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女の友情って深海より深いものでしょう?

「ねぇ。おかしいと思わない?いくら何でも金払いが良すぎるわ」


 スマラグドスという店の中一室。

 ここはお金で女を買う場所。

 ベリルは店の看板だから個室が与えられている。

 私はベリルの部屋で窓枠に凭れながら、城下町の露店で買ったフルーツジュースを飲んでいた。それに対して、感情のない低い声で返事がくる。


「、、、知らないわよ。何か陰で悪いことをしてるんでしょ。そんなやつ、この地域にははいて捨てるほどいるの。だからってどうしようもないんだから、考えるだけ無駄よ」

「そんなものかしら。ーーーそれで、飲まないの?フルーツジュース」


 私が差し入れしたフルーツジュースは、カップになみなみと入ったまま口をつけられていない。 


「そういうものは喉が受け付けないの」

 緑色の瞳は、鬱陶しそうにフルーツジュースを一瞥した。


 私は自分のジュースの残りを最後の一滴まで飲み干して、ペロリと自分の唇を舐めた。

 ベリルは眉を寄せる。

「ーーーあんた、いいところのお嬢さんかと思ったけど、どうやら違ったようね」

「私はただの田舎娘よ。ベリルと一緒」

 にこりと私が微笑むと、ベリルは笑うこともなく「ふん」と鼻を鳴らした。


「だいたい、あんた、いつまで来る気よ。私はこの店から出ていけないって何度も言ったわよね」


 大きな鏡台の前に座っているベリルは、1つに括っていた緑の髪をほどいて、椿油をつけた櫛で髪をとく。ゆるやかなウェーブの髪に艶が増し、その髪をまたベリルは1つに括り直した。


「諦めないって、私も何度となく言ったはずだけど」

「バカじゃないの」

 間髪おかずに、ベリルは眉を寄せて言い放った。


 過去に戻ってから初めてベリルに会ったあの日。

 私はベリルに何もできずに宿に戻った。

 そして魔方陣を通じて、妖精の村に皆で帰った。


 古びてはいるけど、清潔にして寝る場所は確保した私の部屋の床に布団を敷いてから、私はずっと考えた。

 

 ベリルは、もしかしたら私の考えているような人物ではなかったのかもしれない。優しくて女らしくて。気さくな彼女は、本当の彼女ではなかった。


 ベリルは私に本当の自分を出していなかったのだ。

 それならば、もしかしたら、ベリルは私の事が実は好きではなかったのかもしれない。


 店の客と同じように、都合のいいときだけ相槌を打って、うまくあしらわれていただけかも。


 考えて、考えて。

 ーーー私は考えることを諦めた。

 どんなに考えても、答えはでないのだ。過去に戻った私は、未来にいるベリルに問い詰めることはできない。


 でも答えはでなくても、1つだけ確かな事がある。


 それは、私がベリルを好きだということ。


 相手が私をどう思っているかとか、そういうことではないのだ。私がベリルを好きで、私がベリルに傍にいて欲しいと思っている。

 そこさえはっきりしておけば、もう悩むことなんてない。


『諦めない』。

 それが私じゃないか。

 忘れそうになっていた自分を思い出した。


 だから私は毎晩、転移の魔方陣を使って城下町を訪れている。厳重な警備がされている店にこっそり入り込むのも、慣れてしまった。


「私はあんたのことを全く知らないの。どんなに誘われても、受け入れるわけないでしょ。なのに一緒に暮らす?ーーーあり得ないわ」 

 はっきりと断られたのも、もう何度目だろう。


 私はベリルの綺麗なドレス姿を眺めた。男性を誘惑するための、ベリルの身体のラインを露にしている服だ。こんなベリルの姿、私は知らない。

 でも目の前の女性がベリルであることに変わりはない。私が知らなかっただけだ。


「知らないなら、今から知っていけばいいだけの話でしょ。先は長いわ。全然焦る必要なんてないの」

「はっ。お気楽な頭ね」


 諦めない私にベリルの口調は冷たい。

 

 私が毎日この部屋に通い出して、もう2週間になる。でも少しずつベリルの口数が増えているような気がするのは嬉しかった。


「ここの警備は厳しいのよ。よくまぁ、捕まりもせず毎日毎日、この部屋まで忍び込めるわね。さっさと捕まればいいのに」

 ベリルは、私がこの部屋にいても、もう追い出そうとはしなくなった。かといって過去に戻る前のように優しいわけでもない。とにかく口が悪い。


「私、実は秘密の魔法が使えるの。ベリルと一緒」

「はいはい。ここまで来れるんだから、魔法が使えるのはとっくにわかってるわよ。でもいつか捕まるわ。その時に痛い目をみるのはあんたよ。だからもうここには」


 おや。

「もしかして私を心配してくれてるの?」 

 私がパッと顔を明るくして尋ねると、ベリルの化粧をする手がピタリと止まる。

「、、、叩き出すわよ」

 ベリルの低い声にも慣れてきたようだ。

「ふふふ」

「何、笑ってんのよ、気持ち悪い」

 本気で顔をしかめたベリルに、もう一度、私は「ふふ」と笑った。


 なんだかんだ言って優しいところ。やっぱりベリルだ。心の底から悪い人になれないのだろう。


「ねぇ、ベリル」

「何よ?」

「私がその首についたものを取ったら、私と一緒にきてくれる?」

 

 ベリルは発色の良い口紅を塗り終わって、ゆっくりと私の方を向いて微笑んだ。目が笑っていないのが怖かった。


「ーーーいいわよ。あんたが本当に、この忌々しい首輪を取ることができるのならね」


「ほんと?」

 私は窓枠から立ち上がり、勢い余って、ベリルの手を両手で握りしめた。

「ちょっと、触らないでよ。私はそんな趣味ないからね」

 手を払われた私は、それを気にせず満面の笑みで笑う。

「絶対に約束よ?」

「はいはい。約束」

「よし!やる気出てきた。待っててね!私、絶対にベリルをここから助け出してみせるからね」

 

 そう言うと、私は光魔法で自分の姿を消す。


 善は急げ。

 私はスマラグドスの店を出て、すぐに家に帰った。


 明日から忙しくなるわね。

 そう思うと、布団に横になっているのに、頭の中で明日以降の自分のスケジュールを細かく組み立ててしまい、なかなか眠れなかった。


 家は大自然の中なのに、防音効果かとても静かだった。風の音も虫の声も聞こえない。

 部屋にいて、私はゆっくりと目を閉じる。



『ベリル、大好き!』

 過去に戻る前、私は鬱陶しいくらいベリルにくっついていた。そんな私を、ベリルは嫌がらずに傍にいさせてくれた。

 血は繋がらないけど、私はベリルを頼りにできる親愛なるお姉ちゃんだと思っている。

 

 ベリルはあの日、確かに『あの店で働くのは嫌だった』と話していた。


 ベリルが嫌なら、私がすることはただ1つ。

 ベリルを助ける。

 ただそれだけだ。



✳️✳️✳️✳️✳️✳️✳️✳️✳️✳️✳️✳️✳️✳️

 

 妖精の村での家では、毎日、私が朝食の準備をする。

 家の中央にあるのは、家の柱にもなった丸太の切り株を持ってきてテーブルにしたもの。

 そこに作った料理を置いていく。


 今日は食パンにバターを塗って、パンがしっとしたところに目玉焼きを2つずつ乗せる。

 色とりどりのサラダの上に、蒸した鶏肉を千切って散らした。

 そして野菜たっぷり入ったコンソメスープを添える。


 朝の飲み物。

 私とオスカーはコーヒー。

 マリウスは一杯の牛乳で、ワイアットは新鮮なオレンジを絞ったオレンジジュース。


 眠たそうに目を擦りながら起きてきたマリウスが席についたところで、私は手を合わせて神に祈りを捧げた。

「今日も恵みをありがとうございます。いただきます」


 祈りの習慣がない男3人は、はじめは戸惑っていたけれど、何日か経つと自然と私と一緒に手を合わせるようになった。

 オスカーだけはちょっと嫌そうにしているし、昼夜逆転気味のオスカーは普段あまり朝に顔を出さないけれど。今日は珍しく早起きしていた。あるいは、眠る前だろうか。


 マリウスが大きな口を開けて、目玉焼きを乗せた食パンに齧りつく。じわりと広がる黄身をこぼさないように斜めにして、美味しそうに食べている。


 ワイアットは一番にオレンジジュースを飲んで、サラダに手をつける。

「美味しい。朝からこんなご馳走食べてたら、もう元の生活には戻れそうにないね」

 ワイアットは嬉しそうだ。


 ベジタリアンのオスカーはサラダばかり食べているので、オスカーの前に目玉焼きの乗ったパンを近づけた。


「スープは野菜スープだから食べれるでしょうけど、ちゃんとパンも食べてね。心を込めて作ったんだから」


「、、、食べてる」

 不満そうに言ったオスカーのパンは、確かに端の方は齧られていた。だが目玉焼きには手をつけていない。

「好き嫌いはダメよ。オスカー、卵を混ぜたものは食べれるじゃない」

 私は知っている。オスカーは固まっていない黄身が得意ではないことを。

「オスカーの目玉焼きは、中までしっかり焼いてあるから大丈夫よ」


 ワイアットは野菜スープを一口飲んで、ほぅ、と息を吐いた。

「どの料理も美味しいね。アグノラは良い奥さんになるだろうね」

「本当に?嬉しい」

 褒められて、私はチラリとマリウスを見る。

 聞いた?マリウス。私、良い奥さんになれるって。


 でもマリウスは聞いてか聞かずか、全く私の方を見る気配はなかった。むしろなんか機嫌が悪そうだ。

 

「気にしないでいいよ、難しい年頃だからね」

 ワイアットが何か含みのあるフォローをしてくれた。

 

 過去に戻る前はマリウスは私を好きになってくれたけど、必ずしも、今回も好きになってくれるとは限らない。


 過去に戻ってからは、マリウスには怒られることが多くて、好かれる気がしなかった。心配はしてくれているから、嫌われてはいないんだろうけど。


 過去に戻る前のマリウスとは全く違う。


 ベリルといい、マリウスといい、なんで過去に戻ったというだけで性格が違うのかわからない。


 私は少し考えて、でも、と自分の脳内で首を振った。


 他の人がどうであれ、私は変わらない。

 私はマリウスが好きで、ベリルが好き。

 その気持ちさえしっかりしていれば、私は前に進むことができる。


 私は朝ごはんを食べてから手を合わせた。そして、おもむろに立ち上がる。

「今日はなんかすごくすごく眠たいから、部屋で眠るね。だから絶対起こさないでね」


 他に何も言わさせないように、私はすぐに部屋に入っていく。


 私がリビングからいなくなって、ワイアットが首を傾げた。

「アグノラ、もしかして枕が違うと眠れないとかかな」

「あいつがそんな繊細なタイプに見えるか」

 オスカーが冷静に突っ込む。


 聞こえてますけど。

 この家。外からの防音はしっかりしてるのに、家の中の防音はだいぶ弱いことを知る。

 

 私は魔法で自分の姿を消し、そっと窓から家の外に出た。家は平屋だから簡単に外に出ることができる。


 すぐに転移の魔方陣のところまで行って、魔方陣と自分の魔力を同調させた。

 城下町をイメージすると、身体が歪む感覚が現れる。

 足元から身体が消えていき、私は完全に姿を消してしまう。


 次の瞬間には、もう城下町の魔方陣の上に辿り着いているのだ。

 本当にこの転移の魔方陣はすごい。


 これのおかげで私は毎日、ベリルに会いに行くことができているのだから感謝してもしきれない。妖精の長老さん、ありがとう。


 さて。ベリルは夜にしか店にいないというのに、昼間に城下町に来たのには意味がある。

 

 店主はベリルを離す気はないようだ。どんなにお金を積んでもベリルを解放してくれないなら、方法は1つしかない。


 店主がベリルを手放さないといけないところまで追い込むのだ。


 過去に戻る前。

 どんなに金を積まれてもベリルを離さないという店主が、なぜベリルを手放したのか考えた。


 ベリルはなぜ、勇者のパーティーに入ろうと考えたのか。

 きっと、ベリルは勇者のパーティーに入ることを勇者が許可したら、店主も必然的に許さなければならなくなると思ったのだろう。

 国王が認める勇者が、ベリルがそのパーティーに入ることを許可しているのに、それを他者が拒否するなどあり得ない。

 勇者に逆らうことは、つまり国王に逆らうことに等しい。下手したら店の経営内容を疑われる。


 早くあの店を出たかったと話していたベリル。


 理由は1つだけ、思い当たることがある。

 


 あの日。

 夜中に目を覚ましてリビングに行くと、ベリルが1人でお酒を飲んでいた。

 ベリルはぼんやりとした明かりに照らされてとても綺麗だった。

 私もその横に座り、一緒にお酒を飲んだ。


『仕事自体は嫌いじゃないの。辛いことも多かったけど、色んな人と出会えて楽しいこともあったわ。ーーーでもね』


 ほんのり酔って、お酒に強いベリルの頬が僅かに紅潮していた。

 あまり自分の話をしないベリルが、その時は珍しく饒舌だった。


『店の店主が悪事に手を染めていたのよね。それと関わりたくなかったから、早く店を出れて助かったわ』


 店のことは軽く話してくれただけだった。

 でも、私の頭にはその言葉が残っていた。


 あの店には、きっと他に何か秘密がある。

 それを探ればもしかしたら、ベリルを店から引き抜く理由になるかもしれない。



 ーーーそうして私は、誰もいないはずの昼間のスマラグドスの店にやってきたのだった。

 


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