日常の生活と、非なるもの
朝早く。
生まれたてのような、さわやかで穏やかな優しい日差し。窓を開けていると、夏だというのにさやさやと涼しい風が家の中を通り過ぎていく。
この家は、毎日早朝からコーヒーの香りが漂う。
マリウスがまだ太陽も昇る前から自身の訓練をして、その後にコーヒーを入れるからだ。
このマリウスの習性は、過去に戻る前、つまり未来においても変わらない。
勇者パーティーの、後半の旅ではちゃんとした豆も設備もなかった。コーヒーに似た黄色の花をつける野草を燻して、夜営の朝にマリウスが渋い顔をしながら飲んでいた。
そんな顔をするくらい不味いなら飲まなければいいのに、と私が言っても、マリウスは朝のコーヒー(もどき)の習性を止めなかった。
過去に戻ったのだから、今のマリウスはまだあの野草のコーヒーもどきの味は知らないだろう。
でも、美味しそうにコーヒーを飲むマリウスを見ると「コーヒーが飲めて良かったね」と言いたくなる。
私はそのマリウスのコーヒーを飲む姿が見たいがためだけに、早起きしてキッチンに向かうのだ。
「おはよう、マリウス。今日も良い天気ね」
私はリビングの自分の席に付いているマリウスの背中を見つけて、朝の挨拶をした。
「、、、おー」
なんか元気のないマリウスの返事に、私はマリウスの顔を覗いた。
「どうしたの。何か元気ないじゃない」
「、、、、、」
見ると、マリウスは眉間に皺を寄せた顔でコーヒーを啜っていた。黄色い花を焙って作られたコーヒーもどきを飲んでいた頃のマリウスと同じ顔だった。
「どうしたの、そんな顔して」
「、、、どうもこうも」
マリウスの声が僅かに低い。頭を抱えて、自分の部屋の方を指差した。
「アグノラに文句を言うわけじゃないが、あれはどういうことだ」
マリウスの指差す方向に視線を動かすと、マリウスの部屋のベッドの布団がこんもりと盛り上がっている。人が寝ているようだ。
マリウスがここにいるのだから、他の誰かがマリウスのベッドで寝ているのだろうけれど。
「友達、、、?」
私はもう少しベッド近寄ってみると、布団の奥に緑の長い髪が見えた。あの鮮やかな緑色の髪を持つ人間は、友達どころか知り合いでも1人しかいない。
私は飛び上がるほど驚いた。
「え?な、なんで?なんで、、、?」
どう見てもベリルの髪だ。
なぜベリルがマリウスのベッドにいるのか。悲鳴のように私が声を出すと、マリウスも呆れたように息をついた。
「知らねぇよ。そんなの俺が知りたい」
投げやりなマリウスの声に、少しだけ私も冷静になる。マリウスとベリルが何かあったわけではなさそうだ。
「朝起きたら、俺の横に寝てたんだよ。わけがわからなくて、でもあの女があまりにぐっすり寝てるから声もかけれねぇし、混乱する頭を整理するために普段通り訓練に出たんだ。なのに、帰ってきても変わらず普通に俺のベッドで寝てる。どうしたものかわからず困ってるところだ」
常に笑顔で優しいはずのマリウスに、いつもの穏やかさはない。むしろ、猫をかぶっていた本性を隠すのを止めたとしか言えない態度だった。
過去に戻ってから、マリウスは別人のようだった。むしろ、慣れてしまうと、こっちのマリウスの方がしっくりくる。
過去に戻るマリウスを忘れるわけじゃないけれど。
そんな優しくない方のマリウスが一度口を閉じ、少し考えてまた開いた。
「、、、なんであの女が、この家を知っているんだ。ここは妖精によって隠された場所じゃなかったのか?」
納得できていないマリウスに、私は少し申し訳なく思う。
「この妖精の村は、入ることを許可された人間は入れるって言ってたでしょ。実は少し前に、ベリルにここの場所を話したの。妖精の長老にも許可を貰ってね」
「そうか、それでか。なるほどな」
数回頷いたマリウスは、しかし頭を抱えて私を睨め付ける。
「、、、って納得できるか。だからってなんで俺のベッドで寝てるんだ。行くならお前のベッドだろ。そのためにアグノラの部屋に2つベッドを置いたのに」
「五月蝿いわね」
少し気だるそうな声がマリウスの声を遮った。
やや低めの、だけど耳に心地好い声だ。
キッチンの入り口にベリルが立っていた。
「ベリル」
「朝方ここに来たんだから、まだ全然寝れてないのよ。睡眠妨害はやめてちょうだい。睡眠不足がお肌の天敵って知らないの?」
緑の流れるような艶のある美しい髪は、一部、顔にかかっていて、ベリルはそれを鬱陶しそうに掻き上げる。
掻き上げる細くて長い指も、透き通るような白い肌も、見事な曲線を描く肢体も、何から何まで見惚れるほどに美しい。
ベリルはシルクでできた白いキャミソールと、同じ素材の下着一枚だけを身体にまとっていた。
羨ましいほどの豊満な胸元の膨らみが、今にもそのキャミソールからはみ出しそうだ。シルクはかなり上等のもので、ベリルの大切な部分は見えそうで全く見えない。
だけどその全身から醸し出す色気と、目に焼き付くような完璧なボディラインによって、女である私も顔が火照りそうだった。
勇者パーティーでのベリルは、私の前でさえもこんな格好をしたことなかったのに。
「知らねぇよ」
マリウスが不機嫌そうに言うと、ベリルはからかうように小さく笑った。
「何よ、私が隣に勝手に寝てたのが気に入らないの?」
「当たり前だ」
「おかしいわね。国中の男が、私と1時間の会話をするためだけに稼ぎの殆どを差し出すのよ。そんな私が無料で一緒に寝てあげたんだから、むしろもっと喜ぶべきでしょう」
妖艶なベリルの瞳。
あまりの魅力に、私はソワソワとしだした。
過去では、ベリルはマリウスに興味がなさそうだった。マリウスも同じく。だから安心していたのに、万が一ベリルがマリウスに興味を持ったのだとしたら、私が敵うはずがない。
だが、マリウスは冷たく良い放った。
「どこの誰かもわからないような連中の価値観と一緒にするな。俺は別に好きでもない女と寝ても嬉しくも何ともない。むしろ迷惑だ」
何ということでしょう。
マリウスの言葉は安心できるし嬉しいけど、目の前の絶世の美女を前にして、よく言えるものだと感心する。
そういえばマリウス、過去では私を好きだと言ってくれた。
もしかして美人よりも少し崩れた容姿の方が好きな、特殊な趣味の人なのかもしれない。
ベリルはそのマリウスの言葉をクスクスと笑った。
「でしょうね。私は職業柄、男を見る目はあるのよ。貴方が簡単に女に手を出す人間じゃないことはわかってたわ。据え膳食わぬは、というタイプではないわよね」
マリウスはベリルを睨む。
「わかってるなら何故俺のベッドなんだ。嫌がらせか?」
それには私も同調する。
「そ、そうよ、ベリル。貴女のベッドは私の部屋にあるって言ったじゃない」
そう、ベリルには説明していたはずなのに。
私がベリルに声をかけると、ベリルは私の方を向いて、自分の緑の綺麗な長い髪を撫でた。
「寝れればどこでもいいってわけじゃないのよ。できれば男の厚い胸元に包まれて寝たいじゃない。女の子の柔らかい身体も嫌いじゃないけど、私はどっちかといえば男の方がいいわ」
「な、、、」
驚いた私の顔を楽しむように、ベリルはクスリと微笑んで、キッチンに置いてあるコップに手を伸ばす。
「また今日も夜に仕事があるから、もう一眠りさせてもらうわ。起こさないでね」
そう言うと、ベリルは魔法で手から水を出すとコップに注ぎ、一気に飲み干してからまたマリウスの部屋に戻っていった。
呆気にとられた私とマリウスは、ベリルの姿が見えなくなってからやんわりと目を合わせる。
開いた口が塞がらないというのは、このことだろう。マリウスは目を白黒させていた。
「、、、な、、、。俺のベッドだぞ。あいつ、頭がおかしいんじゃないか」
「、、、、、、」
私は何も言えない。
優しくて賢くて清楚で。女性の鏡のような女性だったベリル。私の憧れ。私の心の癒し。
そんな人物とまるで違うベリルの姿に、ベリルを誘った私でさえ戸惑いを隠せなかった。
でもこれが、本当のベリルなのだろう。
マリウスはまた眉間の皺を深く刻んで、飲み終わったコーヒーカップをテーブルに残したまま立ち上がった。
「畑仕事をしてくる。戻ったらまたコーヒーを飲むから、そのカップは片付けなくていい。そこにおいていてくれ」
私に背を向けるマリウス。
早朝の訓練の後にコーヒーを飲み、それからまだ陽が低いうちに畑仕事をする。それがマリウスの日課だった。
マリウスが畑仕事をしている間に、私は朝食の準備をする。
もうすぐワイアットが起きてきて、昼前にオスカーが部屋から出てくる。
オスカーは夜の静かな時間の方が研究をしやすいと言って、夜は遅くまで起きているから、朝の目覚めも遅いのだ。
皆と一緒に住み出して約1ヶ月。
それぞれの、色んな部分が見えるようになっていた。
ワイアットは騎士でありながら動物好きで、土地開発部門を担当しながら家畜の育成に携わっていたらしい。
この妖精の村に住み出して1ヶ月。いつの間にか南側の土地が開拓されて、大きな牧場になっていた。
小さな牛と二羽の鶏が小屋の中にいて、その子達とワイアットが楽しそうに戯れている。
オスカーは今も昔も変わらず、部屋に籠って魔法の研究に没頭していた。あれは努力家、研究熱心というより、趣味の範疇なんだろうなと思う。
私は作った朝食をオスカーの部屋に持っていく。
コンコンとドアをノックするが返事はない。
それはいつものことで、一応、礼儀としてノックしているだけで、ノックの意味は殆どなかった。一度としてオスカーから返事があったことはないし、かといって勝手に部屋に入ったからと怒られたこともない。
研究の邪魔さえしなければ、オスカーは他のことは多少どうでもいいのだと思う。
今、オスカーは連続魔法のタイムラグについて研究しているらしい。妖精の村の村長と一緒に、研究を重ねているようだ。
寝不足のせいで目の下にクマができているのに、その瞳は爛々としていて、まるで子供がオモチャに夢中になっているかのよう。
整いすぎた顔立ちは、目の下にクマができていても変わらず美しく、人でない高貴な存在が作った造型品かと見紛うほどだ。
私は邪魔にならないようにこっそりと部屋に入って、作業机のある横の棚の、小さなスペースに朝食を置いた。今日はポテトのポタージュと目玉焼き。野草のバター炒め。たっぷりの新鮮な野菜のサラダ。
「置いておくね」
オスカーに声をかけるが、やはり返事はない。気づいていないのか、ものすごい集中力で作業をしている。
私はそっと部屋を出た。
オスカーの部屋を出てから、私は小さくため息をつく。
ベリルを家に迎えるという目標を達成(?)して、勇者パーティーメンバーは、魔王退治の旅に出る気配はなく、それぞれが自分の好きなことをすることができている。
妖精の村は本当にのどかで、緑溢れて居心地が良い。
食べ物は美味しいし、これ以上、不満を言ったら贅沢になる。
だが。
私は自分の胸元の服を握った。
なぜだろう。どこか漠然とした不安が、ふとした瞬間に私を襲ってくるのは。
一度死んだ過去があるからだろうか。
そうならないのだと思い込もうとしても、どうしても最悪の結果を思い浮かべてしまうからかもしれない。
勇者パーティー全滅という苦い記憶は、消えることのない映像が容赦なくフラッシュバックして私を苦しめる。
だからこそ、そうならないように。
もう二度と、愛する人達が同じ苦しみを味わうことがないように、道を選んできたというのに。
本来は、世界を破滅に導く魔王を倒さなければならない勇者。
その道から逃げたと言われればそうなのだろうけれど、勇者は【最強】という立場を、人であるこの国の王が選んだだけの存在。魔王を倒す役目を与えられた職業であるというだけだ。
マリウスがいなければ、他の誰かが王に【最強】という呼び名をつけられ、魔王退治を任命されるだけ。
だから、勇者はマリウスでなくていいはず。
今のマリウスはもう、魔王に恨みも何もない。
ワイアットは死なず、マリウスの故郷も壊滅することはなかった。
もう魔王を恨むことも、勇者という使命をもって魔王を倒そうとすることもない。
あの最後の決戦。
魔王と向き合ったあの日。
私はまだ全然実力不足だったけど、マリウス達は確かに『最強』と言われるだけの力は有していた。
血を吐くほど努力して鍛え、魔王の元に向かった。
それなのに、軽くあしらわれるようにパーティーは全滅した。
魔王との力の差は天と地ほどに違った。
魔王には殆ど何もダメージを与えることができずに、あっさりと倒されたのだ。
あれだけ鍛練していてそうであるならば、もうマリウスが魔王退治に行く必要はない。わざわざ無駄死にしにいくようなものだ。
『勇者』と王に名付けられた他の強い人間が、強い仲間を集めて、がむしゃらに鍛えて旅をすれば、私を含むマリウス達が成しえなかった『魔王退治』を果たすことができるかもしれない。
倒せなければいつか、侵略してきた魔王によって私達の人間世界は全滅して結局死ぬかもしれないけれど、それはまだまだ先の話。
一度限界まで努力してダメだったのだ。私達が無駄に早死にする必要はない。
私達に対して他の人達がそうであったように、私達はただ祈ればいいのだ。
誰か魔王を倒してくれますように、と。
私達は。
いや、一度挑戦して地獄をみたマリウス達だけは、傍観していい資格があるはずだ。魔王退治とは違う道を歩んで、幸せになってもいいのだ。
私は自分に言い聞かせるようにしながら、家の外に出た。そして畑の広がる場所まで行ってマリウスの姿を探す。
マリウスの姿が見当たらない。
マリウスは畑仕事をしてくると言っていた。
だから畑にいるはずなのに、と辺りを見渡していると、畑の奥の方からマリウスが歩いてくるシルエットが見えた。
遠くからでもわかる。
歩く姿だけで私の胸を痛いほど締め付けることができるのは、マリウスだけだ。
絶妙なバランスで統制された筋肉のつき方。
流れるような身の動き。
野生の肉食獣のようにしなやかで美しい身体。
私は手を上げて、マリウスに叫んだ。
「マリウスー!」
マリウスは気づいて、少しだけ微笑む。
荷物を持っているようで、手を挙げ返してはくれなかった。
左肩に大きな箱を乗せて、それを左手で絡ませるように支えている。もう片方の手は、何かを引き摺ってきているのか、やや後ろ側に手を回していた。
私は駆け出して、淡い茶色の髪を風にそよがせるマリウスに近寄った。
「マリウス。どうしたの、その荷物」
「あぁこれか。箱の中は土壌の栄養のようなものだ。妖精のじいさんはそんなものはいらんって言うけど、俺の前の家の畑はこれがあるかどうかで育った野菜の旨味が全然違ったからな」
「ふぅん」
妖精の村の村長が言う通り、これだけの豊かな土地に堆肥や栄養剤なんていらなさそうだけど、マリウスがこだわるなら文句を言うほどでもない。
そもそも私がここにいる以上、草木が健康に育たないはずがないんだけどね。
太陽の光と同等の光魔法と、植物を育む聖魔法が私は使えるのだから。
でもそれをあえてしないのは、マリウスが畑作業を楽しそうにしているから。
マリウスが試行錯誤して作業している姿を見るだけで、私も幸せな気持ちになる。
「栄養をやりすぎるのも良くないらしいから、少しずつ様子をみようと思ってるんだ」
白い歯をみせて笑うマリウスは、まだ幼い少年のようにも見える。怒りっぽいのも、子供っぽいのも、本来のマリウスなのだと私は改めて思う。
あの勇者の頃の、爽やかで、でも隙のないような笑顔と全然違う。今思えば、旅の途中からのマリウスの笑顔は、どこか顔に張り付いたような笑顔になっていた気がする。
あの頃よりも二歳ほど若いとはいえ、マリウスのこんな屈託のない笑顔を見れるだけで、過去に戻ってきた価値はあるのだろう。
「マリウス。楽しそうね」
私が言うと、マリウスは苦笑してみせた。
「育てるのは楽しいけど、それだけじゃないんだ。簡単に言うけどな。開墾するのって思っていた以上に難しい」
別に開墾をお願いしたわけでもないけど、日に日に耕された土地は増えている気はしていた。
「そんなに?ここからじゃ見えないけど、どこまで畑にしたの?」
あぁ、とマリウスは聞かれて少し嬉しそうにする。聞いてもらいたかったのだろう。口の端がほんのり自慢気に歪んでいる。
「向こうの山の麓までだな」
「向こうの山、、、?」
ここは山と山に挟まれた土地。
でもマリウスが示した方向は、近くに山などなかった。少し霞むくらい遠くに山が連なって見えてはいるが。
冗談だろうと思って笑おうとして、マリウスの瞳が褒めて欲しそうであることに気づき、ぎょっとした。
冗談じゃないの?
あの山の麓までって、その距離おかしくない?
あそこまで何キロ、いや何十キロあると思ってるの。
「妖精のじいさんがさ、ここの土地は見える範囲はどこでも好きにしていいって言うから、あちこちに畑を作ってみたんだ。土壌の違いで育ちやすいものや育てにくい植物もあるって言うだろ」
嬉々として話すマリウス。
その平然とした感じが恐ろしい。
マリウスの努力家である部分と真面目な部分と、脳筋である部分を全部把握した上でそれをマリウスに助言したのだとしたら。
ほのかにマリウスの後ろに、そこにいるはずのない男の姿が浮かんだ。
「それ、オスカーの入れ知恵じゃないの」
「よくわかったな。賢いオスカーの言うことなら間違いないし、オスカーがそういうならやってみる価値はあるよな」
だからといって、向こうの山の麓まで開墾するマリウスの体力とパワーに驚愕する。
「、、、で、それは何なの?もう片方の手に持っているやつ」
私が指を差すと、マリウスはまた、あぁ、と返事した。さっきと違って、少し面倒くさそうにしている。
「こいつか。この肥料を買いに、この村を出て近くの町に行ったら、たまたまこの魔物が町を襲おうとしていてな。かなり強いやつみたいだったから参戦したけど、意外とあっさり倒せたんだ。町のやつらが、俺の手柄だからこの魔物の素材はお持ち帰り下さいって言うものだから」
その魔物は大きさこそ、成人男性の2倍程度である。ーーーあるがしかし。
「いらないって言ったんだけどな、オスカーがそういえば強めの魔物の魔石を欲しがってたのを思い出してな」
魔石。
確かにこの魔物なら、そこそこの魔石が取れるだろう。下手したら、ベリルが働く店の副店主が持っていた魔石に匹敵する質の魔石が取れるかもしれない。
あれは伯爵家代々受け継わがれる宝だと言っていたけど。
私はそこにいる魔物を凝視した。
見たことのある魔物だった。
灰と茶色を混ぜ混んだような鈍い色のその魔物の特徴は、その蜥蜴のような身体の、あちこちの器官から見える蛍光の青色が他者を警告しているところにある。
自分は危険だと無言で訴えるその魔物は、確かに危険な生物だった。
この魔物とは、勇者の旅の中盤で出会った。
多くの魔物を倒したのに、これだけ鮮明に思い出せるのは、この魔物が異常に強かったからだ。
旅の中盤。
パーティーの皆も鍛えて、経験も積んで、自分達は強いと自信がついてきた頃だった。
いくつもの町が破壊されたというドラゴンタイプの魔物の討伐依頼が入って、皆でその魔物がいる町に向かった。
その魔物はとても強く、強くなったと思いあがっていたパーティーメンバーの自尊心をことごとく壊していった。
その魔物の討伐まで何日かかったか覚えていない。限界ギリギリで戦い、1人が力尽きて離脱すると、その人が戻ってくるまでの間はその人の分まで補いながら、誰かが戻っては誰かが離脱するという戦闘体制で頑張った。ーーーそれしか方法がないように思えた。
何日目かに、ようやくドラゴンタイプの魔物が倒れた。あと1日倒れるのが遅かったら、誰かが死んだか全滅したかもしれなかった。
そんな戦いをした魔物。
それが、目の前にいる。
私は信じれない思いで、そのドラゴンタイプの魔物を眺めた。もう息をしていないその魔物は、当時の魔物と大きさも形もそこまで変わらない。
当の魔物かもしれないし、同じ種類の違う魔物なのかも。そして強さに個体差があるにしても。
ーーー2年後のマリウスが仲間と共に戦ってようやく勝てた魔物に、まだ勇者としての旅も修行もしていないマリウスが単独で勝つ。
しかもさっき家を出たばかりだ。
どれだけ強ければ、肥料の買い物ついでにこんなに早く倒せるのだろう。
そんなことーーーーあり得るのだろうか。
「どうした。魔物はもう死んでいるから大丈夫だぞ」
「、、、、、」
私が驚いている理由をマリウスは知らない。
ドラゴンタイプの魔物を怖がっているとでも思っているのだろうけど。
むしろ。
平然としているマリウスの方が怖かった。
あの頃、限界だと思っていたその力より、ずっと強いマリウス。
それはマリウスこそが『勇者』なのだと。そう言われているような気がして。
怖かった。




