勇者マリウスの過去 4
王宮は国の中央に大きく、山のように聳え立っている。
近くで見ると端から端が見えず、全体像は城下町まで離れないと見えない。
この国が建国したのは何百年も前で、その時に建てられた王宮のため、古びて修復の跡が目立っていた。
第二王子の王殿は、その奥寄りにあった。
元々あった王殿を一度取り壊し、新しく第二王子のために建てたというその王殿は、王宮の中でも一番輝かしく光っていた。
なぜ一ではない第二王子の王殿が、と言いたくもなるが、この国の第二王子はとにかく『出来』の良い王子だった。
聡明で武にも通じており、天使のように整った容姿をしているのだという。
新しい王殿は、王の褒美だという噂は聞いていた。
王が二人の王子を勉強で競わせて、第二王子が優秀だったのを不服とした第一王子に、第二王子は熊ほどに巨大な魔物の首を跳ねて、それを第一王子の王殿までプレゼントしたことで、王が第二王子に褒美を与えたのだ。
そもそも当時、第二王子はまだ十歳にも満たない歳だった。賢いという噂を聞き付けた兄王子が嫉妬して、自分が上であることを知らしめるために、学問の試験を行うことを王に頼み、王がそれを許可した。
第二王子がどれほど賢いのか興味もあったのだろう。
そして結果は、兄王子の惨敗だった。
第二王子は、10歳の段階で、国で最高峰の官僚試験で出題される法学部門で満点を取ったのだ。
それでさえ納得しなかった第一王子に、自ら魔物を討伐し、「文句があるなら直接言いにこい」とばかりにその首をプレゼントした。
魔物とは、屈強な大人が数人がかりで討伐できるもの。特に熊ほどに大きくなると、下手したら軍が必要になる。
それを少年王子がたった1人で倒したという。
王はその顛末を聞いて凄く喜び、第二王子の文武の才能と、その豪胆さに新しい王殿をプレゼントした。
王位は第一王子が継ぐものと決まってはいるが、その事件以降、王に可愛がられているのも、実質の権力を握っているのも第二王子にあった。すでに二十歳を越えた第二王子は他の誰よりも格上の存在だった。
だから王の謁見の後、アグノラが日を置いて改めて第二王子に呼び出された時は、何も違和感は感じなかった。
『聖女』にとって王族は切り離せないものであるし、王に並ぶ重要人物である。
立場こそ聖女の方が弱いが、聖女ともなるとそこら辺の王子よりも価値としては上となる。
そんな聖女とは顔見知りになる必要があると、王子が顔合わせを希望してもなんらおかしくはない。
だが、顔合わせ二回目、それも一緒に食事となると話は変わってしまう。
もし聖女と交流を深めるために呼ぶのであれば、公正を保つために『王族』として誘い、王様かつ他の王子と共に食事をするべきだし、個人的に仲良くなりたいのであれば夜会のパーティーなどで話しかけるのが筋である。
王子が直接、異性個人を誘うとなると、それは『求愛』に等しい。
第二王子にすでに婚約者がいたかどうかまでは知らないが、二十歳を越えた王子に婚約者がいないはずがない。
この食事の呼び出しは、色んな意味でアグノラを不利な立場に陥れるだろう。
我が儘で自分勝手な王子様に、大切な仲間を遊び潰されてたまるか。
そんな気持ちで乗り込んだのだったが。
「勇者マリウス。こんなところに同行するほど、貴殿は暇なのだな」
初めて会った第二王子エイダンは、その整いすぎた美貌で俺を嘲笑った。
豪奢な椅子にもたれ掛かるように座り、そのままの体勢で俺とアグノラに対峙する。
輝く金色の髪を揺らして、ふむふむと唸ると、ニコリと微笑んだ。
「暇であるなら、国境にあるルトウドの町などに行ってみたらどうだ。あそこは沢山魔物がいて、困り果てた町となっておると聞いたぞ」
それは助言のようで、違うことを俺は知っている。
辺境の町ルトウドは、魔物による被害で荒廃し、今や誰も立ち入らない荒野となっている。
赤くひび割れた土地は草木も生えず、捨てられた町となった。いるのはただ屈強な魔物のみ。
そこに魔物退治にいったところで、誰の命も救えないし今の自分達の実力では自分達の命こそが危ない。
つまりは、暇な弱小ものはそこで身体でも鍛えていろということなのだろう。
尊大な嫌みだなと思いながら、俺は負けじと言い返した。
「第二のルトウドの町を作らないようにするのが俺達の使命です。魔物の討伐だけでなく、傷ついた市民を回復させる役目を持つ聖女の時間は貴重ですので、興味本位での呼び出しは止めていただきたい」
はっきりと言うと、エイダン王子は少し意外そうにしながら、俺に目を向けた。
「、、、勇者マリウスは、八方美人の優男と聞いていたが」
エイダン王子は人差し指を立てた右手を自分の頬につけ、立てた指先をトントンと自分の頬を叩く。
「、、、なるほど。聞くと見るとではまた違うものだな」
そう呟いて、エイダン王子はパチンと指を鳴らした。すると何人かの従者が部屋に入ってくる。
その男らに「女を」と一言指示した。
是とも言う間もなく、煌びやかな格好の女達が部屋にゾロゾロと入ってきた。
その女達は皆、エイダン王子の周りに集まり、両肩と両足とに絡み付き、色気を剥き出しにする。その女達に腕を絡ませ、わざと俺を見下ろした。
「勇者よ。貴殿の言う通り、私は女には苦労をしていない。私が望めばどんな人物でも跪く。よって興味本位であろうがなかろうが、そのようなことは些事に過ぎない。私が望めば、どのような状況であってもどんな立場であっても、私のところに来るのが正しい」
そんなわけあるか。ふざけるな。
そう怒鳴ってやりたかったが、あくまで目の前にいるのはこの国の王子。穏便にやり過ごしたかった。
俺は冷静な口調で「しかし」と言ったが、エイダン王子にその上から言葉を重ねられる。
「聖女の聖魔法はまだ未熟と聞く。それならば、回復薬を使用した方が効果はあるのではないか?勇者が望むなら、いくらでも回復薬を提供しよう。武力がいるなら軍隊も貸そう」
そしてちらりと俺を見て、ほくそ笑む。
「、、、女が欲しいなら、その聖女よりももっと美人で肢体にも恵まれた女を勇者のベッドに忍ばせようか」
俺にもアグノラに対してもかなりの侮辱。
俺はかっとなって怒鳴るために口を開くと、その口ではないところから怒鳴り声が室内に響いた。
「ふざけたことを言わないで下さい。マリウス様を侮辱するなら私が許しませんよ。そもそも私はマリウス様以外には絶対に屈しませんし、他の人のものにもなりません。ましてマリウス様に女を忍ばせるなんて絶対に止めてください。そんなことをしたら私は死んでも許しませんからね。絶対恨んでやるんだから」
一気に捲し立ててアグノラは怒鳴った。
内容はからきし薄っぺらく、エイダン王子どころか俺でさえ頭を抱えたくなるものではあったが。
むしろちょっとアグノラの口を塞ぎたいくらいではあった。
「、、、アグノラ。気持ちは嬉しいが、今は黙っていてくれないか」
俺がアグノラに優しく言うと、アグノラは俺にも噛みついてきた。
「何ですか、なんで止めるんですか。マリウス様はまさか、私より美人でスタイルが良い女の人とどうかなりたいとでも言うんですか?私がこんなにマリウス様を好きなのに、なんでそんな、、、」
「ちょ、馬鹿。やめてくれ」
慌てて俺はアグノラの口を両手で塞いだ。
なんで俺はこんな女を好きになったんだろうと、この瞬間、心から不思議に思った。
アグノラは泣きそうな目で俺を見ていたが、俺こそが恥ずかしくて泣きたいくらいだった。
「、、、ふぅん」
エイダン王子から、冷めた声が聞こえる。
「勇者と聖女は、そういう関係だったのか」
「違っーーー違います」
すぐに否定して、それから丁寧に言い直した。
「俺は魔王を倒すことしか今は考えられない。聖女アグノラにも、そう伝えています。でもアグノラの力は必要です。聖女の勉強が終われば、本格的に俺達は旅に出ることになっていますので、エイダン殿下もご了承願います」
俺はそうして、エイダン王子に頭を下げる。
「ふぅん」
ともう一度、エイダン王子の不本意そうな声が耳に届いた。
「勇者ともなると傲慢になるのかな」
ピクリ、と俺の腕が動く。
「傲慢?」
「こんな可憐な女の子の気持ちを踏みにじっているのに、その子の力は借りたいなんて。ちょっと度が過ぎていると思わないか。『勇者様』よ」
呟いたエイダン王子の言葉に、一瞬にして俺の血管が浮き上がるのを感じた。
「私だったら、これだけ愛されていて気持ちを返さないということはできないし、もしできないのであれば相手への礼儀として離れてやるべきだと思うが。ちがうかな。私は間違ったことを言っているかい?」
痛いところを突かれて、俺は黙るしかなかった。
確かに正論だ。本来ならばそうするべきだろう。
俺だってわかっている。
力のないアグノラを危険な旅に連れていくのも。
何度も告白されて断っているのだから、相手にせずに離れてやるのが親切であることも。
アグノラが俺から離れない。
諦めずに何度も告白してくる。
それはただの言い訳であることも。
全ては俺の我が儘だ。
アグノラが可愛い。
アグノラが傍にいると心が落ち着く。
俺の事情でアグノラを受け入れられないだけで、アグノラの気持ちは凄く嬉しいし、告白を断っても諦めてくれないところにどこか甘えている自分もいた。
わかっているんだ。
俺が悪いことは。
でも。
俺の複雑な気持ちだって、あんたにはわからないだろう。エイダン王子。
俺がギュッと口を紡ぐと、それを見たエイダン王子はかえって面白そうに俺に話を続けた。
「私は何でも思い通りになる立場にある。だが、確かに心ばかりは思い通りにできないものではある。特にこうやって、真っ直ぐな想いを私以外の人に向けられていると、むしろその真っ直ぐな心を自分が手に入れてみたいと思ってしまうな」
言った後、エイダン王子は俺の反応を待つ。
しかし反応がないのを知ると、更に口の端を持ち上げた。
「、、、どうやら、勇者は本気でこれだけ希少な存在である聖女を受け入れる気はなさそうだ。それならば、私が積極的になっても、何も問題はないのだろう?」
「あります!大いにあります。私は嫌です」
アグノラはきっぱりとエイダン王子を否定する。エイダン王子はそのアグノラの言葉さえも楽しそうに、くつくつと笑った。
「面白いな。では、その頑固さがいつまで続くか、試させてもらおうか」
エイダン王子は、見る人が見ればうっとりと見惚れるほどの極上の笑みを浮かべて、俺達に宣言した。
「『聖女アグノラ』は、私が必ず手に入れる」と。
そして俺達とエイダン王子の攻防戦は始まったのだった。




