繰り返す未来と過去の狭間で(エイダン王子サイド)
はじめは、ただの興味からだった。
聖女という存在を手に入れたかっただけ。
ラカマシア王国第二王子。
王位継承者第二位。
ただ二番目に生まれたというだけで、一番になれない立場が、ずっと納得できなかった。
私は凡庸な兄より何もかも優れているというのに、ただ生まれたのが遅かったというだけで『二番目』扱いされるのが気に食わなかった。
ただ、王妃である母は私に甘く、何をしても全て許された。国王は王妃に弱く、王妃は私に甘い。それだけで、あらゆることの中心は私だったと言っていい。本来何よりも優先されるべき兄よりも、私は間違いなく優遇されていた。
聖女は100年に1回くらいしか現れない。
100年経っても現れないこともあるという。
それがたまたま私の世代で、ちょうど結婚適齢期に聖女が現れた。
本来ならば、王となる人間との結婚が正しいのだろう。でも、私はそんな珍しい人物を兄に譲りたくなかった。
特に結婚したいと思えるほどの女性もおらず、婚約者をいい加減決めなければと母が焦りだしていた頃合いだったので、『聖女が欲しい』と母に言った。
しかし、何でも私の言うことを聞いてくれる母が、そこだけはすぐには頷いてくれなかった。
聖女は特別な人間。
神の使者とも言われるその人物を、彼女の意思も聞かずに決定はできないと。
腹が立った。
聖女といえど、ただの平民。ただの人間だ。
聖魔法が使えるから聖女と呼ばれているだけ。ただ希少な魔法が使えるという人であり、何も特別なわけではない。
そう、ただ王の子供として一番に生まれたというだけで特別扱いされている、凡庸な兄と同じだ。
私はもう母には期待せず、自分自身で聖女を手に入れることにした。
自分で言うのも何だが、私は誰よりも見目麗しく、誰よりも賢く、誰よりも強いという自負があった。
だから、勇者パーティーに初めて出会った時に、愕然としたのを覚えている。
ベリルという魔法使いの女は、女神かと思うほどに美しく光り輝いていた。私以上に。
オスカーという男は、賢者と呼ばれ、私よりもずっと賢かった。ーーーしかも私と同等の美貌を持っていた。
そして勇者マリウスは見た目こそ平凡だが、とにかく強かった。国で一番の強者とは知っていたが、自分と戦えば互角程度だと思っていたのに、私が手も足も出ない魔物を一瞬で切り倒した。
ちなみにケイレブという男からは、そんな呆然とした私の背中をバンと叩き、「なんだお坊っちゃま。お綺麗な顔がアホ面になってるぜ」とからかわれた。
勇者パーティーのメンバーでなければ不敬罪で殺していたに違いない。
彼らに比べて聖女アグノラは、とにかく凡人だった。オレンジの髪の少女。一般的には可愛いと言われるかもしれないが、あくまで『普通の中の可愛い』であるし、聖魔法が使えるからというだけで、たいした聖魔法は使えていなかった。ちょっとした傷を治すのが精一杯。それなら回復ポーションの薬で充分ではないか。
私とは釣り合わない。
こんな女であれば、わざわざ私が結婚することもない。凡庸な兄とお似合いだ。
せせら笑いをしそうになる。
だがそれでも聖女だ。私の横に立つことくらいは許してもいいだろう。
冗私は冗談半分で、彼女に結婚しないかと声をかけてみた。
答えは「無理です」だった。
勇者マリウスを愛しているのでと簡潔に答えられ、私の付け入る隙など微塵もないと言われた。
こんな平凡な平民に、この私が、こうもあっさり断られた。
あり得なかった。
それからというもの、私は執拗なほど、彼女を手に入れるために画策した。
あらゆるプレゼントを送ったり、望むことを何でもすると言ってみた。それがダメだったので勇者が進む道を阻んだりもした。それでも頷かないから、私もむきになって、受け入れなければ町を1つ潰すと脅してみた。
平凡であっても聖女だ。
人の命には代えられないだろう。
そう思ったのに、断られた。口先だけと思われたのだろう。
嘘ではないことを証明するために、私は大きめの町を1つ壊した。軍隊をそこに派遣したのだ。
あっという間だった。
彼女はーーー聖女アグノラは泣いていた。
もう、わたしもどうしていいかわからなくなっていたのだろう。彼女の心のどこかに、わずかな隙間でもいいから入りたかったのかもしれない。
それが憎悪でもいい。
私のことを少しでも考えてくれればいいとーーー。
ただ。
憎悪ではダメだったことに、彼女を失ってから気付いた。
魔王との戦いの末、聖女アグノラは消えた。
消滅した、というのが正しい。
それを知った時に、私は全身が脱力してしまった。
身体が震えて、涙が止まらなかった。
私はーーーいつの間にか、本気でアグノラを愛してしまっていたようだった。
魔法使いベリルと楽しそうに笑う姿。
勇者マリウスを愛しそうに眺める姿。
能力が足りないのに必死に仲間を守ろうとする姿。
前向きで明るく過ごし、そして優しくあろうとする姿。
真っ直ぐで、決して意思を曲げない強さも。
何もかもが、好きだった。
失って気付いたが、もう遅い。
いや、そもそも彼女の瞳には私など全く入っていないのだから、遅いも何もないのだけど。
後悔しかなかった。
はじめから関わらなければ良かったのかもしれない。せめてもっと優しく接していれば、結果は違ったのかも。
泣いて苦しんで。
世界が混乱し、恐慌をきたす中で私は、王宮の自室に臥せっていた。
そして『そいつ』は現れた。
魔王だった。
なぜ魔王が私のもとに現れるのかわからず、信じられずに驚いていると、そいつは私に『呪い』をかけた。
死ねない呪いを。
世界は魔物が溢れ、地獄と化していく。
私の周りの人間は、いや、この世界の人間は皆、死んでしまった。
私は死ねないのに、魔物は私のもとにも次々とやってきて、私に襲いかかる。
手足を食い千切られ、血が吹き出すように流れても死ぬことはなかった。
助けて欲しくても、周りには誰もいない。悲鳴をあげる声は掠れ、泣くための涙も渇れた。
私は永遠かと思うほどの長い時間をかけて、誰もいない王宮の広くて長い廊下を這いずり、王宮の地下に保管されている宝物庫までようやくたどり着いた。
私はこんな時でも賢かった。
どの宝がどれだけの価値があるのか、ちゃんと理解していた。
だから、その魔道具が『時空を操る魔道具』であることも知っていた。
私はその杖の形をした魔道具を、手足がないから舌で触れて、願った。
過去に戻してくれと。
平和だったあの頃に。
賢くても無知だった、若き頃に。
そして願いは叶った。
無惨に殺された父も母も、凡庸な兄さえも、ちゃんと生きている世界に戻ることができた。
しかし、魔道具の副作用か、過去に戻ったはずなのに、滅亡した他の国は国としての力を失っていた。
私がいた国だけが、平和な世界に戻っただけだった。
でもそれでもいいと思った。
1つでも国があれば、世界は滅亡したことにはならない。私は心を入れ換えて、たった1つの国を守るために、この平和な世界を維持するために尽力した。
各地に転移の魔方陣を張り、移動をしやすくした。
軍隊を強くするために、各地の町を強化した。
災害が減るように橋を強化し、農地を増やし、災害に備えた。
それでも魔王はこの世に現れ、私が努力して作り上げた国をも壊していく。
あっという間に私はまた1人になった。
だから再び過去に戻った。
壊されたはずの私が作り上げた国は、壊れる前の整備された姿で戻ってきた。
壊れた国は壊れたまま。
作り上げた国は、作りあげた形を残して。
未来は過去に少しずつ引き継がれるらしかった。
三歩進んで二歩下がるステップを踏みながら歩いているような。
少なくとも、私の努力は無駄にならないことはわかった。しかし自分の力だけでは魔王に敵わないことも知った。
だから私は、試行錯誤を繰り返した。
繰り返し、繰り返し、私はあらゆる方法を試して、そしてそれら全てを魔王に破壊された。
しかしその中から得た情報も僅かながらあった。
魔王との戦いを繰り返すうちに、魔王が都度、姿形を変えることを知った。
強さもそれぞれ違う。
一番強かったのは、私に呪いをかけた魔王であったとは思う。だが、それ以外の魔王も、とてもではないが強かった。強すぎた。
絶望した。
私には残された道はもう、殆どない。
それでも僅かでも希望はあった。
私はあれから、『彼女』に会えていなかった。
オレンジの髪の聖女、アグノラに。
あの時以降、彼女はその過去の世界にいなかった。
いたのかもしれないけれど、私とは出会わなかった。
でもいつか。
いつか出会えたら、変わるかもしれない。
私の呪いを解いてくれるかもしれない。
この世界を。
この歪んだ、繰り返す世界を、救ってくれるかもしれない。
それが心の支えだった。
ーーー私が悪かったのだ。
母は私に言ったのに。
教えてくれたのに。
神の使者とも言われるその人物を、私が彼女の意思も聞かずにどうにかしようとしたのが間違いだったのだ。
いつか。
この過去と未来を繰り返す中で、もう一度、彼女に会うことができたなら。
私は彼女に心から謝罪しよう。
そして、今度こそーーーーー。
私のこの呪いが解放されますように。




