希望の光
「おかしいと思わない?」
そう私に話しかけてきたのは、緑の鮮やかな髪が眩しいベリルだった。艶のある長い髪は極上の美貌を更に際立てていて、見ているだけで神々しい。
そのベリルは、作り物のように長い睫をパチパチと瞬かせて、キッチンの窓から、遠くで畑仕事をしているマリウスを眺めていた。
「何かおかしいことでもある?」
私は首を傾げる。ベリルは眉を寄せて私に視線を流した。
「あのマリウスが、最近、少し大人びて見えるのよね。色気もあるっていうか」
「マリウスは前から色気があるわよ。何を今更」
「、、、そうね。あんたに話したこと自体が間違っていたわね」
鼻で笑うように言うベリルに、私は口を尖らせる。
「ベリルであってもマリウスは譲れないわよ?」
「クソガキは私の趣味じゃないから、私がマリウスに惚れることは世界が滅亡してもあり得ないわよ」
にっこりと微笑んだベリルの目には怒りのようなものが込められていて、少し怖かった。
ベリルはどうやらケイレブが好きらしい。
あんな熊のような容姿をした戦い馬鹿を好きなベリルの方が、私よりずっと奇特だと思うのだけど、それはあえて言わないでおく。
過去に戻る前からベリルはマリウスを好意的に思っていなかったし、今は今で、どちらかと言えばマリウスを玩具扱いをしている印象があって、マリウスへの興味は全くなさそうだった。
そのベリルが、マリウスを『色気があっておかしい』と評する。
遠くの畑にいるのでマリウスは小さく見えるけれど、恋は目に双眼鏡を装着させてくれるものなのだろう。なぜかしっかりはっきりマリウスが見える。
畑を耕す優美なあの肢体。
服を着ていてもわかるほどに、どの筋肉も美しく、しなやかだ。
健康的な肌の色。その額から流れる汗を、タオルも使わずに手で拭き取るその仕草でさえ、愛しくて仕方ない。
「眼福とはこのことね」
呟いた私に、ベリルは「はいはい。ご馳走さま」と全く心のこもっていない言葉をくれる。
「ベリルはどうなの?いくら恋愛よりも戦の方を優先しそうなケイレブであっても、さすがにベリルの魅力には敵わないと思うんだけど」
私がそういうと、珍しくベリルが困った顔で眉を寄せた。ケイレブが好きなことに否定をしなかった。
「私は殆どの人を振り向かせる自信はあるわよ?でも、あの人は何を考えてるか全くわからないのよね。心理戦で百戦錬磨の私でもわからないんだから、どうしようもないわ」
「人間というよりは獣に近いものね。それは仕方ないかも」
「ワイルドと言って頂戴」
そういうベリルの表情にはケイレブへの愛が感じられる。いつも綺麗なベリルの中に可愛らしさが混ざって、私が言われているわけじゃないのにキュンとしてしまった。
私が男だったら間違いなくベリルに惚れている。
それにしても、こんな風にベリルと恋愛話ができるようになるとは思いもしなかった。昔から私の恋話はベリルに聞いてもらっていたけど、ベリルは私に恋愛話はしてこなかった。
過去にもベリルとは親友として仲が良かったつもりだったけど、同じパーティーメンバーであるケイレブが好きだとは一言も言ってくれなかった。
過去に戻る前のことを考えると複雑だけど、こういう関係になれたことは喜ばしいことなのだろう。
私は窓の外にいるマリウスの姿に視線を戻して、ベリルに話しかけた。
「、、、魔王が倒せなかったら、やっぱりこの世は滅びてしまうのかしら」
「過去を繰り返していた今までがそうだったなら、そうなんでしょうね」
あっさりと返事をするベリル。
そんな言葉を聞きたかったわけじゃない。
「ベリルは怖くないの?」
ベリルは魔力が強すぎたせいか、オスカー同様、過去に戻る前の記憶は戻っていない。
でも世界が滅びるということは即ち、ベリルも死ぬということだ。
ベリルは薔薇のような唇を歪ませた。
「怖いかどうか?そんなの怖いに決まってるじゃない。でもだからってここで怖がっていても何の解決にもならないでしょ。解決策は、妖精のお爺さんとオスカーとエイダン王子が探してくれてる」
ベリルは緑の髪を一束手に持つと、それを撫で降ろして目を細める。
「私達はそれを信じて、待つしかないわ。見ても大して面白くもないマリウスの姿でも見ながらね」
「またそんなことを言う。マリウスは面白いわよ。1日中眺めても一生飽きない自信はあるわ」
「それはさすがに病気の類いね」
ベリルは呆れた顔をして、その後くつくつと笑った。
「誰が面白いんだ?」
キッチンに入ってきたのは、長い黒髪を一つに括ったオスカーだった。ベリルには劣るものの、整いすぎた顔立ちのオスカーは、また徹夜したのか目の下に隈を作っていた。
「オスカー。また無理したのね」
私はオスカーに駆け寄って、オスカーの是非も聞かずに回復魔法をオスカーにかける。
オスカーの目の下から隈が消えた。しかし回復したとしても徹夜によるストレスが完全に消えるわけでもない。心と身体は別物だからだ。
「探してくれるのは有難いけど、無茶するのはダメよ。ちゃんと寝る時は寝ないと」
「ーーーすまん」
無表情で謝るオスカーからは、誠意があるかどうかはわからないが、こうして毎回注意しているのに何度も目の下に隈を作ってくるから、反省はしていないのだということはわかる。
「謝って欲しいわけじゃないから」
「久しぶりね、オスカー」
ベリルが珍しくオスカーに話しかける。
オスカーは無表情のままベリルを視界に入れると、「あぁ、久しいな」とだけ言って顔を背けた。
あまりこの2人は仲が良いわけではないらしい。
第三者から見ても、2人の間にはそこそこ厚めの壁を感じていた。
以前、何故かをベリルに聞いたら、「何故かわからないの?」とむしろ私に聞き返された。
わからないから聞いているのだけど。
それ以降、ベリルにも理由を聞いていない。
同じ最強クラスの魔法使いではあるため、同族嫌悪のようなものだろうか。お互い最強クラスの美形でもあるし、ライバルのような立ち位置だったりするのかもしれない。
そんなことを考えていると、オスカーが私に1冊の本を手渡しきてきた。紙の状態は新しいのに、書いてある文字は旧字体を使われていて、違和感のある本だった。
「ようやく見つけた」
オスカーはそれ以上は言わない。私に読めということなのだろう。
私はその表紙の題名を声に出して読んだ。
「『デイジー・オーキンスの日記』」
その名前には聞き覚えがあった。
デイジー・オーキンス。
それもそのはず、デイジー・オーキンスは私の前の代の聖女。つまりは約100年前に存在した聖女の名前だ。
高度な聖魔法が使えて、人格にも優れた聖女という噂だった。自ら魔物退治に身を投じて旅をしていたらしい彼女は、歴代聖女の中でも有名だった。
旅の途中で命を失ってしまったことで、それから国の土が民の涙でしばらく濡れたという逸話まである。
聖女の教育の中で、他の聖女の日記を読むことは義務ではなかったけれど、推奨はされた。
聖女達が日々、何をして暮らしているのか、どうしたら聖女たる働き方ができるのかが知れるからだ。
でも多くの日記には、あまり役立つ内容は書かれていないことが多かった。何を食べたとか、誰と会話したとか、そういう類いのものばかりだ。
だから私は、あまり他の聖女の日記は読んでいなかった。でもデイジー・オーキンスだけは別だ。
彼女は聖女でもあるが、学者でもあった。
彼女の書いた著書は理解しやすく、役立つことも多い。
この前、中央教会にある聖女の部屋でも、この人の日記をパラパラと読んだ。
でも日記は途中で終わっていたはずだ。
私が表紙を開くと、そこには私の読んだ日記の続きが記載されていた。
『ーーーあの人が魔王になった』
その一文だけで、私は目を大きく見開いた。そして弾くようにオスカーに顔を向ける。
「これはどういうこと?」
オスカーは長い黒髪をサラリと前に流すと、私にその視線を合わせた。
「エイダン殿下の権力を借りて、聖女の部屋に入る許可を得た。そこをしらみ潰しに調べてみたんだ。エイダン殿下と俺と長老、それら合わせてもない知識といえば、そこだったからな」
確かにとは思う。聖女の知識は、100年毎に現れる聖女に残すために一般公開されていない。未知の情報が隠されている可能性はある。
「聖女の部屋に行くなら、私も呼んでくれればよかったのに」
私が言うと、オスカーは僅かに眉を寄せる。
「、、、行きたかったのか?」
「別に行きたかったわけじゃないけど」
聖女の知識をつけるために籠っていた頃を思い出してしまうから、あまり行きたい場所ではない。けれど、現在生きている人間の中では、他の誰よりもその部屋に詳しいはずだから。しかし私が聖女であった頃の記憶がないオスカーに言っても、ピンとこないだろう。
「悪いな。聖女の部屋は聖女のために保存されているから、観覧の許可が出たのは1人のみだった。だから俺が向かったんだが」
「それで構わないわ。分厚い本でさえ1日で丸暗記してしまうオスカー以上に、適任はいないわよ」
「辞書でなければ2時間あれば余裕だが」
自慢か。私は苦笑して訂正する。
「それは失礼。2時間で丸暗記してしまうオスカー様が適任ですね!」
「まぁ、そういうことだが、アグノラが行きたかったのなら、申し訳ないことをしたと思ってな」
わずかにも表情を崩さないオスカーが憎らしい。私が聖女の部屋で知識をつけるのにどれだけ苦労したことか。
少し私は顔をひきつらせたままで、オスカーに続きを尋ねた。
「それで?聖女の部屋には、この日記はなかったはずよ。前の日記が途中で途切れているのを私も確認したもの」
「だから、探したんだ。あそこまで日記をしっかり書いていた人間が、それ以降を書いていないはずがない。死んだならともかく、この聖女が死ぬのはもう少しあとのことだ。どこかに続きがあると思った」
「断言するのね」
「学者とは、そういうものだからな。必ず『経過』を記す癖ができる」
「そういうものなのかしらね」
未来の大賢者であるオスカーは、つまりは魔法分野での学者のようなものだ。魔法の原理を理解し、深め、新しく再構築する。それによって生まれる未知の魔法と魔道具を、他者に『示す』ことで認知させる。
私には彼の思考は到底理解できないだろう。
「俺の勘が、この聖女の日記に何かあると訴えてきた。でも日記の続きがない。ーーーだから、この聖女の魔力を追跡する魔道具を開発した」
「、、、は?」
魔力を追跡する魔道具を開発?
そんな、さも平然として言える内容の話ではないはずなのだけど。
「魔力自体は日記に残っているからな。だが、そこからが大変だった。なんせ、各地で活躍した聖女だからな。それぞれに魔力の欠片を残しているから、彼女の足跡の全てをこの足で探した」
「魔物を退治するために国中を旅して回った聖女の跡を、、、探して回ったの?」
「移動は大したことはない。転移の魔法陣があるからな。新しく転移の魔法陣を作ればいいだけだ。それを一般開放するようにエイダン殿下にも了解を得たから、今後は今まで不便だった土地も暮らしやすくなるだろう」
うん。
素晴らしいことだとは思うけど、それがどれだけすごいことか、オスカーが気付いているかどうか。
いや、賢いオスカーのことだ。絶対に気付いている。それなのに平然としているのがむしろ怖い。
聖女は国中を回った。つまりは国中が繋がったということだ。
「日記は、デイジー・オーキンスが亡くなった場所の近くの地面の中に『隠されて』いた。聖女が故意に隠したのか、それとも隠されてしまったのかはーーーわからないがな」
オスカーは言葉を止める。私は単純な疑問が頭を過ったので、それをオスカーに聞いた。
「100年前のものが、地面の中にあって無事だったの?」
オスカーは首を振る。
「まさか。何の保存魔法もかけられていなかったんだ。本は殆ど原形を留めていなかった」
「じゃあどうやって、、、あっ!」
「それは勿論、俺が『形を元に戻す魔道具』を作ったからだ」
私は頭を抱えるしかない。
「オスカー。それではもう何でもありだわ。世の中の理が崩れてしまうのじゃなくて?」
「流通しなければ問題ない」
流石、未来の大賢者、とでも言おうか。
恐ろしすぎるのだけど。
「そんなに簡単にできるものなの?」
「俺1人では、無理だったかもな。少なくともこんな短時間には作れなかった。やはり『妖精王』の知識はとてつもないものだな」
納得せざるを得ない。が、あの小さな老人の姿を頭で思い出すと、ただの妖精の村の村長という印象しかないだけに、そんな偉大な存在だったという認識がまだもてずにいる。
私の中では、ただの好奇心旺盛なウンチク爺さんのままだ。
「そう、、、なんでしょうね。そんな規格外のものを創造できてしまうんだから」
「ーーーアイデアは俺だがな」
いきなり無表情で自己アピールしてくるオスカーに、一瞬、笑いそうになったけれど、したこと自体はものすごいことなので喉の奥で留める。
私はわざとらしく褒めてあげた。
「あらあら、そうね。すごいわ、オスカー」
「全く心が籠っていないように聞こえるんだが」
「気のせいよ。猜疑心が過ぎると心が狭くなるわよ」
ふふふと私が笑うと、オスカーは僅かに眉を下げて困った顔をしてみせた。
「心など、俺にはどうでもいいことだ」
そう言うオスカーは、本心からの言葉のようだった。
確かにオスカーは感情を表さないし、人情の機微などどうでもよさそうにしている。でも心なんてどうでもいいなんて言葉は悲しすぎる。
私なんて、マリウスを愛する心だけで人生充実しているし、マリウスから愛されたということだけで人生の完了を迎えそうなのに。
オスカーが心の大切さがわからないのは、きっと愛する人がいないせいだろう。
私が唯一オスカーに勝るとしたら、きっとそこかもしれない。
だから私は少しお姉さんぶって、オスカーにニコリと微笑んだ。
「そんなこと言わないで。オスカーも愛する人ができたら、きっと心の大切さがわかるわ」
「アグノラ」
叱咤するようにベリルが私の名を呼んだ。急に呼ばれて、私はドキリとしてしまう。何か悪いことでもしたかしら。
「な、何?」
「あんたがバカなのは前から知ってたけど、私が思っていたよりずっとバカだったのね」
そういって、私の横にいたベリルは、私の耳をギュっと引っ張って冷たい視線で暗に私を諌めた。
理由を言ってくれないとわからないんだけど。
オスカーは少し意外そうにベリルを見た後、ほのかに口の端を浮かせて、ベリルの手から私の耳を離させた。
「ーーー構わない。アグノラが愚かなのは、俺も理解している」
「、、、そう?貴方がそういうなら、別にいいけど」
私を除け者にして、話が解決しようとしている。
「人を愚か者扱いしたまま勝手に納得しないでもらえるかしら」
ベリルの宝石のように綺麗な瞳が私を一瞥して、薔薇色の唇がそっと開かれる。
「鈍さはある意味、悪意に等しいのよ」
「鈍い?性格のことかしら?それとも感覚のこと?」
ベリルが何を言いたいのか、全くわからない。
首を傾げる私に、ベリルはお手上げだという仕草をしてみせた。
「ここまで鈍い相手では、オスカーも不憫に思えるわね」
ベリルは苦笑いをして、両肩を浮かす。
「ごめんなさいね。私ったら今まで貴方に少しばかり冷たくしていたかもしれないけれど、これからは改めるわ」
女神かと見間違えるほどの優しい表情に変えて、ベリルはオスカーに微笑した。
よくわからないけど、私がすごくバカにされていることだけはわかる。
私がむっとしてみせたら、オスカーは子供をあやすように私の頭をポンポンと叩いた。
「アグノラは気にするな。それより、前聖女の話に戻そう。聖女の日記によると、100年前にも魔王は現れたらしいんだ」
魔王。それは悪の結晶だから、完全に消滅させることはできないはず。
「どういうこと?それなら100年前に世界が滅亡しているのでは」
「魔王を倒せなくても、偉大なる前聖女は魔王を封印しようとした。そのことが日記に書かれていた」
私はオスカーの示す日記の一文を読む。
『魔王となったあの人を、私はどうしたらよいのかわからない。せめて封印できればいいのに、私の力が足りない』
読んで私は目を見開いた。
稀代の優秀な聖女の力が足りない?
いや、力があれば魔王が封印できるということ?
妖精王であるお爺さんの言葉と異なるその内容に、どう受け止めて良いのかわからなくなる。
「このことをお爺さんには話したの?」
「勿論だ。彼の力を借りたのだからな」
「お爺さんは何て?」
「『ありえない』のだと」
オスカーはそう言いきる。
「魔王の封印。つまりは『膨大な悪という存在の塊』である魔王を封印するには、3人分の聖女の力が必要なのだそうだ。妖精王が知る限り、100年に1度しか現れない聖女が、3人同時に生存したことはかつて一度もないらしい」
それは確かに難しいだろう。
100年に1度とはいえ、必ず100年というわけではない。少しの時間のずれはあって、老いた聖女と若い聖女が同時に存在したことはあるはずだ。
ーーーでも3人というのは、、、、。
「でも実際、100年前に現れた魔王は今、いないのよね?デイジー聖女が何かしたということなんじゃないの」
「日記によると、彼女は彼女の命と引き換えに、『100年間持続するデバフ』をかけた。彼女は聖女であると共に、有能な魔法使いだったということだな」
「デバフ?」
「相手の能力を低下させる魔法だが、何という魔法なのかまでは書かれていなかった。俺が知らないのだから、一般的な魔法ではないのだろう」
未来の大賢者であるオスカーでさえ知らない魔法。
デイジー聖女が作った魔法なのかもしれない。
「自作の魔法とかオスカーっぽい。デイジー聖女がご存命だったら、オスカーと気が合うかもしれないね。妖精のお爺さんもそこに加わったら、もう話が尽きなさそう」
「そうなるとさすがに体力が持たないだろうな。ただでさえ、すでに徹夜3日目だ」
真顔で答えるオスカーが恐ろしい。
そりゃ目の下にクマもできるわよね。
私は無意識にもう一度オスカーに回復の魔法をかける。
「ちょっともう、ほんとに無茶は止めてよね。今は私がいるけど、ずっと一緒にいるわけじゃないんだから」
「、、、まぁ、そうだろうな」
呟いたオスカーが、ほんの少しだけ無表情の中に寂しさのようなものを表出してきて、私はジワりと焦りを覚えた。
オスカーなりに、私に友情のようなものを感じていてくれたのかもしれない。
言い方が悪かったかな、と私は言葉を選んで言い直してみる。
「とりあえずは、どこに行く気もないけどね?私達の家は同じ場所だし、もうみんな、家族のようなものじゃない。ーーー魔王さえどうにかなって世界が滅びなければ、大丈夫よ」
何が大丈夫なのか、よくわからないけど。
私がヘタクソなりに言葉を選んでいたのに気づいたようで、オスカーはほんのりと口の端を上げてみせた。
「ーーーそうか。家族か」
美形が微笑をしてはいけない。
うっかりオスカーに見惚れてしまいそうになって、私は慌ててオスカーから目を反らした。
体力が完全回復して、オスカーは自分の手をニギニギと動かして確認する。
「ーーー感謝する。身体も随分と楽になった」
「それは良かった」
そういいながら、私はベリルの横に戻る。オスカーの色気をベリルの魅力で緩和させなければ、眩しすぎて眩暈がしそうだった。
それから、オスカーはデイジー聖女の話を続けた。
「最後の日記には、こう書かれていた」
オスカーはデイジーの日記の最後のページを開いて、その文を読み上げる。
「『魔王が復活する頃に、次の聖女が現れるはず。その聖女のために、私は力を残します。だから受け取って欲しい。場所は、○○○の川の中。目印はーーー』」
デイジー聖女は、何かに自分の力を残してくれたらしい。親切に、その場所まで書き記してくれて。オスカーが日記を復元してくれなければわからなかったことだけど。
「じゃあ、その『残した力』を探しにいけばいいわけね?」
「ところが、それらしいものがなかったんだ」
「どういうこと?」
意気揚々と出発する体勢をとった私を、オスカーは言葉で制する。
「さっき言っただろう。デイジー聖女の魔力を追跡する魔道具を作ったと。それで探したが、日記の示す場所に、それらしきものは見つからなかった」
「、、、、なんてこと、、、、」
そこまでしてくれたのに、その『残した力』はなくなってしまっていたという。
それが何かはわからないけれど、どこかの誰かが持っていったか、それが風化して消滅してしまったか。川の中にいれていたのなら、動物や魚が加えてどこかに運んだ可能性も否定できない。
「デイジー聖女の魔力の痕跡のある他の場所をくまなく探してみても、どこにも見つけきれなかった」
「、、、そう、、、、」
残念なことだが、徹底主義のオスカーがそういうからには、もう見つかることはないだろう。
でも何か胸の奥がモヤモヤする。
大切なものを忘れているようなーーー。
「その魔道具はどこにあるの?」
「魔力を追跡する魔道具か?ここにある」
オスカーは自分のポケットから、懐中時計のような機械を取り出した。
円状のものの蓋を開けると、中から光が浮かび上がり、天井に地図が現れた。
オスカーは川の位置を指差し、「ここが日記のあった場所だ、そしてここがその『力』を残した場所だという」
オスカーが示した場所は、妖精の村のすぐ近くだった。いや、むしろ妖精の村なのでは。
しかも私達のいる場所に、大きな印がついている。
「、、、ここにデイジー聖女の魔力が大きくあるわね」
天井を見上げながら、私は呟く。「それはそうだろう」とオスカーは当然とばかりに返事をした。
「俺がデイジー聖女の魔力を追跡して得たものは全てここに持ってきている。この日記もしかり。反応が出ていて当たり前だ。そもそもここは聖女か世界樹の力で存在している村なのだろう?デイジー聖女の魔力が残っていてもなんら不思議ではない」
そう言われたら確かにと思うしかない。
でもやはり何か、すごく大切なことを忘れているような気がしてならない。
川の中のーーー。
100年後に残すーーー力。
「あっ!」
私は思い出して、自分のバッグに入れていたクリスタルの石を取り出した。マリウスが拾ってくれたものだから、肌見放さず持ち歩いていた石。
光っていたと、川の中から見つけてくれた。
そういえば、あの時、幻聴のようなものが聞こえたっけ。100年後にどうのこうの。
私は自分のポケットに入っている石を取り出した。
「まさか、この石、、、、」
恐る恐るオスカーに見せると、オスカーがその石を覗いてくる。
「それは?」
「もしかしたらデイジー聖女のものかも」
「ーーー?」
目を見開いたオスカー。
背の高いオスカーが、石を見るために身体を屈めて私の顔のすぐ傍に近寄っている。少し離れた場所でも眩しい顔立ちのオスカーが、目を見開いて私を見るものだからやはりくらりと眩暈がした。
私は逃げるように目を反らしてその石の方を向きながら、オスカーと話す。
「少し前にマリウスが拾って私にくれたのよ。川の中にあったって。マリウスから貰ったものだから、お守りとしてずっと持ってたんだけど」
「ちょっと待て。調べてみる」
オスカーは魔力を追跡する魔道具をその石に直接当てて、その反応を待った。
たった数秒。
それだけで、魔力の量を測る針がマックス量を振り切ぅた。
「ーーーー間違いない。これがデイジー聖女の残した『力』だ。なぜ川の中に、、、」
「何故かはわからないけど」
そんなの、デイジー聖女に聞かないとわかるはずもない。
オスカーはふむ、と自分の顎に手を当てる。
「土に埋めたはずの石が、何かの弾みや川の氾濫などで流されたか。あるいは川の何かの作用により、あえて川の中に入れたか」
そこにベリルも口を挟む。
「あら。もしかしたら、悪意のある人が川に捨てたのかもしれないわよ」
オスカーがピクリと反応する。
「何のために?」
「さぁ。デイジー聖女の力を妬む人とか。もしかしたら、魔王を封印されたら困る人がいたのかもしれないわね。どの世界にも、戦争で利益を得る人はいるものね」
その言葉を聞いて、オスカーは小さく舌打ちした。
「ーーー確かにな」
認めたくないが、確かにそういう人はいるのだろう。
キラキラ光ってはいるけれど、どこにでもありそうなただの石。
まさかこれがデイジー聖女の力が込められた特別な石だったなんて。
私はその石をギュッと握りしめて、オスカーに向き合った。
「でも、これがあれば魔王が封印できるかもしれないんでしょ?これと私の力を合わせればーーーん?2人分しかないわね」
魔王封印には、3人の聖女の力がいると聞いた。
デイジー聖女と私の力を足しても、2人分にしかならない。それでは1人分足りない。
「結局、不可能なんじゃないの?」
淡白にいい放つベリルに、オスカーは「いや、俺に少し考えがある」と呟いた。
「考え?」
私は首を傾げる。
「魔力増幅の魔道具が作れないかと、以前から研究していたんだ。まだ完成はしていないんだが。しかし、その過程で、魔力を集める魔道具開発の目処はついている」
魔力を集める。
「つまり、このデイジー聖女の力を込めた石のようなものってこと?」
「そうだな。それはデイジー聖女の力が石の持てる限界量まで入っているから、それ以上は増幅できないだろうが」
オスカーは私を見据える。
「アグノラ。お前の力なら、今からでも増やすことはできるだろう。お前の最大の力を入れられる魔石さえあれば可能だ」
はっきりと断言したオスカーに、私の顔が綻ぶ。
「魔石さえあればいいのね!」
しかし、とオスカーは厳しい表情で、私の浮かれ具合を押さえ込む。
「聖魔法は独特だ。それを受け止めきれる魔石があるかどうか」
オスカーのその言い方は「ない」と言っているようなものだった。デイジー聖女の魔力を入れた石が目の前にあるというのに、それ以外の石がないわけがない、と思うのは、私の考えが甘すぎるのだろうか?
うーん。と考えて。
私はニコリと微笑んだ。
「でも、光は見えたわよね!それだけでも大躍進だわ。ーーーとりあえず、お食事にしましょうか。おなかすいちゃったわね」
そろそろ昼ご飯の時間だ。
マリウスもきっと、おなかを空かせて畑作業から戻ってくるに違いない。
美味しいランチを作らなきゃだわ。
「腹が減っては戦はできぬ、っていうしね」
そう言った私に、ベリルとオスカーは、本当は仲が良いのではと思うほどにタイミングよく視線を合わせて、2人で同時にため息を漏らしたのだった。




