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魔王について

 エイダン王子の話はとても壮絶で、でも、それが嘘ではないということが伝わってきて悲しかった。


 いくら魔力が強いとはいえ、時空を越え、過去へ何度も戻ることを繰り返すなんて身体への負担は尋常ではないだろう。


 今はまだ死ねない身体だからどうとでもなるのかもしれないけれど、呪いが解けた時にエイダン王子の身体は、その影響を一身に受けるはずだ。

 そうしたらエイダン王子の身体はーーー。


 いや、元々、エイダン王子は呪いを解いてから『生きる』つもりはないのだろう。

 永遠の眠りこそが彼の本当の望みだと。

 そう理解すると、やはりエイダン王子が可哀想で胸が締め付けられた。


 そんなの辛すぎる。


「ーーーどうしてーーー」

 私は声を掠れさせてエイダン王子に尋ねた。

「なぜ魔王はエイダン王子に呪いなんか」


 そんな質問は、愚問だと知りつつ。


 呪いは病気に近いものがある。

 病気は、余程、故意ではない限り、誰にでも起こり得る事故みたいなものだ。咳をした人の隣にいただけで、それがうつるのと同じ。

 たまたま呪いをかける相手が近くにいたから。

 それだけだろうに。


 ワイアットだってそうだった。

 たまたま呪いをかけられただけで、全身が腐るほどの呪いを受けてしまった。

 呪いは、意図していなくてもかけられることだってあるのだ。


 しかし、ワイアットの呪いでさえ私はまだ完全に解除できていない。定期的に聖魔法をかけて、呪いが表面化しないように小さくしているだけに過ぎない。


 エイダン王子にかけられた呪いを、私が解くことはできるだろうか。


 呪いを解くには、その相手の身体に触れる必要がある。 だから私は自分の目から溢れる涙を袖で拭い、口の端に力を入れてからエイダン王子に手を伸ばした。


 なのに、エイダン王子は、私から触られるとわかると、ビクリと身体を強張らせた。

 そのあまりの意外な動きに私も驚いてしまい、思わず手を引っ込めてしまう。

「わ。エイダン王子、急に動かないで下さいよ。ビックリするじゃないですか」

「い、いや、君こそ、何を急に触ろうとしているんだ」

 驚いたといいつつ、心なしかエイダン王子の耳が赤い。

 かつてエイダン王子は私に結婚を迫りながら、極上の美人を自分の傍に従えさせていたことを私は知っている。

 私達が魔王に倒されてからはともかく、それまで女に不自由はしていないのだから、女に慣れていないということもないだろうに。


 しかも、さっきまで自分は私に抱きついたり手を握ったりしてきたのだ。今更、私から触れられたくらいで動揺されても困る。


「エイダン王子の呪いが解けないか試したいだけです。じっとしていて下さい」

「あ、あぁ、そうか。呪いを。ーーーそうか、君は聖女だものな。そもそも君から呪いを聖魔法で解いて貰おうという考えはーーーあぁ、ちょ、ちょっと待ってくれ」

 

 ブツブツ言っているエイダン王子に私が再度手を伸ばすと、顔に近づいたところでまた制止されてしまった。


 今度こそエイダン王子の顔が真っ赤になっている。

 何だというのだろう。


「何ですか。触らないと呪いを解く魔法が効かないんですけど」

「いや、触るのと触られるのでは、、、違っ、ま、待ってくれ」

 エイダン王子が1人で慌てふためいている。エイダン王子らしくないことこの上ない。  


 パニクっていたエイダン王子は、そう、そうだと閃きの声を上げて、私に声を上げた。

「時空魔法の魔道具を私は使いすぎたのだから、今、呪いを解除されたら、呪いが解けた時に私の身体がどうなるかわからない。いきなり私が消えたら、色んな人に迷惑かけるだろうし、身辺整理が必要だ。今はまだ、その時ではない!」

 まくしたてるように、言い訳気味た話し方でエイダン王子は私に説明してきた。

 真っ赤な顔をして言う説明ではないけれど、確かにエイダン王子の言うことは正しい。

 

 聞く限り、エイダン王子はこの国の中枢の中でも重要な地位にあるだろうから、急にいなくなると混乱するだろう。


 でも、涙ながらに『呪いを解いて欲しい』と言われたから試しに呪いを解こうとしたのに、急でもダメなんて、やはりエイダン王子には困ったものだ。


「じゃあ、身辺整理ができた時に声をかけてくださいね。完全に呪いが解けるとは私も思っていませんが、私もできるだけ力を尽くしたいと思いますから」

「そう、そうか。そうしてくれ。時期がきたら君に連絡する。宜しく頼む」


 私が手を引っ込めたことで、あからさまにエイダン王子はホッとした様子をみせる。まだ顔は赤いエイダン王子に、私は釈然としないが、まぁ、呪いを解くことが『死』と繋がるエイダン王子にとっては、慌てふためくことではあるか、と考え直す。 


「それで?」

 私が改めてエイダン王子に向けて首を傾げると、エイダン王子はピクリと眉を寄せた。

「、、、、それで、とは?」

「わざわざ話を聞かせるためだけに私を呼んだわけではないのでしょう?すぐに呪いを解いて欲しいわけでもないなら、他に何か私にして欲しいことがあるんじゃないんですか」

「あぁもう、何なんだ、首を傾げたり話す仕草まで可愛いとか胸が苦しいのに嬉しいしほんとありえない」


 私が言う言葉にエイダン王子は自分の言葉を重ねてきて、私が口を閉じるとエイダン王子も口をピタリと閉じた。


 自分が話している時に言葉を出すから、エイダン王子が何を言っているのか全く聞こえなかった。


 二人が黙ると、部屋が、しんと空気の通る音がする。


「エイダン王子、何か言いました?」

「え?私が何か言ったか?」

 しらっとしたエイダン王子に、私は眉根を寄せた。

「何か言いましたよね?」

「ーーーう、胸が、、、、」

 私が眉を寄せたのを見たエイダン王子が、急に胸に手を当てて前屈みになる。

 さすがに私も心配で、エイダン王子に駆け寄りかけた。

「胸が、どうかしましたか?大丈夫ですか?」

 それをエイダン王子は手を前に出して、大丈夫だと私の動きを止める。

「大丈夫だ。何百年ぶりのことでこんなにも身体が衝撃を受けるなんて想像もしていないことだっただけだから」

 

 エイダン王子が何を言っているのか、本当によくわからない。


「気にしないでくれ。さっきまでちゃんと平静を保てていたんだ。思わぬ動揺で、どうかしていたようだ」

 エイダン王子は姿勢を整え、凛とした顔を引き締めた。

 はじめ部屋を訪れた時のように、あるいは過去に戻る前、常にそうであったように、エイダン王子は微塵も隙のない姿に戻った。


「なぜ私が、君にこんな話を聞かせたかーーーだったね。世界を救う方法の指針もないと、君も困るのはわかる」

「そうです。魔王を倒せと言われても、私達はあまりにもあっけなく全滅しました。あの魔王の強さでは、私がいたとろこでどうしようもないのでは。だからこそ、エイダン王子も苦労なさったのでしょう?」


 私が言うと、エイダン王子は黙り、人差し指を自分の膝の上でトントンと打つ。顔に流れてかかる金色の柔らかそうな髪が彼の整った片方の目元を隠す。

 何かを考えているようだ。


 少しして、そうだな、と呟いた。

「さっき私は、ケイレブにも話していないことがあると言っただろう?実は、その話をアグノラにするべきか、話している途中で迷い始めてしまっていた。むしろ、言うのを止めようとまで思っていた」

「止める?なぜですか」

「話すとショックが大きすぎるからだ。実はここまでの話はケイレブにも話してある。だからこそ、あの頑固でひねくれたケイレブが私の協力者になってくれたのだけどね」


 ケイレブの話をするエイダン王子の顔は優しい。

 時を重ねるにつれて、ケイレブのあのふてぶてしい物言いが、エイダン王子の心を許したのかもしれない。気の置けない友人という感じだろうか。


 高貴で全てが洗練されたエイダン王子と、がさつで熊のようなケイレブ。あまりにかけ離れた二人だけど、正反対だからこそ惹かれるのだろうか。


「ーーーケイレブを信頼しているんですね」


 それは、ケイレブを快く思っていない私には、なかったことだ。


 勇者パーティーでは、あのケイレブの発する威圧感が苦手で、そしてあのはにもの着せぬ物言いが私には辛かった。


 魔王との戦いでマリウスの背中に剣を突き刺した犯人も、ケイレブと思っていたから、ケイレブへの警戒は完全には消えていない。


 しかし、エイダン王子にとっては、ケイレブこそが信頼できる人物だというわけだ。


「そうだな。ケイレブは、自分を装うということがないから、裏を読まなくていい。腹の底の探りあいにはもう疲れた。彼のような人物の方が私には有難い」

 そう言った後、エイダン王子は「とはいえ」と付け加える。少しだけ苦笑して。

「ーーー王宮の仕事となると、彼を傍には置けないだろうがね。ケイレブに王宮の仕事をさせたら、トラブル三昧で仕事にならないということだけはわかる」


 私もそれを想像して、好き勝手に仕事をしているケイレブの姿が見えた。

 力自慢の彼は護衛騎士あたりが適当だろうが、騎士の規則は守れそうにないし、持ち場もいつの間にか離れてしまいそうだ。

「自由人というのは拘束してはいけない。よくあの性格で、勇者パーティーの一員として一緒に旅できたものだと感心するよ」

「あはは、、、はは」

 

 旅の途中でもケイレブは自由だった。好き勝手して、他のメンバーの誰かがケイレブに苦言を言っていた。それでもパーティーが崩壊しなかったのは、魔王を倒すという目標と、勇者マリウスの求心力だろうか。

 ケイレブに仲間意識があったかどうかもわからないけれど。それでもエイダン王子へはケイレブも一目置いているようだった。繰り返す回帰での記憶による信頼関係だろうか。


 そう思ったが、ケイレブと王都で会った時に、ケイレブが話していたことを思い出した。


「過去への移動を繰り返す中で、一度も私はいなかったと言われましたけど、ケイレブはいたのですか?ケイレブの言い方だと、私達が魔王を倒してからの初めての過去という様子でしたが」

 

「彼も勿論いたよ。それこそ戦場での大英雄だからね。彼が一番探しやすかった。そしてケイレブは魔王との戦いを終えた後の記憶のまま過去に戻ってくる。その都度『初めての過去への回帰』だと思っていた」

「毎回、ですか」

 エイダン王子は頷く。

「毎回だ。魔道具による回帰は、過去に戻りながら少しずつ何かを引き継ぐ。記憶も人それぞれではあるんだが私の経験によると、記憶は魔力が関係しているようなんだ。魔力が大きければ大きいほど、その力を過去に引き継ぎやすく、その分、記憶を混乱させる。アグノラはともかく、ケイレブは魔力がないだろう?だから、回帰前の魔王の記憶が鮮明なのだとは思う。何度繰り返しても記憶が同じなのは、ケイレブの魂に魔王との戦いが余程強烈に刻み付けられているからなのだろうとは思うが」


「魔力があると記憶が混乱する、、、」

 魔力が尋常でないオスカーとベリルは勿論、マリウスも魔力は強かった。

 私やケイレブに記憶があるのに、彼らの記憶が残っていないのはそういうことだったのかと納得がいった。


「ただ、アグノラ、君に関してだけは私も不確かなんだ。君が今まで現れなかったこともそうなのだが、魔力はあるのに記憶が鮮明なのも」

 エイダン王子が不思議そうに言うから、私は少し肩を落として申し訳なさそうにしてみせた。

「私の魔力はたいしたことないです。エイダン王子も知ってるでしょう」

 

「あの頃はそうだったかもしれないが、あの頃より、随分と魔力があがったように思うが?」

 

 褒められて、私は嬉しくて思わず笑顔が零れた。

「わかりますか?そうなんです。あの時使えなかった聖魔法が沢山ーーーって、エイダン王子、聞いてます?」

 私が笑うと、エイダン王子が急に私から目を話して上を向いた。

 何かそこに虫でもいるのかと私も上を見るけれど、天井には何もいる様子はなかった。


 エイダンはじわりと私に視線を戻し、はははと笑う。

「物音が聞こえた気がしたんだ。人払いをしているのに、暗躍のものでもいてはいけないからね」

「暗躍なんて、そんなに危ない話を私にするつもりだったんですか?」

「はは」

 眉を寄せた私の言葉を、エイダン王子はまた明後日の方を見ながらから笑いで流した。


 そして、エイダン王子は少し声を落として「話を戻そう」と真剣な顔つきで私に向かう。


「ケイレブにも言っていない話、のことだ」

「あぁ、そこからでしたね」

 だいぶ脱線してしまったようだ。

「ケイレブに言えないということは、ケイレブに関わる話ですか?」 

「ケイレブだけではない。君にもーーーいや、特に君に深く関わる人物のことだ」


 エイダン王子は少し声を落として、先程とは全く違う、深刻そうな声色に変わった。


 何か嫌な予感がした。

 私に深く関わる人なんて、数人しかいない。


「ケイレブは回帰してから、私に魔王と戦った時の話をしてくれた。ケイレブがわかる範囲で、彼が思い出せるだけのこと全てを」


 その時の映像は、私の脳裏にも深く刻まれている。


 異世界の空間。

 身体は重く、息苦しかった。

 勇者パーティーの皆は跪き、あるいは倒れて、魔王のあまりの強さを前に絶望していた。


 息が少しずつ弱くなっていくマリウス。彼は私に愛の告白をしてマリウスが息を引き取り、私はーーー。


「勇者が死に、アグノラがあまりの悲しみに絶叫して光った、、、とケイレブは言っていた」


 そう、そこまでは私も覚えている。

 そして私は、気付いたら今の時代に回帰していた。


「ケイレブによると」

 エイダン王子は声のトーンを更に落とす。

「光ってから次の瞬間、アグノラの姿は完全に消えたということだ」

「私の身体が、消えた?」

「ケイレブは、君が『何かの魔法を使ったから消滅した』のではないかと言っていた」

「消滅?回帰したのではなくて?」

「君は時空魔法も持っているのかい?」

「いえ、、、、」

 時空魔法を試したことはないけれど、100年に1度現れる聖魔法の上に、希少な時空魔法が使えるほどの奇跡はいくらなんでも起きないだろう。

 私は首を振って口を閉じた。


「君が時空魔法を持っていたら、それはそれで君が見つからなかった理由がわかるのだけどね。違うのならば、やはり消滅したのかもしれない。ケイレブは君が消えてからしばらくして、絶命したらしい。その後のことはわからないと言っていた。だからあくまで、それからのことは憶測でしかないのだけど」


 勇者パーティーは全滅した。

 マリウスが死に、私とケイレブが死んだ。

 残るオスカーとベリルも、あの様子では生き残ることは不可能だっただろう。

 誰も、その後のことは知らない。

 

 そして勇者パーティーの最期は知らないけれど、世界の終わりを知るエイダン王子が、おかしなことを口にした。


「私はアグノラが、命と引き換えの魔法を使ったのではないかと思っている」


「、、、、、私が?」

 エイダン王子は何を言い出すのかと思った。

 命を引き換えに、何の魔法を使ったかというのだ。

 私は元々、魔力が少なく、魔法レベルも低かったから、使える魔法なんて限られていた。

 それに、光魔法でも聖魔法でも、命を引き換えにするような大きな魔法を私は知らない。


「命と引き換えにする魔法なんてあるんですか?」

「聖魔法については、アグノラの方が詳しいだろう。私は知らない。でもそれだけの大きな代償がいるということは、余程のことだろうと予想はできる」

「何ができるって言うんですか、私の命で」

 呆れて、私の口調が少しぶっきらぼうになった。

 真剣な顔をして言うから何かと思ったら、ただの想像の話とは。


 そして、エイダン王子は、真顔で更に信じられないことを言った。

「死者の命の復活ーーーという魔法だよ」

「はぁ?」

 私は思いきり顔をしかめてしまった。


 死者を復活?

 誰を。

 全滅しそうなあの状態で?

 あれだけの強さの魔王を前に、誰かを復活させたところでまたすぐに魔王に殺される。

 私がそんな馬鹿なことをしたとでも言うのか。


「なんでそんなことを言うんですか。冗談もほどほどにーーー」

 私の言葉を遮って、エイダン王子は声を強めてはっきりと言った。

「私が、ケイレブにも言っていないのは、このことだよ。ただ、私には、そうとしか思えないんだ。だってね」


 聞いて私は、目を大きく見開いた。

 エイダン王子の口の動きが、スローモーションのように見えた。



「ーーー私に呪いをかけたのは、『勇者マリウスの顔をした魔王』だったのだから」



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