ルトウドの町
「私の好きになるべきものって、何と思う?」
仕事に向かう前のベリルに話しかけていると、椿の油を塗った櫛で鮮やかな緑の長い髪をとかすベリルからは怪訝な顔で見られた。
「何よ、その質問。鬱陶しいわね。あんたがわからないのに、私がわかるわけないでしょ。マリウスが側にいたらそれでいいんじゃないの?」
ベリルの部屋は、中央に大きなベッドが置いてあって、部屋の端に姿見が置いてある。その姿見の前の椅子に座った状態で、ベリルは身支度を整えていた。
私は中央のベッドにもたれ掛かるようにして、床にあぐらをかいて座り込んでいる。
「私、このままじゃダメだと思うのよね。もっと人生を精一杯生きて、謳歌しないと」
「あんたは充分謳歌してるから、気にしなくていいわよ。むしろもっと生産的なことをしたらどう?あんたがその気になれば、うちでも働かせてやるわよ。この世には奇特な人もいるから、あんたでも需要はあるでしょうし」
私はニコリとベリルに微笑む。
「随分なことを言われてる気がするけど、私のことをリスペクトしてくれてるのよね。ベリルったら」
「その能天気さはあんたの才能よね。羨ましいわ」
女神かと疑いたくなるほどのベリルの美貌。その口元からこぼれる言葉は悪いが、なぜか憎めない。むしろ小気味良く感じてしまうのも、ベリルの才能だろう。
「誘ってくれて嬉しいけど、やっぱり私には夜の仕事は向いていないと思うの。ベリルのような色気を出すには、あと数年は必要じゃないかしら」
「あと数年で色気が出せると思っているのは、ちょっとおこがましいわね。あんたならあと10年、いや、50年は必要かもしれないわね」
白粉を軽く頬に叩きながらベリルは冷たい瞳で口の端をあげる。私は苦笑しつつベリルに言葉を返した。
「その時には50年蓄えた色気をベリルに見せつけてやるわよ」
私の返事に、ベリルは少し面白そうに笑った。
「楽しみにしておくわ」
元々綺麗なベリルの肌が、化粧をしたことで更に艶を増した頃、「そうだ」とベリルが呟いた。
「花を育ててみるのはどう?それを売れば小遣い程度にはなるわ」
「花を?」
私が意外そうに尋ねると、ベリルは頷いた。
「あんた、光魔法で太陽代わりをしていたって言ってたでしょ。高価な花って、光や温度の微調整が大切っていうじゃない。特殊な花でも咲かせたら、城下町でも売れるかもよ。最近、うちの店に花を持ってくる客が増えてるのよね。そういう流行りなんだって」
「、、、へぇ、、、」
好きな人に会うために花を贈る。
貴族ではよくある話だけど、ここは城下町の中でも平民の多い場所だ。流行っているということは、流行らせた誰かがいるということなんだろう。
「花を育てなさい。上手に出来たら、その花を買ってくれる知り合いの花屋を紹介するわ。良い考えね」
ベリルはそう言って自分の豊かな緑の髪を上から下まで撫で下ろして整えると、すっきりした顔で立ち上がった。
「これでこの話は解決ね。これ以上は時間の無駄だから、悩むなら私じゃないところに相談してちょうだい」
どうでもいいのに面倒くさい話につきあってやったんだから感謝しなさいよ、とベリルの顔に書いてある。
「面倒くさい話につきあってくれてありがと。ベリル」
私が苦い顔でわざとお礼を言っても、ベリルはそれを理解していてなお、完璧な女神の微笑みで返された。
「どういたしまして。お役に立てて嬉しいわ」
「、、、、、」
「じゃあ、私は仕事に行ってくるから」
ベリルが歩き出して数歩のところで一度立ち止まった。
輝かんばかりの極上の美貌が私を振り返る。
「そういえば、あんたの知り合いっていう胡散臭い男、また店に来てたわよ。あんたに会いたいから連絡をとってくれって」
「胡散臭い男?」
「あんたの知り合いなんでしょ?ケイレブとかいう、馴れ馴れしい男。ライオンみたいな頭の」
言われて、ケイレブがベリルの働く店に寄ったことに気付いた。
そういえばケイレブも、ベリルのところに行くつもりだと言っていたのを思い出した。また、ということは、何度かベリルのお店に足を運んだということか。
「ケイレブが私に会いたい?何故かしら」
元勇者パーティーの1人、ケイレブ。
最強の戦士、なんて言われ方をしていたけれど、私からしたら、ただの野蛮人だ。
マリウスを刺した犯人ではないという疑いはまだ晴れていない人物。
色んな意味で、私はあまりケイレブには会いたくないんだけど。
ベリルは綺麗な眉の間に皺を寄せて、形の整った薄い唇を歪めた。
「何故かは聞いてないから知らないわよ。『ルトウドの町で待ってる』ですって。ーーー転移の魔方陣を使って簡単に行けるとはいっても、国境近くの町なんて治安も良くないでしょうし危険なんじゃないの」
ベリルの言い方に含みを感じる。
もしかして、私の身を案じてくれているのかしら。なんだかんだ言って、ベリルもちゃんと私を親友と認めてくれているのかもしれない。
「ベリル、私のこと心配してくれているの?」
私が期待して尋ねると、思い切り顔をしかめられた。
「はぁ?寝言は寝てる時に言ってよね」
違ったらしい。
「あんたがあの男とどこで知り合ったかはわからないけど、あの男がただ者じゃない人ってことはわかるわ。胡散臭さもピカイチだけど、かなり強いわよね」
「わかるの?」
「わかりも何も。これまでどれだけの人間を見てきたと思ってるの。私ほどの人間になれば、嫌でもわかるわよ、あの男の異常さは」
「、、、異常、、、」
ベリルは本来の勇者マリウスや大賢者オスカーでもそんなことは言わなかったのに。
ケイレブは違うのだろうか。
田舎育ちの、ただ勇者パーティーにつきまとっただけの私にはわからない。
「その男が、ただの小娘を国の端の町にわざわざ呼ぶなんて、おかしいわよ」
ただの小娘ならそうだろうけど、ケイレブは私が本当は聖女であることを知っている。
ケイレブが何を考えているかはわからないけど、私を拉致して売り飛ばすような男ではないーーーと思っているんだけど。
これはベリルには言えない話。
「そ、そこまで疑わなくていいと思うんだけど、でもベリルがそう言うなら、気をつけておくね」
私が苦笑いをすると、ベリルは元々大きな瞳を丸々と開いた。目が飛び出すんじゃないかと心配になる。
「ど、どうしたの」
「、、、あんた、まさか行く気なの?」
驚いた顔のベリルに私が驚く。何を言っているんだ、ベリルは。
「そのために私に伝言したんでしょ」
まさか、とベリルは即答した。
「伝えてくれってしつこいから、伝えただけよ。あの男、本当はこの家に来たかったみたいだけど、よくわからない人間をここに呼ぶわけにもいけないでしょ。かといって、なんかあんた、最近は城下町を避けてるみたいだし。城下町で待ち合わせというわけにもいかないんでしょ」
「ベリル、私が城下町を避けてたこと知ってたの?」
ベリルは昼に寝て、夜に仕事に行く毎日だ。
生活が真逆だから昼間に活動する私のことを知らない、というか、興味ないものとばかり思っていた。
「私が一緒に暮らしだしてもバカみたいに毎日私の店に遊びに来ていた人間が急に来なくなったんだもの。嫌でもわかるわよ」
「バカみたいって、、、」
ベリルの口が悪いことは理解しているつもりだけど、あまりにハッキリ言われると、やっぱり心に刺さるものはある。
ベリルは傷ついた私の顔を見て、少し申し訳ないという顔をする。
「バカな子にバカって言ったら、更にバカになるから言ったらダメって言われたことがあるわ。御免なさいね、バカにして」
「それ、全く謝ってないよね?」
真っ赤な顔をしてブスくれた私に、ベリルはようやく、くすりと笑った。
「自分がどんな人間か、理解してるならまだ救いようがあるわね」
ベリルは、胸元からペンダントタイプの懐中時計を出して、時間を確認する。
「あら、出勤の時間だわ。私はもう店に行かなきゃいけないけどーーーまさか、今からルトウドの町に行くとか言わないわよね?」
女同士でさえときめくような色気のある目元から視線が流れてきて、私はブンブンと首を振った。
「もう夕方になるのに、今から行くことはないわ」
あのケイレブが私に用事なんて、何の理由か気にはなるけど、どの土地に行っても夜は危険度が一気に上昇する。
勇者パーティーにいる時は、男が3人いたから対処できていたけど、女1人で夜に出歩こうものなら、襲ってくれと言っているようなものだ。
ベリルは立ち上がり、私の横をすれ違う時に、私の頭にポンと手を乗せた。やんわりと微笑む姿は、鳥肌が立つほど美しい。
「そう。じゃあ、明日、私が仕事から帰ってきたら、ルトウドの町まで付き合ってあげるわ。それまでいい子にしておくのよ」
私はきょとんとして私より少し背の高いベリルを見上げた。
「え?一緒に行ってくれるの?」
「仕方ないじゃない。あんたに伝えたのは私なのに、それであんたに何か遭ったら、目覚めが悪いでしょ」
そんなこと言って、結局、心配してくれているのは見え見えだ。
ほんと、ベリルってツンデレなんだから。
私は喜びのあまり、ベリルに思いきり抱きつく。
「ありがとう!ベリル大好き!!」
ベリルはそれを即座に引き剥がし、ペイと投げ捨てられた。
「やめてちょうだい。せっかく整えたのに汚れるわ」
汚らわしいと眉を寄せたベリルも綺麗だけどね。ツンが多めなベリルも素敵と言っておこう。
✳️✳️✳️✳️✳️✳️✳️✳️✳️✳️✳️
1ヶ月以上経っても聖女の姿を公表されていないところから、私が警戒するのは城下町だけで良さそうだと思うようにはなっていた。
それでも妖精の村から出る勇気が持てなかった私には、いい機会な気がした。
辺境の町であれば、それこそ私の情報はまず届かないだろう。
辺境の町『ルトウド』は、寂れた場所だと聞いていた。荒れ果てて僅かな草木程度しか生えておらず、赤い土の地面が、地震によってひび割れ、断層ばかりが広がる特殊な土地。
段が多いため、馬車は勿論、その他の交通手段も使いにくく、人の寄り付きにくい町だったはずだ。
だというのに、私とベリル、そして付き添いといって同行してくれたワイアットがその町にたどり着いた時には、町の入口が多くの旅人で賑わっていた。
ちなみにオスカーとマリウスは、用事があるからと朝早く出ていってしまった。私がルトウドに行くと言う前に。
「どういうこと?」
私が呟くと、動きやすい格好をすっきりと着こなしているワイアットは、少し垂れた目を私に向けた。
「こんな辺境にこれだけの人が集まるなんて普通は考えられないから、転移の魔方陣による影響と考えていいかもね」
「転移の魔方陣、、、、」
転移の魔方陣。
私が過去に戻る前には世界に普及されていなかった代物。過去に戻ったらあちこちに設置されていた。
確かに自分達も、このルトウドに転移の魔方陣を使ってやってきたのだから、否定もできない。
なぜこんな寂れた土地に、と思うけれど、町に入って少し歩いただけで、見たこともない品物が露店に沢山並んでいた。
城下町ほどではないけれどこの町の大通りは活気があり、騒がしさでいえばむしろ、この町の方が上かもしれなかった。
まるで祭の時のようだ。
「、、、ここは一体、、、」
「ふぅん」
と、ベリルは私の横で、さも面白いとばかりに微笑した。
「百聞は一見に如かず、とはよく言ったものね」
ベリルの美貌は嫌でも目立つ。
勇者パーティーの時のように、ベリルはできるだけ地味な服装をしていた。目立たない色のワンピースに、旅人のようなマントを羽織っている。
そのマントから覗くエメラルドのような瞳は、この町を興味深そうに眺めている。
「少し前に、聞いてはいたのよ。辺境の町の1つに、立つ鳥を落とす勢いで成長しているところがあるって。そこは確かにルトウドの町とは聞いていたけど、ここまでとは思っていなかったわね」
そのベリルの横で、メモ紙を見ながらワイアットが自分達の現在の位置を確認している。
「家畜を買う時に聞いたんだ。新種の家畜が欲しいなら、ルトウドに行くといいって。冗談かと思ってたんだけどね」
「冗談?」
「そうだよ。ルトウドは、かつて『死の土地』って言われていたんだ。草木は生えず、赤い土ばかりが広がる、人が住めない場所だと。どうやったらたった数年でここまで発展できるのかな」
ワイアットは地図から目を離し、目的地の方向を向いた。
「こんなことなら、オスカーも連れてくれば良かったね。あの知識欲の塊にこの町を見せたら、あの仏頂面を少しは崩すことができたかもしれない」
それをベリルが鼻で笑う。
「偏屈男がはしゃぐ姿なんて見たくないわね」
オスカーったら散々な言われようね。まぁ日頃の行いなんだろうけど。
ワイアットが向かって右側を指差した。
「アグノラを呼びつけた男がいるのは、ここから東にある屋敷のようだね」
「屋敷?住所でそこまでわかるの?」
「地図によると、この先は住宅街になるみたいだ。住所は地区によっていくつかに分かれるはずなのに、この住所は細かく分かれていない。ということは、それだけ広大な土地だということになるからね」
元々辺境の誰もいない土地に広大な敷地を持つことは特別気にならないけれど、これだけ栄えた町に広大な土地となると、有権者の土地なのかもしれないと思う。
ケイレブがその土地の所有者なのだろうか。
かつての英雄。
戦場の獅子と呼ばれた男。
大戦士ケイレブ。
ありえなくはない話だ。
私達はワイアットに案内されるまま、その住所の場所に移動した。
町のはずれの一角。
そこには、辺境の町とは思えないほどの立派な屋敷が建っていた。
どこまでも続く広大な庭は丁寧に整備されていて、中央の道を挟んで左右対称に広がる庭園は手入れされた木や花が芸術品のように美しい。
妖精の村の自然も夢のように綺麗だけど、あれは自然が成すもの。特別な技術を持った人の手による自然が、ここまで感動を与えてくるとは知らなかった。
「素晴らしい屋敷の庭ね。下手したら王宮のものより素晴らしいかも」
私が思ったことをそのまま口にすると、私の少し前を歩いていたベリルが振り返って私に視線を流した。
「あんた、王宮に入ったことがあるの?」
城下町の人でさえ、王宮の中に入るのは難しい。
城の中に入れるのは貴族か騎士、特殊な才能を持つ一般人だけだ。
ワイアットは私が過去に戻る前に聖女であったことを知っている。でもベリルには伝えていない。
ベリルのことは信用している。
ベリルなら、話してもいいんじゃないかと私の心が囁いてくるけど、そうしようと思うと、フラッシュバックのように、あの時の魔王との戦いが脳裏に蘇る。
勇者パーティーの皆が倒れ、その上、マリウスの背中には短剣が刺さっていたあの映像。
私の前で、途絶えていったマリウスの呼吸。マリウスの鼓動。
あの絶望が。
もう、絶対に同じことは繰り返したくない。
ーーー繰り返さない。
私がそれを言うことで、過去に戻って歪めてきた未来が元に戻りそうで。
私はニコリと笑って、ベリルのエメラルドのような瞳を受け止めた。
「私が姿を消せるの、知ってるでしょ。王宮がどんなところか気になって、一度忍び込んだことがあるの」
そんな私の言葉に、ベリルは少し驚いて「信じられない」と呟いた。
「王宮の警備の中には、魔法を見破る人もいるはずよ。ちょっと王宮の外をみたくらいだから大丈夫だったのかもしれないけど、危険すぎるわ。あんたの首が飛んでもおかしくなかったんだから。もう2度とやめておきなさい」
ベリルの呆れた表情の中に、私への心配が見え隠れしている。それだけで私は嬉しくなってしまう。
「わかったわ」
私が満面な笑みを浮かべたことがベリルの気に触ったようだ。
「気持ち悪い笑い方しないで」
ツンとするベリル。
私はフフフと笑った。ほんとベリルったらツンデレよね
そんな穏やかな気持ちで足を進めていたのに。
屋敷の門近くまでたどり着いて、屋敷の前に停まっている馬車に乗り込もうとしている人物を見た時、いっきに血の気が引くのを感じた。
金色の緩やかな艶のある髪。
驚くほどに整った顔立ち。
細身ではあるけれど、すらりと伸びた身体。
洗練された仕草に色気のある雰囲気。
この国の第二王子エイダン。
ーーーーかつて、私に求婚してきた唯一の人。
ケイレブ以上に。
絶対に会いたくなかった人だった。




