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勇者マリウスと魔王の関係

「、、、、魔王がーーーマリウスの顔をしていた?」


 冗談にしてはあまりに酷い内容の話に、私は全く笑えなかった。


 マリウスは勇者だ。

 魔王によって殺された。

 いや正確には、魔王によって弱らされ、誰かに後ろからナイフを刺されて死んだ、が正しい。


 信頼している勇者パーティーの中の誰かが、マリウスと仲間を裏切ったのだ。

 裏切られたのはマリウス。

 そんな可哀想なマリウスが、魔王であるはずがない。

 

「ーーーそんなわけ、ないでしょう。マリウスは確かに死にました。そして私は死者を生き返らせる魔法を知らないし、そんな能力もない。いくらなんでも想像が過ぎます。それではただの妄想です」

 私が怒りを込めてエイダン王子を諌めると、エイダン王子もそれ以上は続けなかった。


「確かに、顔が同じだっただけで、魔王が勇者マリウスと同一人物だと考えるのは浅はかだとは自分でも思う」 

 私はその言葉に、うんうんと頷いて同意する。


「魔王の姿が変わるという話はしただろう?勇者のこともあれば、違う顔の魔王もいた。その仕組みはわからない。ーーーただ、私に『呪い』をかけたのが、勇者の顔の魔王だったというだけだ」


 エイダン王子があまりに平静な様子で話すから気付きにくかったけれど、ごく僅かにエイダン王子のビリついた気配を感じ取って、私は気を引き締めた。


 冗談なんかではない。


 エイダン王子は、本気でマリウスの顔をした魔王に呪いをかけられて、かつ、その魔王は、私が命と引き換えにして復活したマリウスだと思っている。


 私は息をのみ、エイダン王子に尋ねた。

「エイダン王子は、急に現れた魔王に呪いをかけられたと言っていましたよね?魔王が、わざわざエイダン王子の前に現れたのですか?」


 エイダン王子は、少し遠くを見るような顔で過去を振り返っていた。

「そうだ。勇者パーティーが入っていった魔王の棲みみ家と繋がる空間が閉じ、パーティーの全滅が報じられてすぐに、魔物が涌き出る『ゲート』が各地で出現した。数体であっても町一つが大ダメージを受ける魔物が、何百、何千という数でその場所を襲うのだ。崩壊はあっという間だった」


 阿鼻叫喚。現実の、地獄の光景。


「しかし私は、ーーーー君を失った悲しみで他人のことは放置し、王宮に臥せっていた。そこに魔王が現れたのだ」

 途中、僅かに言いにくそうにしていたエイダン王子に、私が顔をあげてエイダン王子を見た。

 エイダン王子とは視線が合わない。


「、、、私を失った悲しみで、、、、?」


 エイダン王子は、私に執着はしていたけれど、あくまでオモチャ感覚だったはずだ。

 子供が手に入らないオモチャを欲しがって駄々を捏ねるような、そんな嫌がらせばかりしてきた。

 エイダン王子から、私への好意を感じたことはなかったのに。


 決して私の顔を見ようとしないエイダン王子は、俯いて話を続けた。

「、、、君を死なせたことを、心の底から後悔していた。だから、勇者マリウスが私のもとにきて、私に直接『呪い』をかけたのもーーーそれが私への復讐なのだと、すぐにわかったんだ」


「、、、エイダン王子は、先程、魔王になぜか呪いをかけられた、と、そう仰りましたよね?」


 私の言葉に、エイダン王子が更に俯く。

 別にエイダン王子を責めているわけではないのに。


「ーーー愛した人を奪われて、復讐のためにわざわざ魔王が私の元に現れ、『死ねない呪い』をかけるなんて。ーーー未来永劫苦しめということだろう。それほどに、私は勇者から恨まれていたのだ」

 エイダン王子は、だが、と話を続けた。

「だが、死ねないという苦しみは辛すぎて、、、一時期は、勇者マリウスもーーーその復讐の原因となった君までもを私は恨んだ。逆恨みだ。永い年月の中で、それさえも薄れてしまったけれど」


 そしてようやく、エイダン王子は顔をあげる。


「ーーー今はもう、君達への恨みは殆ど残っていない。魔王の顔は変わるし、君に対してはむしろ、私の唯一の希望として渇望したほど。ただひたすらに君に謝りたかった」

「、、、、、」

 

 私はエイダン王子に何も言ってやれなかった。

 マリウスが魔王だということを認められてもいないし、マリウスがエイダン王子にそんな最悪の呪いをかけるということも考えられなかった。

 勇者マリウスは、誰に対しても優しく、人を『赦せる』人だと思っていたから。


 私は魔王と対峙した時のことを思い出そうとした。


 魔王の棲み家は、とても暗く、そして霧がかかっていた。深い濃霧のせいで前も見えず、戦いに乗り込んだ魔王の姿もろくに確認できなかった。


 霧が少し晴れて、マリウスが倒れてからは、マリウスのことしか見えてなかった。マリウスとマリウスの背中に刺さったナイフと。

  

「、、、でも、あの時、もし魔王の顔がマリウスだったら、パーティーの誰かが驚いていたはず」

 誰も魔王の顔については何も言っていなかった。

 マリウスがそこにいるのに、マリウスの顔をした魔王がいたというのは考えたくない。

 でも、魔王の棲み家に向かう時に、やけにマリウスとオスカーが神妙な顔をしていたのは確かだ。

 あまりに力が入っているから、かえって本領発揮できなくなると、マリウスが誰かに声をかけられていた気がする。


 何か、理由があったのだろうか。


「マリウス以外の魔王の顔に見覚えはなかったのですか?」

「知らない顔ばかりだったな。魔王が人型でないこともあったが、一番多かった顔立ちは人の形をしていた。何度も見たから覚えている。ただその顔立ちを人間の状態で見たことはないな」

「魔王が人型でないこともあるんですか?」

 

 私が知る魔王は、顔はともかく、人の姿のようだった。だからこそ、魔王というものは人型だと疑っていなかったのだけど。


「獣の形をしていた。しかし人の言葉を解していたから、あれは高位な魔獣なのだろうな」 


 エイダン王子が嘘を言っているとは思えなかった。それでも、次から次に意外な話を出してくるから頭が追い付かない。


 魔王とは、一体、何なのだろう。

 私達は何と戦おうとしているのだ。

 やはり魔王を倒すなんて無理なのでは。


「ーーー頭が混乱してきました」


 私が眩暈を覚えるように頭を抱えると、エイダン王子は苦笑する。

「それもそうだろう。本当に申し訳ない。むしろ、君の勇者への想いを考えると、もっと動揺するかと思っていた。意外と平然としていて驚いたくらいだ」


「充分混乱していますよ。でも、マリウスでないこともあったのでしょう?それなら、何かのカラクリがあるのではと、、、。理由は何も思い付かないですけど」

「そうだね。私もそこが鍵だと思っているんだ。そこがわかれば、魔王の秘密がわかる気がする」


 エイダン王子は、そうして、ソファーから立ち上がった。

「アグノラ。私の話を聞いてくれてありがとう。私の君への償いとして、この先、何があろうと私は君の幸せを優先して、何を引き換えにしても君を守ると誓おう。ーーーだからどうか、君も、私がまっとうな生と死を送れるように、協力して欲しい」


 私に伸ばされた手。

 私を真っ直ぐに見つめる瞳は、悪意のない真摯なものだった。


「、、、本当に変わったのですね。エイダン王子」


 常に人を見下し害を成していた悪魔のような彼はもういない。

 目の前にいるのは、何百年と生きて、ただ普通の生と普通の死を欲するだけの、ただの『人』だった。


 私はその手に自分の手を重ね、握手を交わした。


「お互いにもう過去に戻らなくてもいいように、全力を尽くしましょう。宜しくお願いします」

 私が微笑むと、エイダン王子はこれ以上ないほどに破顔した。

「ありがとう。ーーー感謝する」


 握手した手を離し、エイダン王子は数歩歩きだした。

「では手始めに、約束通り、マリウスを勇者にしないというところから始めようか」

 ついておいで、とエイダン王子は私を手招きする。


 エイダン王子に誘導されて辿り着いたのは、特等の観覧席だった。

 舞台の中央。

 本来ならば、王族と高位貴族のみが許された場所。

 安全を優先して、外からは見えない高度な結界が張られている。

 エイダン王子以外、誰もそこにはいなかった。


「ほら、ちょうどマリウスが戦っているよ。始まったばかりのようだね」


 エイダン王子が指差した先には、簡易的な装備しかしておらず、動きやすさを重視したマリウスが大きな剣を持って戦っている姿だった。

 かたや、対戦相手はフル装備の甲冑を着こんでいる。あれではかなり動きにくいが、受けるダメージも少ないだろう。装備は自由だから仕方ないにしても、やや卑怯な気もする。

「あれじゃあ、いくら攻撃されても、びくともしないでしょうね」

 私はエイダン王子にエスコートされて、豪華な椅子に座る。そして私の横の席に座ったエイダン王子に話しかけた。


「ーーーマリウス以外には、ですけど」


 振りかぶったマリウスの剣は、動きにくい姿の対戦相手の胴体を直撃した。

 かなり丈夫そうなその鎧は、きっと大型の魔物の攻撃さえ受けきることができるものだろう。だが。


 マリウスの剣は、大型の魔物の胴体を真っ二つに斬ることができる。


 怪我をしないスレスレの位置で、マリウスはその鎧の胴体部分を切り取った。

 対戦相手の肌色の腹が見えて、観客席はザワリと揺れた。


 驚きすぎて、対戦相手も自分の現状を理解していない。

 大金をはたいたであろう鎧が、なぜ切り取られているのか。

 また、そこまでしていて怪我をしていない、その繊細な技術も含めて。

 ーーー尋常でないことは誰でもわかる一撃だ。


「ひぃぃい!!!」

 ようやく理解した対戦相手は叫び怖れて、棄権を訴えた。

 一瞬で試合は終わってしまった。


 エイダン王子は苦笑いを浮かべている。

「私は何度もこの試合を見てきているけど、マリウスの強さは『勇者』以外のなにものでもないな。特に今回は、かつてないほど強くなっている。ーーー何か秘訣はあるのかい?」


 強さの秘訣、と言われても。


 常にマリウスの行動を見てきた私がいえることは。


「いつも畑を耕しているだけですよ?朝の修行は以前からだし、追加されたのは畑仕事くらいで。あぁそういえば、ワイアットから剣術を教えてもらっているというのもあるのかな?」

「ワイアット?」

 エイダン王子は首を傾げる。

 エイダン王子がワイアットを知らなくて当たり前だ。本来ならば、ワイアットはマリウスが勇者になる前に死んでしまう。

 私が本来死んでしまうワイアットを回復させなければ、マリウスがワイアットから剣を習うこともなかっただろう。


「ワイアットは、マリウスのお兄さんですよ。あぁ、ワイアットは以前、王宮騎士団にも所属していたことがあったようだから、もしかしたら会ったことがあるかもしれませんね」

「王宮騎士団に?そうか、それなら会ったことがあるかもしれないが、騎士団は私達の前にいる時は常に甲冑を着ているから顔は見たことがないだろうな」

 エイダン王子は少し考えて、そうだ、と呟いた。

「そういえば、ワイアットという名前には記憶がある。確か、最年少で騎士団に入ったという少年がそうだった気がする。人柄も良く、将来有望だったのに、魔物退治の際に魔物に瘴気を浴びされて瘴気に侵され、やむなく騎士団を除した人物ではなかったか」

 私の知っているワイアットの情報と一致する。

「その人でしょうね。本当にワイアットはとても良い人で」

「そうか。惜しいとは思いつつも、その後、名前をとんと聞かなかったから忘れてしまっていた。彼は健在だったのだな。しかし瘴気がなくなったのなら、なぜ騎士に戻らなかったのか」

「、、、さぁ、、、どうでしょう」


 確かにまだわずかに瘴気が体内に残っているとはいえ、ワイアットはほぼ完治している。

 騎士に戻るという選択肢がなくはないだろうに。


「今、ケイレブ以外のパーティーメンバーとワイアットも一緒に暮らしているんです。今度、聞いてみますね」


「え?」

 エイダン王子は信じられないものを聞いたとばかりに目を大きくさせた。

「ケイレブ以外のメンバーと?」

 その驚き方に、私も動揺してしまう。

「あ、別に、ケイレブをのけ者にしようとしたわけではなくて、、、」

 確かに私がケイレブが苦手というのはあるけれど。


「マリウスを勇者にしないように頑張っていたら、そういう形になっただけです」


 はっきりと私がそう言うと、エイダン王子は「そうか」と微笑んだ。


「相変わらず、君の中心はマリウスなんだね。わかってはいたことだけど、やはり羨ましいものはあるね。私にも、君のように一途に私を愛してくれる人がいればいいのだけど」

「ご冗談を。エイダン王子には沢山いるでしょう。綺麗なお姉様達が」


 エイダン王子と一緒に、私達勇者パーティーを玩具のように扱い、見下してきた女性達が。


 エイダン王子は、記憶を思い出すように斜め上に視線をうつして、「そうだったね」と言った。


「立場上、私に集まる人は多いよ。でも、もう以前のように女性をあえて従えさせたりはしていないな。過去に戻れば切れる縁だし、実のない関係を、ただ権威を示すためだけに続けるのは無意味と気づいたんだ。だから今は、女性を連れ回すようなことはしていない。連れ回すのは厳つい護衛騎士くらいだ」


 肩で笑い、エイダン王子は彼の後ろで控える護衛騎士を視線で促した。

 護衛騎士は、私達の話を聞いているだろうけれど、職務を全うして、少しも動きをみせない。


「後ろの彼は騎士としてとても優秀なんだがね。残念ながら、話が得意ではない。もっと人との会話が得意であれば、騎士団長にもなれただろうに」

「、、、、、」

 王子が騎士を向きながら話しても、やはり護衛騎士はピクリともしない。


 エイダン王子はその様子を困ったように肩を上げて、首を傾げた。エイダン王子でもお手上げということなのだろう。


 そして、ふとエイダン王子は記憶が蘇ってきたらしい。

「そういえば」

と、もう一度、護衛騎士を振り返る。


「ワイアットといえば、同じ隊の後輩騎士を庇って、魔物の瘴気を受けたのではなかったか。その騎士は確か、シド、、、という名前だった気がする。シド。まさか、お前のことではないだろうね?」

 

 シドという名前は特別に少ない名前ではない。


「さすがにそんな偶然があるわけ、、、」

 私がから笑いしそうになると、滅多に話さないという護衛騎士が、ボソリと声を出した。


「ーーーーワイアットさんが、、、生きて、、、いるのですか、、、、?」


 それは地の底を這うような重く低い声だった。

 あまりの低さに、驚いてドキリと心臓が鳴る。

 この護衛騎士は、ただ内気で話さないのではなく、この声の重さのせいで口を塞いでしまったのかもしれない。この声を口さがなくいう人もいるだろう。地鳴りかと思うくらい重い声だった。


 エイダン王子も、滅多に話さない騎士の声に目を丸くしている。

「お前、そんなに長く話せたんだな」

「え?今のがですか?」

 エイダン王子は頷く。

「いつも『はい』か『いいえ』しか言わないんだ。そもそも私の言葉を否定しないから、殆ど『はい』しか聞いたことない。珍しいこともあるものだ」

 軽く笑ってから、二人で、はっと気付く。


「ーーーえ?まさか本当に、ワイアットの後輩?」

「そうなのか?」

 護衛騎士を凝視すると、そのシドという騎士はゆっくりと頷いた。

「、、、はい」


「偶然とは、面白いものですね」

 私は心から感嘆する。

 あのワイアットを知っているというだけでなく、彼を庇ってワイアットが瘴気を受けたなんて。


 本来、瘴気に侵されて死ぬはずだったワイアット。

 ワイアットが彼を庇わなければ、このシドという騎士が瘴気に侵されて死んでいただろう。


「ーーーお元気、なのですか」

 とても低い声が、聞き難さもあって頭で理解するのに少し時間がかかる。ようやく理解して、私は笑顔で頷いた。

「もう元気になって普通に生活しているわ。私と冗談を言い合えるくらい」

「ーーーーそう、ーーーーですか」


 シドの声は、僅かに震えていた。

 泣いているのか泣きそうになっているのか、兜の奥は見えないけれど、間違いなく、シドは涙と戦っているように聞こえた。


 エイダン王子はシドを横目に見つめる。

「そうだ」

と言って、エイダン王子は綺麗な顔を私に向けた。

「この大会が落ち着いたら、そのワイアットというマリウスの兄と、このシドを会わせてやってくれないか。このシドがここまで声を出すのは初めて見た。余程、ワイアットという彼に思い入れがあるのだろう」


 エイダン王子がそう言うと、鎧をつけているシドから無言の圧力を感じた。

 シドもそう熱望しているということか。


 この圧力を受けて「ノー」とも言えない。

 かといって、ワイアットに許可ももらっていないのに、勝手に会わせるのもどうかと思う。

 少なくとも、死ぬほどの瘴気を受けたのだ。もしかしたら、ワイアットもシドに何か思うところがあるかもしれない。

 まぁ、この世で一番優しいのではないかと思うほど優しいワイアットのことだ。彼が庇うほどだった後輩騎士が彼に会いに来て、それを拒むことはないと思うけれど。


「一度、ワイアットに確認します。それからでいいですか?」

「もちろんだ」 

「ーーーはい」

 シドも頷く。

「じゃあ、そういうことでーーーあ」

 

 ふとステージをみると、試合は次々に進み、マリウスとケイレブが向かい合っているところだった。


 ようやく念願のマリウスとタイマンができるケイレブの意気込みが凄い。

 ケイレブも、この日に向けてかなり鍛えて、コンディションを整えてきたに違いない。

 

 ケイレブがマリウスに何か話している。

 多分、「手加減はいらないぜ」とか「はじめから全力出すぞ」とかそういう類いのものだろうとは思う。


 ケイレブとマリウスがお互い構えた。


 そして。


 決着はあっさりとついてしまった。

 勿論、マリウスの勝ちだ。

 あまりのマリウスの強さに、観客が黙るほどに。


 たった三撃。

 他の人達はマリウスの一撃で倒れたから、むしろ三撃まで堪えたことが凄いと言っていいのかもしれない。


 エイダン王子は、上の観客席からマリウスを見下ろして、はははと笑った。

「本当にマリウスの強さは尋常じゃないな。過去に何度も戻っている影響で強くなっているのはわかっていたが、想像をはるかに越えている。あのケイレブも同じ数だけ過去を繰り返しているのにな」


 国の英雄。

 大戦士と呼ばれるケイレブが、リベンジ失敗。


「、、、エイダン王子。これって、マリウス優勝しちゃうんじゃないですか?」

 私がジトリとエイダン王子を見ると、エイダン王子は平然とした顔で微笑む。

「優勝するだろうね。あの強さの人間は、もうこの世にはいないよ。元々優勝するはずの人間が、その時より何倍も強くなっているんだ。ケイレブさえ勝てないのなら、流石に他の誰も勝てない」

 ええ、と私は声を上げる。

「ちょ、話が違うじゃないですか」

「そんなことはない」

 エイダン王子は、余裕のある表情で胸のポケットから、とある小瓶を取り出した。


「私がこの国の王子であり、この大会の主催者の息子である以上、はね」

 エイダン王子は、手に取った瓶のコルクの蓋を取り外し、一気にそれを口にする。


「ケイレブが勝てば良かったのだが。負けたら、次の計画を実行するまでだ」

 笑ったエイダン王子は、私に呟く。

「よければ、五分後に私に解毒の魔法をかけてくれたら嬉しい。かけなくても私なら死なないけどね」


 おもむろに立ち上がったエイダン王子は、そうして急に大声を上げた。

「うわぁぁぁああ!!!」

 大きな悲鳴。

 シドが、タイミングをみて特別席の結界を解除させる。

 エイダン王子の口から、大量の血が溢れだした。

 

 特別席というのは、どの位置からもその会場が見渡せる席であり、つまりはどの位置からも、特別席が見えるということだ。


 全国民の憧れ、国の宝とも言われるエイダン王子が、急に大会の観客席で血を吐いたら。

 それは大混乱の幕開け。

 大会どころではない。

 慌てて駆けつけた別の騎士が、苦しみ踠くエイダン王子に駆け寄り、大声を上げた。

「毒だ!犯人を逃すな!!会場を封鎖しろ!!!」


 いきなり国の王子が毒殺されそうになった事件に、観客も大会出場者も、わけもわからずパニックに陥っている。


 全てを知る私でさえ、思いもよらぬエイダン王子の行動に立ち往生してしまっていた。


 ーーー何やってくれてるのよ、エイダン王子!!!


 

 

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