店に潜入したら大ピンチ
「こんなところで何の用かな?お嬢さん」
蛙が潰れたような低く変な声を出したのは、丸々と太った男だった。太りすぎて、顔がパンパンに腫れて皺もなくなっている。
着ている服は成金趣味のゴテゴテした、センスを問いたくなるスーツ。
頭頂部の髪はなく、脂汗で頭がつるりと光っていた。
私は後退りしたが、引いた足が壁についてしまって、それ以上下がれなかった。
私は大ピンチに陥っていた。
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時を遡って、昼前の11時。
私は光魔法で姿を消して店の前にやってきた。
前回昼に訪れた時と同様に、店は閉まっていてベルを鳴らしても誰も出てこなかった。
私はポケットから、木製の鍵を取り出す。
昨日、鍵穴に特殊な植物の枝を差して、それを聖魔法で成長させた。
特殊というのは、その植物は隙間という隙間に広がって成長する植物で、狭いところに入れられても、その中いっぱいに成長する植物なのだ。
鍵穴に入れてその植物を成長させたら、鍵穴にあった植物ができあがる。つまり、スペアキーの完成だ。
ダンジョンの宝箱が開かない時に、ダメ元でやってみたらできたところから発見した技術だった。
私は自分で作ったスペアキーでこっそりと店に入る。
店の中は、昼間だというのに暗かった。
元々、外から見られることを想定していないので窓は少なく、通気口があちこち備え付けられている。
店の中は働く女性達の控え室と、仕事場であるフロア以外に、店主の部屋と副店長の部屋と事務所がある。
ブクブクと太った店主はあまり店におらず、実質、女性である副店主が店を切り盛りしている。
副店主は髪がアフロという大胆なスタイルをしているし、いつも眼光が鋭いので怖いけれど、店の働く女の子達からは慕われている。
見た目は極悪人でも、実際は悪い人ではないのかもしれないというのが私の見解だ。
副店主の部屋も見に行くつもりではある。が、まずは限りなく怪しい店主の部屋に向かった。
勿論、店主と副店主の部屋の鍵も準備万端である。
店主の部屋は、店の一番奥に位置していた。
辺りの人の気配の有無を確認してから、私は音を立てないように店主の部屋の扉の鍵を開けた。
そしてゆっくりと部屋に入っていく。
誰もいなかった。
机の上には書類が雑然と散らばっているけれど、それ以外のものは何もない。
柔らかそうなソファー。壁に沿うように置かれたカウンターの上にはまだ咲いていない蕾を含めた艶やかな花が生けられていて、部屋の手入れもされているようだ。
想像と違った。
昼に忍び込めば、店主が何か悪いことをしていることが明らかになると思っていたのに。
考えてみれば当たり前だ。
いつ誰が入ってくるかわからない部屋に、そんな見られて困るようなものを置いておくはずがない。
しかし私は辺りを見渡す。
部屋を出るにしても、どこか諦めがつかず必死に粗を探した。ダンジョンでは、思ってもいないところに隠し通路があったりするけど、しばらく部屋を漁っても何かを隠した様子はなかった。
ため息を1つついて、私は店主の部屋を出た。
ベリルが、ここから出て行きたいと思うほど、この店の人間が何らかの悪事をしているはずなのに、この部屋にそれはない。
店でなければ店主の屋敷などに隠されているのかもしれない。
あるいは、本来ならば私がベリルと会うのは今から1年後くらいだ。その間に店主が悪事を働き出しただけで、今はまだ悪いことをしていないのかも。
それだと困ったことになる。
店主の屋敷に忍び込むには、まず店主が帰る時間まで待ってついていき、屋敷の場所を探さなければならない。
いつ帰るかわからない以上、時間指定が出来ず、そのために私はしばらく家に帰れない。
そうしたら家にいる皆を心配させてしまう。
さらに、店主が今まだ悪事をしていなければ、もうお手上げた。
ベリルをこの店から出す交渉のネタを見失う。
「、、、アタック方法を変更する、、、?」
店主と交渉するという方法以外に何かあるだろうか。あの首輪が外れなければ、ベリルに自由はないというのに。
もう一度私がため息をついたところで、小さな物音がどこからか聞こえた。
「?」
私は店主の部屋から廊下に出て、物音の原因を探す。
廊下には何も落ちていない。
しかし近い場所から聞こえた気がした。
隣は副店主の部屋だ。
私はもう1つの合鍵を使って、静かに鍵を開けた。
それでも、ギィ、と扉が小さく軋む。
中を見た瞬間、私は目を見開いて「ひぃ」と声にならない声を漏らしてしまった。
見たことないほど汚い部屋だった。
汚部屋というのも普通の汚部屋に失礼なくらいに汚くて、部屋を見ただけで私の皮膚にプツプツと蕁麻疹ができる。
すごく臭い沼や、魔獣の腐った身体、人の死体などを沢山みてきた私が、それでも蕁麻疹などできたことがなかったのに。
いつのものかわからない食べ物やゴミの山で床が見えない。床が見えないだけでなく、ゴミの山は目の位置よりも上まで積み重なり、いつゴミの雪崩が起きてもおかしくない状態だった。部屋の空気は埃で汚れ、異臭で目が霞む。
ここは自宅ではない。
よくもまぁ、客商売の店の一室をここまで散らかすことができるものだと呆れてしまう。
部屋には誰の気配もなかった。
この部屋を見ると、さっきの物音も、どこかのゴミの山が1つ重力で負けて何か落ちただけなのかもしれないと考えられなくもない。
私は部屋に入るのを躊躇していた。
正直言えば、この先の部屋の奥に入りたくなかった。
何を踏むかわからないし、下手なダンジョンのトラップよりよっぽど怖い。
それでも、私はこの部屋に入らなければならなかった。
店主の部屋に何もなかった以上、ベリルを救う方法を何か見つけなければ。
勇気を出して、そろり、と一歩踏み出す。
がさり。
私が踏み出すと、足下の食べ物のクズの山の中から、ざぁっと放射線状に黒い虫が拡散した。
ぎゃああああ。
必死で叫び声を我慢したが、もうほんと泣きたかった。
あの虫は無理。
あの虫は絶対に無理。
もう嫌だ。帰りたい。
入った扉を涙目で眺め、自分の心と葛藤を繰り返した。
もう帰ってもいいだろうか。
副店主は、太った店主と違って悪い気配を感じない。
だからこの部屋を探したところで意味がないのでは、という気持ちが強い。
それにしても、なんで店の中の部屋がこんなことに。
この先、あの副店主のおばさんのことは間違いなく、今までと違う目で見てしまうだろう。
あのおばさん。
口は悪いけど信念を曲げないあの感じ、好きだったのに。
「あたしゃ許さないよ!こんなこと」
そう。そういう感じの。
下町風の、活力溢れる怒鳴り声。少ししゃがれた感じがとても風情あるーーー。
「ーーーって、え?」
私は部屋の端の足側から聞こえた声に耳を澄ませた。
この店には誰もいなかったはず。
でも、確かに今のは副店主の声だった。
私は改めて部屋の中を見渡した。
あまりの散らかりように人の通る隙間などない。だが人の声がこの部屋から聞こえた以上、どこかにいるばすだ。
私は手探りで部屋を探し始める。
ねばついたものや、何かよくわからない腐敗臭を醸し出しているものが手に触れて、身体の蕁麻疹が増えていく。それでもベリルの笑顔を想像することで踏ん張れた。
これがベリルのためになるなら、頑張れるはず。
そう自分を奮い立たせる。
しばらくすると、目ではゴミの山なのに触れても感触がない部分があった。
その辺りを重点的に調べると、ちょうど人が1人通れるくらいのスペースが空いていた。
どうやら何かの幻覚魔法が使われているようだ。ゴミがなくてもゴミがあるように見える幻影を施されている。
この部屋にある全てが幻覚であればよかったのに。
「、、、ここだわ」
私は手の感覚だけを頼りにゴミの山の中の道を進んでいくと、行き止まりになっていた。その下に小さな窪みを見つける。
窪みは手を引っ掻けることができ、それを引っ張ると人が1人入れるくらいの、地下まで続く穴が現れた。
目には見えず、全て手探りでイメージをしなければならない。
中に何があるかも、誰かがすぐ近くにいるかどうかもわからない。私に見えるのはただのゴミの山だけ。
私は地下に続く階段と思われる道を、足の先で探りながら降りていった。
「こんなことをして、本当に隠し通せると思っていたのかい?」
今度こそはっきり、副店主の声が聞こえた。私は足を止める。
目の前にはまだゴミばかりで副店主の姿は見えないけれど、近くにいることに間違いなかった。
私は一度立ち止まった足を動かし、手探りで壁になっている部分に沿って進んでいく。
見えないとどうしようもなく、何をすることもできない。そんな不安も、角を曲がると解消された。
ゴミの山に紛れた幻影は、地下の部屋の中に入るとゴミは消え、視界が解放された。
そこは地上にある客を接待するフロアくらいの広さの部屋だった。
部屋の中は薄暗いが、地下にしては明るい。地下は換気ができないから、基本的に火は使わないのに。
そう思いながら部屋全体を見ると、明かりを灯す魔道具が部屋の数ヶ所に取り付けられている。
そして部屋には、店主とその付き人2人と、副店主の4人が対峙していた。
副店主だけが手足を縄で括りつけられて、床に転がっている。
くくくと太った姿で醜く顔を歪めて店主は笑う。
丸々と太った男。髪はなく、つるりと光る頭と揃えたように、相変わらず成金趣味のゴテゴテしたスーツを着ている趣味の悪い男。
「お前が口を閉じておけば、これが発覚することはなかろう」
「そんなことはない。天はちゃんと見てるからね!いつかバレて破滅するに決まってるさ」
手足を繋がれているというのに、副店主は怯むことなく強い眼光で店主を睨み付ける。
副店主はもう50を越えた女性だ。白髪は多く、化粧はしても皺を隠せていない。白の半分混ざった茶色の髪はアフロヘアだが艶はなかった。
それでも店を1人で切り盛りし、店で働く女達から慕われている。
それだけの器量があるということだ。
しかし店主はそんなことどうでも良さそうだった。
「ふ。お前からそんな言葉が出るとはな。天などワシ達の世界には興味ないのだ。お前だって天から見放されているからこそ、ここにこうしているのだろう。違うか?お前は今までのように、バカな女達を従えさせて馬車馬のように働いておけば良かったのだ」
「あたしを見捨てる気かい?あたしゃ毎日、何もしないあんたの分まで何十年と働いてきたというのに」
副店主の顔は怒りで赤く染まっている。
「もちろん感謝はしているとも。今日までよく働いてくれた、とな。ふ、はははは」
店主の嘲笑が耳に五月蝿かった。
過去に戻る前の、ベリルと初めて会ったあの日。
そういえばベリルが勇者であるマリウスに「仲間にして欲しい」と言った時に、副店主の姿は店になかった気がする。
もうあの時に副店主は死んでいたのかもしれない。
今、この時に店主に殺されていたのかも。
私は部屋を見渡す。
これだけの大掛かりな仕掛けをしているのだから、この部屋には何かがあるはず。
それなのに、見る限りそれらしいものは見当たらなかった。端に置かれた机の上にいくつかの小さな袋があるだけ。
気配を消している私はその袋にゆっくりと近づいた。
盗んだ宝石でも入っているのだろうか。
袋の上から少し袋を触ってみると、宝石ではないようで、袋の中に硬さはなかった。どちらかと言えば袋の中は柔らかい。触り心地からして粉だろうか。
粉状のもののために人が殺される?
違和感を覚える。
私は店主達から見えないようにして背を向けた。背を向けると、相手側から私の手元は私と同様に透明になる。
そして私はそっと袋を包む紐をほどいて、中を覗いた。
中はやはり粉だった。
くん、と匂いを嗅いで、私は首を傾げる。
僅かに独特の刺激のある匂いがするが、これが何かと問われると、嗅いだことがないのでわからないというしかない。
見た目は小麦粉に似ているが小麦粉なら、こんな厳重な管理はしないだろう。
私はその粉を指でわずかに触り、粉に向けて聖魔法をかける。
小麦粉なら本来の小麦の姿が現れるはず。
私が粉に力を注ぎ続けると、粉から芽が生え出した。
茎は伸び、葉は広がっていく。葉は周りがギザギザとした形で、薄い花びらの、赤いドレスのような花が咲いた。
私の顔はすでに強張っていた。
更に力を注ぐと、花は枯れ、丸い実になっていく。
「、、、、っ!!!」
私は自分の口を手で押さえた。
聖女となってから、私は強制的に色んな勉強をさせられた。本来は王宮に留まり、聖女としての修行をしないければならないところを、私が旅をしながら勉学をするということで許してもらった学習の中に、この花の名があった。
決して関わってはいけないという花の名は『ケシ』の花。花の散ったあとにできる実の白い汁を乾燥させてできた粉は、人の精神を狂わせる。
1つのケシの実から取れる量はとても少ない。
麻薬と呼ばれるその粉を作るためには広大な土地が必要なはずだ。だけどその花は厳しく管理されていて、わずかに花を保持しているだけでも死罪に近い罰を受ける。
袋は手に乗るくらいで大きくはないが、この袋いっぱいに入っているこの粉が全て麻薬だとしたら、とんでもない量だ。
私は更に聖魔法をその実のついた植物に与え続けて、その姿を枯らした。
私の手で蘇ったケシは、私の手で完全に消滅する。
そして、私は今の現状をあらかた理解した。
副店主は、あまり副店主自身の部屋を使わないのだろう。
そして片付けることもない副店主の部屋は、店主によって利用された。
ゴミの部屋とされーーーもしかしたら、麻薬の取引をするために麻薬を店に入れる時だけ、臭いの足がつかないように部屋をゴミためにするのかもしれないが、その上でこの地下の部屋への道だけに幻覚魔法をかける。
そうすることで、知る人にしか取引ができない場所が生まれる。
それを部屋の持ち主である副店主が気づいてしまった。
副店主に気付かれると思っていなかった店主は、副店主を捕らえ、証拠隠滅を図ろうとしている。
ーーーーそういった場面だろう。
バレたくなければ、麻薬と無関係である副店主の部屋に秘密の地下を作ることがそもそも間違いなのだと思うけれど、何か理由があるのかもしれない。
それにしても、自分の部屋を隠し場所にされて巻き込まれた副店主が不憫だ。
「お前は店の金を持って逃げたことにする。今までご苦労だったな」
店主が笑いながらそう言って、後ろに控える男達に目で合図した。男達は黒い布を頭から足まで覆っていて、その容姿はわからない。
男の1人は頷き、懐からナイフを取り出した。そして副店主に振りかざす。
威勢の良かった副店主も、自分の死を悟ったのか強く目を閉じて顔を背けた。
「ーーーーっ!!!!」
ガキン。
振り下ろす前に、男の持ったナイフが弾け飛んだ。
私が光魔法のレーザーでナイフを弾いたのだ。
「ーーー誰だ!?そこに誰かいるのか!?」
店主は表情を変えて、見えない私の方を振り向いた。
私の姿は見えなくても、ナイフの落ちた向きから、攻撃した方向が推測されたようだ。
バレる。
それはわかっていた。でもダメだった。
副店主が私とは無関係とはいえ、悪くない人が殺されるのを黙って無視できなかった。
本当はここはバレないようにこっそり戻って、ちゃんと準備してから再度忍び込むのが正解なんだろうけど。
副店主は何も悪くない。
彼女を見殺しにはできなかった。
「出てこいっ!」
「、、、、、」
私は黙る。助けたとしても、姿を現す必要はない。
このままこっそり副店主の縄をほどいて、光魔法で攻撃した後、隙をみて逃げ出してしまおう。
そう考えたところで、店主がナイフの男とは別の人間に目で合図をした。
「おい」
「ーーーはい」
おい、というだけで全てを理解するその男。
優秀と言わざるを得ない。
はいと言った男が何かを唱えただけで、光魔法で隠した私の身体が認識されるようになった。
「あっ!!」
魔法が解かれたことは術者にもわかる。
さてはあの男、かなり魔法ができる男ね?
このゴミの幻覚魔法を使ったのも彼に違いない。
魔法は強弱によって打ち消される。力の強い魔法を使われると、弱い魔法は解除されてしまうのだ。
「ーーーなんだ、ただの小娘か」
私を一目みて、店主は鼻で笑った。
取るに足りない、といわんばかりに、私を見るなり余裕の表情に変わる。
「こんなところで何の用かな?お嬢さん」
蛙が潰れたような低い声は、間違いなく私を揶揄している。
私が光魔法でナイフを飛ばしたことも、姿を消していたことを踏まえても、私にこの状況をどうにかできるとは思っていないことが明らかだった。
それだけ、店主の後ろについている男達の腕前に自信があるということだろうか。
確かに私の幻覚魔法を打ち消した男の魔力と技術は、そこらの魔法使いよりも段違いで高いだろう。
まだ未熟な私の魔力では敵わない。
そして、私は武術は全くダメだった。だって光魔法と聖魔法がなければ、ただの田舎娘だ。
聖魔法で体力と傷は回復できても、プロの拳士や剣士に勝つことはできない。
逃げるしかないのに、逃げる算段が付かなかった。
私は後退りし、その引いた足が壁について立ち止まる。あとがないとはこのことだろう。
「、、、あんた、、、」
手足を縛られて床に這いくつばる副店主は、私の顔を見上げて固い表情で呟いた。
私は苦笑して、副店主を見下ろした。
「すみません。助けたかったんですが、私もピンチのようです。もう少し考えて行動するようにいつも言われているんですけどね」
私の言葉が軽かったのか、副店主はわずかに表情を緩ませる。
「、、、そのようだね」
「ここの部屋の主として、何か良い方法は思い付きませんか?」
「あればとっくにやってるよ」
「ですよね」
笑った私に、店主が眉を寄せて苛立ちを顕にしてみせた。
「この期に及んでごちゃごちゃと。おい、何をしている、さっさとやってしまえ!!」
店主は控えている男達に声を上げた。
それは、ピンチ、だった。




