城下町の華、妖艶なる魔女
マリウスに、夜に出歩くことを反対された。
だから私は昼間に一度、店に寄ってみようと、こっそり光魔法の隠蔽魔法を使って姿を消し、ベリルの働く店のドアを叩いてみた。
けれど、何の反応もなかった。
当たり前といえば当たり前で、その店は夜にしか開かず、昼間は無人の店。そして店を出たベリルがどこに住んでいるかもわからない。
やっぱり夜に来ないとダメなようだ。
諦めて、私は皆のいる場所に戻った。
「アグノラ?どこにいったのかと心配したよ」
茶色の髪のワイアットが、私の肩を叩いた。
急にいなくなった私を、男三人が探してくれていたようだ。
ベリルがいるのは、女性を買うお店だ。娼館という。
オスカーやワイアットがその店に行こうが、そこの女に手を出そうが私は全く気にしないけれど、マリウスにその店には関わって欲しくなかった。
だから本当は、1人で城下町に来たかったのだ。
私はマリウスに愛想笑いをしてみせる。
「ちょっと迷子になってたみたい。知り合いの居場所を覚えていたつもりだったのに、ど忘れしちゃって。マリウス達は?」
「まだアグノラを探しているんじゃないかな。見つかって良かった。でもアグノラも気を付けた方がいいよ。昼間でもこの先は危険な区域だ。裏道にもなると、手に負えないやつらが沢山いる」
そこは先ほど私が行き来していた場所だけども。
「そうなの?気を付けるわ」
私は知らないふりをした。
ベリルに会うには夜に店に出向かなければならない。
だからといって、マリウス達を無駄に心配かけさせたくなかった。
しばらくして、マリウスとオスカーとも合流した。急にいなくなったことでマリウスに少し怒られてから、皆で、肉汁溢れる肉をパンで挟んだものを食べた。
城下町で人気のパンだと聞いてはいたけど、確かにすごく美味しかった。材料さえ揃えば家でも作れるだろうか?
そして予定通り、種と苗も買って、ベリルのこと以外は順調に進んだ。
夜は、安い宿を取る。
男女の部屋は別にして、私は部屋に一人。
暗くなると、窓の外にはもう、女性は誰も歩いていなかった。
本当に城下町の夜の治安は悪いのだろう。
あれほど賑わっていた城下町の大通りから人がいなくなっている道を眺めながら、私は過去に戻る前の、初めてベリルと会った日のことを思い出していた。
あれは、私がマリウス達の旅に無理やりつきまとって3ヶ月目くらいのことだった。
勇者の旅のメンバーは、マリウスとオスカーと、戦士のケイレブの3人で、その日は、城下町の娼館周囲に出るという不審者の退治を依頼されたものだった。
勇者のパーティーを雇ったのは、娼館の店主だった。丸々と太っていた上に、人をねっとりとした瞳で見る人で、私は嫌いだった。
勇者の旅は魔王に関するものを退治するのが基本だけど、それだけでは資金がなくなる。こうやって民間の依頼もたまには受けて、生活費としていた。
不審者は店の常連客の1人だった。店の女性に入れ込みすぎて、その人を拐うつもりで準備していたようだ。
マリウス達が依頼を達成し、店から出ようとしたら、ベリルから声をかけられた。
ベリルは目に涙を溜めて、マリウスの前に両膝をついた。
「勇者様。私もその神聖なる旅にお連れください。私には魔力があります。魔王を倒す貴方のお役に立てるはずです。どうか」
ベリルは女性としての魅力を存分に発揮させるドレスを着ていた。豊満な胸を強調し、服のラインは限りなく肌に密着している。マーメイドラインで腰から膝までピッタリと沿った後、華やかに広がる裾は、スリットが入って、長く細く伸びた足を美しく覗かせていた。
鮮やかな緑色の髪は緩やかなカーブを描いて長く、ややきつそうな目元は、しなやかな猫のよう。化粧は濃いが下品ではなく、女の私でも見惚れそうなくらい綺麗だった。
ここの店の女性は、皆、首に金属の首輪をつけている。そういうファッションなのかと私は思っていた。
でも違った。
マリウスはベリルの申し出を受けた。
店の店主は、ベリルが勇者の旅に同行することをしばらく渋っていた。しかしマリウスの熱意に負けて、それを許した。
魔力が暴走しないよう魔力を封じているベリルの首輪を外して、ベリルは勇者の旅の一員になった。
仲間にして欲しいという私の申し出は断るくせに、ベリルの申し出を受ける理由がわからなかったけれど、ベリルの魔力は文句無しに強大で、仲間になってからはベリルの言う通りマリウス達の役に立った。立ちすぎた。
私は拒否され、ベリルは戦闘員に入れる。
結果を見ると、悔しいけど、マリウスの見る目があっただけなのだろう。
ベリルは見た目通り、とても女性らしく優しかった。様々な知識も豊富で、会話も上手で。
ベリルの傍にいるといつも楽しくて、彼女も私のことを大好きと言ってくれた。
魔王との決戦の時。
誰がマリウスを刺したのかはわからない。
私とマリウス以外には、オスカーとベリルとケイレブの3人しかいないわけで、ベリルである可能性がないわけではないけれど、あんなに優しくて素敵なベリルが裏切り者のはずがない。
私はそれだけは自信を持って言うことができる。
ベリルだけは大丈夫だと。
彼女は裏切り者ではない。
だから、私はベリルとはまた仲間になりたいと思っている。前みたいに一緒に、楽しく日々を過ごしたい。
ベリルもきっとそれを望んでくれるだろう。
夜になったら店に出向き、ベリルと一緒に暮らしたいということを伝え、店主と交渉しよう。
ベリルを見受けするお金はまだないけれど、上級の回復薬を作り、それを売り続ければ、そんなに長い時間もかからずに支払い終えることができるだろう。
私はそんな夢のようなことを考えながら、夜中に備えて早めに眠りにつこうとした。
だが安い宿なだけに、ベッドは板とほぼ変わらないくらい固く、寝るに眠れなかった。これならまだ地面の方が柔らかいくらいだ。
日を越えてから動き出そうと思っていたのに、眠れないので仕方なく、日を跨ぐ1時間前頃から私は宿を抜け出した。
光魔法の光の屈曲を利用して自分の姿を消す。
気配はどうしても残ってしまうけど、暗い夜でも視覚的には自分の姿を消すことはできた。
『スマラグドス』は宿から少し離れていた。同じ城下町の大通りにある店ではあるけれど、スマラグドスはかなり奥まったところにある。
スマラグドスの店に入る客と一緒に、私も店の中に入った。
店の中は鼻をくすぐるような独特の香りがした。静かな中にもグラスや皿が重なるような細かな音が聞こえる。照明はやや暗めに抑えてあり、この店の女性は鮮やかなドレスを着ることで存在感を放っていた。
ここは大衆の酒場のような賑やかな場所ではない。
お酒と女というものを愉しむところだ。
高価なお酒と、女を一時的に金で買った男は、若くてみずみずしい女をすぐ横に並べて、会話をしながら酒を飲む。
笑ったり触ったりしながら、その甘い快楽を味わう。
目を覆いたくなるような怪しい雰囲気に圧されながら、私はベリルの元に急いだ。
ベリルはこの店のナンバーワンだ。
その人気ゆえに、私がベリルの時間を確保するのは難しいだろう。
客がいない時間をずっと待つわけにはいかない。
朝になっても帰れなくなってしまう。
だから強行突破をした。
客がいようといまいと関係ない。
そして、私は見つけた。
一度見たら忘れられないような、鮮やかな緑色の長い髪をポニーテールにしている、妖艶な女性を。
たまたま客と客の交代の時間だったようだ。
ベリルは自室でソファーにもたれかかり、けだるそうにしながら、細長いキセルタバコを吸っていた。その仕草がまた絵になっている。
エメラルド色の綺麗な瞳。弓なりの気の強そうな眉に整った高い鼻。そして赤い口紅で型どられた、大きめの口。
ドレスは相変わらず黒くて、メロンのように大きな乳房は黒のドレスから溢れんばかり。
それなのに腰は驚くほど細くくびれて女性らしいラインを強調している。
ドレスのスリットからのぞく細くて長い足はカモシカのよう。色気という色気を存分に溢れさせて、あの頃と同じようにベリルは美しかった。
ほう、と私はため息をつく。
ベリルは私とは全く違う、『女』の芸術品だ。
私がもし男であるならば、ベリルの足元に跪いて愛を何度も囁いているだろう。
「ベリル、、、っ!」
私は光魔法を解除し、ベリルの前で姿を見せた。
突然現れた人物に、ベリルは少し眼を見開く。
二重の大きなベリルの瞳。長い睫毛は私を見てから、目の錯覚ではないことを確かめるために何度か重なった。
私は満面の笑みでベリルに微笑む。
「ベリル。迎えにきたよ。ここから出て、一緒に暮らしましょう」
それはまるでプロポーズみたいだと自分で言いながら思った。
ベリルは、本当はこの店ではもう働きたくなかったのだと、仲良くなってから私に話してくれた。
早くこの店から出ていきたかったと。
だから、勇者のパーティーに入ることを自ら希望したのだと、私に言った。
過去に戻った今、ベリルは私のことは知らないだろう。でも、この店を出たいという想いは同じはず。
マリウスは勇者にならない。
だから、マリウスが勇者としてこの店に来ることはないし、ベリルが勇者との旅を言い訳にしてこの店を出ることもできない。
だからこそ私がここから出してあげる。
また私と一緒に暮らそう。
仲の良い姉と妹のように。
誰も仲を裂くことができない、親友のように。
「ーーーはぁ?何よ、あんた」
低く、嫌悪感を交えた声が私の耳に届いた。
「え?」
私はその声がどこから聞こえたのかと、辺りを見渡す。
「何、キョロキョロしてんのよ。バカにしてるの?あんたが私の名前を呼んだんでしょ」
やはり低い女の声。ベリルの口から聞こえた気がするけど、ベリルの声はこんなに低くないし、こんなに悪い口調でもない。
ベリルはもっと、聞きやすい声をしていた。
少し嗄れてはいたけれど、こんな怖い声じゃなかった。
もしかしてこれはベリルではない、、、?
私がベリルを疑い出した時、フロアの方から声がベリルを呼ぶ聞こえた。
「ベリル!そろそろ時間だよ!」
スマラグドスの女副店主。
実質の店の切り盛りはこの妙齢の女性がやっているのだと聞いた。
「はぁい。すぐ行きます」
気取った声に変わる。立ち上がったベリルは、私の知るベリルの声をしていた。
ーーーーーもしかして、よそ行きの声が、私の知っていたベリルの声なの?
私は頭が混乱してきた。
ベリルとは勇者パーティーで旅するようになってから、ずっと一緒に旅をした。
沢山の話をして、笑い、一緒に泣いた。
まさか、それが全部、演技だったとでも、、、?
呆然とする私を、ベリルは思い出したように振り返った。
「あんた。こんなところいないで、さっさと帰りなさいよ。一緒に暮らすとかわけわかんないこと言うくらいだから頭がイカれてるのかもしれないけど、私は無理よ。これがあるから」
ベリルは、自分の首にある金属をトントンと指で叩いた。
「私が使い物にならなくなるまで、どんなに金を詰まれてもあのジジィはこれを外してはくれないわ。これを外すには、あいつを殺すしかないでしょうね」
ベリルはふっと、皮肉に顔を歪めて笑った。
「ーーーそれとも私のために、あんたがあいつを殺してくれんの?」
緑色の瞳が深みを帯びて私を見つめた。
数秒だけ間が空く。
ふふ、とベリルは自嘲するように鼻を鳴らした。
「冗談よ。あのジジィ、金にものを言わせてものすごい護衛つけてるもんね。あんたじゃ殺すどころか、あいつに触れもしないわ」
ベリルはそう言って私にまた背を向けると、ヒラヒラと手を振った。暗に『出ていけ』と言われる。
ベリルのいなくなった後、私はそのベリルの姿が頭から離れなくなった。
私の知るベリルではない。
私と笑いあったベリル。あれは、偽りの姿だったの?
「、、、、ベリル、、、、」
ベリルのいた部屋に私は1人で佇む。
ーーー私は、何もできなかった。




