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力の源 (マリウスサイド)

 アグノラの親友であるベリルという女が、俺のベッドに寝ていた朝。

 あの女がわざと俺のベッドに寝にきたというのはわかっている。


 国でも有名な娼婦であるベリルは、『アグノラ』をからかうために俺のベッドに入ってきたのだろう。 

 あの女の目に、俺は殆ど映っていないからだ。


 ベリルは確かにものすごい美女だとは思う。

 だが、美しいからといって惚れるものではない。

 豊満な胸や細い腰に、つい目がいってしまうのは男のさがだとしても、それでどうこうするつもりもないし、あの高慢な女に跪いて一夜を望むくらいなら、舌を噛みきってやるという気持ちはある。


 要は気にしなければいいのだーーーというのはわかっている。

 でも、気にしないわけにいかない理由は、それを『アグノラに知られる』ということだ。


 朝起きて、ベリルが俺の横で寝ているということに気付いた時、一番に頭に浮かんだのは、「アグノラがこれを見たらまずい」ということだった。


 俺はいつの間にか、アグノラを好きになっていたらしい。

 少し前から、それを薄々と感じてはいたのは確かだ。

 アグノラが毎日、ベリルに会うために娼館に通うのを知りながら、アグノラのためにと黙って我慢していた日々。

 いつアグノラが変な男に捕まるか。危険な魔物や人間に襲われて傷つくのではないか。心配で仕方がなかった。

 

 アグノラが俺より年下の女の子だから、兄になったつもりで気になるのかと思っていたが、アグノラが家を出て行く度に、心配と焦りは強くなっていった。


 アグノラは、敬愛する兄ワイアットを間接的とはいえ救ってくれた人。アグノラの明るく元気で、人に真っ直ぐぶつかってくるパワーと輝きは、人を魅了する。


 ワイアットも、人嫌いなオスカーでさえも、アグノラのその力と輝きに魅入られているようだった。

 だから、俺がアグノラに「人として」惹かれるのも、仕方のないことなのだろうと軽く考えていた。


 だが今日、ベリルが横にいることによって焦った時に、俺はアグノラを「女として」惹かれているのだと気付いた。


 アグノラがこの俺とベリルが一緒のベッドで寝ている様子を見て、俺に幻滅したらどうしようと、そんな女々しいことを考えた自分がショックだった。


 実際、俺がベリルと何かあったのならともかく、何もないのに幻滅されるなんてとんでもない。

 悪戯しにろ、冗談にしろ、こんな行動に出たベリルへの怒りもふつふつと沸き上がってくるし、こんなことにならないと自分の気持ちに気付かない自分自身にも腹が立った。


 気分転換に朝のトレーニングに出掛けて、スッキリと汗を流したはずなのに心は重く、毎朝日課のコーヒー一杯で癒されもせず、不快な気持ちでキッチンのテーブル席に座っていた。


 朝食作りのために起きてきたアグノラと目が合い、アグノラの表情をこっそりと覗き見してしまう自分がまた悔しい。


 もしアグノラが、俺とベリルが一緒に寝ていたことをすでに知っていて、軽蔑した顔をしていた場合への言い訳が、ずっと俺の頭を占めていた。


 幸い、アグノラは何も知らないようで、ベリルが俺の部屋のベッドで寝ていた話をすると、かなり驚いていた。


 朝に輝くオレンジの長い髪をポニーテールにして、クリクリとした大きな紫色の瞳が驚きで更に大きくなる姿はとにかく可愛い。


 国有数の美女であるベリルと比べると美しさという点では劣るものの、アグノラの顔以上に俺の心を動かす存在はないのではという程度には、好ましい顔だと思う。

 

 横に寝ていたのがベリルではなくアグノラだったら、俺は幸せな気分で1日を過ごせただろうに、と思うと、やはりベリルに憎らしさが沸いてくる。


 俺がアグノラに言い訳じみた説明をしていると、今現在、最大級に憎らしい妖艶な悪魔がのそりと起きてきて、俺達の様子を見て楽しそうに笑う。


 ベリルが、国中の男達が羨むほど、自分と同じベッドに寝れる事が最高の幸せのはずだという言い方に、俺ははっきりと否定した。ここは厳しく言っておかないと、後で絶対に後悔することになると予想できた。

「どこの誰かもわからないような連中の価値観と一緒にするな。俺は別に好きでもない女と寝ても、嬉しくも何ともない。むしろ迷惑だ」


 そういった俺に、ベリルはクスクスと笑った。

「でしょうね。私は職業柄、男を見る目はあるのよ。貴方が簡単に女に手を出す人間じゃないことはわかってたわ。据え膳食わぬは、というタイプではないわよね」


 そう言われてしまうと、俺としては複雑な気持ちになるのだが。うっかりベリルの胸の谷間に目がいってしまった事実は消せない。でも、ちゃんと手を出さなかった自分は心から褒めたいと思う。


 俺はそして、その場から離れた。

 藪蛇になる前に逃げたかった。


 アグノラがどこでベリルと出会ったのかはわからないが、とにかく癖のある親友を持ったものだと、アグノラを不憫に思いながら。


 そういえば俺の親友の男も、なかなかの曲者だ。


 ベリルとは質は違うものの、男にしておくのは惜しいほどの美貌を持つオスカー。

 片眼が瘴気で侵されていて色が違うことで、酷い扱いを受けてきた苦労人だ。


 詳しくは知らないが、オスカーの両親は貴族の血が流れているのだと聞いた。あの眼のせいで親から見放されなければ、あいつは俺とは違う生活をして、手の届かない場所にいたりしたのかもしれない。生まれだけでなく、あいつにはそれだけの能力がある。

 魔力、知能、探究心。

 どれをとってもずば抜けている。

 才能溢れているくせに、オスカーは人より一歩下がろうとする癖がある。


 エリクサーを探す旅では、あいつもワイアット兄さんを家族のように思っているくせに、俺に気をつかってか、自分が遠くの方の地域や他国を探し回ってくれていた。考えたくはないことだが、万が一、ワイアット兄さんに何かあった時に、俺がすぐに駆けつけてワイアット兄さんの傍にいれるようにだ。自分だって、誰よりもワイアット兄さんの傍にいたいはずなのに。

 無愛想なくせに、人間が嫌いというくせに、オスカーはそういうところがある。

 俺も、オスカーがいてくれたからこそ、ワイアット兄さんの病が悪化して身体が腐っていく時も、絶望せずに済んでいたように思う。


 親友というものは本当に大切だと、つくづく感じる。

 だからこそ、アグノラが「親友も一緒に暮らしたい」と言い出して、それが国でも有名な娼婦であるベリルとわかった時も、あまり反対はしなかった。


 娼婦ということが問題なわけではない。

 国でも有名になるほどの『稀有』な人間であるということは、それだけ癖が強い人間ということだ。

 本人が望んでいないトラブルも多くあるだろう。

 それでも、アグノラがベリルといたいというのなら、そしてベリルもそれを望むなら、そうしてやろうと、アグノラの気持ちを尊重してやりたかった。


 畑を耕しながら朝のことを思い出して、俺は1人で不機嫌な顔をしてみせる。

「、、、悪質な悪戯が続かなければだがな。あの女狐め」

 厄介な人物とわかっていただけに、複雑な気分になる。余計なトラブルなど本当に止めてほしいのだが。

 しかも他者からのトラブルではなく、ベリル本人が起こすトラブルなら尚更。アグノラだけでなく、俺も被害を被りそうだ。


「まさか、俺が井戸の底にに無理やり連れていった腹いせか?」

 そんなことを考えながら、俺は地面を掘り続ける。


 田畑の開拓は、思った以上に体力を消耗する。

 元々畑であるところを耕すのではなく、固い地面を掘るのだ。1平方メートルを耕すだけで、そこそこ大きな魔物を1体倒す程度の力を要する。

 それを、毎日何十、何百平方メートルと耕していると、やや限界を感じていた身体が、今まで以上に力をつけていることに気がついた。


 鍬と鋤と。

 耕すための道具が、それぞれの俺の筋肉を鍛え上げてくれる。それに加えて、アグノラからお願いされたと言って、ワイアット兄さんが俺に剣術を教えてくれるようになった。

 騎士として剣術を磨いたワイアット兄さんは、無駄のない効率的な動きをしていて、独学だった俺には学ぶことが多かった。


 強くなっている。

 それを実感し始めると、どんどん楽しくなっていって、気付けば遠くの山の麓まで開拓していたりする。


 普通の場所ならあり得ないことだけど、この妖精の村の周囲には誰も来ない。広大な土地を自分達で好きにしていいという贅沢。

 ここを見つけてくれたアグノラには、本当に感謝している。


✳️✳️✳️✳️✳️✳️✳️✳️✳️✳️✳️


「ねぇ、マリウス。ここから少し離れた村に、魔物が近づいているわ。助けてあげて」


 俺の肩に乗っていた小さな妖精の1人が、俺の耳元に話しかけてきた。


 俺は妖精達を引き寄せる力があるらしい。

 この妖精の村に来て、一番驚いたのはそこだった。

 火に集まる虫のように妖精達が俺に集まってくる。

 妖精と会話ができるようになってからは、妖精達は俺に絡まりながら色々なお願いをしてくるようになった。


 だからといって、あまり無茶なことは言わない。

 俺の肩に乗り、あそこに咲く花のところに行きたいとか、夜の星を見上げろとか、そういう小さなことの積み重ねばかり。

 それでも妖精達が喜ぶと俺も嬉しくなるし、そんなことで喜ぶなら、俺もしてやりたいと思う。


 いつの間にか、妖精の言うことは大抵聞くようになってしまっていた。


 今回は魔物の討伐。

 お願いするということは、俺が可能なことなのだろう。

「離れた村ってことは、この妖精の村から出るってことだろ?お前達は大丈夫なのか?」


 妖精の1人は首を振る。

「私達は行けないわ。でも昔はあそこの村も、私達、妖精の村の土地だったのよ。あそこが魔物に襲われて廃墟になるなんて嫌だわ。マリウス、助けてあげて」

 

 ここ数年で国全体に魔物が出る頻度が高くなっている。

 理由は魔王の力が強くなっているからだというが、そんな噂は眉唾ものでしかない。


 魔王なんて本当にいるのかも怪しいし、魔物の数が増えたからといって、この前のハタカンの町を襲いかけた魔物の大群以外には、自分達が魔物によって被害を受けたわけでもない。


 近々、国王が勇者を探すために有力者を召集するという情報をオスカーが手に入れていたが、勇者をたった1人選んだところで何ができるというのだろう。


 勇者として選ばれた人は『英雄』と呼ばれるだろうが、俺は『英雄』になりたいなどと思ったことはなかった。

 ワイアット兄さんやオスカー、アグノラのような身近な人を守れる強さを手に入れて、彼らを守るために傍にいれればそれで構わない。

 

 欲がないと言われればそれまでだけど、俺は元々、そんなに欲がある人間ではないのだから仕方ない。


 こういうのどかな自然の中で、穏やかに、大切な人達とともに楽しく過ごせればそれでいい。自分の強さが他と比べてどの程度なのかを知りたいという気持ちはあるけれど。


「大切なのはーーーお前達もだな」

 指示された村に向かいながら、肩に乗った妖精達を俺は小さく撫でる。

 妖精達は目を細めて、嬉しそうに笑う姿がとても愛らしい。


 この1ヶ月で、俺の生活は随分と変わってしまった。

 ワイアット兄さんとオスカーだけだった世界が。

 ワイアット兄さんの病を治すことしか考えれなかった日々が。

 もうワイアット兄さんの病の心配もせずに、自分のことまで考えられるようになっている。


 本当に不思議だった。

 アグノラという少女が1人来ただけで、ここまで俺の周りの世界が変わってしまうなんて。


 アグノラは知らないだろう。

 あの日。

 アグノラが俺の前に現れて、俺に泣きながら抱きついてきたあの日からだ。俺の世界が広がって、鮮やかな景色が見えるようになったのは。

 

 今となっては、もうアグノラを手離すことは考えられない気がする。

 自分の気持ちに気付いてしまったから。


 ーーーでも。


 俺は自分の右腕を押さえる。魔力詰まりが起こっているという場所が。

 アグノラの事を考えると、この右腕が痛むことがある。

 何故かはわからない。


 アグノラが俺に似た男を好きだったことは知っている。泣くほどに好きで、今もまだ想っていることも。


 でも、俺のことも悪く思っていないことも確かだ。俺とのことで何かある度に頬を赤くするアグノラがとても可愛い。

 

 だからアグノラを手に入れたいと望んでしまうのは、おかしな話ではないはず。


 なのに、この右腕がそうしてはいけないと、手に入れてはいけないと、無言で訴えてくるのだ。

 不安。焦燥感。罪悪感にも似た、よくわからない感情。


 アグノラは、この右腕の栓を魔力詰まりと言うけれど。俺には、もっと別の『良くない何か』のように感じる。


 こんな栓など、取れるものなら早く取ってしまいたかった。そうしたら、きっと素直にアグノラを望める気がして。


 俺は農作業を止めて散歩がてら言われた村に行き、妖精達に指示されたドラゴンタイプの魔物を探す。ドラゴンタイプの魔物を見つけて戦いながら、家についたらアグノラを魔法の修行に誘おうと心に決めた。


 この右腕の栓がアグノラとの関係の邪魔をするというのなら、アグノラに協力してもらって栓を取る方がいいような気がしたからだ。


 ただ単にアグノラと二人になる時間を作りたかったという理由もある。


 そんなことを考えていると、いつの間にか、村を破滅させる強さを持つドラゴンタイプの魔物を1人で倒してしまっていた。強そうに見えていたのに、実はたいしたことはなかったようだ。

 魔物を倒すと村人達は凄く喜んでくれて、俺も嬉しい気持ちになる。


 今まで故郷の人達に疎外されて知らなかったけれど、俺はどうやら、人を助けて喜んでもらうのが好きなようだ。

 元々、もっと強くなりたいという気持ちは、アグノラの事を考える時に感じる焦りと同じくらいに強い。


 だからもっと強くなって、人に喜んでもらって。


 そこで、そうか、と気づいた。

 俺は騎士になればいいのかもしれない。

 ワイアット兄さんが騎士として働いている時は、俺が誇らしいと思うほどに格好良かった。


 騎士なら沢山の人を守って喜んで貰える。

 それが、この先進むべき俺の道なのかもしれない。


 村人達がくれたドラゴンタイプの魔物を引き摺りながら妖精の村に帰っていると、遠くで小さく人影が見えた。


 太陽の下。

 光を浴びて輝くオレンジの髪は、駆け足で俺の方に向かってくる。

 目映い笑顔を全面に押し出して、大きく手を振りながら近づく16歳の少女。

 俺の、初めて好きになった人。

 

 彼女を守れる強さがもっと欲しい。

 早くもっと強くなりたい。


 ーーーーーー彼女を手にしてはいけないと、相変わらず右腕は煩いけれど。



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