表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

58/68

勇者マリウスの過去 5

 エイダン王子は非情だ、という噂は耳にはしていた。


 その気になれば王位さえ容易くその手にできるだけの器量もあるのにそうしないのは、エイダン王子がただ単に王位に興味がないだけだという話だった。


 だが、もう1つはエイダン王子の残虐さを知る国王が、甘やかす代わりに王位は継がせないようにしているからだとも噂されていた。


 聡明なエイダン王子。

 その頭脳を使えば、どれだけ国が栄えただろう。

 だがエイダン王子は聖女アグノラを手にすることしか頭にない。そう言われるほどに、エイダン王子はアグノラに猛アタックしだした。


 まずはありとあらゆる宝石をアグノラに贈った。

 たった1つで領主の城が買える宝石さえも惜しみなくプレゼントしたが、それらは全て王子に返却されるか、アグノラによって売られて貧しい人達のために使われた。


 次に勇者パーティーの旅を邪魔するようになった。

 それは脅しに近かった。

 自分がいなければ勇者の旅はトラブルなく進むとアグノラに思わせるように。

 進む先の橋を壊し、泊まる町を封鎖させた。他にもありとあらゆる方法で邪魔してくる。

 自分のために俺達や市民が苦しむことになる。

 アグノラはさすがに悩んでいたが、俺達がここまでされてエイダン王子の思い通りにさせるのは許せなかった。


 アグノラを連れて、かなりの回り道をして魔物を倒す旅を続けた。

 それによって旅は困難を極めた。

 エイダン王子の頭脳は確かに優れているのだろう。

 俺達の次の次の、更に次の一手まで見越して策を練ってくるから、かなりストレスが蓄積する。

 それでも俺達が魔物を倒せないということは自分にも被害が出るのがわかっているため、最後の最後に逃げ場を与えて、狙っている魔物だけは倒せるように道を作る。

 エイダン王子の思うように転がされているのは確実で、俺は心の底からエイダン王子が嫌いになった。


 エイダン王子はエイダン王子で、ここまでしてもアグノラが折れないことは予想外だったのだろう。エイダン王子は、すぐにでもアグノラが手に入ると思っていたはずだ。

 エイダン王子の方向性が狂いだしたのも、この頃だった。


 エイダン王子は、その残虐性を見せ始めた。


 まずはアグノラと話をした男性を殺し出した。買い物の時、聖女として傷を癒す時。

 まるで嫉妬でもしているように、男ばかりを殺す。


 俺達にも暗殺者が襲ってきたことがあった。

 アグノラ以外、実力者で揃えられた俺達のパーティーメンバーに敵うはずもなく、暗殺者達は全滅させられたが、それでも諦めずに何度か暗殺されかけた。


 魔王を倒すためにエイダン王子の父である国王から依頼された人間を殺そうとするなんて、どうかしているとしか思えない。


 アグノラは、殺される人達を見る度に、夜、こっそりと泣いていた。自分が折れればそれでいいのかもと、親友であるベリルに相談していたようだが、ベリルからそれは否定してもらったようだ。


 アグノラが悪いわけではない。

 全てはエイダン王子が悪い。

 こんな状態でアグノラが折れてエイダン王子の元にいったところで、アグノラが幸せになるはずもないし、下手したら第二のアグノラが生まれるだけで何も改善するわけではないのかもしれないと。


 そこでなんとか踏ん張ったアグノラも、あの日、とうとう心が折れてしまった。


 俺達が魔物退治に依頼された大きな街全体が、俺達が魔物を討伐にいく前に壊滅させられていたのだ。


 表向きには魔物が壊滅したことになっていたが、たどり着いた時、そこにいた魔物は街を崩壊させるほどの威力のある魔物ではなかった。

 なのにも関わらず、街全体は火に包まれ、死ななくて良さそうな人達、それも小さな子供達までーーー全員、命は残されていなかった。


 あの日のアグノラは、見ていられなかった。


 激しく泣き叫び、気が狂うように地面を叩いていた。自分の手が血塗れになってもそのことにも気づかず、叩き続けた。


「エイダン王子は狂ってるわ」

 滅多に感情を表に出さないベリルさえも、恨むように呟いた。

 いっそ俺がエイダン王子を殺してやりたかった。ここまでできるなんて人間の仕業ではない。たった1人の女を手に入れるためだけに、ここまでできるものなのか。


 あいつこそ魔物じゃないのか。

 人の皮を被った、最悪の魔物。


 だが俺がエイダン王子を殺す前に、夜中にアグノラが勝手に動いてしまっていた。

 

「エイダン王子の求婚を受け入れます」


 アグノラはエイダン王子のいる場所を見つけて、そう言ったらしい。

 エイダン王子はすぐ近くに来ていた。それはそうだろう。街を崩壊させるという大きな作戦はどんなトラブルがあるかわからない。それを遂行するには、近くで指示をしなければならないのをアグノラも気づいていたのだろう。

 

 1人エイダン王子を探し歩いて、まんまとエイダン王子の仕組んだ道に進んでしまった。


 自分の力で探し出したと思うアグノラは、その勢いでエイダン王子の求める答えを自ら発した。


 その日。

 アグノラはエイダン王子の『婚約者』になった。


 アグノラから結婚すると公表したわけではない。

 それでも翌日には国民全てが知るほどの情報として国中を駆け回った。


 自分の足でエイダン王子に会いに行ったのだ。

 その日にアグノラがエイダン王子から手を出されていてもおかしくなかった。


 俺達は何も知らない。何も聞いていない。

 エイダン王子の良心が僅かにでも残っていてくれることを祈るばかりだった。


「さぁ、行きましょうか」

 次の日、アグノラはどこか吹っ切れた顔をしていた。旅を続けましょうと笑顔で俺達を誘う。


 アグノラは、エイダン王子にお願いをしたらしい。

 魔王を倒す旅は続けたいと。

 もう旅の邪魔はしないで欲しいと。

 エイダン王子はそれを許可した。

 ただし、結婚式は1年後。

 魔王を倒していても倒していなくても、必ずアグノラはエイダン王子と結婚すること。


 なぜ1年後としたのか、俺にはわからない。

 少しは、本当にアグノラをエイダン王子が好意を持っていて、アグノラの悲しみが落ち着くのを待ってやろうとしたのかもしれない。

 エイダン王子の僅かな情けだったのかも。


 だが俺にはもう、それがタイムリミットでしかなかった。


 1年後。

 アグノラはエイダン王子と結婚する。


 何故。

 アグノラは俺の事が好きなのに。

 俺はアグノラが好きなのに。

 何故、アグノラが他の男と結婚するのか。

 あんな残虐性のあるエイダン王子とアグノラが結婚して幸せになれるはずがない。


 せめてもっとアグノラを幸せにできる男だったら。

 せめてオスカーだったら。


 ーーーーいやだ。


 俺は首を振った。

 

 嫌だ。オスカーでも嫌だ。

 俺がアグノラを幸せにしたい。

 

 何故。

 こんなことになっているんだ。

 俺達はただ、魔王を倒したいだけなのに。


 魔王を倒したら、俺だって自由になれる。

 自由になったら俺だってアグノラと向き合うことができるんじゃないか。

 魔王を倒したら国王に言って、魔王を倒した褒美として、聖女アグノラとの結婚を望めばいい。


 それだけが心の支えになった。


 アグノラに告白するのは、魔王を倒してからでいい。

 もし。万が一。死ぬ気はないが、俺が魔王を倒せなかったらと思うと、ただアグノラを期待させて傷つけるだけだから。


 魔王を倒せたら告白しよう。

 俺の嫁になって欲しいと。


 そして俺は、魔王を倒すために急いでレベル上げをするための旅を続けた。

 エイダン王子の邪魔は入らなくなっても、過酷な旅は続けた。強くならなければまは倒せない。


 焦ってはいけないこともわかっていた。

 焦って中途半端な力で魔王と対峙して負けてしまったら、元も子もないと。それでも焦った。

 辛い旅だった。それに文句も言わずについてきてくれたパーティーメンバーに感謝した。

 俺のただの我が儘なのかもしれない。

 アグノラが結婚するまでに魔王を倒さなければならないという思いだけが俺を前に進ませた。


 ある日、国の西側でうっかり強さのレベルを計り間違えて、当時の俺達では倒せない魔物と戦ってしまった。


 命からがら逃げて辿り着いた場所は、見たこともないほど綺麗な花畑だった。


 澄んだ川が流れ、せせらぎと軽やかな虫の音が調和する優しい世界。


 どこか違う世界に飛ばされたかのような。


 俺達はしばらく、そこに滞在して傷を癒した。

 相変わらずアグノラの聖魔法のレベルは弱く、持っていた回復薬も使い果たしてしまっていたから休息が必要だった。

 何日か時間をかければアグノラの聖魔法で回復できる。だから、俺達はそこで過ごした。


 久しぶりに穏やかな生活を送った。

 

 のどかな景色。そこには魔物もおらず何の危機も感じない。

 山の食物は豊富な種類で食べ物にも困らず、澄んだ川には魚がのんびりと泳いでいる。

 俺が手作りの釣糸を垂らすと、魚は吸い付くようにその針に引っ掛かってくれた。


 もうアグノラは俺には告白しなくなった。

 エイダン王子との未来を決めたのは自分で、俺に告白する権利はないと思っているようだった。

 それでも少しでも俺との思い出を残したいと、俺の傍にはいてくれた。


 俺が釣りをしていると、アグノラは俺の横で川の流れを眺めている。

 日が沈むまで、俺はアグノラと2人でいた。


 オレンジの髪は、夕陽に染まって赤く見えた。

 一見こちらを見てはいないけど、俺がアグノラの方を向くとニコリと笑顔を俺に向ける。

 

 その空気がとても幸せで。


 俺は思わず、呟いてしまった。

「こんな穏やかな場所で暮らせたら幸せだっただろうな」

 慌てて口を閉じたけど、アグノラは聞いていただろうか。

 

 魔王を倒さなければならないというのに、こんな現実逃避のようなことを呟いた俺を、アグノラはどう思うだろう。


 でもアグノラなら、こんな俺でもちゃんと受け止めてくれるような気がしていた。

 初めは命の恩人として盲目的に俺を好きだと言っているだけだと思っていたけど、ちゃんとアグノラはアグノラなりに考えているし、ベリルといい俺といい、隠した性格は見抜けていないけど、自分達でも気づいていないようなところは見抜いている言動をたまにしてくる。

 だからこの時も、アグノラに言われた一言は俺の心に深く残った。


「マリウス様が望むなら叶いますよ。魔王を倒した後、ここで皆で一緒に住めたらいいですね。マリウス様は釣りをしたり、皆、それぞれ好きなことをして」


 優しい声だった。

 アグノラの本音かもしれないし、俺の気持ちを代弁してくれたのかもしれない。


 俺は小さく笑って、その言葉に追加した。

「釣りだけじゃなく大きな畑も作りたいな。沢山畑を広げて、食うに困らないようにして」

 アグノラは破顔する。

「それいいですね。じゃあ私は肥料代わりになる魔法を早く覚えないと」

「アグノラは太陽の代わりになる光も出せるんだろう?そうなると畑の傍から離れられなくなるな」

「マリウス様がいてくれるなら、ずっと畑の番をしていてもいいですよ。畑周囲の管理はお任せください。畑主様」

「頼もしい管理者だな」

 そうして2人で笑って、日が暮れて辺りが見えなくなるまでそこに一緒にいた。


 ずっとその場所に居たかった。

 アグノラの2人で。

 

 ずっと。

 


「痛っ、、、」

 俺は右腕の痛みに目が覚めた。

 深い森の奥。

 開けた場所での野宿だった。


 全員の体力が回復して、楽園のような場所を出てから1ヶ月経ったくらいのことだ。

 ワイアット兄の腕で切られた傷痕は消えていたはずなのに、たまに浮き上がって激痛とともにその存在を俺に知らしめる。

 その痛みはどんどん強さを増している気がしていたが、ここまで強く痛むのは初めてだった。


 深い傷の奥をえぐられるような鋭い痛みの持続。

 俺は右腕を左手で押さえて痛みを堪えた。


 時間が経てばこの痛みは消える。

 そう思うが、今回はなかなか消えていかない。

 激痛に変な汗をかきだして、ポトリポトリと寝ていた地面に汗が落ちていく。


 パーティーメンバーはまだ皆、眠っている。

 寝ずの見張り番のはずのケイレブもしっかりと木の幹に上体を預け、イビキをかいて眠っていた。

 真面目に見張りをしている人間にとっては腹立たしいが、今回ばかりはそのサボり癖に感謝したい。


 傷の痛みに苦しむ姿を誰にも見られたくなかった。

 

 アグノラに知られようものなら、きっと物凄く心配されてしまう。その上、治癒できない自分の力不足を勝手に苦しむのだろう。


 アグノラは頑張っている。

 それでも聖魔法が上達しないのなら、元々それだけの能力なのだろう。

 だからといってそれはアグノラの人格とは別物だ。アグノラはアグノラでいてくれればそれでいい。

 俺の傍にいて、明るく太陽のように笑ってくれればそれだけで。

 

 彼女のあの笑顔を曇らせたくなかった。


 腕を見ると、右上腕部の半分ほどに青紫色の瘴気の痣が浮かび上がっていた。

 あの時のワイアット兄の身体のように。

 蛆が蝕む如く、傷が醜く蠢いている。

「、、、くそ、、、、」


 いっそこの腕の肉を引き千切ってやりたかった。この部分を除去したら、むしろ瘴気ごとなくなるのではないか。

 

 そんな思いと葛藤しながらも、ただ痛みを我慢する。

 千切ったところで瘴気はなくならない。

「、、、負けてたまるか、、、」

 歯を噛み締め、何度誓ったかわからない言葉を口にする。

 

 負けてはいけない。

 瘴気にも。

 魔王にも。

 そして自分自身にも。

 ーーー決して負けるもんか。


 朝になって陽が昇り、森の中にも日差しが射し込んだ頃にようやく、地獄のような痛みから解放された。


「おはようございます、マリウス様。、、、あれ?なんか顔色が悪くありませんか?」

 アグノラがまだ寝起きのぼんやりとした顔で俺の様子に気付いた。

 俺はニコリと笑って「そうかな」と誤魔化した。

「ちょっと暑苦しかったから、眠りが浅かったのかもしれない。アグノラ、悪いけど、回復魔法をかけてもらえるか」

 アグノラは大きな目を細めて可愛く笑う。

「マリウス様は暑がりですもんね。いいですよ、お安いご用です。『ヒール』『ヒール』『ヒール』」


 アグノラの得意な下級の回復魔法の重ねがけ。

 寝不足と激しい疲労は回復して、一気に身体が軽くなる。

 レベルは低くても、こうして回復薬も使わずに回復できるのは本当にありがたかった。


「今日はようやく目的地に着きますね」

「そうだな。今回の道のりはだいぶ長かったから、今夜は久しぶりに宿に泊まれる。アグノラは最近ずっと料理してたから、たまには他人の料理が食べたいだろう。奮発していいからな」 

 俺が言うと、アグノラは「いいえ」と首を振った。

「魔王との戦いにむけて、装備を揃えなければいけないでしょう?料理なんて食べれれば大丈夫です。皆で食べたら何でも美味しいですから」

 そう微笑むアグノラ。

 つい抱き締めたくなる気持ちを我慢して、俺は「いつもありがとうな」とアグノラの頭を撫でた。

 フワフワしたオレンジの髪が柔らかい。

 俺に撫でられて、嬉しそうにまた目を細めるアグノラを見ながら、俺は改めて、魔王を絶対に倒すことを心で呟いた。


 凶悪な魔物が出ると、討伐を要請されていた町に到着した。

 遠くで見てわかるほど町は大きく壊されている。

 だが、そのわりには町に入るための門番は存在し、町の中に入ると町はちゃんと機能していた。

 街道は活気があり、屋台で買い物する人は行き交っている。

 

「魔物に襲われたのではないのか?」

 俺が屋台で働く年配の女性に声をかけると、その女性は「そうだよ」と頷いた。簡易的な屋根の下にシートを敷いて、彫り物を生業にしているようだ。

「最近、この町の上空を飛ぶようになって、楽しむように時々町を攻撃してくるんだ。攻撃は強いが、遊びものを一気に壊さず少しずつ楽しみたいようでね。私達も他に住む場所がないから、神に祈りながら住み続けてる。怖がって家にとじ込もっていても暮らしてはいけないからね」

 年配ながらも逞しい女性だった。

 生命力が顔に表れている。

「上空を飛ぶということは、鳥タイプの魔物か?」

「ドラゴンだよ」

「ドラゴン!?」

 俺達が驚くのを待っていたかのように、その瞬間、大きな警報音が鳴った。

 危険を知らせる門番から合図だ。


「奇襲だ!逃げろ!!!」


 空を見上げると、ドラゴンの羽で太陽が隠されていた。体幹は細いが身体は大きく、翼はその身体の何倍も広い。


 ドラゴンは魔物の中でも最強の一角だ。

 俺達はだいぶ強くなっているが、倒せるかどうかは五分五分といったところ。また以前のように勝てずに負傷して逃げ出すことになるかもしれない。

 だが、オスカーが研究の材料として以前からドラゴンの素材を欲しがっていた。


 やるだけやってみることになった。


 結果は、俺達勇者パーティー全員が全力を尽くしてようやく勝利できた、だった。


 ベリルとオスカーは魔力をほぼ使い果たし、ケイレブは自慢の火炎防御付与された鎧を燃やされた。ドラゴンの強力な火炎砲をケイレブがその身で防いでくれなかったら、全滅していたかもしれない。

 全身大火傷したケイレブの身体を、アグノラが何度もヒールをかけて回復させた。回復を無理したアグノラは、魔力を完全に使い果たして倒れた。

 俺はドラゴンが火炎砲を口から放った後の隙をついてドラゴンに攻撃し、ようやくドラゴンに効果的な一撃を与えることができた。

 

 ドラゴンの素材を得ることができたオスカーは珍しく嬉しそうな顔をしていたが、それでも無愛想な男なので他の人間には気付かれていないようだった。


 俺は自分の握りこぶしをじっと見つめる。


 最強の一角であるドラゴンを倒せた。

 確実に力はついてきている。

 だが、魔王を倒すにはまだまだだろう。

 早くもっと力をつけて魔王を倒す。絶対に。


 そんな俺に、さっきのおばさんが話しかけてきた。

「あんた達、勇者様一行だったんだね。ドラゴンを倒してくれてありがとう。お礼に、興味があったらタダでどこか彫り物してやるよ。願掛けの意味で、どこかに印をつける人は多いんだよ。どうだい?」


 そう言われて、俺は「そうか」と自分の右腕をおばさんに差し出した。もう瘴気の傷は消えている。

「この腕の肩側に、大きな彫り物をしてくれないか。叶えたい願いがあるんだ」

「マリウス様?」

 アグノラは自分の身体に傷をつけようとする俺に驚いていた。アグノラに説明するわけにはいかないが。


 この中に蠢く瘴気や魔王に負けない強さを身につけるため。そしていつ現れるかわからないこの傷が出ても、すぐにはバレないように、俺は右腕の傷の場所にタトゥーを入れることを決めた。

 

 止めようとするアグノラの横で、オスカーが上着を持ち上げて左腰を露出させた。

「、、、同じものを俺のここにも入れてくれ」

「オスカー?」

 アグノラは目を見開いて、オスカーを見上げた。


「オスカー、、、お前、、、、」

 オスカーはショートスリーパーだ。睡眠時間は短くても問題ない。もしかしたら、夜中に目が覚めていて俺が苦しんでいたのを見たのかもしれない。ワイアット兄の死ぬ時にも一緒にいて事情を知っている。

 鋭いオスカーなら、俺の考えを見抜いてもおかしくなかった。


 そしてオスカーは、あえてそれを言葉にしてくれる。

「魔王を倒すための誓いの印だろう。勇者パーティーであるという証の意味も込めて」

 オスカーは滅多にアグノラに声をかけない。

 そのオスカーに声をかけられて、アグノラは少し頭が混乱したようだ。

「、、、そうなのね。じゃあ私にもここにお願いします!」

 アグノラが出したのは右手の甲。

 服で隠せない部分だ。

「アグノラ!そこは流石に」

「いいのです。勇者パーティーにいたという事を、この先もずっと誇りに思っていたいから」


 そして不本意そうにしながら、ベリルは左の大腿の内側に。ケイレブは背中の真ん中に。同じ印を彫ってもらった。


 皆の気持ちが嬉しかった。

 パーティーの心が一つになったような、そういう『重し』が生まれた気がした。


 魔王を探しながら魔物を倒す旅も、過酷ながらも順調だった。聖女であるアグノラ以外は、全員、最上級と呼ばれるレベルまで到達した。

 

 そして同時期にケイレブが、魔王の有力な情報を手に入れてきた。


 魔王の棲み家について。

 異空間にあるという眉唾な情報を。


 ーーーー決戦が、近付いていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ