

 マリウスは何かを言いたそうにしていたのに、顔を思い切りしかめると、ぐしゃぐしゃと自分の前髪を掻き回した。

「ーーーあぁ、くそ」

 マリウスが悔しそうにしていると思ったら、いきなりマリウスは私を強く抱き締めた。

 私は目を大きく見開く。


「言いたいことは山ほどあるが、どうにも俺は口下手でうまく言えない」

 そう言うと、マリウスは私の唇に自分の唇を重ねた。

 私はまさかのキスにもうこれ以上、目を大きくすることもできず、全身が心臓になったのではないかというほどに強く拍動を感じた。

 薄くて形の良いマリウスの唇は、驚くほどに熱い。


 過去に戻る前も、そして過去に戻ってから含めても、マリウスとキスをしたのは初めてだった。


 夢にまでみたマリウスの初キスが、まさかこんな魔王の住み家だとか、もっと落ち着いて雰囲気のある時にしたかっただとか、そんな文句さえも全て頭から消え去ってしまった。

 

 マリウスは少し私から顔を離して、目を見開いたまま硬直している私の顔を眺めると、くすりと笑う。


 いたずらっ子っぽく目を細めると、さっきまで私の口を塞いでいた手で私の頬を軽く摘まんだ。


「続きをしたいから必ず2人とも生き残るぞ。その時に、ゆっくりさっきの言いたかったことを全部話してやる。覚悟しておけよ」


「ーーーーーーーー」


 私はもう返事さえできずに、崩れ落ちそうな身体を必死に堪える。

 魔王との戦いに生き残っても、マリウスとの『続き』を考えるだけで死んでしまうのではないかと思う。


 キスだけでこんなことになっているのに。

 

 震える身体は自分のものではないかのよう。全身に広がるこの幸福感は、麻薬のそれに近いのではないか。


 私は言葉を出すこともできず、ただ小さく頷く。

 それを確認してマリウスは更に目を細めると、マリウスは自分の腰にぶら下がる剣の柄を握りしめた。


「ーーーさて。今度こそのリベンジといこうか」


 マリウスが剣を抜くと、ただでさえ精悍な体つきが更に引き締まる。美貌ならオスカーやベリルの方が綺麗だが、剣を抜いた時のマリウスの肢体は、それらを超越し、群を抜いて美しい。


 ほぅ、と私がマリウスに見惚れると、マリウスは私の手を引いて自分のすぐ後ろにつけた。

 俺が守る、というように。


 マリウスは、暗闇の中から飛んでくる攻撃を、全て剣で弾き飛ばしていた。

「、、、すごい」

 つい感嘆の言葉が私の口から漏れる。

 魔法攻撃など、本来、剣で弾けるものではない。

 強化した鉄砲や爆弾を誰が全て見切って弾くことができるだろう。

 私の補助魔法はあくまで補助。それを見切る能力は、元来のマリウスの能力だ。


 私はーーー過去に戻る前の事を思い出していた。


 あの時。魔王の住み家についてからのマリウスは、今と全く違って切羽詰まった表情をしていた。

 会話も少なく、いつものマリウスの半分ほども活気がない。妙な焦りと、そして悲壮感がそこに漂っていた。


 今となっては、それが何故なのかわかる気がする。


 自分の大切な兄が魔王になり、そして自らの身さえ魔王に狙われている焦り。魔王を倒すということは、自分の命ほどに大切な兄を倒すということ。

 覚悟はしていても、いざとなると本領を発揮することなどできなかっただろう。


 でも今は違う。

 ワイアットは家に置いてきた。

 ワイアットの命はまだ、魔王に狙われているのだから。ワイアットの中にある瘴気を完全に除去することができない以上、リスクはできるだけ避けたかった。


 はじめはワイアットも戦いたいと言っていたが、私とマリウスの説得で諦めてくれた。マリウスに似て頑固ものの血が流れているけど、ワイアットに万が一があったら、牧場のすべての動物達が死ぬことになると言うと効果覿面だった。


 ワイアットの姿でない魔王は、ただの見知らぬ魔王でしかない。


「ーーー姿を現せ。魔王」

 マリウスの声に、暗闇の中、わずかに霧が晴れ、どこからともなく人の姿が現れた。魔王というには拍子抜けするほどに小さいーーー人と同じ大きさのソレ。


 黒紫の髪に、まだ30前後であろう若い男は、それなりに整った顔をしている。

 真っ白な上下の制服は、魔王というにはとても相応しくない姿だった。


「ーーーかつて、デイジー聖女の護衛をしていた剣士だ」

 聞こえたのは、エイダン王子の声。

「デイジー聖女の?」

 私が聞き返すと、あぁ、と返事する。

「繰り返す過去の中で幾度となく魔王を見てきたが、この姿であることが一番多かった。何故かと不思議だったが、この時代で初めて聖女の部屋に入ることができて理解したよ。ーーー魔王は、その時代で一番強い『生物』に乗り移り生きてきたんだ」


 黒紫の髪の男はニヤリと笑う。

『ご名答』

 それはどこから聞こえるかわからない不気味な声。直接耳の中で聞こえてくるような。


「生物?人間ではなくて?生物ならもっと強いものが沢山いるでしょう?」

「それはわからないが、人間ではない魔王もいた。人間のことが殆どだったけれど」

 エイダン王子の言葉を補うように、魔王が言葉を続けた。

『そうだ。人間は弱いが、その分、知恵と器用さがあるからな。魔法を含むと人間が一番強いことが多い。人間はどうしても寿命が短いからな。たまには獣の姿になることもあったが、我の力に耐え得る身体でないと、長くは持たんのだ。前回は危ないところだったぞ。能力はあったとはいえ子供しか目の前にいないことがあってな。あの時、聖女連中が来なければ、今頃どうなっていたか』


 ふははと笑う魔王を私は睨み付ける。

「、、、よく喋る魔王ね。意外すぎて反吐が出そう」

 前回、魔王はこんなに話さなかった。

 前回の身体はワイアットだったからだろうか。

 身体の持ち主が性格に影響するかどうかはわからないけれど。


 この魔王の元の身体は、デイジー聖女の護衛だったとエイダン王子は言った。聖女の側近なら、それなりの人格者を傍に置くはずなのに。整った顔立ちはしているが、そこまでイケメンというほどでもない男。


『かの聖女は男の趣味が悪かったのだろうな』

 

 心の声で言ったはずなのに、魔王は私の言葉に返事をした。ぎょっとして男を見つめる。男はクツクツと笑った。


『ここを何処だと思うておる。我の陣地ぞ。心の声などというものが聞こえぬはずがない』

 ちなみに、と魔王は言う。

『そこにおる剣を持った男以外の者は、皆、我の声を聞いて同時に「アグノラと同類か」と呟いておったぞ』

「え?どういうこと?」


 予想もしないことに驚いて皆を振り返ったが、暗闇の中で私と目が合った人はいなかった。

 当人であるマリウスでさえ否定をしない。眉は寄せているけど。


 クツクツと魔王はさも可笑しそうに笑い、『アグノラとはそなたのことか』と呟く。


 私はぶすりと頬を膨らませて「そうよ。何か文句ある?」と言葉を吐き捨てる。元々魔王を倒す気ではあったけど、今ので俄然やる気でたからね。

 マリウス、格好いいじゃない。ちょっとわがままで自分勝手で素直じゃないところあるけど。


 そう思ったところで、自分自身でふと気付いて可笑しくなった。

【さわやかで紳士】という勇者の時の固定概念が、一切抜け落ちている。私は今のマリウスが好きなのだと改めて思った。聖女ではない【私】を好きでいてくれるマリウス。私にはかけがえのない人だ。


【、、、ほぉ。聖女か。我の知る聖女とはかけ離れて見えるな。デイジーという聖女は、それは優雅で奥ゆかしい、それでいて聖女として最強の女性であったよ。そなたとは全く違ってな】

 ふふふと笑う魔王。

 そりゃそうでしょうよ。文献にそう書いてあったんだから、そんなこと私だって知ってる。


 マリウスのことで怒りが沸点まで昇ってたのに、何故だろう、すぅと冷めていく感覚があった。

「、、、何?私を怒らせたいの?どうして?ーーー違うわね。私を怒らせたいんじゃない。その身体の持ち主のデイジー聖女への想いが、まだ貴方の中に残ってるんでしょう?魔王のくせに、そういうのに引っ張られるって笑える」

 くすりと私は口の端を上げた。

【ーーー何だと】

「確かに私は上品でも可憐でもないけどね」


 足音が聞こえる。1人ベリル、2人オスカー、3人ケイレブ、そしてマリウス。

 私の横に並んだ。

「私の仲間への愛は、デイジー聖女より勝ってるつもりよ」

 信じれる仲間。

 過去に戻る前、魔王の住み家でマリウスが背中きら刺された。犯人をずっと探していたけれどーーー私はもう探すのを止めた。


 大切な仲間達。気の置けない皆。

 この人達がマリウスを刺すはずがないと思い至った。何より私が心から愛する仲間なんだから。疑うなんて、とんでもなかった。


「よく言ったわ。アグノラ」

 ベリルは鮮やかな緑の長い髪を靡かせて、私の肩を叩いた。その横でケイレブが腕をグルグルと振り回す。

「ようやく魔王さんとの再戦か。今度こそ叩きのめすぜ」

「、、、、」

 寡黙なオスカーは何も言わない。でもマリウスと同様に、私の前に立ち、私を守ろうとする気持ちは感じられた。


 前の戦いでは、魔王の住み家に入った時から顔色が悪かった。この熱気と重量と空気の薄さ。そして暗闇の中の霧という視界の悪さで、本来の力を発揮できないどころか、立つのがやっとだった。


 でも今は違う。

 私の聖魔法レベルが格段に上がった。

 補助魔法で、地上と同じ程度には動けるようにできている。

 私は成長したんだ。


「いくぜぇ」

 ケイレブが先陣を切り、駆け抜けた先で剣を抜く。巨大な体躯を持つケイレブと同等の大きさを持つその巨大な剣は、避けられはしたものの、その勢いから疾風を巻き起こして魔王の身体をぐらつかせた。

『、、、っ何、、、』


 その間にベリルは魔法の呪文を唱える。

 かつて大魔法使いと呼ばれたベリルは、その魔力の多さから記憶を取り戻すことはなかったけれど、本来の魔力が他の何からも邪魔されないというだけで、強力な力を発揮する。


灼熱(フレア)

 その瞬間、ごう、と音を立てて燃え上がる巨大な炎。その合間に「放電(スパーク)」という雷性の魔法を混ぜることで、炎の中でいくつもの爆発が魔王を追撃した。


 ケイレブとベリルの息の合った攻撃は、飄々としていた魔王の表情をあっという間に険しくさせた。次々に攻撃を繰り出し、魔王に反撃の手を与えない。


 いっそ2人がいれば、もう他の人が手を出す必要もないのではと思うほどに。


 魔王は息を切らしながら、眉を寄せた。

『どういうことだ、、、我がこんな、、、』と呟いている。それからもケイレブとベリルの攻撃は続く。

 もう少しで魔王が膝をつきそうだという時、魔王がニヤリと笑った。


『ーーーそうか。【器】が悪いか』


 言うと、魔王は空間に亀裂を作り出し、そこに手を差し込んだ。何かを探るような手つき。探しながら、魔王はチラリと私に視線を送った。

『聖女よ。そなた、我が目をつけたものの瘴気の侵害を阻止しておったであろう?』

 瘴気の侵害?

 魔王が目をつけていたということは、ワイアットのことだろうか。ワイアットの身体にある瘴気は、確かに私が定期的に回復させて取り除いていた。私の聖魔力不足で完全には除去できていなかったけれど。


『ーーー最後に治療をしたのはいつだ?』


 そう言われて、私は首を傾げる。

 ワイアットはだいぶ良くなったと言って、私から言わないと治療を求めて来なかった。自分が人の世話ばかりして、人の世話になるということにワイアットは慣れていないのだ。


 ここに来る前は、最終調整としてあまりワイアットには会えていなかった気がする。特にワイアットは魔王の住み家にはいかないから、家で待機していることが多かった。

 最後に治療したのはーーーいつだったか。


『ーーーは』

 私が考え込む様子を見て、魔王は楽しそうに笑い出した。

『愚かな娘よ。そなたに感謝せねばなるまいよ。ーーー熟しておる。これならばすぐにでも()()()()()()()


 空間に入った亀裂から、ずるりと引き摺って出したものは、以前のように紫色の肌になったワイアットだった。ぐったりとしてそこに意識はない。

「ワイアット!」

「ワイアット兄!?」


 駆け寄ろうとした私やマリウスに対し、地が割れるほどの斬撃を放ったのは、他でもないワイアットだった。


 目を開けたワイアットの傍らには、先ほどまでケイレブ達の攻撃を受けていた魔王が倒れてピクリとも動かない。


 ワイアットは、自分の身体を慣らすように動かした後、自分の手を握ったり開いたりしてみせる。

『ふむ、、、思った通り悪くない』


 腐りかけた紫色の皮膚。

 あんなの、初めにみたワイアットそのもの。ここに来るまではそんな状態じゃなかったのに。


『なぁに。膨らみかけていた瘴気を、我が少しばかり増やしてやっただけのこと』


 直接耳に届くその声は、ワイアットの声に極似している。いやーーーもう本当は理解している。

 信じたくないだけだ。


『くっくっくっ』

 ワイアットは腐った顔の中で小さく笑った。

『はーっはっはっは。本当に人間というものは面白い』

 そう言ったワイアットは、魔王に身体を奪われたということに。

 

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