勇者マリウスの過去 3
なんとも気まずい旅になった。
アグノラと名乗った彼女は、魔王を倒す旅は危険だからついてきてはいけないと何度も言っているのに、全然言うことを聞かずにしつこくどこまでもついてくる。
オスカーは俺に惚れているらしいアグノラへの気持ちに整理がつかず、アグノラとは話さないどころか目も合わさない。
目があったら混乱するらしく、あのオスカーがという意味では面白くて仕方ないけれど、そのアグノラが俺に惚れているのは笑えない。
せっかくオスカーにピンクの感情が生まれたのだから、欲を言えばその恋を叶えてやりたい気持ちもあった。
だけど。
アグノラの積極性は、俺の理解できる範疇を越えていた。常に俺につきまとい、気を抜けば何度でも俺に告白してくる。断っても決して諦めない。
もはやオスカーの恋は難しいとさえ思い始めた。
話もしなければ顔も合わさないオスカーに、アグノラが心変わりするイメージも持てない。
気付けば、アグノラに惹かれている自分にも気づいた。
こんなにしつこく押されているのに。俺はマゾだったのかと本気で悩むくらい、認めたくない気持ちがあった。
そして、その気持ちは決して受け入れるわけにはいかなかった。
オスカーのことだけじゃない。
俺も瘴気に侵されている。
魔王と戦って勝たなければ、俺の身体は魔王に奪われてしまう。
恋愛どころではない。
オスカーと付き合ってくれればいい。
オスカーならアグノラを幸せにできるだろうし、恋に順番はないとはいっても、先にアグノラを好きになったのはオスカーだ。俺だってきっとアグノラの相手がオスカーなら納得できるだろう。
そう思いながらアグノラを見ると、アグノラと視線が合う。
目があった瞬間、嬉しそうにニコリと微笑まれて、思わず胸がキュンと締め付けられる。
「くそ、、、」
小さく呟いて、自分の胸に手を当てた。
自分の思考よりこの胸の方がよっぽど素直だ。
アグノラは何に対しても一生懸命だった。
不器用ながら必死に頑張る姿は、俺だけでなく周りの人間の心を温めていく。
だからアグノラが聖魔法を使えた日も、俺は特別驚いたりはしなかった。
アグノラは、聖魔法が使えなくてもその存在で人を癒していた。それが魔法でも癒せるようになっただけで。
アグノラがトテトテと走ってきて、俺に近寄る。揺れるオレンジ色の髪をポニーテールにして満面の笑みを浮かべると、夏に咲く黄色い花のように明るく華やかに見える。
「マリウス様。マリウス様、見て下さい。自分の魔法で傷ついた子犬を治療できたんです」
「キャンキャン!」
アグノラの手に抱かれた白と黒の毛並みの子犬は、尻尾を振りながらアグノラに喜びを表現する。
俺はやんわりと笑って「良かったな」とアグノラを褒めた。俺のアグノラへの態度は変わらない。ワイアット兄の模倣のまま。
もしかしたら、素の俺に態度を変えたら俺のことを好きではなくなるかもしれないが、万が一、俺が本来の俺に戻っても俺のことを好きであれば、俺はもう『言い訳』ができなくなる。
ワイアット兄の真似をしている俺をアグノラは好きなだけなのだと思い込むことで、アグノラとは距離を保てている。
俺は優しく、アグノラに話を続けた。
「しかし聖女としての勉強と、国王への謁見と。毎日忙しくて休めていないんじゃないのか?ちゃんと休まないと身体を壊してしまう。無理するなよ?」
俺が心配すると、アグノラはエヘヘと笑う。
「マリウス様って本当に優しいですね。ありがとうございます。でも大丈夫です。私、運動神経は悪いけど、体力だけはありますから」
アグノラは両手を折り曲げて、出もしない筋肉を盛り上げるポーズをとる。
ふざけんなと言いたい。可愛いすぎるだろ。
そんなことを考えながら、俺は口にはせずにアグノラの今日のスケジュールが書かれた紙を眺めた。
聖女になってからというもの、本当にアグノラは忙しく動き回っている。
どこにいるのは把握するため、毎日アグノラには自分のスケジュールを書いてもらうようにしていた。
聖女になった今、魔王退治の責任をアグノラも押し付けられた形になっているため、結局、アグノラも勇者パーティーの一員として認めざるを得なくなった。
聖女だからといって魔王が倒せるはずがない。
まだ子犬の傷の治療ができるようになっただけのレベルで、何ができるというのか。
こんな状態で魔物退治に単身で向かったら、無駄死に確定じゃないか。
それに同じパーティーになったとはいえアグノラがあちこち移動するために、俺達はかえってうまく動けなくなった。
魔物が出たと聞いてそちらに向かいたくても、アグノラを置いていく形になってしまう。置いていけばアグノラは無茶して1人で俺達と合流しようとする。
それは、つきまとわれていた時とは違うものだ。
常に一緒にいたのと、あとから追いかけてくるのでは危険度がまるで違う。
いつどこで魔物に出くわすかわからない以上、アグノラを1人で外に放り出すわけにはいかなかった。
結局、アグノラの予定を見て、俺達がスケジュールを組む形になった。
他のメンバーに先に出発してもらって、俺かベリルがアグノラを連れて合流するという形が主ではあるが、魔物退治という点において、非常に効率は悪かった。面倒くさいことこの上ない。
それでも俺は、そこには文句は言わなかった。
俺が言い出したことだからだ。
なんでそんなことを言い出したのか、自分の過去に文句を言いたい。こんなに忙しいなら、とりあえず別行動して、俺達が王都に戻ったタイミングで合流すれば良かったのに。
かといって、今更、その提案もできなくなってしまった。
聖女になってからというもの、『聖女』であるアグノラに近づこうとする人間が激増したからだ。
恋文は流石に「見たこともない人の手紙なんて受け取れません」とアグノラは笑うが、直接優しげな顔で近付く人間には、アグノラは上手にあしらうことはできない性格だった。
怪我しているという人がいると聞いたら、ついフラフラついていってしまう。
100年に1度しか現れない『聖女』という存在を欲する人間がどれだけいるか、アグノラ自身が理解できていないようだった。いつ誘拐されてもおかしくない。それなのに、アグノラはすぐ人に騙されようとする。そんなのを見続けていると、いつまた騙されるか気が気ではなかった。
結局、俺達が『聖女様』の護衛をするような形になってしまっているのをもどかしく感じながらスケジュールを見ると、違和感のある文章が目につく。
「、、、『第二王子』と食事、、、?この前も第二王子に面会していなかったか?」
俺が呟くと、アグノラは少し困ったように笑った。
「そうなんです。なんででしょうね。はじめは王様の謁見と同じ感覚でお会いしたのですけど、もう三回目です。お断りしたつもりなのに、いつの間にかまたスケジュールに組み込まれていて」
王族の誘いを断ること自体が不敬に当たることはわかっている。それでも、これだけ多忙な聖女に『食事』とは。
腹が立った。
アグノラのスケジュールに合わせるために、俺達がどれだけ苦労していると思っているのか。
「ーーー俺も同行する」
「え?」
アグノラは顔を上げて俺を見た。真ん丸とした目が子犬のようだ。
苛立ちを表面に出したいが、そこはグッとこらえた。俺が嫉妬しているように思われたくなかった。
アグノラに、冷静な顔で微笑んでみせた。
「第二王子にはちゃんと断ったんだろう。それでも誘われるなら俺からも王子に説明するよ。聖女は魔物退治に行く必要があるから、王子との食事は今回限りで終わりですって」
「本当ですか?良かった。王宮って何度行っても慣れなくて。すごく助かります」
アグノラは見えない尻尾を振って、嬉しそうに笑った。
我が儘で自分勝手と知られる第二王子のことだ。
どうせ『聖女』という肩書きの人間が珍しくて手を出したいだけなのだろう。
遊びで付き合わせていい人間ではないことを、しっかり頭に叩き込んでおかないと。
俺はそう思っていた。
まさか、俺が行くことであれほど酷いことになるとは、その時は想像もしていなかった。




