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マリウス。魔王と戦う最後の日。

 これは未来であり、過去のことだと俺は知ってる。

 過去に戻る前の、俺の未来の記憶。


 俺は焦っていた。

 

 エイダン王子にアグノラを奪われてしまうという不安と、魔王を倒さなければ自分が魔王に身体を奪われてしまうかもしれないという恐怖と。

 死んでしまったワイアット兄の復讐と。

 色んなことが、俺を急かして囁く。

『早く魔王を倒せ』と。


 無茶な旅をしてきたとは自分でも気付いていた。

 アグノラをエイダン王子から逃がすために過酷な道を選び続けたし、自分達のレベルに合わない魔物達に挑んで、無理やり身体能力を上げていった。


 それに文句も言わずに付き合ってくれたパーティのメンバーには心から感謝している。そしてオスカーには、感謝とともに申し訳なさもずっと心にあった。


 オスカーはワイアット兄の死と村の滅亡のせいで心を閉ざしてしまった。それなのに俺の旅に付き合い、ずっと支えてくれた。


 そんなオスカーがアグノラに惚れていたのは、俺だってずっと気付いていた。同じ道で旅を続けながら、アグノラに目も合わせられず声もかけられない不器用さは、俺でさえもどかしくもあった。

 

 俺は魔王を倒すまではアグノラの気持ちには応えられないと思っていたし、あんな派手な容姿のくせに恋愛下手なオスカーの前で、あいつの好きなアグノラと恋人になるなんて、とてもじゃないけどできないとーーー俺は自分に言い聞かせていた。


 だからだろうか。

 俺はある日、オスカーにお願いをした。

 魔法で錬金して武器を作れるオスカーに。

 望む魔法を作成できる大賢者に。

 きっとどこかで、あいつへの罪悪感があったのだろうと思う。

 

 そして、決戦の日がやってきた。

 場所は、魔王の棲む黄泉の闇という空間。 時空間を越えた異世界。

 世界を旅し、ほんのわずかな情報を集めて、ようやく魔界への扉を見つけたというのに、そこからワープした場所にある魔王の棲み家に辿り着いたのは、容易いことではなかった。


 そこには魔王以外は存在しなかった。


 そして重力も違うその場所は身体が重く、そして空息をするのも苦しいほど空気が薄い。 気温も高すぎて、近くにいる仲間の輪郭が歪んで見えていた。

 暗く、じっとりとした霧で覆われたその空間は、景色を見ることもままならない。


 魔王の棲み家に着いて早々、俺はパーティの仲間を探した。ちゃんと全員いるかを確認するだけで1分以上かかった。


 足場も悪く、粗めの砂利がしっかり踏み込んでいるはずの身体のバランスを崩そうとしてくる。


「マリウス。焦るな」

 そう言ってくれたオスカーの姿を俺の瞳が捉えた。

 オスカーは俺のすぐ後ろにいた。

 そして俺の前には、戦いが好きすぎて先陣を切るケイレブと、何を考えているかよくわからない女ベリルが並んでいる。

 信用はしていないが、強さという面では信頼している2人。そして一番後ろにいたのは、戦いの意味では役立たずの聖女、アグノラ。

 ここは未知の場所だ。絶対に危険な目に遭わせたくなかったから、俺とオスカーの近くにいてもらった。


 俺は強さには自信があった。

 そのために人生かけて戦ってきたし、レベルをあげてきた。アグノラのことも、守れると思っていた。


 でもーーーもう1人の気配を感じた時に、その気持ちは脆く崩れた。


 暗い霧の中。

 きっと、誰も気付いていない。

 いや、オスカーは気付いているかもしれない。

 懐かしい雰囲気。俺と同じ茶色の髪。

 俺より下がった垂れ目の瞳。優しい顔。

 ずっと会いたかったその姿ーーー。


『ーーーワイアット兄さん』


 声にならない自分の声がその名を叫んだ。

 

 会いたかった。

 ずっと呼んでいた。その名を。

 兄さん。

 俺はどうしたら。

 魔王だなんて、嘘だよな。

 助けてくれ。

 俺は、兄さんを助けたかったんだ。

 兄さんと戦うなんてーーーーそんなの。

 

 そんな話をすることもなく、ケイレブがまずあっさりと切り刻まれた。

 遊ぶかのように、すぐには命を絶たれずに、なのにめったぎりにされた。

 ケイレブへの攻撃に激昂したベリルの魔法攻撃も、全く効果なかった。そしてそれ以上の魔力の集合体を、嘲笑うようにベリルにぶつけてくる。


 泣きそうになった。

 泣き虫だった俺をいつも優しく慰めていてくれたワイアット兄のその手で、俺はーーー。


 手も足を出ないとはこのことだった。

 俺は今まで何をしていたのだろう。

 無理して戦って。鍛えて。最強になった。

 そんなつもりでいただけだった。

 好きな人の気持ちも無視して、受け入れることさえしなかった。

 

 このままワイアット兄に、魔王に負けたら、この身体は魔王に奪われてしまうのだろうか。

 そしたら、どうなる?

 国は?世界は?このパーティは?

 ーーーアグノラはーーーー?


 暗い霧で見えない中、俺はアグノラを探した。

 見つけたのは、奇跡に近かった。

 近寄ろうとしたのに、全身傷だらけで動くのもままならない。それでも彼女を目で追った。

 

 彼女は恐怖で震えて、全く動くことができていなかった。それもそうだ。彼女は戦いに慣れていない。

 俺のことが好きだっただけだ。

 俺のために旅をして、俺のためだけにここまで来た。

 怖かっただろう。辛かっただろう。

 俺がーーーー愚かなばかりに。


 早く手放してやれば良かった。

 それか、素直に受け入れていれば。

 今よりはずっと、幸せにしてあげられたかもしれないのに。


 ごめん。

 ごめんな。

 あんなに震えて。ーーー怖いだろう。


 そして、はっとした。


 俺が負けたら、この身体は魔王になるのだろうか。

 そしたら、まさかこの手でアグノラを殺すのか?


 ーーーそれはない。

 それだけはダメだ。

 彼女だけは助けてやりたい。それができなくても、せめてこれ以上、彼女を傷つけることだけは。


 俺のこの手でアグノラを殺すような残酷なことは、絶対にしてはいけない。

 

 俺はそして、オスカーに造ってもらった魔道具を取り出した。オスカーに何度も断られた『自滅の刀』。


 魔王に身体を奪われないために、俺が負けそうになったら自死できるよう、特殊な魔法をかけた剣だ。

 絶対に使うなと、オスカーには言われていたけれど。


 その剣に魔力を通した途端、剣は勢いよく宙に浮いた。そして強靭な俺の身体を突き刺すために、物凄い勢いで俺に向かって落ちてくる。


 もう少し勢いは穏やかでも良かったのではと思うほどに、剣は俺の背中から鋭く心臓を貫いた。いや、最高の反射神経を持つ俺の身体は、ギリギリのところで急所を避けた。だが深く刺さったその傷からは逃れられない。即死ではないだけで、死ぬまでにそう時間はかからないだろう。


 誤算と言うならば、思わず出てしまった苦痛の声に、アグノラが気付いて泣きながら俺に駆け寄ったことだろう。

 

 アグノラは俺の名を呼びながら、何度も何度も『愛している』と言い続ける。

 だからつい、言うつもりもなかったのに、俺もアグノラに告白をしてしまった。

「俺も、アグノラを愛している」と。


 そして俺の命は尽きた。

 尽きたはずーーーだった。


 ワイアット兄は死ぬ前に魔王から身体を奪われた。きっと、死んでからは魔王は身体を奪えないのではないかと推測していた。

 実際、そうなんだろうと思う。


 でも、俺の身体は蘇った。


 まさかーーーアグノラが、自分の命を引き換えにして他者の命を蘇生する魔法を使うとは、思いもしなかったから。


 アグノラにはまだ使えないレベルの魔法だったはずだ。ノロケに聞こえるかもしれないが、俺の死が悲しすぎることがきっかけで、アグノラの能力は急成長したのだと思う。


 そして俺は蘇り、魔王に身体を奪われた。


 アグノラの馬鹿野郎。

 俺は『死なないでくれ』って言ったじゃないか。

 俺のことは置いて、どうにか逃げて欲しかったのに。

 それなのに、俺の命を救うために、自らの命を犠牲にするなんて。本当に馬鹿野郎だ。

 

 ーーーそれ以上に、俺の方が愚かで。

 悔しかった。

 ワイアット兄の姿をした魔王に勝てなかったことも。

 訓練を重ねた俺は、もうこれ以上の成長はないと過信してしまったことも。

 自死を選んだことも。

 自らーーー愛するアグノラを手放してしまったことも。


  だから。

 神に願った。


 善良なワイアット兄が死んで、村が滅亡した時に、この世に神などいないと、心の神を否定したのに。


 今更だけど懺悔をさせてほしい、と、神に祈った。


  今からもし、身体を奪われて魔王になってしまったとして。

 俺からアグノラを奪うかもしれないエイダン王子を恨むことを赦して欲しい、と。

  魔王なんてものをこの世に産み出したこの世界を、憎ませて欲しい。


 そしてどうか。 せめてアグノラが、消えてしまったアグノラの魂が、どこかの世界で幸せになれますように。

 そう、祈らせて欲しい、と。


 欲を言えば、いつかその魂の横に、俺の魂が辿り着けますように。


 ーーーそうーーー願った。

 

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