山から魔物が降りてくる日
「もうあんなところまで」
私は戸惑いながら、窓から見える、向かいの山の中腹で蠢く魔物達の群れを眺めた。
茶色、赤、黒。様々な色は、もしそれが花や木であればうっとりするほど綺麗な景色だろうが、それの本体が魔物と思うととても愛でる気にはなれない。
高く聳える山とはいえ、その魔物の群れがハタカンの町までたどり着くまでに、もう数時間もかからないだろう。
魔物を避けるために準備をする猶予もなかった。
私はこの町の住民であるマリウスとオスカーを振り返る。
「あれが町までくると町が滅びます。もう止める策を練る時間もありません。早く、町の皆にこのことを知らせて避難を」
本当だったら、魔物避けの結界をこっそり町に張る予定だった。ワイアットに回復魔法を使うための魔力が足りないといけないので魔力を温存して、ワイアットが回復してから結界を張っても間に合うと思っていた。
だが結界を張るには魔方陣を描く必要がある。
町全体となると大きい上に複雑な術式を組み込まなくてはならず、それには時間がかかる。
あと数時間で描けるものではない。
「町が滅びるだって?」
マリウスはまっすぐに私の方を見ていた。ワイアットを助けると言った時は私の話など聞く気もなさそうだったのに、そのワイアットを救ったことで、少しは信用してくれたのだろうか。
私は大きく頷いた。
「そうです。私の師匠が言うのですから間違いありません」
その言葉でマリウスとオスカーは2人で視線を合わせて、真剣な顔をしてみせる。
「この町の人間が俺達の言うことなんか聞くとは思えないが、、、やるだけやってみよう」
「仕方ないな」
今の状況の深刻さをすぐに理解してくれたのだろう。
不満も言わずマリウスとオスカーは、それぞれ自分の武器を持って家から飛び出していった。
私はそれを見送ってから、自分も何かできることがないか探す。山の中腹の魔物達は、変わらずウヨウヨと蠢いて見える。私が焦るようにソワソワしていると、ベッドの上のワイアットが私に話しかけてきた。
「、、、君はアグノラ、だったね?」
ワイアットの雰囲気がさっきまでと少し違う。ピリッとした雰囲気を含ませていた。
「?」
私は首を傾げた。ワイアットがこんな神妙な表情をする理由がわからなかった。
「君は一体、何者なんだい?」
こんな時に何を、と言いたいが、ワイアットの真面目な表情に私も強く否定はできない。
「、、、私は普通の田舎娘ですよ。私の師匠が偉大なる預言者なだけで」
「それは、、、嘘だろう?」
ワイアットの口調はとても優しいが、彼は私の嘘を確信していた。嘘を見抜かれてドキリと私の心臓が鳴る。
でもここでバレるわけにはいかない。
私とマリウスの、平和で平凡な幸せ計画のためには、私が聖女であることもバレてはいけないのだから。
「、、、嘘なんて、何でそんなことを言うんですか?私が特別な人間に見えます?そんなことより、魔物の大群がここに押し寄せてくるんですよ。ワイアットさんも逃げる準備をしないと。大切な物は運べるようにまとめて下さい」
私が手の届くところにあった袋をワイアットに差し出すと、ワイアットは受け取りつつも私に話を続けた。
「エリクサーは、傷も病も完全に治すはずなんだ。体調が凄く良いのは本当なんだが、僕の身体の中にはまだ瘴気がわずかに残っている。ーーー君がくれたこの薬は、エリクサーではないんだね?」
言われて、私は、やっぱりダメだったかと、自分の能力不足を恨めしく思った。
ワイアットを助けるために治療しにきたが、ワイアットの状態が想像以上に悪すぎて、私のまだ未熟な聖魔法では、完全に治せなかった。
瘴気が残っているとはいえ、意識を取り戻すまで回復したことさえ奇跡に近い。それでも、エリクサーを使ったと説明するならば、中途半端な回復では治療された当人も納得できないだろう。
でも、ちゃんとそういう時のために言い訳も考えてきている。
「エリクサーの量が足りなかったのかもしれませんね。エリクサーの量が足りないと、そういうこともあるって聞いたことがあります」
私がそう答えると、ワイアットは小さく笑った。
「ーーーそうか。そういう話は僕も聞いたことがある。ーーーでもね」
ワイアットは、ベッドの上から壁に向かって指を差すと、壁に沿って備え付けられた本棚を守るカーテンが捲れた。ワイアットの指の先から風が吹いたのだ。
「、、、風魔法、、、」
「そう、これは確かに風魔法。だけど、見てほしいのはそこじゃない。本棚の中にある本達だ。僕は、いや、マリウスやオスカーも、僕の身体を治すためにてきる限りの情報を集めた。そしてわかったのは、この瘴気に効く薬はエリクサーだけだということ」
ワイアットは空になった薬の瓶を手に持つ。
「たから、エリクサーについて他の誰にも負けないくらい詳しく調べたんだ。そしてただの噂でない、正しい情報を載せた本によると、エリクサーの効果が量によって『効きが悪い』なんてことはあり得ないんだ。『効く』か『効かないか』。そのどちらかでしかないのだということが書いてあった」
私は目を大きく見開いた。
確かに私はエリクサーのことを詳しく知らない。噂でしか知らないから誤情報もあっただろうが、それをワイアット達も一緒と思っていた。
私は慌てて、違う言い訳を探る。
「ええっと、、、じゃ、じゃあ、エリクサーではなかったのかもしれませんね。エリクサーに似た別の薬で。私の師匠の持たせた薬だから、詳しくは知らないのですが、師匠は信頼できる人なので変なものを渡すことは、、、」
「さっき僕は言ったよね?瘴気に効く薬はエリクサーだけだと」
ワイアットにキッパリと言われて、私は黙る。
ワイアットは、黙った私の様子を見ながら、話を付け加えた。
「エリクサー以外にもう1つ、瘴気による病を治す方法がある。それは『聖魔法』という特殊魔法による治療だ。それならば瘴気による病も治せるが、魔法のレベルが足りなければ不完全な治癒をする可能性がある」
ワイアットは淡々と話すが、その口調に淀みはなかった。余程、その情報に自信があるのだろう。
そしてそれは、まさにその通りだった。
私は眉を寄せるしかない。
ここまでしっかりとした知識でバレていて、まだエリクサーまがいの薬を使ったと言い張るかどうか。
ワイアットは続けた。
「『聖魔法』が使えるのであればーーーアグノラ。君は聖女なのではないのか?」
図星をつかれて私が一瞬だけワイアットを見てしまい、ワイアットと視線が合った時、全てをワイアットに悟られてしまった。
「ーーーそうなんだね」
私が聖女であるということに半信半疑だったワイアットも、確信してしまうと驚きを隠せないでいた。
100年に一度しか現れないという『聖女』。レア度ででいえば国王が選んだ勇者とは全然違う。神という存在に選ばれたとされる希少人物。選ばれたのがなぜ私なのか全くわからないけど。
真っ青になってしまっていた私に、ワイアットは元の優しいワイアットの表情に戻して微笑んだ。
「言うことができないんだね。、、、そんなに隠したいのであれば、何か理由があるんだろう?」
ワイアットは、健康になった足をベッドから片方出し、足に力を入れた。そしてゆっくりと立ち上がる。
ワイアットはマリウスの面影を感じる顔で、これ以上ないほど柔らかく顔を緩ませる。
「君は僕の命の恩人だ。君の望むことなら、僕は何でも協力すると誓おう」
「、、、ワイアットさん、、、、」
私に向かって握手をするために腕を伸ばしてきたワイアット。その手を私はじっと見つめた。
これを握ると、私は全てを肯定してしまうことになってしまう。
ワイアットのことを私は噂でしか知らない。
誰よりも優しくて、誰よりも穏やかな性格だったというワイアット。この人を失ったことで、マリウスとオスカーの心の一部が壊れてしまった。それほどの人物。
彼の言葉を否定すると、私はワイアットとの信頼が壊れてしまうのだろうか。
ここまで真剣な表情をされて、まっすぐに向かい合われて、それでも私は嘘をつくのだろうか。
ぎゅ、と私は口を紡んだ。
最愛の人の信用する兄から、ここまで言われて嘘などつけるはずがない。
「、、、信用、させてください、ワイアットさん」
私はそして、ワイアットの大きな手を握りしめた。
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「そうか。本当だったら僕はここで死に、この町も滅びるのか」
私はワイアットを信じて、かいつまんで事の流れを説明した。私の全てを信じると言ってくれたワイアットに応えて、私は回帰したことまで全てを話した。
信用してもらえないと思ったけれど、意外とワイアットはすんなりと受け入れてくれた。
むしろ「ようやく納得がいった」と笑ってくれたことが嬉しかった。
さすがマリウスの敬愛するお兄さんとでも言おうか、とにかく懐が深い人だと思った。
「そうなんです。マリウスから魔物がハタカンの町をいつ襲うかという詳しい日付を聞いていなかったから、魔物が町に来ないようにする準備が足りなくて。マリウス達から説得してもらって、町の人達が少しでも何か対応してくれるといいのですけど」
窓から見える蠢く魔物達が町までたどり着くまで、もうあと1時間もないだろう。
「難しいだろうね」
ワイアットは渋い表情を作って呟く。
「なぜですか?」
「ここは山から限りなく近い。だからこうやってはっきり魔物の群れがみえるけど、町の中心は魔物が集まっている部分が見えない位置にあるから、魔物が山から下りてきているのがわからないだろう。もし見えたとしても鮮やかな花が咲く春の時期であるのが災いして、遠くから見るとあれが魔物とはわからないと思う」
私は改めて窓の外から山を見上げる。
マリウス達の家は町の中央から山を挟むように建っている。
確かに山には、魔物のいるところ以外にも桜や色んな花が咲いて色とりどりに山を彩っていた。一見するだけなら、あれが魔物であるなど微塵にも思わず、魔物の毒々しい色も花の一部に見えるのかもしれない。
「それよりも瘴気の存在自体を忌み嫌う町の人達は、少しでも瘴気に触れる人とは関わりたくないはずだよ。魔物達が見えない以上、マリウス達の言葉を信じるどころか、マリウス達に近寄って話を聞いてくれる人がいるかどうか、、、」
瘴気。
確かに瘴気持ちの人は、どの地域でも嫌悪はされやすい。
だが、マリウスやオスカーの容姿や人柄で、村八分にするほどの迫害を受けていたという話を聞いた時、信じられない思いもあった。
その理由の1つは、オスカーは瘴気によるオッドアイが改善していないのに、他の土地ではかなり人気があったからだ。
それは多少の瘴気など吹き飛ばすだけの魅力がオスカーにはあるということ。それなのに、この町では彼らの魅力など全く気にされていない。
マリウスに至っては、ただ兄や親友が瘴気に冒されているだけなのに、だ。
彼らがここまで酷い扱いを受ける理由は、もっと別にあるのかもしれない。
そんな疑問が浮かぶけれど、今、考えるべきはそこではないと意識を改める。
探索魔法を展開し町全体の住民に着目してみると、もう魔物はすぐ近くまできているというのに町の人達は誰も動く気配が感じられなかった。
このままでは『全滅』する。
ゾッとして、私は顔を上げた。
マリウスを勇者にするようなシナリオを、再び繰り返させるわけにはいかないのに。
気付くと、私の脳内に発動した探索魔法に表れる地図の中で、マリウスとオスカーが移動している反応があった。
彼らは魔物の大群がいる山の方に向かっていた。
たった二人で戦う気だろうか。
回帰する前、マリウスは、この町の滅亡の後悔の1つとして『なぜあの時、魔物の大群ともっとしっかり戦わなかったのか』と自分自身を責めることがあった。
ワイアットの死への悲しみのせいで魔物の襲撃に気付けなかったマリウス達は、町が襲われた時にろくに戦えず逃げることしかできなかったという。
もし先に気付いていてちゃんと戦うことができたら、もしかしたら故郷の全滅は避けられていたかもしれないのに、と。
まさに今。
その後悔を自分達自身で覆そうとしている。何も知らないはずなのに。
私が知っているマリウスとオスカーは、出会った頃からすでに強かった。
確かにあの強さを持ってマリウス達がちゃんと魔物に向かい合って戦ったら、どんなに大群だろうがここら辺りの魔物くらいなら倒すことができたかもしれない。
私は探索の魔法で知り合いの気配を探る。
マリウスとオスカーであろう人物の行動速度が速い。身体能力の高さが伺える。
二人はあっという間に山の中腹まで登り、まもなく魔物達とぶつかろうとしていた。
「マリウス、、、っ」
私は窓を覗く。愛の力か、マリウスの姿が肉眼でも確認できた。
私が窓の外を見ると、ワイアットも同じように窓から外を眺めて驚いた声を出した。
「あれはマリウスとオスカーか?何をしているんだ。あの子達は」
ワイアットにも見えている。愛の力ではなかったようだ。
「町の人が呼び掛けに応じてくれないから、自分達だけで戦おうとしているみたいです」
「何だって?」
ワイアットは窓に張り付くほどに顔を寄せて、必死な形相をしてみせた。
「っオスカーはともかく、マリウスはあれだけの魔物を倒せるほど強くないだろう、、、っ!」
ドゴン。
マリウスが魔物の一体に体当たりされて吹き飛ぶ姿が見えた。
オスカーはともかく、とワイアットから高評価されたオスカーも、続けて魔物に弾き飛ばされる。
2人は山の地面に転がって倒れていた。
「、、、、全然ダメじゃないの」
思わず呆れた声が出てしまった。
まぁ、普通に考えて、二人ともまだ旅に出る前のただの一般人だ。いくら高い基礎体力があろうと魔法が天才的だろうと、実戦での経験が少ない彼らが魔物の大群を倒せると思うのが間違いだったのだろう。
私は右手に回復魔法を展開する。
「『リカバリー』」
その回復魔法を、マリウスとオスカーに投げつけた。
ワイアットは私の姿にぎょっとする。
「それは回復魔法?こんな距離から?」
「瘴気による病を治すわけではないので。病気でなくただの怪我くらいなら、触らなくても回復できるんですよ。ーーー『物理防御』、『魔法防御』、『シールド』発動」
次々と私は補助魔法を展開する。
それをまたマリウスとオスカーに投げつけた。
「き、君は何をしているんだ?」
ワイアットが魔法を家の中から次々投げ飛ばす私についていけてない。
「町の人が逃げず、マリウス達がまだ魔物を退治する力がないとなると、もう策がありません。このままでは町は滅亡してしまう」
私はベロリと自分の唇を舐めて、腕まくりをした。
「でも少なくとも、マリウス達は魔物と向き合おうとしてくれています。こうなったら、強制的にマリウス達に強くなってもらうしかないです。光魔法で1体くらいなら魔物を退治することも可能ですけど、あの魔物の大群を全てを倒すほどの威力はないですから」
私は話しながらも、両腕に小さな回復魔法を次々に展開させ、マリウス達に投げ続けた。
「バレない程度に、マリウスとオスカーに回復魔法と補助魔法をかけ、同時に魔物に弱体化魔法をかけ続けます。それならマリウス達も私のことに気付かないでしょう?」
ワイアットはそう言った私を、唖然として見ていた。
私がまだ魔法レベルが弱かった頃。
少しでもマリウス達の力になりたくて覚えた『ちょこちょこ小魔法連打』の技。一回の回復力は弱くても、連打することで中級の回復魔法に並ぶ効果があった。
あの時の経験がこんなところで役に立つとは。
だが元々からの力が足りないのとは違う。
今回は、わざと魔法の力を弱くして放たなければならないのが難しかった。
うっかりするとマリウス達を完全回復させてしまいそうだ。
体力が回復したことで立ち上がり、また魔物と戦い出したマリウス達。実力不足ながらも細かく体力が回復し、補助魔法で防御力と攻撃力が上昇するという本来以上の力を発揮することで、無事に魔物と戦うことができていた。
元来、マリウスは剣術が大好きだった。
だからこんな時でさえ、魔物を斬るマリウスの表情はどこか楽しそうで、見ていて微笑ましく感じてしまう。
私が知るマリウスよりも数年若い彼はまだ幼さが残っているが、そこがまたとても愛しく感じられた。
うっかり目尻を垂らしてしまいそうになるのを堪えていたら、ずっと魔法を使い続ける私にワイアットが話しかけてきた。
「随分魔力使ってるみたいだけど、大丈夫かい?一回休憩した方がいいんじゃ、、、」
本気で心配してくれているワイアットに視線を移す。
「何を言ってるんですか、ワイアットさん。見てくださいよ、あのマリウスの生き生きした表情。あれ、魔物を倒せて喜んでる上に、今、現在進行形でどんどんレベルがあがってハイテンションになってるやつです。あんなマリウスをこの目で直接見れるなんて幸せ過ぎて、休憩するなんて有り得ません」
私も少しハイテンションになってしまっていることに気付いておらず、ワイアットはやや引き気味に苦笑してみせた。
「あぁ、うん。君がどれだけマリウスに執着、、、好きでいてくれてるのか、よくわかった気がするよ」
「え?何ですか?」
ワイアットの声が小さくてよく聞こえなかった。私が聞き返すと、ワイアットは首を振り、「いいや、どうぞ魔法を続けて」と促された。
私は首を傾げるしかない。
そして窓の向こうにまた視線を戻す。
魔物の群れは少しずつ減っていた。
しかし、マリウス達の疲労が溜まった隙を見て、魔物達が枝分かれをして別のルートで山を降り始めた。
マリウス達は目の前の魔物達を倒すのに精一杯で、別の道を降り始めた魔物達に対処できていない。
「あっ!」
と私は窓に手を伸ばす。このままではマズい。
その時、ふとワイアットの能力を思い出した。
「、、、そういえば、ワイアットさん。風魔法使えましたね」
私の眼力にワイアットはたじろいで、後退りしてみせる。
「あぁ、うん。でも、僕の風魔法は戦闘向きではないというか、風を操作できる程度で、魔物を倒すほどの威力はなくて」
「充分です」
私は家の外の広い土地に向けて手を伸ばす。
太陽の光代わりをさせられていた若かりしあの頃。
広い開けた場所に太陽光を当て続けると、とある現象が起こりやすいことに気付いたのは、まだ10歳を越えたばかりの頃だった。
私はその現象を強制的に起こし、威力を強くする。
「『竜巻』」
呟くと、竜巻が家の前の広大な土地に発生した。ごぉぉと音を立てて風が渦を巻いている。竜巻の辺りにあるものがことごとく吸収され、飛ばされていた。
「ワイアットさん。あれを風で魔物側に向かわせて下さい。うっかりすると、この家どころかこの町も破壊してしまうので気をつけて下さいね」
「とんでもないことをするね、君」
行き当たりばったりの思いつきで、いきなり特大の竜巻なんかを任されてしまったワイアットは、優しそうな顔に少しキレそうな歪みを作っていたけれど、マリウスは自身の兄のことを「怒ったところを見たことがない」と言っていたので、気のせいだろうと思う。
しかし、さすがマリウスの兄。
家の中のカーテンを風で開けることができるだけあって、風の操作が上手だった。的確に竜巻を別のルートに分かれた魔物の方に向かわせている。
私が更にワイアットに補助魔法をかける。かけたのは魔力増幅魔法だけだというのに、ワイアットは「うわぁあ?」なんて声を上げていた。ワイアットからの風の威力が上がったことで、竜巻が倍の大きさに膨れた。そのくらいで大袈裟な。
マリウスの血の繋がった兄だから、驚いた顔も良く似ている。ついうっかり補助魔法を追加サービスしてしまう。まるで踊るような姿になってまで魔法を続けるワイアット。そんなに喜んでくれるなんて、私も嬉しいわ。
竜巻が山に到着すると、山の木々が竜巻に巻き込まれて次々に折れ、飛ばされ、無惨な姿に変わっていく。
魔物のところにたどり着いた竜巻が、その後どうなったかは、私の想像通りだった、と言っておきましょう。