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過去に戻った男

 大戦士ケイレブ。

 戦場の英雄と名高い彼はかつて勇者パーティーのメンバーであったが、魔王と戦って敗れた。

 パーティーは全滅。皆、死んだはずだった。

 でも過去に戻った。ーーー私と同じように。


「過去に戻った理由?」

「そう。ーーーー俺達が過去に戻った時はすでに、俺達の知らないことが起こっていただろう?辺境で荒廃しているはずのこの町の栄え方もそうだし、転移の魔方陣なんてものも、俺達の知る未来にも過去にも、なかったものだと思わないか」

「私もそれは不思議だったの」

 転移の魔方陣があれば、勇者パーティーの旅はもっと快適だったはず。

 私達は過去に戻る前にはそれを知らなかった。

 でも本来なら知らないはずがない。


 多分、あの『世界』には無かったのだ。


「つまり、俺達が過去に戻ってきた時よりももっと前に何かがあって、過去が変わったんだ。『誰か』が過去を変えたと言っていい」

「アグノラ達よりも前に戻った人がいるということか」

 ワイアットの言葉に、ケイレブはニヤリと笑う。

「ご明察。そういうことだな」


 私は頭が混乱してきた。

 勇者パーティーの勇者マリウス、大賢者オスカー、大魔法使いベリルは過去を覚えていない。

 なのに、私とケイレブだけが過去に戻り、更に勇者パーティーのメンバーでもない他の人物が、私達よりももっと前の過去に戻ってきているということになるのだろうか?


「ーーー魔王と戦った影響で過去に戻ったのかと思っていたけど違うの?過去に戻る方法が何かあるってこと?」

「そこら辺は俺も詳しくはわからねぇけどよ」

 ケイレブはライオンのようなボサボサの自分の髪を搔いて、少し眉を下げた。


「俺が聞いた話だと、俺達が魔王との闘いで全滅してから、世界の半分が闇に飲まれたらしい。魔物が溢れて国は乱れた。大勢の人が死んだ。だから未来を変えるために、過去に戻ったのだとさ」


「、、、、、、」

 あまりにあっさりと話すケイレブの口調に、ついお伽噺を読んでもらう感覚に陥ってしまったけど、よく考えるととんでもないことだった。


 私達が全滅して、あれからの世界がどうなったのかは気になっていた。

 まさか、そんな状態になっていたなんて。

 

 私達が死んでも、別の新しい勇者が認定されて、新しい勇者パーティーと共に魔王に挑んでいるのだと思っていた。

 

 魔物は次々に町を襲ってはいたけれど、魔王自身はまだ動く気配はなかった。私達が全滅してすぐに世界を崩壊させるほどに人間界に干渉してくるなんてーーー。


「、、、私達が魔王の根城まで乗り込んだのがいけなかったのかしら、、、あれがトリガーになって、、、」

 私が青い顔で呟くとケイレブは、さてな、と返してくる。


「そうかもしれねぇし、たまたまかもしれねぇ。だが、国をあげて魔王を倒す計画をしていたんだ。俺達じゃなくてもいつか魔王まではたどり着く。だったら同じことは起こっただろうよ。そうじゃなかったとしても、魔物の勢いは増していた。国の滅亡が遅いか早いかの違いだろう」

「、、、そう、、、かしら」


 ケイレブの話を黙って聞いていたワイアットは不思議そうに首を傾げた。

「そんなに魔王や魔物は頻繁にでるようになるのかい?以前から魔物は出没することはあったけど、1つの町を崩壊させるほどとは聞いたことがなかった。いくつもの町が壊されていくなんて」

 ワイアットは騎士団に所属していた。騎士団には国中の情報が寄せられるようになっている。人対人だけでなく、災害や魔物情報まで全て。

 そのワイアットが言うなら、そうなのだろう。

 ワイアットの疑問に、ケイレブはおもむろに眉を寄せて、自分の顎をなで始める。

 

「、、、そう言われれば、確かに昔は魔物はそんなには現れてなかったな。俺も戦争は繰り返してきたけど、そのうち大型の魔物と遭遇するのなんて、年にあるかないか、その程度だった。勇者との旅では、頻繁に大型魔物と戦っていたが」

 

 私は魔物と遭遇しだしたのは、マリウス達と出会って旅するようになってからだから、それより前の魔物事情は知らない。

 だからそういうものだと思っていた。


 ワイアットはついこの間の記憶を思い返したようだ。

「そうだ、この前の僕達の町を襲おうとした魔物の群れなんて、あまりに異常だったじゃないか。あの山を埋め尽くすような魔物達。いくらなんでもあの魔物の数は多すぎる」

 ケイレブはワイアットの会話から、過去では魔物の襲撃で滅亡したマリウスの故郷のことだと悟る。

「あぁそうか。ここに勇者の兄が生きているってことは、町は無事だったのか。魔物は?いなしたのか?倒したのか?」

 ワイアットは誇らしげにケイレブに伝えた。

「マリウスとオスカーが魔物を倒したんですよ」

「へぇ、あいつら、今の時期はまだ修行をしていない頃だろ。すげぇじゃねぇか」 

 ワイアットは目を輝かせて私を見た。

「アグノラが、できるかぎりの補助魔法を使ってくれていましたからね。あれがなかったら倒せなかったでしょう」


 いや、そんなに持ち上げられても。

 私も結局、未熟なレベルの聖女ですし。

 ケイレブは私に改めるように視線を向けてきた。


「お嬢ちゃんが?ほぅ、よくみれば確かに、前よりも纏うオーラが増えてるな。これはどういうことだ?まだお前さんも、過去に戻って能力は低くなっているはずなのに、魔王のところに乗り込んだ時よりも力が増えているってのは」

 

「そこは私もよくわからないの。っていうかオーラ?ケイレブそんなものが見えるの?」

「なんとなくだけどな。これは結構、役に立つ能力なんだぜ。戦場では特に、いかに力があるやつを始めの方で倒すかが重要になってくるからな」

 ケイレブはそう言った後、ニヤリと笑う。

「まぁ見えたところで、そいつを倒せるだけの力がないと無意味だがな。がはははは」


 自画自賛のケイレブに、ベリルの視線は冷たい。

「俺強ぇはどうでもいいのよ。結局は何なの?国が魔王によって崩壊しようとしたから、誰かが過去に戻ったって、それでどうかなるようなものじゃないでしょ」

 ベリルの冷たい圧の視線にもびくともせず、飄々としてケイレブはベリルを指差した。

「そうだろう?それが、人によるものなんだろうな。過去に戻ってからの未来が変わっているってのは。そしてそれが誰か、ようやくわかったんだ」


 私ははっとして、ケイレブを凝視する。

「ーーー誰か、わかったの?」

 私の反応が期待どおりだったのだろう。ケイレブは嬉しそうに口を歪めた。

「だから、俺はここにお嬢ちゃんを呼んだんだ。実際見てもらう方が早いんでな」


 言われて、嫌な予感というものが私を襲った。

 一瞬にして脳裏に浮かんだ人物。

 まさか、とすぐに否定する。

 そんなはずはない。

 だってあの人は。


 ケイレブは含みを乗せて、私に口を開いた。

「ちょうどすれ違いに出ていった。見たんじゃないのか?ーーーエイダン王子を」


 ーーーーーーやっぱり。

 

 私は一気にからだ全身に重力がかかった。

 聞きたくない名前。

 未来も過去も、一番会いたくない人物。

 それをケイレブだって知っているはず。

 ケイレブだって彼に多大な迷惑をかけられたのに。


 私は頭を掻きむしりたい衝動に駆られながら、絞り出すように声を吐いた。

「ーーーなんであの人なの。だって、自分のこと以外、どうでも良いという人だったじゃないの。魔王のことどころか、自分の国のことだって屁とも思っていない人だったわ。あの人が過去に戻って、この世界を変えたですって?あり得ない。騙されてるのかもしれないわ」


 私に当て付けるように、目の前で何の罪もない人が何十人と殺された。

 私の好きな人だと知って、勇者であるマリウスを拘束したり、暗殺の刺客だって送ってきた。

 一本だけで普通の人が何日も優雅に暮らせるという値段の花を、私の泊まる部屋いっぱいに送ってきたりもした。あの花を買ったお金は、本来、パン1つ買えない貧しい人に渡るべきものだったはずだ。


 第二王子。

 国の中枢のトップの息子。


 なるほど理解した。

 この屋敷の洗練された様子も。

 普通の人なら無理であろう、国を動かせる力も金も。

 確かに彼なら持ち得るだろう。


 ーーーーだけど。


 ガタリと私は立ち上がった。

「ーーー帰る」


 ベリルは珍しく驚いた顔をして、立ち上がった私を見上げた。

「アグノラ?」

 私はそんなベリルの顔を見ることはできなかった。


「帰る。嫌だ。会いたくない。ーーー話はわかったわ。エイダン王子が私に会いたいと言ったんでしょう?ーーーでも無理。あの人に会うなんて、絶対に嫌よ」


 多少の予想はしていたらしいケイレブは、立ち上がった私の手を掴んだ。鍛え上げた丸太のようなケイレブの腕に捕まったら、私が逃げられるはずがない。


「あいつは変わったんだ。随分と反省をしている。お前の気持ちもわかるが、会ってやってくれないか。大切なことなんだ。あいつはーーー」


 私は山のような大きさに見えるケイレブを見上げて強く睨み付けた。

「ケイレブ離して。離さないと痛い目に遭うわよ」


 一瞬、ケイレブがきょとんとしてみせる。

 そしてその言葉の意味を理解して、大きく笑い出した。

「そんな細腕のお嬢ちゃんが、俺を痛い目に遭わせてやるだって?それは面白い冗談だ。傷1つつけられたら、誉めてやるよ。だってあんたは光と聖の魔法しか、、、」

「レーザー」

 ケイレブの話も終わらない間に、私はケイレブが知っている時には使えなかった光魔法を使って、私の腕を掴んだケイレブの指を切り落とした。

「!!!!!」

 ケイレブは鋭い痛みに顔をしかめた。


 指がなくなったことで放された自分の腕を胸元に引き寄せて、私は反対の手でケイレブの失われた指に手を当てる。

 みるみるうちにケイレブの失われた指が、切れた先から新しく生えてくる。

 

 それにはケイレブだけじゃなくベリルもワイアットも驚きで声を失わせていた。


 あの頃の私とは違う。

 過去に戻ってから、光魔法も聖魔法もあの頃よりもずっと上昇している。

 これがエイダン王子が過去に戻った影響?

 そんなわけがない。


「エイダン王子が未来をより良い方に変えてくれているなら、それならそれでいいわ。でも私とは関係ない。私は幸せに暮らしいてる。ーーーあの人にはそう伝えてて」


 言い放ってから私は1人、屋敷を飛び出した。

 ベリル達が追いかけてきたかどうかなんて、気にすることもできなかった。


 嫌だった。

 エイダン王子の、あの人を見下す視線も。

 人を蔑む言葉も、態度も。

 人間として小物ならまだそう思えば諦められたけど、彼の持つ『覇気』は本物だった。

 凛として立つその姿は、人を魅了する。

 王をも見劣りするような風貌から発せられた命令を、誰も止めることができなかった。

 王族としての教養を身につけた上で甘やかされて育てられたエイダン王子。

 傀儡として操れる人物ではないだけに、周りの貴族からも扱いにくい存在として王位を望むものと、そうでないものとで両極端に分かれていた。


 だけど彼に魅了された人達は、彼の言葉をそのまま鵜呑みにしてしまう。悪者は彼の言葉に逆らう人達の方になってしまう。

 だからーーーー凄く、怖かった。


✳️✳️✳️✳️✳️✳️✳️✳️✳️✳️✳️

 

『アグノラ。私は貴女を愛している。だから結婚して欲しい』

 かつて、エイダン王子に言われた言葉。


 神をも魅了するほどの美しい容姿。柔らかく緩やかな金色の髪に、深海を思わせる藍色の瞳。

 その瞳には私への愛は感じられず、ただ単に聖女としての興味だけ。

 ただそばに置いておきたいコレクションと同様。

 

 だけど。

 彼の言葉は絶対。

 彼がそう発したなら、世間は『そう』有らねばならない。


 そしてエイダン王子の勇者の旅への妨害は、度を越していた。被害者が次々と増える日々に、勇者の旅にも影響が出ていた。


 だから私はーーーー。

 その日から、彼の『婚約者』になった。


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