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勇者マリウスの過去 2

 魔王を倒すため、オスカーと旅に出た。

 俺が誘ったわけではないが、オスカーは俺のあとをついてきた。オスカーはオスカーなりにワイアット兄を慕っていたし、口には出さなくても俺の事を心配してくれているのだと思う。


 相手が魔王ということで、まずは情報を得ることから始めた。だけど、どこで魔物が出たとかそういう話ばかりで、魔王自体の情報を得ることはできなかった。


 とにかく魔物を倒していけば、いつか魔王に辿り着くはず。そのためには経験値も増やしておかなければならない。


 そうして魔物の噂を聞く度にそこに向かい、魔物を倒す日々が続いた。強くはなっていったが、やはり魔王のことはわからないままだった。


「金がない」

 王都でしばらく過ごしたある日、そう呟いた俺にオスカーは「何だと?」と聞き返した。

 オスカーが言いたいこともわかる。

 魔物を倒して、村や町を助けたお礼と、ギルドにその魔物の素材を売って金銭は稼いでいる。

 だが、そういう日々の暮らしに使うお金ではない。


「魔王について聞くために、情報ギルドに行ったんだ。そしたら、情報料が金貨10枚だと」

 ふむ、とオスカーは当たり前のように頷く。

「、、、随分高いが、相手が魔王となると危険も伴う。そのくらいはするかもしれんな」

「だが、1つの情報で10枚だぞ?それがいくつもの情報を得ようとしたら100枚を越す。そんな金がどこにあるっていうんだ。俺達は貴族じゃないんだ」

「では貴族のパトロンでもつけるか」

 オスカーが真面目な顔をして言うものだから、俺は苛ついて声をあげた。

「そんなやつどこにいるんだよ。身体でも売る気か」

「そうだ」

「え」

 あまりにあっさり言ったオスカーに、俺は一気に血の気が引いた。

 え、身体を売るのか?

 俺が?まさかオスカーが、、、?


 オスカーの言葉の続きを待っていたら、オスカーが胸のポケットから1枚の折りたたまれた紙を取り出した。

 俺に渡してくるからそれを開いて見ると、『国認定勇者選別剣術大会の出場者募集』と書いてある。


「なんだこれは?」

 聞くと、オスカーは「剣術大会の募集要項だ」と言う。そんなの見たらわかる。

「勇者って何だ。そんな大会に出場する時間がどこにある」

 オスカーはこういう時、言葉が少なすぎる。

 元々口数の多い方ではないけれど、いきなりこんな紙を見せられて、俺がすぐに理解できると思っているのか。自分が賢いからって、他の誰もが1を聞いて10を知るわけではない。


 やれやれといった様子で、オスカーは口を開いた。

「勇者とは魔王を倒す存在。国王認定ということは、魔王を倒すために援助をしてくれるということだろう。勿論魔王の情報も、こっちが依頼しなくても国の方から教えてくれるだろう。俺は剣術は得意ではないが、お前ならなれるんじゃないか?」


 目から鱗とは、こういうことを言うのだろう。


 なんだそのシステム。

 国認定勇者とは、そんな美味しい話だったのか。


「ーーーわかった。俺が『勇者』になればいいんだろう」

「そういうことだ」

 オスカーは頷く。そして、俺にあぁ、ともう一度声をかけてきた。

「そういえば、マリウス、お前、そろそろ俺以外の人にしている態度をやめないか。お前じゃないみたいで、かなり気になるんだが」


 無表情の中に、本気で困っているような視線を俺に流してくる。

 多分、俺がワイアット兄の真似をしていることを言っているのだろう。

 だがそれは無理だった。

 人に優しくしようとするのに、心から笑えない自分がいた。どうしてもワイアット兄の死と、魔王のことが頭の中で渦巻いて、オスカー以外にはろくに会話ができないでいる。

 でもワイアット兄のようにしようと思うと、それは思ったようにできてしまう。

 ワイアット兄ならこうしただろう、そう思うだけでいい。そうすると凄く心が軽くなった。


 俺は困ったように苦笑するしかない。

「悪い。まだ心に余裕がない」

 オスカーは、それだけで俺の心を察してくれる。

 こいつは本当に、1を聞いて10を知る男だから。

「、、、難儀なやつだな」

 オスカーが言った言葉に、俺は「お前もな」と言葉を返した。

 俺だって1つ知っていることがある。

 オスカーも俺と同じだ。むしろオスカーは俺より酷い。俺以外のやつと殆ど話せなくなっているのだから。

 それだけ俺達にとって、ワイアット兄の死と、故郷の滅亡は心に大きな傷を負わせたのだということだ。

 俺達は、とことん不器用なんだろう。


 認定勇者の大会は、あっさりと優勝できた。

 自分の想像以上に強くなっているようだ。

 唯一予定外だったのは、ケイレブという熊のような男に執着されてしまったことくらいか。


 彼は試合の決勝戦で戦った。

 戦場では『英雄』と呼ばれるほどの強さをもっているようだが、戦場と試合では戦い方が違う。

 戦場に出たらケイレブの足下にも及ばないであろうが、戦いに至上の自信があったケイレブは、1対1で俺に負けたことに納得できていないようだ。


 俺に負けたとはいえ、ケイレブの強さは尋常ではない。時期がきたら再戦してやるから勇者パーティーに入らないかと冗談半分で言ったら「わかった」と素直に頷かれた。

 よほど負けたのが悔しかったのだと思う。


 しかし戦場に残した仲間に一度会って説明するからと、一旦ケイレブはパーティーを離れた。

 だからまたオスカーと二人旅になった。


 以前と違ったのは、国から旅費が出ることだった。

 魔王の情報はわかる範囲で教えて貰えたし、どこかに魔物が出たら即座に俺達に連絡が入った。

 旅がスムーズになった。

 お金に余裕が出た分で、回復薬などもストックすることができた。

 回復薬はかなり高い。下級のものでさえ、銀貨5枚は必要で、中級になると金貨数枚。上級では金貨が10枚を越える。最上級と言われるものは金貨1万枚もくだらないという。

 エリクサーはまた別格で値段もつけられないとのことだから、軽く高位貴族の命を数名分は対価として支払う必要があるのだろう。


 上級を数本、あとは中級をいくつか買って鞄に積めた。余計なものは買わない主義のオスカーがブツブツと不満げな事を言っているのは無視した。強力な魔物にいつでくわすかわからないので、買わないという選択肢がないのはオスカーも理解していたからだ。


 そして旅を始めて1年経ったくらいの頃、俺達は彼女に出会った。

 砂利道の端で今にも死にそうな女の子。

 全身血だらけ。魔物にでも襲われたのだろうか。それでも綺麗に見えるオレンジの髪が鮮やかで、遠目でも目立って見えた。

 その彼女が息も絶え絶えに助けを乞いているのに、道行く人に誰からも相手にされていない。

 しかし諦めずに必死に土を指で掴んで這う姿は異様でもあった。


 ここは屈強な冒険者が多く集まるというギルドが有名な町だった。

 戦う男が集まる場所には、夜に賑わう店が多い。

 酒屋もしかり、女郎屋もしかり。


 気を付けなければいけないのは、詐欺と病。

 特に女郎屋の近くには、末期の性病をもって捨てられた女が沢山いる。そんな女に捕まったら地獄を見るし、女も病気がバレたら死ぬほどの罰を食らう。


 基本的に倒れている人間は見て見ぬふり。

 生きるか死ぬかは本人の生命力と根性次第というわけだ。


 だから彼女が町の地面に倒れていた時に、俺には2つの選択肢があった。

 見捨てる。見捨てない。ただそれだけ。


 全ての人を助けたいと思うのは傲慢かもしれない。

 でもまだ少女のような若い女の子が、泥だらけで顔の頬を大きく張らし、地面を舐めるように這っていたら気にならないはずがない。

 足が動かないようだ。あの動き方から、多分靭帯か腱を切っている。激痛だろうに。


 俺は、その子に声をかけた。

「大丈夫か?」

 俺は優しく彼女に声をかけた。

 彼女の虚ろな瞳が俺を捉える。

 一瞬、その今にも死にそうな様子と、その虚ろな瞳の中の、それでも生を諦めきれない光がワイアット兄を彷彿とさせた。


 ワイアット兄の救えなかった命。

 今にも息絶えそうなのに彼女を助けようとする手はないのだから、俺が助けなければこの女の子は間違いなく死んでしまうだろう。


 俺はオスカーに手を伸ばした。

 回復薬を出すように促したら、オスカーは俺に小言をいいながらも回復薬を渡してくれた。

 色は濃いオレンジ。

 上級回復薬。

 そりゃそうだ、この状態は上級でないと助からない。文句を言いながらも相手の状態をちゃんと的確に把握できているところは流石だ。


 だが女の子は回復薬の金額を知っていたのだろう。助けを求めていたくせに、回復薬を受けとるのを躊躇していた。


 生きたいくせに。

 それなら、どんなことをしても食らいつかなければ。


「飲まないのか?」

俺が声をかけても、女の子は目を伏せる。

俺はつい、はぁ、と小さくため息をついた。

「これを飲んでくれないと、この薬はこのまま捨てる。高かったのに。残念だ」

 俺がそういうと、女の子だけでなく俺の後ろにいるオスカーもぎょっとした気配を感じさせた。

「おい」と小さくオスカーの声が聞こえる。俺はそれを無視した。


 だって生きたいんだろう?

 諦めていいのか。

 そんなワイアット兄のような目をして。


 俺は躊躇いもなく回復薬を地面に溢した。金貨何十枚が地面に吸い取られていく。

 

「、、、なっ、、、!!!」

 女の子が慌てて顔をあげる。

 その瞳には、さっきよりも強い『生』の色が灯っていた。それが嬉しくて俺はつい、その子に微笑んでしまう。


「ん」

 オスカーに手を伸ばす。もう1つ回復薬を要求しているのを悟って、オスカーは俺をものすごい睨んできながらも、今度は文句も言わずに渡してくれた。


「さぁ。どうする?あとはあんたの気持ち次第だ」


 ボロリ、と彼女の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。

彼女の涙は頬を伝り、顔にこびりついた血と混じって赤い液体となって落ちていく。


「あ、、、ありがとう、、、っ」

 女の子は小瓶を両手で握り締めて、何度も何度も頭を下げた。

「ありがとう、、、ありがとうございます。ーーーありがとうーーー」

女の子は回復薬を一気に飲み干した。


 女の子の身体がみるみるうちに元の姿に戻っていく。

 顔半分以上腫れていた頬は小さな輪郭になり、伸びて引き摺っていた足はちゃんと人間らしく曲がって本来あるべき場所に落ち着いた。


 身体中血だらけになっている姿までは綺麗にはできなかったけど、彼女の魅力は充分取り戻せていたと思う。


 俺も可愛い子だったんだなとは思ったけれど、意外にもオスカーの好みのタイプだったらしい。


 一瞬だけオスカーはぼんやりとその彼女の顔に見惚れて頬を染め、すぐに誰にもバレないように顔を反らせた。


 俺にはバレバレだったのだが。

 そうか、オスカーはこういう女の子が好みだったのか。

 

 そう思いながら改めて女の子を見ると、その女の子の視線は俺に張り付いて動かなくなっている。

 オスカーと同様、彼女も頬を染めているが、その相手は俺なわけで。


 まずいな、という嫌な予感は、奇しくも的中するのだった。

 

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