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エイダン王子の懺悔

 どうか、私の話を聞いて欲しい。

 私を抱き締めたまま、エイダン王子はそう言った。

 舞台の主役俳優のように整った姿、そして耳が溶けそうなほどの良い声で、彼は懺悔をしたいと言う。


「ま、待って下さい。私はーーー私がここにきた理由は」

「マリウスを勇者にしたくないのだろう?それはケイレブから聞いている」

「じゃあ」

「でも勇者は、、、マリウスは自分の今の実力を自分自身で知りたいのだろう?何も知らない彼が、君から『出場しないで』と言われて、それを素直に止めると思うかい?」

「それは、、、、、」


 それは私も考えていた。

 マリウスは、自分が勇者になって魔王に倒される話はしていない。

 そしてマリウスを勇者にさせたくないのも、私の勝手な希望でしかない。

 力で私がマリウスに敵うはずもなく、泣いて止めさせるくらいにしか、方法は思い浮かばないけれど。

 

「いくら君の願いでも、あんな少年のように目を輝かせて大会に挑む勇者マリウスは、誰にも止められないと思うよ」

「、、、、そんなに?」

 ドアの奥。私はそこにいるはずのマリウスの表情を想像する。

 そんなに楽しみにしていたのか、マリウスは。

 自身で大会の登録をして出場を決めた。

 今、彼を動かしているのは、魔王を倒すという義務感ではなく、ただの好奇心。

 

「でも」

とエイダン王子は言う。

「他ならぬ私なら、それでもどうにかできるかもしれない。私が誰か、君も知っているだろう?」

「、、、、」


 エイダン王子。

 国の第二王位継承者であり、この国の王の息子。


「この大会の主催者は父だ。君がマリウスを『勇者』にしたくないのなら、私の力を借りる方が君の願いを叶える確率は上がるだろう」 

 囁かれて、心が揺れそうになる。

 でも。


「、、、また、、、」

 私はぐっと歯を噛み締めた。

「またそうして、何もかもを自分の思う通りに操るおつもりですか。ーーー貴方はやっぱり何も変わっていないーーー」

「違う」

 私の両肩を掴まれ、エイダン王子はぐいと私の身体を少し離した。

「もう、君を騙したりはしない。これは本当の話だ。君が望むなら、もしマリウスが勝者になってもマリウスを勇者にさせないように父に進言する。いや、勇者になることが彼の名誉ならば、私が君の望む形になるように全てを整えよう。君は彼をーーーマリウスをただ、死なせたくないだけなのだろう?」


 死なせたくないーーー。

 そう、私は、マリウスに死んでほしくないから、勇者になって欲しくなくて、、、。


 私は静かに頷く。


 マリウスと田舎で穏やかに過ごしたいとか、本当は私と両思いだったから二人で幸せになりたいとか、そういう夢はあくまで夢であって。


 本当は、マリウスに死んで欲しくなかっただけ。


 勇者になってあんなに頑張って修行して、過酷な旅を続けて、あっさりと死んでしまった。

 いつ死ぬかわからない旅の中で、いつか死ぬかもしれないという覚悟はしていたけれど、あんな形ではなかったはずだ。

 ーーーそれが、認められなかった。どうしても。


「アグノラ。だったら私の話を聞いて欲しい。ケイレブにも話していない話があるんだ。どうか、少しでいいから、私に君の時間をくれないだろうか」

 

 傲慢であったはずのエイダン王子からそんな真摯な言葉を聞かされて、否定することもできない。


 私は、もう一度静かに頷くしかなかった。


ーーーーーーーーーーーーーー


 エイダン王子に連れて来られたのは、マリウスがいる個室よりも更に奥。

 特別室であろう、見渡せるほどに広い部屋だった。


 中央に大きなテーブルと、高級な革仕様のソファーが並ぶ。点々と観葉植物が飾られた部屋は一貫して気品があり、決して一般人では入れなさそうな雰囲気が漂っていた。


 エイダン王子はソファーに私を座らせると片手を上げて、控えていた人達全てを部屋から下げさせた。

 彼の護衛である騎士達さえも。


「、、、お茶でも飲むかい?」

 優しく言ったエイダン王子の声を阻むように私は言葉を重ねる。

「話って何ですか?」


 以前のエイダン王子ならば、これだけで激怒し、私ではなく私の代わりになる誰かを痛め付けただろう。

 私がより苦しむように。


 でも、そうはしない気がした。

 エイダン王子はどうしても私に、自分の話を聞いて欲しいようだから。

「そうだな、、、」

とエイダン王子は少し目を伏せて、口を閉じる。私に向かい合う位置で自分も革のソファーに座った。


「ーーーどこから話した方がいいだろうか。君に話したいことが沢山あるんだ」


 青い瞳は、私を真っ直ぐ見ていた。昔と違って、彼から見られても見下された気はしない。

 その真摯な姿勢に、少しだけ警戒心が薄れる。


「ケイレブから、勇者パーティーが全滅してからの世界のことは聞いたのだろう?」

「、、、はい。世界の大半が滅亡し、混乱を極めたと、、、」

  私の言葉にエイダン王子は小さく頷く。

「実際見ていない君は、それでもまだきっと、あの凄惨な世界の地獄絵図は想像できていないだろう。むしろ死んだ方がマシだと思うほどに、世界はおぞましい現実を迎えた。ーーーそして私はーーー」

  エイダン王子は言葉を止める。それを私が繋いだ。

「過去にーーー未来を変えるために、過去に戻られたのですね。、、、どうやったのですか?失礼ながら、エイダン王子には時空を操る能力はなかったはずでは」

  私が遠慮なく尋ねると、エイダン王子は自嘲にも似た笑いを漏らした。

 「私はこれでも王子だからね、国宝級の魔道具は王宮には沢山あるんだ。その中でも特別な宝の中に、その魔道具はあった。単純なものだよ、過去に戻るという魔道具だ。私はそれを使うことが許される人間だった」


 私の知らない未来を思い返し、エイダン王子の顔はは青ざめて見えた。何に対しても動揺を見せないタフな精神の持ち主だったエイダン王子がここまで揺らぐとは。


 だけど、と思う。


 死にたいなら、それこそ何の苦もなく実行できる方法がエイダン王子にはあったはず。

 それなのに、何が起こるかもわからない魔道具を使って過去に戻ってまで、未来を変える選択をしたことに違和感があった。


 どんなに辛い経験があったとしても、あの、ワガママで自分のことしか考えていなかったエイダン王子が、世界の皆のためにそんなことをするなんて、到底思えなかった。


 自分の意志で過去に戻る方法があり、しかも王子という権力がある。この人なら、過去に戻ってしまえば未来などどうとてもなっただろう。

 それなのに、あえて私を探した理由は?

 

 次々に浮かぶ疑問に私は表情が固くなっていく。エイダン王子は私の思考を読んで、眉を下げてみせた。


「どうして私が過去に戻ろうと思ったのか気になるのだろう?ーーー私は、呪いをかけられたんだ」

 

 予想もしなかった言葉に、私は何度か瞬く。

「、、、呪いを?」

「そうだ。思いつく限り最悪の部類の呪いをね」

 最悪の呪いをかけられたというにはあまりに淡々とした口調で、私は違和感を覚える。

「過去に戻るのとどう関係が?」

「、、、、私がかけられた呪いは、『死ねない』という呪いだった」

「死ねない、んですか?」

「そう、アンデッドとも違う。不老不死でもない。老いるのに死ねない。いや、老いたかどうかもわからない。ーーー世界は、ほぼ滅亡して、私はこの世にたった1人になったからね」


 今日散歩にいったんだ、というくらいに軽い口調で、エイダン王子は耳を疑うようなことを口にした。


 聞き間違いだったのかもしれない。

 死ねないという呪いだけでも信じがたいのに、世界が滅んで、エイダン王子が人類最後の1人になった、、、ですって?


 あまりに突拍子もない話に、私の思考が追い付かなかった。

「ーーーそれは勿論ーーー冗談、ですよね?」

 エイダン王子は、整いすぎた美貌の、口の端だけを上げた。

「冗談。ーーーそう言えたら、どんなに良かっただろうか。信じられないだろうかま、全て事実だ。君達、勇者パーティーが全滅して、魔王は地上に降り立った。人類全てを恨むように、魔王はあっという間に凶悪な魔物を世に送り出し、たった数ヶ月で殆どの国が滅んだ」


 エイダン王子は呟く。

「想像できるかい?どんどん人が魔物に殺され地獄と化していく世の中を、死ぬこともできずにただ見送らなければならない辛さを。魔物に襲われ、自分の手足を引き千切られても死ぬことができず、自分の身体が腐っていく様を見ながらも死ねず、助けてくれる人もおらず、ただひたすらに地を這いずる私を」


 エイダン王子の一言一言が、徐々に重みを持って私の肌にのし掛かった。ぞっとして、血の気が引く。


 死ねない、などと一言で片付けられるはずもない。

 エイダン王子の言葉は重く、しかしそれでも、実際エイダン王子の味わった苦しみは私の想像を絶する。

 

 終わらない地獄。

 死ぬという最後の救いさえ許されない。

 

 ぞっとして、私は呆然とすることしかできなかった。

「、、、なぜそんなことに、、、」 

 呟いた私の疑問に、エイダン王子は答えてはくれなかった。


 代わりに、だから、とエイダン王子は話を繋ぐ。

「だから私は誰も使うことのなくなった国宝の魔道具で、過去に戻ったんだ。この世を正すために。ーーーそして、この呪われし身体を解放するために」


 エイダン王子は自分の胸に手を置いた。

 

 過去に戻ってもその呪いは解けなかった、ということか。


「過去に戻ったのは一回だけじゃないんだ。何度も何度も過去に戻っては試行錯誤し、それでも失敗を繰り返した。必ず世界は滅びてしまう。もう、これが何度目の回帰なのかも覚えていない。繰り返し繰り返し、私は子供の頃に戻っては地獄を味わう。呪われたのははじめのたった一回だけなのに、戻った時にはすでに呪われている体なんだ」

 辛い、とエイダン王子は小さく声を漏らした。

「もう本来ならば何百年ーーー生きているんだろうか。諦めたい気持ちもあるのに、たった1人で死ねない年月を過ごすのも苦しく。1人は辛い。辛すぎてーーー私はまた過去に戻るんだ。世界が滅びない方法を探して。そしてーーー私がこの命を絶つ方法を探して」


 私はエイダン王子が不憫で。思わず涙がこぼれ落ちた。


 大嫌いだったエイダン王子。でも、こんな生きたまま死んだような表情をする人物ではなかった。

 この人はどれだけの苦労をしてきたのだろう。

 そう考えただけで、胸が締め付けられる思いがした。


 エイダン王子は、やんわりと微笑む。

「泣いてくれるのかい?そう、君は優しい人だった。もうずっと前のことすぎて、私が君に何をしたかまで覚えていないけれど、私は君に酷いことをしたのだと思う。だからまずは君に謝りたい。ーーー不甲斐ない私のせいで苦労をさせて、申し訳なかった。心から君に詫びる」


 深々と、エイダン王子は私に頭を下げた。

 座ったままの姿勢ではあるけれど、エイダン王子は王族なのだから、他者に頭を下げるなんてことはあってはならない。

 私は慌ててエイダン王子に頭をあげるように懇願する。

「エイダン王子。そこまでしなくても結構ですから。頭を、頭を上げてください」

「いいんだ。これは私の懺悔だから」

 エイダン王子はまだ頭を下げたままの姿を続ける。

「わ、わかりました。許します、許しますから。顔を上げてください」


 私がそう言うと、エイダン王子はまだ申し訳ないという表情を残したまま、ゆるりと顔をあげた。


 私だって正直、そう簡単に心のわだかまりをなくすことはできないだろうけれど、あのエイダン王子にここまでされて、嫌とは言えない。


 エイダン王子は本当に変わったのかもしれない。

 長い年月が彼をそうさせたのか。


 「でもおかしいですね。呪われる前の時間に戻ったのに、まだ呪いの効果が持続するなんて」

 呪われる前に戻ったのだから、次にまた新しく呪いをかけられるまでは呪いはなくなるはずだ。

「、、、それは私も不思議なのだが、魔道具の副作用によるものなのかもしれないな。過去に戻るとはいえ、その影響は戻る前の未来から引き継がれるものもあるようなんだ。ーーー例えば、君も、魔力あたりが以前より強力になっていたりしないか?」

「あっ!」


 確かに過去に戻ったはずなのに、戻る前で魔王と対峙した時よりもずっと強い魔法が使えるようになっていた。光魔法も聖魔法も。


「やっぱりそうなんだな。変わらないものが多いが、そういう魔力関係のものは引き継がれやすいみたいなんだ。あとーーー自然環境なんかも」

「それは、ルトウドの町のことですか?」

 エイダン王子はやわらかく微笑む。

「あぁ、それは良い例だね。ただの自然環境が、たった何年間で激変するはずがない。それこそ長い年月を経て、あのルトウドの枯れた赤色の土地は、豊かな場所へと変わっていったんだ。あそこには私もかなり力を入れたから、私の家も建てさせてもらった」


 なるほど。

 そう考えると、色々と納得できる部分がある。


「でも可笑しいんだよ、アグノラ」

 ふふ、と笑いながら、エイダン王子は悲しい瞳を見せる。

「明らかに変わっているのに、そこにいる人達は何も疑問を抱かない。それが『当たり前』のこととして受け入れられる。ルトウドの町も、他の変わっていくものも全てが、元々そうであるように」


 エイダン王子は、自らの手と手を掴み、ぎゅうと力を込めた。


「ーーーアグノラ。この国の名前が言えるかい?」


 いきなり尋ねられて、私は首を傾げる。

 何を言っているのだろう。

 私をバカにしているのか。あるいはエイダン王子がおかしくなってしまったのか。

 国の名など、生まれて話し始める頃には必ず学ぶものだ。いつ他国と戦争が起きるかもわからないのだから、どこの国との関係が危ない、逃げるならこの国が良いなど、あちこちの情報が小さな町であっても絶え間なく行き交う。


「そんなのーーーーあれ、、、?」

 当たり前と言いたかったのに、なぜか頭に国名が浮かんでこなかった。


 聖女になって、何度も王宮に足を運んだ。

 その時に何度も「◯◯国国王陛下」と膝をついて声にも出した。


 私はどうにか記憶を遡り、なかなか開かない頭の中の扉をこじ開けようとする。

 しかし、どうしても出てこない。

 ただの度忘れでもないというのだけはわかる。

 体感的に、『知らない』という方が正しかった。


 もしかしたら、私は過去に戻って、一度もこの国の名前を聞いたことがないのかもしれない。


「ーーーラカマシア」


 エイダン王子は、自国の名前を口にした。


 ようやく、私はそんな名前だったような気がする、と思う。でも、名前を聞いてもピンとこないものがあった。


「ここはラカマシアという国名なんだ。かつて私は、常にラカマシア王国のエイダン王子と呼ばれた。今はエイダン王子、あるいは第二王位継承者としか呼ばれることはない。ーーーなぜかわかるかい?」


「呼ばれないーーーのですか?」

「さっき、私は言っただろう。魔王によって、世界は殆ど滅ぼされたと」


 言った。確かにそう聞いた。

 話の流れに、私は全身、鳥肌が逆立ち、吐き気さえ覚えた。

「ーーーまさかーーー」

 エイダン王子は頷く。

「そうだ。国名とは、他に国があって初めて成り立つものなんだ。だがこの国の外に国はない。皆、かつての魔王によって滅亡させられたからだ」


 ザワザワと、部屋の外で賑わっている声が聞こえる。歓声と、明るいざわめき。


 その奥の個室の中では。

 しんとした空気が冷たく感じる。


 会場は、町は、国内は。

 こんなにも以前と変わらず豊かで、人が沢山いるというのに、この国の外には誰も人がいない、というのか。

 そんなことが、あり得るのか。

 

「国の名前も呼ばれず、国外に誰も人がいない。いや、いるかもしれない。だがそこは『国』ではない。ただの無法地帯だ。ーーーだというのに、誰もそれを疑問に思わない。過去に戻る度に少しずつ変わっていく。過去に戻る前の未来を引き継いで。そしてそれを繰り返すことで、世界は大きく変わってしまった。ーーー全ては私が過去に戻ってきたせいで」


 それでも、とエイダン王子は声を掠れさせて、言葉を紡ぐ。

「ーーーもう、1人は嫌なんだ。永遠に終わることのないこの命をどうにかしたくてーーー私は過去に戻り続けるのだ」


 また俯いたエイダン王子に、今度は顔を上げろとは言えなかった。

 泣いているのかもしれなかった。


 あの大嫌いなエイダン王子が、こんなにも弱く、小さく見える日がくるとは思わなかった。


 しばらく俯いたあと、エイダン王子は俯いたままで、声を漏らした。

「ーーー君がーーー」

 エイダン王子は、そしてゆっくりと顔を上げる。まっすぐな瞳で私を見つめた。青い、とても綺麗に澄んだ青色の瞳。


「君がトリガーだと思うんだ」


 エイダン王子は立ち上がり、テーブル越しの私の方に身を乗り出して、私の手を握った。

「何度過去に戻っても、何故か君にだけは会えなかった。100年に1度しか現れない『聖女』の君に。何度も探した。でもダメだった。ようやくーーーようやく会えたんだ。だから今回こそ、きっとーーー」


 エイダン王子は私の手を強く握りしめる。


「助けてくれないか。滅亡の未来しかないこの世界を。そして私のこの地獄の鎖を、死ねない私の命を、ーーーどうか解放しへて欲しい」


 

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