まさかの魔王
私が聖女という存在になって一番多く言われた言葉は、『勇者様と聖女様が一緒にいるなら、間違いなく魔王は倒せますね』だった。
そもそも聖女は回復魔法が使えるだけではない。
『聖』魔法が使えるのが聖女なのだ。回復はあくまで聖魔法の中の一部。
魔物は『聖』のものに弱く、本来、魔王というものは『聖女』によって倒されてきたらしい。しかし100年に1度しか現れないとされる聖女の出現を待てず、勇者という存在を作り上げて魔王討伐を依頼された。
つまり魔王は聖女だけでなく、強い存在であれば倒せるものであるーーーという認識だっただけに。
「魔王は倒せない」
その事実を、超越した存在である妖精王(眉唾)に言われて、私は愕然としてしまっていた。
何度か頭で反芻して、いや、と私は首を振る。
「今までにも、聖女が魔王退治に出向いて退治したという記録はあったはずです」
「その記録は間違いじゃな。倒したのではなく『弱らせた』のじゃろう。倒したのなら、なぜまだ魔王が存在するのじゃ」
「それは、、、別の魔王が、、、」
妖精の村長は首を振った。
「人間の王族とは違う。人間の王であれば別の者が王になれるが、魔王はそういうものではない。『魔王』というものは悪の塊。この世の悪が積み重なり、自我を持って生まれたもの。いわば巨大な悪。どこかに悪が有る限り、魔王は存在し続けるのじゃ」
村長は長い自身の髭を撫で付ける。
「お主達が言っておるのは、『魔王の封印』のことじゃろうな。悪は消えぬが、魔王を封印することで少しは平和になったように感じるからのぉ」
「封印はできるのですね?」
「そうじゃ。こんなこと言えば魔王が怒るかもしれんが、細菌に例えるといい。細菌はどこにでもおるが、悪さする細菌が増殖すると病気になる。その多数集まっておる細菌を除去したら、まるでその病原菌が完全に死滅したように感じるが、この世から細菌が完全になくなることはない。それと同じじゃよ。魔王という病原体を除去する。それが『封印』と呼ばれる行為じゃ」
フォフォフォと村長は笑う。
「あくまで一時的な時間稼ぎじゃな。それでもその短時間の平和を求めて、人は『封印』を行ってきた。人の命は短い。人間からすれば、魔王がいない時間は長く感じるじゃろうから、魔王を倒したと認識するのかもしれんなぁ」
衝撃的な事実に、私とエイダン王子は黙ってしまった。
あまりに青い顔をしていたからだろう。村長は、マリウスを寝かせている別の部屋に私達を案内してくれた。広いが質素な部屋で、テーブルとソファーだけが置いてある。
ソファーにゆるりと座り俯いたエイダン王子は、小さくため息をついた。
「私達がしていることは、無意味なのだろうか」
そのエイダン王子の言葉は、私には重く聞こえる。
私達勇者のパーティーは、かつて、魔王を倒すために尽力した。あの日々は無駄だったというのか。
かたや、エイダン王子は『死なない』という呪いを解くために何度も過去への移動を繰り返し、毎回、魔王による世界の滅亡を目の当たりにしてきた。
魔王の死が呪いを解く鍵である可能性が高いのに、魔王は決して滅びないとなると、もう未来は袋小路だ。
「魔王が倒せなくても、せめて私がエイダン王子の呪いを解ければいいんですが、、、力及ばず、申し訳ありません」
エイダン王子と向かい合うソファーに座りしゅんとした私を、エイダン王子は眉を下げて、いや、と微笑んだ。
「解こうとしてくれたのに、止めたのは私だ。解けなくても君のせいではないのだから、そのようなことは言わないで欲しい。確かに私は『聖女』という存在に期待はしたが、君が呪いを解くことは難しいだろうというのは予想していた」
「、、、、、」
聖女ならば、簡単な呪いなら解くことができる。
でも私はワイアットの身体を蝕む瘴気でさえ、完全に治癒できていない。
まだ聖魔法のレベルが未熟なのだ。
試しにエイダン王子の呪いを一部解いてみようとしたけれど、呪いに強く反発されて弾かれてしまった。エイダン王子は想像以上に強い呪いをかけられている。
「何か他に呪いを解く方法があれば、、、」
私は口に出してみて、ふと思い至った。
「エリクサー!」
私はパンと手を叩いてエイダン王子を見つめた。
「エリクサーならどうですか?あれは完全なる治癒薬。失われた命以外なら、どんな怪我もどんなに強い呪いでも治せるという霊薬だと聞きます。エリクサーなら呪いを解くことができるのでは?」
期待で目を爛々とさせている私に少し言いにくそうにしながら、エイダン王子は首を振る。
「私もそうも思ったよ。でも希少なエリクサーは、もうこの世には存在していなかった。そもそもエリクサーは、神の化身とされる世界樹の葉と樹液とで成る。世界樹がどこにあるか、誰も知らないんだ」
真顔で言うエイダン王子。
でも私は絶望などしなかった。
「それこそ、妖精の村長なら知っているのでは?妖精王は超越した存在なのでしょう。妖精の村は隠された場所。今まで見つけられなくても、今回は見つけられるかもしれませんよ」
私はソファーから立ち上がり、もう一度立ち上がって勢い良く部屋を出た。
エリクサーこそ希望の光。
私はそう確信していた。
村長達のいる部屋に戻ると、そこには誰もいなかった。その隣の部屋から話し声が聞こえて、私はその方向を振り返る。
マリウスの運ばれた部屋だ。
マリウスが目を覚ましたのかもしれない。
コンコン、と木製のドアを叩く。家の出入口と違って、家の中のドアは素通りできない。
「どうぞ」
と男の声が返ってきて、私はドアのノブを回した。
今の爽やかな声はワイアットのものだ。
マリウスとオスカーがこちらに来ているから、ワイアットもここに来たのか。あるいはマリウスが倒れたと聞いて慌てて来たのかもしれない。
マリウスが兄想いのようにワイアットも弟想いなのだから。
ガチャリと音を立ててノブを回し、私は部屋の中に足を踏み入れた。
一番にマリウスの姿が目に入る。
マリウスはまだ目が覚めておらず、部屋の中に敷かれた布団の上で横になっていた。その周りにオスカーとワイアットと妖精の村長がいる。
「アグノラだったのか」
ワイアットが私を笑顔で迎えてくれた。
完璧なまでの爽やかさ。
ワイアットの真似をしていたというマリウスは、確かにこの人の真似であったのだろうと思う。
「ワイアット。来ていたのね」
「マリウスが倒れたと聞いたからね」
「そうだと思った。どう、マリウスは、まだ目を覚まさない?」
目を閉じて動かないマリウスを上から覗いて、私はその手に触れた。マリウスの手は相変わらず温かい。
ワイアットは心配そうに、マリウスの頭を撫でた。
「ずっと夢をみているみたいなんだ。時々うなされている。辛い夢でもみているのかな」
「夢、、、」
それは、マリウスが言っていた『記憶の夢』だろうか。
私がそう考えていると、後ろからドサリと強く床を叩く音が聞こえた。振り返ってみると、エイダン王子が真っ青な顔で尻もちをついている。
全てにおいて優秀であり、他人に隙など見せようとしないエイダン王子が、見事なまでに尻もちをついたままで動けない姿はかなり異様だった。
「大丈夫ですか、エイダン王子。床が濡れていましたか?」
私がエイダン王子を起こすために近寄ると、エイダン王子の視線は私ではない方向に向いて、小さく震えていた。
「エイダン王子、、、?」
私はエイダン王子の視線を追う。
その先にはマリウスとオスカーとワイアット。そして妖精の村長がいた。
エイダン王子は、パクパクと声にならない声で口に出そうとしている。エイダン王子の呼吸が乱れ、更に顔色が悪くなっているようだ。
「ーーー本当に大丈夫ですか?」
流石に心配になった私は、エイダン王子の傍に寄って手を伸ばした。
体調でも悪いのだろうか。
回復魔法でもかけた方がいいのかしら。
私がエイダン王子に魔法をかけようとした時。
エイダン王子の声がようやく空気を振動させた。
「ーーーま、魔王がなぜここに」
魔王?
エイダン王子がいう魔王はマリウスのこと、よね?
でもマリウスがここにいることはエイダン王子は知っているはず。なぜこんなにも驚く必要があるのか。
もう一度、私は驚愕しているエイダン王子の視線を追う。
その相手は、『ワイアット』だった。




