家に戻ってきた二人
ハタカンの町を襲い全滅させるはずだった魔物は、マリウスとオスカー、そして突如として現れた巨大な竜巻によって殲滅し、町は一部破壊されたものの、過去に戻る前のような凄惨な状態になることはなかった。
マリウスとオスカーは、急激なパワーアップによる反動もあったのか、明らかにぐったりとした姿で家に戻ってきた。
私はつい、マリウス達に回復魔法を使ってしまいそうになってしまい、慌てて自分の腕を掴んで握りしめる。事情を知るワイアットは、私のそんな様子に目を細めていた。
そんな生暖かい視線なんかいらないのだけど。
私は気を取り直して、マリウスの方に駆け寄った。
「無事だったんですね!良かった!!」
疲れきっているマリウスは、死にかけた魚のような瞳をしていたが、それでも素敵すぎて私の目を虜にする人間はこの世にマリウスしかいないだろう。
「、、、なんとかな。火事場のクソ力とでもいうのか。自分でも信じられないような力が沸き上がってきて」
私はタイミングを見ながらポンと手を打った。
「あぁ、知ってます!危機的状況に陥るとそういうゾーンに入ることってあるって聞いたことがあります」
私はうんうんと強く頷いてみせる。
「俺とマリウスが同時にってのが少し出来すぎな気もするがな」
ぽつりとオスカーが呟いたのを、私は首を振って否定した。
「何言ってるの。想像を絶する状況だったんだもの。そういうこともあるわよ。むしろそういうのを同調っていって、二人だからできたのかもしれないわ。いいえ、そうに違いないわね」
私が無理やり断定しようとしたのをオスカーは無視して、眉を寄せながら首を傾げる。
「あと、こんな時にたまたま大きな竜巻が襲ってくるなんていうことも、信じがたいことなんだが」
オスカーが疑いの眼差しをしだして、私はワイアットに助け船を求めた。
オスカーは何かと勘の鋭いところがある。
余計なことを言うと墓穴を掘りそうな気がした。
しかし何か言わなければ真実に辿り着かれそうだ。
「もしかして」
と私からの救難信号を受け取ったワイアットは、横から柔らかい声を出してきた。
「アグノラの師匠という人が、また不思議な力で助けてくれたんじゃないか?世界を救うために僕達とこの町を助けないといけなかったんだろう?」
なるほど。
私はポンと手を叩く。
「確かに!そうかもしれないですね!師匠は底が知れないところがあるので、もしかしたらそういうことも出来るのかもしれません」
私が同意すると、オスカーだけでなくマリウスの眉間にも皺が寄った。
「ーーー未来を予知できて、エリクサーを手に入れられて、遠いところにいてもあの強大な力で干渉できる人間なんて、怪しすぎないか?」
『師匠』という存在をマリウスに疑われている。
私は無理やりにこりと微笑み、マリウスに近寄った。
「師匠は偉大な人なだけです。怪しいことなんて微塵にもありませんよ。それに、予言のおかげで助かったじゃないですか。マリウスさんが無事で本当に良かった」
私が言うと、マリウスはまた少し疑いの目を私に向ける。
「ーーー助かったのは俺だけじゃない。そもそも初対面で抱きつくし、昔の知り合いのような口調で俺に話してくる。一体、お前は俺の何だというんだ」
マリウスに疑念の眼差しで見られて、私の頭の中に、溢れんばかりの言葉が流れ込んできた。
ーーーー私は。
マリウスの。
ーーーーー未来の好きになる人であり、恋人であり、いずれ将来を誓い合って結婚して、子供は2人か3人。いずれお爺さんとお婆さんになったら片方が死に別れる時は手を繋いで死にたいーーー人ではあるわけだけど。
そんなこと、本当に言ってもいいのかな?
私が思うままに言っていいものかわからずオロオロとすると、なぜか全てを理解しているようなワイアットが私にこっそりと首を振った。
あ。やっぱりダメよね。
私は自分の頭を冷静に切り替えて、こほんと咳払いをしてみせる。
「申し訳ありません。どうしてもマリウスさんが私の知り合いに良く似ているので、つい、その人と話しているような気になってしまうのです。ワイアットさんもマリウスさんやオスカーさんのことをとても心配していたから、無事だったことが凄く嬉しくて調子に乗ってしまいました。マリウスさんが私の態度で不快な思いをしたというなら、心から謝ります。ごめんなさい」
深々と頭を下げると、マリウスは戸惑って後退りしながら「い、いや、そこまでは別に、、、」と呟く。
マリウスったら、怒っていても素直に謝られたらつい許してしまうところ、昔から変わっていないのね。
笑ってしまいそうになるのを、私は目元と口元に力を入れて何とか堪えた。
代わりににこりと笑う。
「そうですか。それなら良かった。あぁ、そうそう。大変な戦いをして疲れたでしょう?私、何か作りますよ。腕を振るいますからね」
マリウスは自分の言葉が私を『許した』ことになっていることに驚いたようだが、もう話は別の方向に進んでいるので訂正するタイミングさえ逃してしまう。
「ちょ、、、」
「では美味しいものを作るために買い出しに行ってきますね。あぁ、でも、そういえば私、この町のことを何も知らないわ。迷子になったらどうしましょう」
よよよ、と私が迫真の演技で困った様子をみせると、マリウスとオスカーは茫然として私を見ている。
これは案内を立候補してくれない雰囲気だ。
ちらりと私がまたワイアットに視線を送ると、ワイアットはやはり私の意を汲んでくれたようで、苦笑しながらゆるりと手を挙げた。
「、、、僕が一緒に行こうか。体調も良くなったし、今さら僕の顔を覚えている町人もいないだろうし」
その言葉に、マリウスは驚愕して引き留めた。
「ワイアット兄。いくら完全回復したと言っても、さすがに少し前まで死にそうだった人間が買い物なんて無茶な話だ。ワイアット兄さんに行かせるくらいなら俺が」
マリウスが釣られて名乗りあげた。
さすがワイアット。
私はワイアットにハイタッチしそうになるが、しかしそれは顔にも態度にも出さず、心から感謝しているという表情で私はマリウスを見つめた。
「まぁ、マリウスさん。一緒に行ってくれるんですか?すごく助かります」
そこにオスカーの声が割り込んできた。
「疲れきったマリウスだけじゃ心配だろう。俺も一緒に行く」
「え?」
何を、と私はオスカーを振り返る。
マリウスと同じく疲れているはずのオスカーは、腕を組んで壁に寄りかかっていた。
余計なことを、と言いそうになるのを喉の手前で我慢する。少し間を開けて、うふふ、と私は渇いた笑いを漏らした。
「、、、何を言っているの、オスカー。貴方、自分の力で立てないくらい体力がなくなってるじゃないのかしら?道案内は1人で充分だし、オスカーはこの家でワイアットさんと一緒に休んでいるといいわ」
オスカーは表情を全く変えず、自分の手を握ったり開いたりしながら体調の確認をしてみせる。
「このくらいの疲れなら、歩いているうちに取れるだろう。俺は魔法で攻撃したから体力的にマリウスほどは消耗していないんだ。だがマリウスは魔法が使えないからな。剣術一つでよくあそこまで戦えたものだ」
オスカーの言葉が耳に入って、聞き間違えかと思った。
マリウスは魔法が使えない?
「え?マリウスさん、魔法が使えないんですか?」
マリウスがむっとして眉を寄せる。
「使えねぇよ。悪かったな、使えなくて」
私は驚きすぎてマリウスに失礼な聞き方をしてしまったようだ。
しかし私が驚くのも仕方ないこと。私が知っているマリウスは、私と出会った頃にはすでに中級以上の魔法を使えていた。
初級から中級になるだけで数年かかる。
いや、それよりも魔法が使える人は大抵、幼少期に魔力が体内に溢れ出すので、子供の頃から少しずつ魔法の使い方を覚えていくものだ。そして成人する15歳の頃にようやく初級の魔法が安定して使えるようになる。
「、、、なんということ、、、」
私は自分の口に手を当てた。
剣術だけでなく魔法まで、たった数年であそこまで使えるようになるなんて、きっと余程の努力をしたのだろう。
想像するだけで胸がキュンとして、またマリウスに惚れ直してしまう。努力できる人って本当に素敵。
マリウスはそんな私の心も知らず、魔法が使えないことがまるで悪のように口も歪めた。
「何だよ。何か文句でも」
私がマリウスにキラキラした瞳で覗くと、マリウスはビクリと後退った。
「いいえいいえ。文句なんてとても。だって、貴方には魔法の才能が溢れていますから。マリウスさんはそんなに遠くない未来に、すごい魔法が使えるようになります」
私の言葉など信じられないようで、マリウスは相変わらず訝しげな表情をしている。
「何を根拠に」
「私はそういうものはわかるんです。偉大な師匠の弟子ですよ?潜在的に持っている魔力くらいわかります」
私の真剣な表情で、嘘ではないと察したのだろう。
マリウスは強張った頬を少し緩めた。
「、、、そうか。そこまで言うなら少し信じてもいいか。しかしそんなことがわかるなんて凄いことだな」
マリウスに褒められてしまったわ。
過去に戻る前は、マリウスはあまり私を褒めてくれたことはなかった。
同じ冒険者として、私の兄貴分として、マリウスは私の成長を見守りつつも、まだいける、まだ伸びると思ってくれていたのか、その時点で褒めてくれることはなかった。
でもマリウスは本来とても素直な人で、顔に私を褒めたいという気持ちは表れていた。
私は言葉で褒められなくても、マリウスのその表情を見るためだけにガムシャラに頑張ったものだ。聖魔法のレベルは全然上がらなかったけど。
そのマリウスの直接の褒め言葉に、私は気分を良くする。
「マリウスさんさえよければ、私が魔法を使うための練習にお付き合いしますよ?私、これでも魔法を教えるの、そこそこ得意なんです」
これは本当の話だ。
旅する時に、勇者御一行様は歓迎されやすい。小さな村に行けば、その村の村長の家に泊めてもらうことが多かった。
そんな時、『聖女』に何か下心を持って近づいてくる大人達が小さな村でも少なからずいた。
私はそういう人達の相手をしたくなかったので、先手を打って、その村の子供達に魔法を教えるという名目を作り、汚い大人達を弾いていた。
だから小さな村では楽しかった想い出ばかりだ。
魔法ができない子供達が少しずつ魔法を使えて喜ぶ姿は、教える身としてもとても嬉しかった。
その上、愛するマリウスに魔法を教えられるなんて、こんな幸せもなかなかないだろう。
「マリウスさんは魔法の才能がありますから、コツさえわかればすぐに覚えれますよ」
「そうーーーか?」
魔法を覚えてみたかったのだろう。
マリウスの頬が期待で少し紅潮している。それを表に出さないように堪えている姿が超絶可愛い。
そこにまたオスカーが無表情で割り込んできた。
「魔法なら俺でも教えられる。マリウスのことを昔から知る俺の方がいいんじゃないか」
ちょっと、やめてよオスカー。折角マリウスがその気になってるんだから。マリウスは『わ、た、し、が』教えるの。
心の声が圧になっていたのだろうか。
ワイアットまた意味深に苦笑して、首を傾げた。
「オスカー。僕とオスカーは何度もマリウスに魔法を教えてもダメだったじゃないか。元々、魔力を感じたことがないマリウスに、身体に魔力が流れているのを感じていた僕達が教えても感覚が違うのかもしれない。教えるコツを知っているというのだからここは試しに、彼女にお任せしてみてもいいんじゃないか」
「、、、、、そうか。そうだな」
オスカーもそう言われれば確かにと、自分が折れてくれた。
さすがワイアット。私は心で拍手喝采を起こす。
貴方は天使の遣いか何かですか?
ワイアットの優しさが私の胸を突き抜ける。
私はにこぉと笑って、それなら、と手を打ち合わせた。
「買い物ついでに、少し練習でもしましょうか」
「もう始めるのか?まぁ、そうだな。早い方がいい」
マリウスったら、こんな疲労した身体でも魔法の訓練したいなんて、ほんと自らを高めることに手を抜かない人よね。そういうところも大好き。
「俺も行くからな」
オスカーの声に私は我に返り、にやけて崩れそうになる顔を元に戻した。
「、、、仕方ないわね。ちゃんと荷物は持ってね。私はか弱いんだから」
「なんでお前は俺とマリウスでそんなに態度が違うんだ」
不満そうなオスカー。
そんなに態度が違うかしら。
あのオスカーが私の態度の違いなんて気にするタイプとは思わなかったけど、仕方ない、フォローしてあげましょう。
「態度なんて変えてないわよ。少しオスカーとの方が早く知り合ったから、オスカーには砕けた話し方をしてしまうだけなんじゃないの?」
「、、、、そんなものか?」
オスカーはまだ疑わしそうだ。
「そうそう。そういうものよ。ほら、早く準備して。買い物に行くわよ」
私はオスカーの背中、といっても私との身長差から、オスカーの腰の部分を押して、オスカーを準備に勧めた。
折角のマリウスとのデートのつもりだったのに残念。
まぁ、邪魔者はいるけど。
私はマリウスとの買い物と魔法の練習に集中しようと気持ちを切り替えた。
マリウスに意識を全集中すればいいだけの話だから。