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咲かせてみせよう、その花を

 娼館、という。

 女を買うための店は、城下町の奥まったところにありながら夜になると通う人は絶えず、そこで頂点に位置するベリルは将来、私の親友になる、、、はず。


 そのベリルを救うため私は店に潜入したのに、今、なぜか『見たことがある』程度の副店主を庇って、ピンチに陥っていた。


 丸々と太って、つるりと光る頭の男、ここの店主は、側仕えの男三人に「やれ」と私達を始末するように命令を下す。


「チャド!待ってちょうだい」

 店主のことをチャド、と呼んだのは副店主。

 白の混じる茶色のアフロヘアのおばさんで、店の女達からはマダムと呼ばれているこの女性は、必死な表情で店主に顔を上げた。

 手足を縛られて床に這いつくばってもまだ、心は折れていない目をしている。


「その子は関係ないだろ。この子はベリルの友達だよ?そんなことをしたら、ベリルが悲しむ」

「、、、マダム」


 自分の命が危ないというのに、この状況でベリルのことを気にするなんて。

 やはりマダムはちゃんと人を大切にできる人だ。

 こんな人は寿命以外で死んではいけない。

 不当に殺されるなんて、絶対ダメだ。


 私はマダムに駆け寄り、光魔法を剣にして、マダムの手足を縛る縄を切った。

「ここの人達は私がどうにかします。マダムは逃げて」

「バカなことを言うんでないよ」

 マダムは手足が自由になってすぐに身体を起こしたが、逃げ出そうとはしなかった。むしろ、私の身体をトンと押す。

「死ぬなら年功序列と決まってる。若いあんたが私を庇って死ぬなんて、天が許さないよ」

「でも、、、あ。危ないっ!!」

 店主の側仕えの1人が私達に剣を振りかざしてきた。


 私は慌てて私とマダムに小さな結界を張る。

 これは光魔法ではない。

 絶対バレてはいけない方の、聖魔法の結界だ。


 光魔法ではあっさり解除されてしまった。

 あの黒尽くめの魔法使いの男は、私の光魔法より魔法能力が上だ。光魔法で結界を張っても、すぐに解除されてしまうだろう。


 だから聖魔法の結界を張るしかなかった。

 一か八かだ。

 聖魔法は光魔法の上位魔法。魔法の強さなら光魔法の何倍も上だ。

 まだ聖魔法のレベルは低いけど、それでももしかしたら黒尽くめの男の魔法を越えれるかもしれない。


 実際、もう1人の黒尽くめの男のナイフは結界で防ぐことができていた。

「何だと?」

と驚く黒尽くめの剣士。その横で魔法使いの男が私の結界に手を伸ばし、結界の解除を図った。


 私の結界と、結界解除の魔法。

 力が拮抗して、バチバチと火花が散った。

 でもまだ私の結界は解除されていない。

 わずかだけど私の結界の方がパワーが上のようだ。


 黒尽くめの魔法使いの口元は悔しそうに歪んでいる。

「まさか。お前達が敵わないだと、、、?」

 彼らを信用しきっていた店主は、怒りでイラつき足を地面と摩擦させる。

 

 魔法は瞬間的に使うより、長時間切れ目なく使う方が厳しい。

 結界を強化するためには、絶えず魔法を使い続ける必要がある。結界を使い続けると、魔力は私から急速になくなっていく。


 息切れしそうになるのを堪え、店主や黒尽くめの男達にバレないように平然を装って、ニヤリと笑った。

「夜がくれば店の女達がやってくる。さすがに店に店主も副店主もいなければ探しにくるでしょ?私はあと数時間、頑張って結界を張っていればいいだけ。私達の勝機が見えたわね」

 私が勝ち誇って言うと、黒尽くめの魔法使いの男は嘲るように声を出した。

「女達が来るまで、あと5時間はある。それまでずっとこの強度の結界を張り続ける気か。馬鹿馬鹿しい」

 

 確かにこの結界。かなりきつい。

 私は結界強化の魔法をかけたままで、もう片方の手で自分に回復魔法をかける。

 それは右手で文字を書きながら、左手でピアノを弾くようなものだ。 

 細いロープの上を渡るようなギリギリの方法だったけれど、それしかなかった。

 それほど、黒尽くめの魔法使いの魔力は強力だった。

 気を抜いたら結界が破られてしまう。しかし回復させないと自分の体力がなくなって倒れてしまう。

 倒れたら全てか終わってしまう。

 私は無心で魔法をかけ続けた。


 私が想像以上に粘るものだから店主は苛立ち、顔を紅潮させて血管を浮かせている。


「ええぃ。何をしておる!さっさとやっつけんか」

「、、、、、、」

 黒尽くめの男達は僅かに不快を口元に表したが、反論をすることなく私に向けて攻撃を繰り返していた。


 私は副店主を自分の背に回して、折れそうになる心をずっと奮い立たせる。

 こんなところで死んだら、もうマリウスに会えなくなる。せっかく過去に戻ったというのに、マリウスと添い遂げることもないまま。

 ベリルを助けることもできないまま。

 ーーーそんなの、ダメだ。


 私は店主に話しかけた。

「おじさん。ねえ、このままではずっと平行線のまま夜が来てしまうわ。それだとおじさんも困るでしょう?」

 店主からの返事はなく私の言葉はあっさりと無視される。それでもめげずに店主に言った。

「私はあと何時間でも粘れるわよ。そしたら捕まって地獄を見るのは私達じゃないわね」

 ふん、とようやく店主は鼻を鳴らした。

「ーーー困ることなどない。気付いておらんのか?ワシの護衛達は何人おると思っておる」


 私の目の前には結界に容赦なく攻撃してくる男と、結界を破ろうとする魔法使い。


 そういえら黒尽くめの男達は3人いた。

 私と向かい合っているのは2人。残る1人は何もしていない。いや、主人が「やれ」と言っているのに何もしないのはあり得ない。

 ではあの男は一体、何を。


 私が男の方を見ると、男が何かを呟いていた。

 魔法に近いが、あの男から魔力を感じない。

 つい、私はその口元を見続けてしまった。

 その口の動きが途切れた時、男は自分の足にナイフを突き刺した。

「、、、な?」

 

 その男が刺した足から、闇のような黒いモヤが溢れてくる。それは魔法に対する結界を超えて、私の足に絡み付いた。そして蛇のように私の身体をグルグルと回り込むと、口の中に侵入してきた。


 ひぃ、と副店主が甲高い悲鳴を漏らした。

「チャドっ!いくらなんでもそこまでする必要ないだろ!そんなにあたしを殺したいなら殺させてやるっ!だがこの子は関係ないじゃないか!!」


「もう遅い。この呪いは死ぬだけじゃない。死んで苦しみ続ける最悪の呪いだ。苦しんでここにきたことを後悔するといい」

 にたりと店主のチャドと呼ばれた男は丸々と膨らんだ唇を引き伸ばして笑った。

 私の後ろにいたマダムが、私に抱きついた。申し訳なさそうに、優しく私を包み込む。


「ごめん。ごめんよ。あたしがうっかりしたばかりに。ただベリルの友達でこの店に来ていただけなのに、こんな目に遇わせてしまって」

 マダムが言うと、チャドは更に可笑しそうに口を歪ませた。

「ベリルに友達?ははは。それならかえって好都合というもの。アレに友達など必要ない。アレはまだまだ価値があるからな。身体が腐れるまで稼いでもらうのだ。どんなものであれ、アレに近づく邪魔なハエは叩き潰さねばな」


 私はその言葉を聞いた自分の耳を疑った。


 『アレ』、、、?

 身体が腐れるまで?

 心に落ちた黒いシミが、じわりと広がる感覚があった。

 アレってベリルのこと?

 あの綺麗なベリルが腐れるまで?

 腐れるって何。


「、、、ねぇ、店主。聞いてもいい?」

 私の口から出た声は、普段の私の声より随分と低い声だった。

「ベリルは。ベリルのことは大切にしてくれているんでしょう?ベリルの幸せと、将来のことは考えてくれているんでしょう?」


 聞く前から、答えはわかっていた。

 あの首輪は隷属の首輪。

 それでも。

 それでも店主からは、ベリルが大切な仲間だから、ベリルの将来の幸せはちゃんと考えている。そう言って欲しかった。


 アレとか腐れるとか、そんな言葉はベリルには似合わない。あれほどの女性。大切にされて愛されて。皆から慕われて生きてきたはずだ。

 大輪の花は、みんなから愛されるためにそこに有るのだから。


「は」

と、店主は声を出した。

「アレは金という実をつける木だ」


 私の言葉に被せて、チャドは言った。

「極上の木ではあるが寿命は短い。金の実をつける寿命が、な」

 チャドは自分の顎を撫でる。

「アレは可哀想な木でな。アレの父親が売りにきたから大金で買ってやった。その木を育ててようやく実をつけるようになったのだ。この先、まだまだ実をつける。そのためにアレを買ったのだから、アレの幸せや将来などどうでもいいんだ」

  

 私は目を見開く。

 父親が店に売りにきた?ベリルを?

 ベリルはそんなこと、私には一言も言わなかった。


「、、、そう」

 低い。とても低い声が私の喉から出てきた。


 怒り、だろうか。

 淋しさかもしれない。

 私には本音で話してくれていなかったベリル。

 私は、ベリルの何を知っていたというのだろう。


 ふと、チャドは気付いたらしい。

「ーーーおい、待て」

 チャドの声が僅かに動揺していた。

 

「なぜお前は倒れないんだ。確かに呪いを受けただろう?」 

 そうだ。私は呪いを受けたんだった。

 それを思い出した私の前で、チャドは更に口を開けて狼狽える。

「普通なら、呪われてもう意識を手放しているはず。いやもう苦しみ悶えて死んでいるはずだろう。ーーーまさか、失敗したのか?」


 私に呪いをかけた男はチャドから睨まれて、顔を強張らせたまま首を振った。呪いは間違いなくかけたのに、なぜ効かないのだと驚愕しているようだ。


 効かなくて当たり前なのだ。

 私は聖女なのだから。

 呪いを解くなんて朝飯前。とはいえ、聖女と言えない以上、そんなことは言えない。


 ぐい、と後ろから襟を引っ張られる。

 マダムが少し窪んだ目を丸々と見開いて私の顔を覗き込んだ。そんなまさか、とその顔に書いてある。

「あんた、無理してるんだろ。呪いというものは僅かでも効果は絶大なんだ。辛いのに我慢するなんて」


「あー。えっと」

 私はちらりと私に呪いをかけようとした男を見た。何者かわからないが、呪いをかけるという行為は呪いをかけた人間へも負担が大きいはず。


 チャドが連れていた他の二人の実力を考えると、この男も呪術において秀でた能力を持つ人間なのだろうと推測する。


 男の自ら刺した足からは血が溢れている。

 呪術という意味の犠牲であるなら、たったそれだけで済んだと考えられなくもないが、自分で自分を傷つけるなんて、まっとうな人間なら簡単にできることではない。


 呪術を使い、躊躇いもなく自分の足を刺したこの男は、闇の人間なのだろう。

 そんな男に呪いをかけられて、平然としているのはおかしいか。


 呪術を跳ね返すと呪いは術者に戻り術者を呪うが、私は跳ね返したわけではなく解呪したのだ。男に跳ね返りはしない。

 だから呪術をかけた男もまさか私が呪術を解いたとは思いもしていないだろう。


「うっ。今頃になって呪いが」

 私は胸を押さえて、苦しそうに膝をついてみせた。

「あんた!!!しっかり、、、っ」


 マダムは改めて悲鳴をあげるように私を心配し、店主のチャドも安堵した姿をみせた。

「ふ、呪いが効くのが遅いとは、余程、頭の中が花畑なのだろうな。鈍くて麻痺しているのだろう」

 マダムは目に涙を溜める。

「あんた!あぁ、あたしに力がないばかりに、ごめんよ」

「ふふふ。そんな見知らぬ小娘のことより、今から同じところに死にゆく自分のことを考えたらどうだ」


 チャドがもう一度、魔法使いと剣士にマダムを殺るように合図する。

 しかしまだ私の結界は破れておらず魔法も剣も跳ね返されていた。

 黒尽くめの男達は感情が表れないように訓練されているはずだが、明らかに動揺していた。


 呪いがかかったふりをしたのはいいけど、結界は消せないし、さてどうしたものか。

 やっぱり考えなしに呪いにかかったふりをしたのは失策だったかもしれない。


 男達が何度も結界を破ろうと攻撃を繰り返すのに、全く結界が破れないため、イラつき、集中が散漫になりだしてきた。チャドもまた焦り始める。

「な、なぜだ!?なぜ結界は破れんのだ。いや、むしろあの小娘は何故、呪われたのに倒れないんだ」


「、、、、、、」

 呪術師の男は黙っている。

 黙ってはいるが、一番混乱して、私が倒れない理由を尋ねたいのはこの男だろう。


 私はそれでも呪いにかかったふりを続け、時間稼ぎをした。防御だけでは負けはしないが勝つこともない。


 いや、1つだけ。

 本当はここから抜け出す方法を私は知っている。

 でも人として、それをしていいのか悩んでしまう。


 チャドは呪いで倒れない私に怒り始めた。

「小娘。さっさと諦めろ。粘ったところでお前が死ぬことに変わりはないのだ。些末な命がそんなに惜しいか。お前が死んでも何も変わらん。女などこの世には腐るほどいる。ベリルほどの女ならば少しは惜しんでやるが、お前程度では何の価値もなかろう」

  

 ーーーぶっ殺してもいいかしら。


 私は変更された悩みを抱えながら、若干ふっきれて両手を重ねて膝をついた。

「あんた!?やっぱり無理していたんだね!!」

 心配そうに私を眺めるマダムを背にして、私は重ねた手に自分の額をつけた。


「ーーー全知全能の神よ。我が行いに許しを」


 私は神に祈りを捧げた。

 今さら神に祈っても、とチャドやマダムの顔には書いてある。チャドは嘲るように、マダムは憐れむように。


「善に恵みを。悪に裁きを」


 私の手が光り始める。これは光魔法。

 光魔法の中でも最弱のレベル1の魔法。

 私の力は、村では太陽の代わりだった。

 明るく、暖かく。

 薄暗い部屋の中で、その光は眩しく、チャド達は目を細めた。


 その光が少しずつ小さくなっていく。

 それを見て、チャドは怒りを静め、嬉しそうに頬を緩ませる。

「神への祈りも効かなかったようだな。魔法の力がなくなっていっているぞ」


 私の手に集まった光は、私の手のひらの中に集まり、そこから一筋だけ漏れて線上に伸びていく。

 光はどんどん細くなり、弱々しく、今にも消えそうな状態だった。

 ーーーそのように見えただろう。


「店主」


 私は俯いて祈りの姿のまま、店主に話しかけた。


「ベリルは物でも貴方の金のなる木でも駒でもない。ベリルはベリルで、私にとってはかけがえのない人。ベリルが困っているなら手を差し出すし、ベリルが喜ぶなら私も一緒に分かち合いたい」

 ジリ、とどこかで小さな音がした。


「ーーーそれが友達ってものでしょう?」


 私が言うと、光の先に炎が生まれた。

 秘技『虫眼鏡で火をつける作戦』だ。

 太陽の光を1点に集めて火を起こす。


 黒尽くめの男の1人が慌てて声をあげた。

「っマスター!逃げて下さい!」

 剣術を使う男だった。鼻も効くのだろう。

「どうした?」

と振り返ったチャドは目を見開く。

 そこは地下室。

 奥にあるテーブル以外、何もなかったはずの場所に、溢れんばかりの花が咲いていた。その花は咲いては実がなり、汁を出してはその汁が乾燥し粉になっていく。その粉からまた芽が生え、茎が伸びて花が咲く。


「なんだこれは!どうなっているんだ!?」


 それは異常な景色だった。

 次々に咲くのは全てケシの花。

 汁から得られる粉は悪魔の粉。


 その粉は光の先に生まれた炎に燻されて、部屋に煙が立ち上る。


 地下で通気孔もない。

 その煙は、煙を吸った彼らを天国と地獄へと、同時に突き落とすだろう。


 私とマダムは私の結界が守ってくれる。


「自分が地獄へと落とした人達と同じ立場になれば、その罪に気づくでしょ」

 私はニッコリと微笑んだ。それは『聖女』としての愛想笑い。

 なのに、剣士の男は私の笑顔を見て「うわぁ、デーモン」などと声を上げた。


 失礼しちゃう。 

 これは神聖なる聖魔法。


 悪魔ではなく神からの罰よ。


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