勇者を選ぶ大会なんて、、、。
「昔から、マリウスは堪え性がなかったからなぁ」
ため息混じりにワイアットが呟く。
「え?マリウスのこと?」
私がワイアットの言葉に驚くと、ワイアットも私の言葉に意外そうにしてみせた。
「なんだ。アグノラ、知らなかったのかい?マリウスは結構短気だよ。短気というか、うん、やっぱり堪え性がないという方が正しいかな。心からしたいと思うことがあると、どうしてもそれを叶えずにはいられない性質でね。そうなると我慢が効かないんだ」
私は首を傾げるしかない。
「私の前では、いつも人のことを優先してばかりだったけど」
「はは。それなら、それまでのことはマリウスにとってそれほどのことではなかったってことだろうね」
確かに、過去に戻る前、マリウスと一緒に旅をしてきて、『魔王を倒す』ということ以外にマリウスが激しく希望していたことはなかった気がする。
それこそ、魔王を倒すことしか頭になかったマリウスが、急に今まで以上に『早く魔王を倒してしまおう』と焦り出したことが、マリウスらしくないなと思ったくらいで。
「じゃあ今回は、それほど勇者になりたい欲望があったってこと?」
うぅん、とワイアットは唸る。
「いや、勇者になりたいというよりは、国中の力自慢が集まる大会だから、自分の腕を試したいということだと思うよ。マリウスは戦いが大好きだからさ」
寝不足なのに姿勢を崩さず朝食をとっていたオスカーが横から口を挟む。
「自分の強さを実感したいんだろう。あいつはまだまだお子様だから」
「オスカーはマリウスと同じ歳でしょ。そんなこというオスカーこそオジさんくさいわよ」
すかさずオスカーに突っ込みを入れてから、私は急いで散らかったキッチンを片付け始めた。
「どうしたの、アグノラ」
ワイアットは慌てて片付ける私につられて、一緒に食べ終わった皿を片付けようとしてくれる。
「どうしたのじゃないわ、早く、、、」
早く止めに行かなきゃ、と言おうとして、オスカーやベリルが目の前にいることに気付く。
オスカーは、私が過去に戻ってきたことを知らない。マリウスが勇者であることも、私が聖女であることも。
未来で勇者パーティーとして、マリウスも私も、オスカーやベリルさえも、魔王によって全滅してしまうことも。
知っているのは、全てを話したワイアットとベリルだけ。でもベリルは記憶を思い出していない上に、マリウスに関してあまり知らない。
私はワイアットの耳にそっと近づいて、小声で話しかけた。
〔マリウスには勇者になって欲しくないって言ったでしょ。マリウスが勇者になったら困るの。今から城下町に行って、マリウスを止めてくるわ〕
ワイアットは困ったように眉をしかめる。そして私と同じように小声で私の耳に囁いた。
〔マリウスが堪えきれずに突っ走ったことなんだ。あぁなると、誰が止めても止まらないよ〕
〔そうかもしれない。でも何もしないままよりマシよ。このままじゃ、絶対にマリウスが勇者になっちゃう〕
私は知っている。
過去に戻ってからも、私はずっとマリウスを見てきた。畑に行っているマリウスも。
こっそりマリウスのあとをついていって、近所の森で魔物を倒しに行っている姿も見ていた。
はじめはもしかして、と思う程度だったけど、最近は確信して言える。
ーーーマリウスは魔王と対峙した時よりも、ずっと強くなっている。
過去に戻る前。勇者になるための大会で優勝して、王から勇者の称号を貰い、死にそうになるくらいの修行を続けて、そのあと数えきれないほどの魔物を倒した、あの未来のマリウスよりも、だ。
魔王には勝てなかったけど、あの時のマリウスよりも格段に強い今のマリウスなら、絶対に勇者を選ぶ大会で優勝してしまう。
見るまでもない。
絶対に。
そして私は、それとは別のショックも受けていた。
「マリウスが、私にも気付かれずに自分で大会の登録をしていたなんて、、、」
マリウスのストーカーという異名を持つ私としては、不覚と言うしかない。
確かに、過去に戻ってからは少しマリウスから目を離している時間があった。
理由の1つは、実はマリウスが過去に戻る前には、両想いだったと知ってしまったから。
いつか私のことを好きになってくれる可能性があると思うと、あの頃よりも余裕をもつことができていた。
もう1つは、マリウスのここでの行動が、魔王を倒すためでなく、自己鍛練のための修行だったからだ。
常に死と向かい合うわけでもなく、サポートも必要としていない。
マリウスからは絶対に離れないと誓ったあの日。
マリウスに命を捧げたつもりの私は、いつどこで死んでしまうかもしれないマリウスとは離れることができなった。
でも今は違う。
マリウスが死ぬほど無茶をする必要がないし、マリウスは必ず帰ってきてくれる自信があった。
だってここは、マリウスの家だから。
マリウスはここでこれからも暮らすのだ。
ーーー勇者でない、ただの『村人』として。
「行ってくる」
「あ。待って、アグノラ」
「待ちません」
私を呼び止めようとしたワイアットを振り切って、私は自分の携帯用バッグを手に取り駆け出した。
待てるはずがない。
もう朝になっている。
大会はすぐに始まってしまうだろう。
冬になったら大会があるのを知っていたのに、なぜ私はうっかりしていたんだろう。マリウスを事前に阻止できなかった自分に悔しさが込み上げる。
今から転移の魔方陣を使って城下町の近くに行ったとしても、あっちの魔方陣は城下町の門の外にしか設置されていない。
城下町に入るためには検問を抜ける必要があり、検問の場所には大会のために多くの人が集まっているだろう。
今からで間に合うとは思えないけれど、それでも行かなきゃいけない。
マリウスが勇者になったら、嫌でもマリウスは魔王を倒しに行かなければいけなくなるから。
そのための『勇者』なのだから。
そして勇者になったら、マリウスは死んでしまう。
マリウスがいくら強くなったとはいっても、あの『魔王』の強さには到底敵わない。
ーーーマリウスは殺させない。
私はすぐに、家の外にある転移の魔方陣の上に乗った。
魔法を使う要領で、魔方陣に魔力を流す。
あぁ、こんなことなら、マリウスに魔法を使えるようにするんじゃなかった。
魔方陣を動かすには魔力を操作しなければならない。
あの時に私が、マリウスの魔力を塞き止めているものを解放しなければ、マリウスは魔方陣を使えずに、自力で城下町まで向かっただろう。
ここから普通のルートで城下町に行くには何日もかかる。それならば、マリウスがいないと気付いてから追いかけても、マリウスが城下町に着くまでには追い付いただろうに。
私は自分を恨みながら魔方陣に魔力を流すと、相変わらず気持ち悪い違和感を浴びながらも、私は城下町の門の手前にたどり着いた。
目の前に城下町と、それをぐるりと囲む高い壁が見える。そして案の定、検問の前には驚くほどの行列ができていた。行列の端が見えない。
「どうしよう、、、」
検問を通らずには城下町に入れない。
でもこの行列では、検問を受けるまでに少なくとも数時間はかかるだろう。
大きな大会だから、そう簡単に優勝が決まるとは思えないけれど、もしすでに予選が終わってからの本選であれば、下手したら数時間で優勝が決まるかもしれない。
いや、予選からでは大会にならないはずだから、きっとこれは本選に違いない。
間に合わない。
泣きそうになりながら、行列の端まで歩こうとして、ふと気づいた。
「そうだわ。透明になればいいのよ」
ベリルの店に毎日忍び込んだように。
光の屈折を利用した魔法で、私は透明になることができる。
私は自分自身に魔法をかけるため、近くにある馬車の裏にいって人に見られないようにした。
そして光魔法によって透明になり、私は行列の横を駆け抜ける。
〔割り込んでゴメンなさい〕
ポツリと漏らした私の懺悔の声は、誰にも届かずに空気に溶ける。
検問の横をすり抜ける時は、さすがに緊張した。
王宮などでは、こうやって魔法などで身体を隠して侵入する輩を見逃さないように、特殊な魔法関知の道具を使っていたり、あるいは魔法解除できる魔道士などが配置されていたりする。
〔さすがに城下町に入るだけの検問には置かないか〕
私は独りごちて、そのまま勇者を決めるための大会の会場に走っていった。
会場の場所については、探すまでもなかった。
大会についてのポスターが街中の壁に貼られていたからだ。
優勝したら貰える賞金額も想像以上に高く、勇者を目指さない人でさえ興味をそそられるほど。
会場の規模といい、国王がこの大会にどれだけの期待をしているか嫌でもわかる。
その場所に着いた時、まだ太陽は東に傾いているというのに、すでに会場からは歓声が響いて聞こえた。
大きな会場。
そこの入り口を抜け、長い階段を登った。
異様に長い階段を。
ようやく階段の終わりが見えて、そこの頂上に立つと、その会場の全体像に私は目を見開いた。
大きな魔法を使っても観客には全く影響なさそうなほど広くて丸いステージ。それをぐるりと囲み、万単位の人が座れるだろう席の数。その観客全てがそのステージを見下ろせるようになっている。
大きすぎた。
その会場を見るだけで圧倒されるほどに。
「マリウス、、、っ」
こんなにも大きな大会。
こんな場所で勇者になったら、どんな人でもその責任から逃げられないじゃない。
「ダメよ。マリウスは、私とずっと、ただの村人として穏やかに暮らすの」
私は選手の控え室があるであろう、会場の奥まで入り込んだ。
さすがに国中の力自慢を集めているだけに、マリウスよりも何倍も体積の大きな人達が沢山いた。
ケイレブならばこの人達の中にいても見た目も負けないだろうけど。
この大会の出場者は何人なのだろうか。
かなり広い控え室のはずなのに、人が多すぎてごった返している。
熊のように大きな男達がひしめく中で、体格だけは普通のマリウスの姿を探すのは、かなり難易度が高いように思えた。
それでも、私は控え室の端から端まで走り回り、マリウスを探した。見つからないはずがない。
マリウスは必ずここにいる。
マリウスがすでに負けて、帰宅の途についているなんてことは、考えもしなかった。
マリウスが負けることは絶対にないから。
おかしい、と思い出したのは、マリウスを探し出して30分ほど経ってからだった。
いくら広くて狭い控え室とはいえ、こんなに見つからないはずがない。
予想通り今日は大会の本選で、今日一日で全ての決着がつくという。
それならば、今日出場する選手はそこまで多くないはずだ。ここにいる大半が、その選手の関係者だとしても、それでも限界はある。
私はきょろりと見渡すと警備をしている兵士を見つけて、姿を現してその人に近寄った。
「すみません。選手の控え室はここだけですか?」
兵士はぎょっとして私を見下ろす。
「わ。びっくりした。あんた、前からここにいたか?こんなむさ苦しいところに女の子がいたら目立ちそうなのに、全然気が付かなかったぞ」
「あ、あはは。存在感がないって、よく言われます」
誤魔化して笑ってみたら、意外と誤魔化せたようだった。
「そうか?まぁこんなむさ苦しい男達の中に女の子がいたら、隠れて見えなくなってもおかしくないのかもしれないな」
そんなわけないでしょ。
突っ込みそうになるのをぐっと堪えて「そうですよね」と頷いてみせる。
「あぁ、探し人か?一般の控え室ならここしかないが、貴族とか要人の控え室なら、個室がいくつか向こうにあるぞ。あと、特別枠から出場した人とかな」
マリウスは貴族とかではないけれど、他とは明らかに別格の強さのマリウスなら、特別枠に入ってもおかしくないのかもしれない。
「向こうの個室ですね。ありがとうございます」
ペコリと頭を下げて、私は更に奥にある個室側の廊下へと進んだ。
一度入ってしまえば、姿を現しても私を不審者扱いをするような人はいなかった。選手やその関係者は自分達のことで精一杯のようだし、警備をする人達も、か弱そうな女の子には気にも止めない。
私は個室の前まできて、いくつかある個室を一つ一つ、眺めていった。
さすがにドアを開けて中を調べることはできない。
身体は見えなくできても、壁をすり抜けることは不可能なのだ。
私が焦りつつもひたすら個室前をうろついていると、聞きなれた声が聞こえた。
慌てて私は自分の姿を消す。
「、、、そういうわけだから、お互い全力を尽くそうぜ。じゃあ、またあとでな」
少ししゃがれた低い声。
頭に浮かんだその人物のイメージと、とある個室から出てきた姿が一致する。
獅子が人間になったような、巨体とボサボサの髪。ガハハと笑う豪快な男。
ケイレブ、、、!
大戦士ケイレブ。
かつての英雄は、過去に戻る前にマリウスにこの大会で敗れた。
それ以降、いつかマリウスを倒すための再戦を夢見て、勇者パーティーに加入した。
そうか、と私は思う。
ある意味、ケイレブにとってこれ以上の都合の良い機会はない。
敵対すればマリウスとケイレブが戦うことも可能だろうが、ケイレブにその気があってもマリウスにケイレブと再戦する意思はなかった。
マリウスが倒したいのは、あくまで魔王。
それ以外は無駄な戦いなのだから。
でも今なら。
この世界でなら、ケイレブはマリウスと全力で戦える。
予想通り、ケイレブが出てきた部屋の奥のソファーに、マリウスであろう人物の後頭部が見えた。
私はケイレブが完全に部屋から出ていくのを待って、一度閉まったドアノブに手をかける。
「マリウス!」
そう声を出そうとしたのに、声を出すことができなかった。
見えないはずの私のその腕を、誰かが掴んだからだ。
私よりも大きい、手入れをされている形の良い、筋張った手。
「ようやく見つけた」
ぞっとするほど耳に良い声だが、この声は私の記憶の中でも心底恐ろしいもので、一気に身体から血の気が引いた。
この声の主はケイレブではない。
捕まった、と思った。
「ーーー会いたかった。アグノラ」
嫌でも忘れられない、エイダン王子の声。
「会いたかった」
繰り返すは、気持ちが溢れんばかりに。
彼は私を思いきり抱き締めた。
整いすぎた美貌。
艶のある、緩やかなカーブを描く短めに揃えられた金の髪は、あまりに近づき過ぎて私の顔をふわりと撫でる。それは綿毛のような柔らかさで、本来ならばくすぐったくて気持ちが良いものなのかとしれないが、私はもう、そんな感触を愛でる余裕もなかった。
身体が硬直してしまい、手先が震えた。
「、、、なぜ、貴方がここに、、、?」
震える喉から無理やり出した声は、掠れて自分自身でも聞き取れないほどだったが、エイダン王子には届いていたようだ。
「なぜ?それを君が聞くのかい?ケイレブから聞いていただろう。私が君を探していたことを」
確かに聞いてはいた。
迂闊だったとしか言いようがない。
エイダン王子の恐ろしいほど澄んだ青い目が、見えていないはずの私を凝視していた。
私の瞳のすぐ目の前で。
「もう諦めて、貴女の姿を見せてくれないか」
エイダン王子は私の腕を離してくれる様子はない。
決して逃がすまいと、そう言うように。
「頼む」
懇願するように、そして少し悲しそうに、エイダン王子の声が揺れた。
あのエイダン王子が『頼む』なんて言葉を使うなんて。
ケイレブは、エイダン王子は変わったと話していた。信じられない思いが強いけれど、逃げられそうにはない。
私は覚悟を決めて目を瞑り、姿を消す魔法を解いた。
「、、、あぁ。アグノラ」
エイダン王子は私を抱き締めたまま私の顔を確認し、感極まったように私の名を呼ぶ。
「アグノラ。会いたかった、私の女神ーーー」
私の肩にもう一度、その整った顔を埋めるエイダン王子の声は、私と同様に震えて聞こえた。
「アグノラ」
何度も私の名を呼ぶ。震える声はもしかしたら、泣いているのかもしれなかった。
ーーーあの、傲慢で自分しか愛さない非情な男が。
そしてエイダン王子は、私の耳元で呟いた。
「話を、、、話を聞いてくれないか」
それは秘密を打ち明けるような、必死の声だった。
決して断ることは許されない、そんな重さのある音。
私には彼の深い蒼の瞳が、深く深く沈んだ海の底のように見えた。




