どうしたら
エイダン王子がワイアットの姿を見て『魔王』と呟いた。
その驚愕した表情に偽りは感じられなかった。
「魔王?魔王はマリウスなんでしょう?」
私がエイダン王子の顔を覗くようにして尋ねると、エイダン王子は首を振る。
「私に呪いをかけたのは、間違いなく勇者マリウスだった。しかし、魔王は様々な顔に変わると言っただろう?一番多かったのが、今、目の前にいる人物の顔だ」
目の前にいる人物。
茶色の髪と瞳。見るからに優しさが溢れている性格にしか見えないワイアットの顔は、少し垂れた目と、穏やかな表情が印象的な人だ。
とても魔王には見えない。
「エイダン王子。それはさすがに、、、他人のそら似ではないのですか?似たような人は世界に数人いるといいますし」
私が疑う口調で言うと、エイダン王子は久しぶりに苛立ちを表面に出して、私の言葉を否定した。
「私は繰り返し、嫌というほど魔王の顔をみてきたんだ。その私が間違っているとでもいうのか」
そう言われるとその通りで、もう黙るしかない。
なぜワイアットが魔王なのか。
ワイアットは私が過去に戻ってきたこの世界以外では、マリウスの故郷が魔物に襲われて滅亡する前に亡くなっているはずだ。
その時の世界でエイダン王子の前に現れた魔王はマリウスで、それ以外の魔王はワイアットが多い?
どういうことか、全然理解できなかった。
はっと思い付いて、私はワイアットを振り返る。
マリウスもワイアットも、同じ血が流れているのだから。
「もしかして、ワイアットとマリウスは、魔王の血族の末裔、、、?」
ワイアットは穏やかな顔のまま首を傾げる。
「魔王って、この世の悪が形作ったものって妖精のお爺さん言ってなかったかい。それって血の繋がりは関係なさそうだけど」
「そうよね」
そうなのだ。だからこそ、決して魔王は倒せないと言われていたんだった。
かちゃり、とエイダン王子の腰元から剣の鞘が外れる音がする。
「ーーーここで魔王を倒せば、、、」
慌てて私は剣を抜こうとしていたエイダン王子の腕を押さえた。
「ちょ、ちょっ、ちょっと。エイダン王子。待ってください。それは多分違うっ!」
もし本当にワイアットが魔王だとしても、だからといってワイアットを殺しても魔王が倒されたことにはならない。ただ『ワイアット』が死ぬだけだ。
マリウスはワイアットの死による悲しみでまた闇に堕ち、世界は滅亡する。
エイダン王子の未来はまた過去に戻り、それを繰り返す永遠のループが見える。
「しかし、、、」
可能性を諦めきれないエイダン王子に、ワイアットが静かに立ち上がった。
近づいてくるワイアットに、私はゴクリと息を飲んだ。
「エイダン殿下」
ワイアットの口からエイダン王子の名前が呼ばれると、ワイアットはエイダン王子のすぐ手前で右膝をつき、綺麗な仕草で頭を下げた。
「お久しぶりでございます。大きくなられましたね。立派になられた姿を拝見できたこと、心から喜び申し上げます」
ぽかん、とした私達の前でワイアットは清々しい表情で顔をあげ、にこりと微笑んだ。
「、、、、ま、まさか、、、お前は」
エイダン王子はワイアットを驚きの顔で上から見下ろす。
「ええ。エイダン殿下は、小さな頃から非常に賢くていらっしゃいました。子供の頃のこととはいえ、私のことを覚えているのではないかと」
「勿論だ。その声。ーーーまさかお前がワイアットだったのか」
『お前』と呼ばれたワイアットは、目を細めて肯定の意を表した。
よくわからないけれど、ワイアットは瘴気に侵されて騎士団を辞めるまでは、近衛騎士として重要な地位に就いていたらしい。
小さなエイダン王子と出会っていたのだろうと推測する。
王宮の騎士は、王族が情を感じないように常に兜をかぶって業務にあたるという。
勇者を決める大会で、エイダン王子の護衛をしていた騎士をかばって瘴気を受けたのがワイアットだということは聞いていたけれど、それよりももっと前からエイダン王子とワイアットは知り合っていたという偶然。
感慨深そうにしていたエイダン王子は、目を真ん丸とさせていた私に気付き、少し照れたようにはにかんだ。さっきまで殺そうとしていた相手だというのが、恥ずかしいのか。
「この男には随分と世話になった。私は小さい頃はヤンチャだったからな。根気強く私のワガママを聞いてくれたのに長いこと逃げ出さなかったこの男のことは、しっかり覚えている」
エイダン王子は過去への移動を繰り返しているが、ある一定の時期より前は戻れていないと聞いた。
子供の頃のエイダン王子というならば、繰り返す時間より前になるはず。
ワイアットからしたら数年前でも、エイダン王子は何百年前の記憶のはずだ。
余程印象的な相手だったのだろうけど、それでもすぐに思い出せるエイダン王子の記憶力も尋常ではない。
ワイアットは懐かしそうに、そして少し苦笑いでエイダン王子に向けて顔を上げる。
「わたしもまだ騎士として未熟者でした。エイダン殿下を真っ直ぐに支えられなかったことを後悔することもありましたが、こうして立派に成長なされた姿を拝見できて、とても安堵しております」
なんということもない様子でワイアットは話すが、過去に戻る前のエイダン王子は親でも手がつけられないほどワガママな子供だったという。いなか暮らしの私でさえ、その噂を聞いていたくらいだから。
昼はエイダン王子のワガママを聞き、夜はマリウスとオスカーの面倒をみていたワイアット。
神でしかない。
ワイアットを拝みそうになった自分を抑えつつ、私は2人の会話に耳を澄ませた。
「そなたが勇者マリウスの兄だったのだな」
「アグノラよりその話を聞いてはおりました。実際にわたしが愚弟の勇者としての活躍を見てはいないのですが、名誉なことでございます」
「私がそなたの弟から呪いをかけられた話も聞いているのか?」
ちらりとエイダン王子に見られても、ワイアットの顔色は変わらない。
「聞いてはおりますが、今のそこにいる弟から呪われたわけではないことも伺っております。そう言われるならば、エイダン殿下も、呪いではありませんが、昔、勝手に宝物庫に1人で入って、貴重な神事の宝玉を壊したことが記憶にございます」
「ーーーそんなこともあったかもしれんな」
視線をわずかにずらしたエイダン王子の表情が、悪さをして誤魔化す少年のそれで、私は小さく吹き出しそうになる。
ワイアットの前だとエイダン王子はそんな顔もするのね、と心の中で呟いた。
もしかしたら想像よりもずっと、エイダン王子とは親しい関係だったのかもしれない。それでいてその相手がワイアットだという名前であることを知らないのが不思議だった。
「それにしても、殿下。わたしの顔が魔王であるというのは、どういうことでしょう」
その言葉を口にしながら優しく微笑むワイアットの心は、私には全く読むことができない。
「わたしの先祖に魔族がいたという話は聞いておりません。しかしわたしがエイダン殿下の見た魔王と同じ顔であったのは、確かなのですね?」
「ーーーそうだ。間違いない」
やや複雑そうにしていたエイダン王子も、口を噤みながらしっかりと頷いた。
ワイアットは笑顔のまま、右手を顔の前まで持ち上げて、その自分の手のひらを見つめた。
そしてゆっくりと言葉を吐き出した。
「わたしの中の瘴気が、消えないのです」
言われて、私は弾かれるようにワイアットを見つめた。
私はワイアットの身体を蝕む瘴気を消そうと何度も聖魔法を使ったけれど、どうしてもワイアットの身体の中の瘴気を消すことができていなかった。
私にできているのは、小さくした瘴気が大きくなるのを抑えるだけ。
それは私もわかっていた。
でもただ私の能力が足りないとばかり思っていたのに。
まさか。
「ーーーそれが魔王になるとでも言うの?」
私が聞くと、ワイアットは私を振り向いて首を傾げた。
「可能性はゼロではないだろ。アグノラが聖魔法を何度も使ってくれる度に、あと少しで消えそうでなぜか消えない。気にはなっていたんだ。アグノラの魔法レベルはもう中級以上になっているというのに、なぜ消えないのか」
言われてみれば、確かにそうなのかもしれない。
私の瘴気を除去する聖魔法は、初級レベルから使えるものだった。ただの瘴気であれば、中級魔法で大体のものが除去できる。
ワイアットの身体を蝕む瘴気が完全に消えないのは、余程その瘴気が強いのだろうと思ってはいたけど、その『強さの原因』までは考えていなかった。
「魔王の卵のようなものが、そこにあるってこと?」
「いい例えだね」
やんわり微笑むワイアットに、私は少し苛立つ。
「何を暢気に。ワイアット、なぜあなたが魔王に選ばれなきゃならないの。瘴気を持つ人なんて沢山いる。悪なんて、この世に腐るほど」
「アグノラ。君は100年に1人の聖女だろう?では、なぜ君なんだい?100年の間にどれだけの人が生まれた?その中で、なぜ君だけが聖なる力を手に入れたの」
「そんなことーーーー」
たまたま。
偶然。
ただ選ばれただけ。
それは魔王から選ばれるのも、同じということ?
「僕だって何故かわからないよ。僕が魔王になるとか、マリウスが魔王になるかもしれないというのはよくわからないけど、魔王が現れる時に聖女が生まれる。そういうことなのかもしれない。偶然だけど必然。自然界がそうであるように何かの力が働いているのかもしれないね」
ワイアットの淡々と話す姿が、少し恐ろしく感じた。今、話しているのは本当にワイアットなんだろうか?
「ーーーワイアット。あなた、、、」
「世界の男女の数がほぼ同じ数になるのも、人が死ぬ数と生まれる数が同じになるのも。何かの力が働いているのだということは、わかっているんだ」
ワイアットの視線が私と重なる。
「アグノラ」
ワイアットは、私に手を差し出した。
「君が聖女で僕が魔王だというなら、それには意味があるんだろう。マリウスが魔王になるとしたら、それにも理由があるのだろうけどーーー君にマリウスは殺せない」
にこり、とワイアットは微笑む。
「僕は元々、死ぬはずの人間だったのだろう?それならアグノラ。マリウスが魔王になる前に僕を」
「馬鹿なことを言わないで!」
ワイアットから差し出された手を、私はパンと音を立てて打ち払った。
「自然界が何?必然?偶然?そんなの、どうでもいいでしょ」
腹が立った。ワイアットに。自己犠牲を促すその精神は清いのかもしれないけれど。
「私はマリウスを勇者にしないと決めた。それは世界のためじゃなく私のためよ」
「、、、アグノラ」
「マリウスが勇者にならないことで、不幸になる人もでてくるかもしれない。でも勇者になったらマリウスは死ぬ。そんな犠牲は必要ないと私が勝手に決めたの。マリウスを勇者にしないためにワイアットの命を救ったことが間違いだったとは私は思ってない」
言いながら、今度は悲しくなってきた。
助けたはずのワイアットが、今度は自ら命を差し出そうとしている。
「私だって悩んだわ。本当にそれでよかったのか。でもマリウスは私に言ってくれた。『一緒に考えよう』って。二択じゃない。他に方法があるかもしれないって」
マリウスが勇者にならなかったから。
ワイアットがいずれ魔王になる可能性があるから。
聖女である私がこの世に生まれたから。
そんなものーーーー。
「可能性なんて星の数ほどあるんだから。何かを言い訳にして道を閉ざすよりも、たった1つの可能性を信じて無駄でもあがく方がいいに決まってる」
私はエイダン王子の腕を掴み、自分の方に引き寄せた。
「このエイダン王子だって、そうやって可能性を信じて何度も過去を繰り返してきたんだもの。ワイアットが魔王になりやすいからって、それだけで諦めないで欲しいわ」
「、、、アグノラ、、、、」
ワイアットは小さく呟く。
そうよ、と私は目を輝かせ、改めてワイアットの瞳を覗いた。全身に力がこもる。
「私達は知らないことが多すぎるのよ。でもこうやって何度も過去を繰り返してきたエイダン王子がいる。叡知を持つ妖精の王様がいる。未来の賢者であるオスカーがいる。それにワイアットと勇者の旅をした皆がいる。ーーーー諦めないで、もっと沢山あるはずの道を皆で探せばいいんだわ」
ワイアットは、そういった私に静かに微笑み、「そうだね」と口にした。
「道を探そう。可能性を信じて」
でもね。
とワイアットは、少し不憫そうな顔で私の方に手を伸ばした。
「そろそろ、エイダン殿下を解放してあげてくれないか。もう限界そうだ」
「え?」
エイダン殿下、と言われて、私はその人の方に視線わ移す。
私が握りしめて引っ張り、そのまま力一杯掴んでいた腕の先には、真っ赤な顔をして今にも倒れそうになったエイダン王子がいた。
「な、なんで、、、、エイダン王子!なぜこんなことに」
「ーーー気にしないでくれ。持病の癪だ」
「エイダン王子、まさか病に、、、?」
いきなり病とか言われて狼狽えてしまった私に、ワイアットは少し悲しそうに眉を下げた。
「エイダン殿下がまさかそのような冗談も言える方だとは存じ上げませんでした。アグノラ。本気にしなくていいよ。こんな幸せそうな顔をさせる癪は見たことがないから」
「そう、、、なの?」
癪というものをこの目で見たことがないから、よくわからなかった。
「病気なら私でも治せるかもしれないのに。私では役に立たないということかしら」
「そうだね。むしろこれ以上アグノラに関わられると悪化しかねない」
「悪化?」
聖女という存在になって、多くの人達を助けてきた。それは自分自身でも自負するほどに。
なのに、役に立たないどころか悪化する病があるなんて、信じたくなかった。
聖魔法に反する闇魔法か何かだろうか。
本当に、私はまだまだ勉強不足なのだと痛感する。
「ご、ごめんなさいエイダン王子。私、そんなこと知らなくて、、、」
「いいんだ気にしなくて。これは君の問題ではなく私の問題だから」
整いすぎて彫刻のようなエイダン王子のにこりとした作り笑いに、ワイアットは小さくため息をついて私とエイダン王子の間に割り入った。
「殿下。隙のない幼き頃より陽気になられたことは喜ばしいことにも感じられますが、いささか茶番が過ぎるかと」
「五月蝿い。そんなこと、自分自身が一番理解しているのだから、そこは触れないのが忠臣だろう」
「お言葉ながら、わたしはもう、騎士ではありませんので殿下の臣下でも御座いません」
何食わぬ顔で言うワイアット。
私は少し可笑しくなって、ふふふと笑った。
「アグノラ?」
エイダン王子からちらりと見られて、私は口元に手を寄せるが笑いは隠せなかった。
「申し訳ありません。ワイアットと話すエイダン王子の様子が、少し意外で」
聞いて、エイダン王子とワイアットがお互いに視線を合わせる。
「まるで兄弟のように仲良しで」
すると今度はエイダン王子が吹き出した。
「それは兄弟が仲が良いことが前提の会話だな」
「違うのですか?」
「私は自分の兄弟と仲良くしたことなんて一度もない。血の繋がりなど、ただの切れにくい縁であるだけだ」
エイダン王子は第二王位継承者。
突出した才能を持ちながらも、凡庸と噂される第一王子よりも順位は低い。そして王妃はエイダン王子を心の底から可愛がっていると聞いている。
次期王位継承者という立場でありながらも、兄である第一王子は複雑な心境だろう。
エイダン王子の言い方からしても、兄弟の仲は良好ではなさそうだ。
「、、、そういえば私、あまり第一王子と関わったことがないですね。何度か王宮には登殿したのに、一度しか挨拶していません」
過去の話ではあるけど。
それに対して、エイダン王子は顔色1つ変えずに口を開いた。
「兄は激しい人見知りだからね。そうそう公の場にはでてこない」
「次期国王、、、なのでしょう?」
「父上からすれば、いつかは乗り越えられることなのだそうだ。そう簡単な話ではないだろうが」
「人見知りの王というのはまた、、、」
「魔王の襲撃のために結局、何度歴史を繰り返しても兄が王になる前に国は滅びてしまうのだから、兄が乗り越えた姿は見れていないのだけどな」
そうか。
エイダン王子が王になることも、第一王子が王になることもなく、この世界は何度も繰り返している。
兄弟の関係も。
王国の未来も。
世界の行く末も。
全部置き去りにして。
「ーーー探しましょう、必ず。終わらない未来のある世界を」
私は決意して、そう呟いた。
私達はそのために過去に戻ったのだと信じて。




