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27/68

地下での戦いのあとに。

 時は少し遡る。


 私は魔法でケシの花を部屋中に咲き乱した。

 ケシの花は実に変わり、その実は勢いよく枯れて粉になる。その中からまた芽が出て花が咲いた。


 私の聖女の力が影響しているのか、ケシの花は普通のものよりも真っ赤で、部屋を埋め尽くしたケシの花は、まるで血の海のようになった。


 粉に引火した煙は、チャドというこの店の店主と、その護衛である黒尽くめの男達を容赦なく襲った。


 店主はただの人だ。 

 あっという間に煙に巻かれ、目の焦点が合わなくなった。ぼんやりとして意識が朦朧としている。ブツブツと何か言い出したのは、きっと幻想の中に入り込んで何かを観ているのだろう。

 もう私達に危害を加えることはできる様子ではない。


 問題は黒尽くめの男達だった。

 間違いなく煙の影響を受けているはずなのに、毒や薬に慣らされているのかもしれない。

 3人とも辛うじて意識を保っていた。 

 倒れるのは時間の問題かもしれないけれど、万が一ということもある。


 私は私の後ろにいるマダムを見た。


 マダムは私を見つめたまま、驚きを隠せないでいるようだった。口は開いたままで、完全に腰が抜けてしまっている。


「、、、あんた、、、、まさか、、、」


 呟いたマダムの言葉で、私はマダムの思考を悟った。こういう夜の店を保つには、かなり膨大な知識がいると聞いたことがある。

 一般常識だけでなく高位貴族の社交界、教会関連、あらゆる経済、闇の世界まで熟知しているのだという。


 だから『聖女』のことも、知識としては持っているのだろう。私はマダムに気付かれたことを知る。


 私は何も言わず、自分の唇に人差し指を立てて、マダムを見つめた。

 マダムはとても賢い人だ。

 それだけで理解してくれたようだった。


 私はマダムからまた男達に戻した。

 これだけの状態でまだ意識を失っていないだけでなく、3人とも私を鋭く睨み付けていた。

 それだけの精神力、驚嘆に値する。


 彼らから強い『意思』を感じた。

 任務という責任感だけではない何か。


「、、、マダム、ちょっと離れます。あなたはここにいて」

「ーーー何を、、、」

 引き留めようとするマダムを置いて、私は自分の結界から抜け出し、3人の男に近づいた。


 煙は私にも襲いかかるけれど、私に『毒』は効かない。身体に入ったものは全て浄化されるから。


 私が結界から出たのに気付いて、魔法使いの男が私に氷の魔法を使ってきた。その手を私が光魔法で弾く。剣士が剣を振り上げようとしたが、そのスピードはかなり遅くて簡単に避けることができた。


 さっきとはまるで威力が違う。あまりに弱々しい攻撃。これなら私の力でもどうにかなりそうだった。


「貴方達、諦めないのね」

 私の言葉に、剣士の男がギリ、と歯を噛み締める。

「、、、当たり前だ」


「なぜ?守るべき店主はもう捕まるわ。逃げる力さえない。そして貴方達ももうそんなに弱ってる。ここから形勢逆転はないわよ。私には呪いも効かないんだから」


 私は黒尽くめの服を着た3人の男達のフードを光魔法で弾いて降ろした。

 フードを取ると、3人とも黒髪だった。顔立ちもどことなく似ている。

「貴方達、兄弟なのかしら。似ているわね」

「、、、、、、」

 私の言葉に返事はない。

 ただその首に、それぞれベリルと同じ首輪がついていた。彼らもまた、店主に隷属にさせられた人間達だったわけだ。


 ふぅん、と私は喉を鳴らした。

「言いたくないなら構わないわ。貴方達もどうせ捕まるわけだし、もう二度と会わないでしょう」


「、、、あんた、聖女だろう。聖人なら俺達を助けるんじゃないのか。誰にでも愛を捧げるんだろう」

 魔法使いの男が恨みを込めた瞳で私を見てきた。

 だけど私はこんな人達に恨みを買った覚えはない。


 この男達にもバレてしまったのね。当たり前か。

 この世の中で生物の成長を操れるのは聖魔法だけ。

 その聖魔法を使えるのは聖女だけだ。


 仕方ない。死ぬか聖魔法を使うかという選択肢で、私は生きる方を選んだのだから。


「そうよ、私は聖女。でも残念ね。誰にでも優しいわけじゃないの。それとも助けて欲しいの?」

 魔法使いの男は眉を寄せる。

「、、、俺はいい。それだけのことをした。でも弟達はこれを機に足を洗う。だから助けてやって欲しい」

 魔法使いが言うと、他の2人が驚くように魔法使いを見た。

「何を」

「ふざけるなよ兄さん」

 魔法使いはその2人を無視し、苦しそうな呼吸を堪えて私に交渉してくる。

「、、、あんたは聖女であることを隠してるんじゃないのか。俺はこのままでは死なない。俺達を捕まえにきたやつにこのことを話す事もできる」

 

 弟達。やっぱり兄弟なのね。

 自己犠牲の兄弟愛。嫌いではない。

 ただ人を脅すなんて、いただけないわね。

 

「こんな麻薬を大量に吸った人間の言うことなんか、誰も聞いてはくれないわ。幻覚を見たと思われるだけ」

「それでも、言えばあんたは上層部に目はつけられる。『聖女』は世界中が欲しているからな」


 そうでしょうね。

 実際、失敗したとは思う。聖女であることは隠さないといけないのに。

 記憶を操作する魔法もこの世にはあると聞いたことがあるけど、私はその魔法を知らない。


「、、、それなら、貴方達全員に死んでもらった方が私には都合がいいわね」

「聖女は人を殺せないんだろう?」


 私はつい苦笑してしまった。

 この男も聖女に詳しい。

 私は人を殺せないのだ。

 無駄な殺生をすると、その聖女としての能力を失う。

 でも。


「私が殺さなければいいのよ」

 私は光魔法を放射線状に飛ばした。光は男達3人を無数に攻撃し、男達に致命傷に至らない程度の傷を負わせた。

「、、、、っ!!」

「く」

 かなり痛いはずなのに誰も悲鳴をあげない。


 うふ、と私は怪しい表情を作った。

「やっぱり特殊な訓練を受けた人達は違うわね。心の強い人は大好きよ」


 いつでも攻撃できるように、私は自分の手を光らせる。

「こういうのはどうかしら。貴方達3人のうち1人だけ、助けてあげると約束する。貴方達3人が戦って、『傷が1番重症な人』を助けてあげる。私はとても優しいでしょう?」


 男達は顔を見合わせた。


 兄弟3人。どうやら彼らはお互いを思いやっているようだ。それぞれの視線がそう語っている。

 それを有効活用させてもらう。

 傷が少ない人は助からない。自己犠牲の精神も素晴らしいけれど、兄弟を助けたければ相手の傷を増やさなければならない。


 魔法使いは、ぎり、と歯を噛み締めた。

「ーーーー悪魔め」

 心から呟いた私を罵る声は、私の嘲笑を誘う。

「悪人には言われたくないわね。でも私は悪人じゃない。私は約束は守るわよ?本当に1人だけ、ちゃんと助けてあげる。だからって兄弟を助けるために自殺は許さないわよ。自殺は神に背く行為だから」


 男達は私の顔を見る。

 私が信用できるかどうか。

 本当に、助けてくれるのかどうか。


 少なくとも、このままでは3人とも死ぬか、捕まって死ぬまで牢獄に入れられる。麻薬所持はそれだけ罪が重い。

 人を殺そうとしたくせに、自分達は兄弟誰か1人でも救おうとするなんて笑わせる。

 

「さぁ、はじめて」

 私が指を鳴らし合図を出すと、男達は覚悟を決めたようだった。

 自分を守るためではない。お互いが、お互いを助けるためだけに戦い始める。

 見知らぬ聖女。私の言うことを信じて。


 魔法使いは魔法で弟達を攻撃する。剣士は剣を振り回す。呪術師は兄弟を呪うわけにはいかないから、素手で兄弟を殴りかかった。


 その戦いはとても壮絶だった。

 兄弟を想いあう戦い。死なない程度なのに死と紙一重の攻撃を繰り広げる。

 これだけの実力がありながら、店主に従わなければならなかった男達。

 ーーー少し。少しだけ、私の大好きなベリルと重なった。


 そして少なくない時間が経過した。

 男達はそれぞれの全力を尽くし、想像以上に激しい戦いになっていた。この店自体の結界と、私が張った結界がなければ大変なことになっていただろう。


 相手を助けるには、自分よりも傷を深くしなければならない。

 愛する家族を傷つける行為は辛かっただろう。

 ーーー辛くあって欲しいと思う。

 男達は力を使い果たし、3人とも倒れて動けなくなっていた。助けるためとはいえ、つい呆れて笑いが漏れる。

「、、、バカな人達ね。これじゃあ、助かっても逃げれないじゃないの」

 

 私は倒れて動くこともできなくなった男達から離れた。そして頭が混乱して地面に寝転び、妄想の世界に入り込んでいる店主に近寄った。


 私は店主の額に手をかざし、回復魔法をかけた。

「『状態回復』」

 麻薬漬けになった身体が多少回復すると、店主は意識を取り戻した。

「ーーーな、なんだ?ここは、、、一体、、、?」

 店主の瞳に力が宿る。だがまだ焦点はあっていなかった。完全には戻していないので、身体は重く、まだ頭ははっきりはしていないだろう。


「店主」


 私が声をかけると、店主は私の方を振り向く。しかし一気に顔を蒼白にさせて「ひぃ」と声をあげた。


「あ、赤!!お前は、悪魔かっ!」


 また悪魔扱い。

 失礼しちゃう。

 赤いって、私の髪は赤いんじゃなくてオレンジなんだけど。脳裏に焼き付いた真っ赤なケシの花の色が、視界に反映しているのかもしれない。

 店主は手足を震わせて、「助けてくれ」と繰り返す。

 恐怖で唇は真っ青になってしまっている。


「店主」

 私は店主を落ち着かせるために、優しく声をかけた。

「安心して下さい。これ以上は何もしませんよ。ーーー店主が、ベリルの隷属の首輪の権利を私に譲ってくれるなら、ですけどね」


「ゆ、譲る!譲るから。助けてくれ」


 本当に必死の店主は、無様にも地べたを這い、私からできるだけ離れようとする。

 私はその背中を徒歩でゆっくりと追った。笑顔のままで、優しく。


「本当ですか?嬉しい。これでベリルは自由になれますね。ーーーあぁ、もしこの先、またベリルに会うことがあれば、ベリルに謝ってもらってもいいですか?ベリルの辛い過去はなくならないでしょうけど」


「あ、謝る、、、あや、、、ま、、、」

 話している最中から、また店主の意識が薄れだしていく。私には麻薬は効かないから気づかなかったけど、部屋中にまだ麻薬の煙が広がっているのだろう。


 私はもう一度、店主に回復魔法をかけた。でももう脳へのダメージは受けているようだった。

 もう私の顔は見れていない。

 

 自業自得だ。店主のせいで、どれだけの人間が壊れてしまったかわからない。

 私はこの店主には一切の同情や罪悪感は感じなかった。


 私は笑顔で、逃げようとする店主の服を掴んだ。

「店主。ーーーもう一つ、お願いがあるんですけど」


 その私を瞳に写したした店主は、すでに土色の顔色をしていた。


 

✳️✳️✳️✳️✳️✳️✳️✳️✳️✳️✳️✳️✳️✳️✳️


 店主に隷属の首輪の外し方を聞いた私はマダムのところに戻った。


「良かったのかい?」

 マダムは()()()()()()に対して、不安そうな表情を浮かべていた。私も自分自身で賢くない選択だとは思うけれど、彼らと約束をしたし、自分の気持ちには嘘はつけなかった。

「私がそうしたかっただけだから」

 私がそう言うと、マダムは呆れた顔でそう呟いた。

「、、、あんた、実はたいしたタマだね。賢くはないけどあたしは好きだよ。そういうバカは」 

「いきなり何ですか?」

 褒められているんだか、貶されているんだか。


「ベリルとも仲がいいんだろ。あんた、うちの店で働かないかい」

 マダムは本気の目をしていた。どうやら私はマダムに気に入られたらしい。

 苦笑して、私は首を傾ける。

「気持ちは嬉しいんですけど、私はこの身体は1人の人のために有るつもりですから」

 そう望んでいる相手が、私を受け入れてくれないだけで。


 マダムはほぅ、と小さくため息を漏らす。

「そうかい。そんな人がいるんじゃ仕方ないね。まぁこの先、この店がどうなるかもわからないしね」


 店主がいなくなった店。

 切り盛りだけならマダムでもできるだろうけれど、店というものは色々な人間との繋がりもあって成り立っている。

 関係者から反対されたら、いくらどんなに黒字であっても店は閉じなければならない。

 そればかりは、私にもどうしようもなかった。

 

「この店は娼館だけど、それだけじゃないんだよ。普通に食事をしたり、酒を飲みにくるだけの客もいる。ここで働く女達もそうさ。この店で働くことで生活が成り立っている女の子だっている。職を失わせてしまうのは可哀想だ。どうにかできればいいんだけどね、、、」


 未来の起こりうることを考えて落ち込むマダムは、悪夢を見て奇声を発しだした店主の後ろ姿を悲しそうに見つめる。


 例え正気に戻ったとしても、麻薬を密造、密売していた罪はあまりに重すぎる。どう転んでも店主が社会復帰できる可能性はゼロに等しかった。


「あが、あがが。う、うわぁぁ、やめてくれ、やめて」

 店主は頭を抱えて部屋を転がっている。

 麻薬は想像以上に身体を蝕む。

 だけど同情はできなかった。店主が麻薬に関わらなければ、麻薬で苦しむ人は少なかったはずだから。

 同情すべきは、残された人達だ。

 

「、、、ごめんなさい。店主をこんな風にしてしまって」

 私が言うと、マダムは苦笑する。

「思ってもいないことは口にするもんじゃないよ。少しもそう思ってないことは顔に出てるよ」

 まるで極悪非道であるかのような言い方。私はそれを否定する。

「ちゃんと少しは思ってますよ?」

「少しは、ね」

 

 マダムはため息をつくように言った後、私に両肩をあげながら首を傾げた。マダムは優しく微笑む。

「ーーーあんたには感謝してるよ。あんたが助けてくれなければ、あたしは間違いなく殺されてた。ただ見てはいけないところを見ただけという、つまらない理由でだ。そんな死に方をするくらいなら、どん底に陥った方がマシだよ。どん底に落ちても、また這い上がることはできるからね」

 

「マダム、、、」


 そんなド根性のマダムだからこそ、この店は繁盛し、この店の皆もマダムを慕っているのだろう。


「おや?」

 マダムは、ふと、部屋の端を振り返った。

 何かに気づいたようだ。

 マダムが見た方には壁しかない。


「誰か来たようだね」

「え?」


 この地下に入る場所は、地上から階段を使って降りる道だけのはずだ。

 地下なのだから部屋の外は土で埋められているし、そもそもドアなどどこにも見当たらない。


 私はハッとする。幻聴、あるいは幻覚なのか。

「まさかマダム、、、麻薬に、、、、?」

 厳重な結界を張っているのに、その結界の中まで入り込んでしまったのだろうか。

 私が毒のようなものが全く効かないから、結界の中に入ってきても気づけなかったのかもしれない。


「大丈夫ですか?今すぐ頭の解毒をしますから」


 私がマダムに手を伸ばすと、その手をペイと叩かれた。

「誰が麻薬中毒だというんだい。あたしゃ耳が人の何倍もいいんだ。間違いなく人の音だよ」

 

 かなり耳を澄ますと、わずかながら確かに声が聞こえた。

「、、、ここに入って来ますかね?」

「どうだろうね。でもこの地下に来るってことは、この部屋に入るつもりできたんじゃないのかい?」


 私は辺りを見渡す。

 黒尽くめの男達は倒れ、店主は妄想の中の住人になっている。

 もう必要のないケシの花は咲かせていないけれど、まだケシの果実から出た粉を燃やした煙は、わずかにでも部屋に残っているかもしれない。

 

 部外者に人を狂わせるこの煙を吸わせるのはマズい。

 絶対にマズい。


 私はアワワと狼狽えてマダムに助言を求める。

「ど、ど、どうしましょう。ここに人が入ってきたらダメです。まだ煙が残ってるかもしれないのに。っていうか間違いなく残ってますよ」


「そんなこと言われても、あたしにはどうにもできないよ。できるとしたらあんただろ。何かないのかい?さっきみたいな奇跡がさ。一瞬にして部屋を綺麗にするとかさ」

「そんな無茶な、、、」

と呟いたところで、思い出した。


 広範囲の解毒魔法。

 その聖魔法は、本来の私のレベルでは使えなかったものだけど、過去に戻ってからは何故か魔法能力があがっていた。もしかして今なら使えるかもしれない。


 私は一か八か、両手に魔力を溜めてみる。

 聖魔法レベル12。

「『ワイド・デトクスィフィケイション』」


 魔法を唱えると、キラキラと光の粒が私の手から舞うが、部屋全体を覆うような魔法には至らなかった。


「やっぱりダメかぁ」

 がっくりと項垂れた私に、驚くようにマダムは言った。

「何やっているんだい?あんた、もしかして中級魔法を使ったことがないのかい?」


 中級魔法。

 聖魔法ではないけれど、光魔法では中級魔法どころか上級魔法も使ったことがある。プクリと私は頬を膨らませた。

「心外ですね。勿論ありますよ。見せましょうか、私の光魔法を」

 マダムはそんな私の頬を指で押してきた。マダムの目が怖い。

「光魔法は下位魔法だろ。あたしが言っているのは、上位魔法である聖魔法の中級魔法のことだよ」

 私は首を傾げる。 

「違うんですか?」

 

「当たり前だよ。あんた、どこで魔法を習ったんだい?魔法の基本の基本じゃないか」

 呆れた様子のマダム。


 仕方ないじゃない。私は村の育ちで魔法教育はなかったから独学だし、聖女の教育は受けたけど、聖魔法を使えるのは世界でも私しかいなかったから、私に魔法を教えようとする人はいなかった。


 それによく考えると、マリウス、オスカー、ベリルもそれぞれ高度な魔法を使っていたけど、彼らは魔法が高度過ぎて、低レベルな私とは違うのだと、私は彼らが魔法を使うところをあまり見ていなかったかもしれない。

 彼らの持つ魔力量も、私とは天と地ほどに違うのだからと。


「、、、じゃあ、どうすればいいんですか?」

 私は素直にマダムに教えを乞う。教えてもらう姿勢に、無駄なプライドなんていらないんだ。


 はぁ、とマダムは疲れ果てた身体から、気力を無理やり引き摺り出して、私に説明してくれた。


「いいかい。上位魔法というのは、その人本人の魔力だけを使う下位魔力とは別物だ。本来の魔力だけでは補えないことが多いから、基本的に『魔石』を使う。上位魔法でも、まだ初級程度なら自分の魔力でどうかできるかもしれないけどね。中級は使う魔力が桁違いだ。よっぽどの人間じゃないと、魔石なしで中級以上の魔法なんて使えないよ」


「魔石、、、でも、そんなのどこにも、、、」


「あたしが持っているよ」 

 そう言って、マダムは自分のネックレスにしていた、宝石のような石を首から外して私に渡してくれた。

 魔石というものは巨大な魔物の中にある核のようなもので、魔物を倒さないと得ることはできない。


 魔物が巨大であるほど大きく、強力であるほど魔石は色を濃くする。

 マダムの持っていた魔石は、大きさこそ小さめであるが、とても濃い緑色をしていた。


「うちは元々、伯爵の家系でね。落ちぶれてしまったが、この魔石は我が一族に代々受け継がれていたんだ。だから、これは正真正銘の魔石だよ」

 先祖代々伝わる魔石?

「そんな。そんな大切なものをいただくわけには、、、」

 ペチリと私の頭を叩かれる。

「誰があんたにやるって言ったかい?『貸してやる』って言ってるんだよ」


 そうですよね。

 図に乗りました。スミマセン。

 

 私に渡してくれた緑の魔石を手に取り、マダムが言うようにしてみた。

 姿勢を正して力を抜き、魔石を胸の前に構えて、魔石を身体の一部分と意識しながら魔力を身体全身に流した。


「さぁ、もう一度、魔法をかけてみな」

「え?魔石を使う方法って、これだけでいいんですか?」

「当たり前だろ。魔石を介するだけで、そんな難しいことじゃないよ」


 魔石というものを使うだけでそんなに魔法能力が変わるとしたら、誰でも強力な魔法使いになれてしまうじゃないの。

 

 私は半信半疑で魔法を使った。

「『ワイド・デトクスィフィケイション』」


 瞬間、私が光りそうなほどの光の粒が私から出て、広範囲に広がっていった。


 間違いなく、地下室全体が解毒されている。


 倒れている黒尽くめの男達も、店主さえも。もう身体には毒は残っていないだろう。

 

 私が店主を見ると、店主は丸々と太った身体を床に転がして、相変わらず悲鳴を上げていた。

「ひぃ、悪魔!赤い悪魔が!!!」

 

 あらあらとマダムは店主を不憫そうに眺めた。

「あれは麻薬によるものじゃなくて、恐怖で精神がおかしくなってしまっていたんだね、、、。あんた、チャドをどんな風に脅したんだい?」

 私は首を振る。

「脅すだなんて。店主にちょっと交渉しただけで」


 私はさっき、店主に隷属の首輪の権利を貰うために交渉しにいった。

 店主はなぜか私を『悪魔』と呼んでかなり怯えていたけど、麻薬によるものだと思っていたのに。


 いばっている人ほど心が弱いっていうものね、と私が店主を見ていると、床で転がる店主と目が合い、また店主が「ひぃ」と唸った。


 立ち上がって店主は部屋の奥の方に走り出す。

 そっちは人の気配がする方で。


 マダムがポツリと呟いた。

「、、、外の人間。まさか、チャドの仲間じゃないだろうね?」


 確かに、こんな隠された地下の場所に来るということは、この場所を知っている人であるということで、店主の裏取引をする人間である可能性が高かった。


 取引をしにきたのに、今の店主の状態を見たら不審に思われるのは明らか。


 まずい、と思うのと、壁と思っていた場所がガチャリと音を立てて開くのが一緒だった。


「っ、あああああ悪魔、、、、赤い悪魔が、、、うがぁ」

 

 入ってきた人間に抱きつくように、ぶくぶくと太った身体で店主は飛びかかった。けれど、入ってきた人間はかなり頑丈で、店主は勢いよくぶつかっては弾かれて、床に激しく倒れこんだ。


「店主、、、?」

 入ってきた男の後ろからヒョコと顔を出したのは、極上の美女。緑の長い髪が鮮やかな、ベリルだった。


「、、あぁあ、あ、あか、赤い悪魔、、」

「赤い悪魔?なんのことだ」

 明らかに異常な状態である店主に近づいて襟元を掴み、ぐいっと店主の上体を起こしたのは、私の愛するマリウス。短く切った茶色の髪に、さわやかな顔立ち。なのに意思の強さは表れている少しつり上がったあの眉の角度を見るだけで、胸がときめく。


 ーーーって、なぜマリウスがここに!?


 私は慌てた。

 マリウス達にバレないように姿を隠して家を出てきているのに、この店にきているということは私の行動はバレていたというわけなのかしら?


 私が魔法を使えることさえ秘密にしていたのに。


 マリウスにとって、私は飼っている小動物のようなものなのか妙に過保護で、街を1人でうろついているだけで心配されるのに、1人で娼館に通い、しかもこんな地下の部屋で危険な目に遭っていたとなると、これはもうーーー間違いなく怒られる。


 狼狽えて動揺していると、少し低めのベリルの声が私の耳に届いた。

 

「アグノラ!、、、と、マダム!?なぜここに」


 驚きを隠せていないベリル。

 ベリルの姿があるだけで一気に空気が華やぐのは、才能だと思う。そんなベリルが、私のためにここまでやってきてくれたのだろうか。

 感動してしまった。


「ベリル!!」


 私は嬉しくて立ち上がり、ベリルに駆け寄った。

 

 ベリルが駆け寄る私に手を伸ばしたので、私はそのまま思いきりベリルに抱きついた。

 腕やら腰やらとにかく細いのに、胸だけは豊満なベリルの身体に包まれて、ようやく自分が危機から脱したことを実感した。

 

 良かった。

 助かったのね。


 ほっと息をついた時、ベリルの横から私を見るマリウスと目が合った。


 いつもならときめくはずの少しつり上がった眉が、マリウスの眼光を更に引き立てていて、肌でも感じるほどにマリウスの怒りが私に伝わる。



 全然、危機は脱していないようだった。

 

 

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