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城下町に到着してからのこと。

 転移の魔方陣に乗って、城下町の門の前に辿り着いた。


 転移の魔方陣というものに初めて乗ったけど、浮遊感とか、皮膚の感じる違和感とか、とにかく自分の存在を疑いたくなるような妙な感じと、快とも不快とも言えない感覚があった。

 でも好奇心がそれを上回った男性陣には、その感覚も含めて概ね好評だったようだ。

 身体の鍛え方の違いだろうか。


 目の前には、見上げるほど大きな門と、それに続く、城を囲む長い壁がどこまでも続いていた。

 王城と城下町の間には、ここより更に大きな門がある。だから城下町は門と門、長い壁と壁に挟まれている平地に、長く広がっている。


 城下町と一般の道を遮る門の前には2人の門番がいて、その手前に門を通るための通行料を支払うための料金所がある。


 城下町の人間は住人であるということを証明する札を持っていて、札があれば無料で門の中に入れる。

 札がなければ通行料10銅というささやかな金額を払うことになるが、毎日城下町を行き来する人には痛手になる。そのため、城下町に移り住む人も少なくないという。


「4人だから、40銅ね」

 私は財布から4人分のお金を準備していると、横でマリウスが怪訝そうな顔をしてみせた。

「何でお前が俺達のお金まで払おうとしているんだ。それはお前のお金だろう」


「それはそうだけど、、、」


 勇者の旅の時に、マリウスからの給金を受け取らない私に、マリウスが私にそこそこのお金を預けてくれていて、その中から全員分の出費を支払うようになっていた。

 支払っても余りあるお金だったし、むしろどんどん増えていくばかりなので私の財布は全く痛まなかった。


 だからだろうか、皆の交通費等は当たり前のように私が支払う気になっていた。

 そうか。本当は私が払うべきじゃないのか。


「じゃあ、それぞれ支払うーーーってことでいいんですか?」

「ですか?」

 マリウスが目で圧をかけてくる。私はマリウスを見上げた。


「それぞれで支払うってことでいいのね?」

 私が敬語から言い直すと、マリウスは満足そうに「そうだ」と頷いた。やっぱり兄弟よく似ている。


 私達は、料金所でそれぞれの財布からお金を支払い、門番の方へ進んで行った。


 門番は、全身がゴテゴテとした甲冑に包まれていて、相当暑苦しいだろうと思われる中でも弱音を吐かずにしっかりと目を光らせている。

 城下町の門番だというのに、ちゃんと訓練された人を配置しているのね、と私は少し驚いた。


 過去に戻る前は、王城と城下町の間の門は騎士団に厳重に警備させていたけど、ここの門番は城下町の警備隊に任せていたはずだ。監視もだいぶ手抜きが目立っていたのを覚えている。


 ここもあの頃と違うわね。

 いったい何故なのかしら。


 そんなことを考えながら門番前に進むと、甲冑をつけた男の1人が、ワイアットの顔を見て急に動揺を始めた。


「ーーえ?ーー貴方、いえ、貴殿はまさか、、、?」

 何かに気づいた男は、横にいたもう1人の甲冑の男の腰をドンと肘で押す。それでワイアットに目を向けたもう1人も、驚き跳び跳ねた。


 かなり重量のある甲冑で跳び跳ねるってよっぽどだ。


「まさか、ワイアット様ですか?」


 え、と私は斜め前にいたワイアットの顔を見上げた。

『ワイアット()()?』


 ワイアットは、ただの旅人のようなシンプルな服しか着ておらず、私の知るワイアットらしく、柔らかい笑顔で笑った。

「あれ?わかっちゃった?」

「、、、!!!!」 


 本当にワイアットだとわかると、甲冑の男2人は自身の仕事も忘れてワイアットの周りに駆け寄る。


「ワイアット様。本当にワイアット様なんですね!」

「瘴気は?瘴気はどうしたのですか。よく、よくご無事でっ!!!」

「あれほどの瘴気を受けられたのに、、、っ。本当にまた元の姿のワイアット様に会えて嬉しいです」


 以前、ワイアットが騎士団に所属していた頃の部下なのだろうか。

 ワイアットはかなり慕われていたようだ。


「体調が戻られたなら、また復帰なさるのでしょう?」

「騎士団長をお呼びしましょうか」

 盛り上がっている甲冑達。


 ちょっとちょっと、門番さん。

 貴方達が仕事をしないと、私達の後ろに行列が出来だしていますよ?


 ワイアットは困ったように眉を下げてみせた。

「気持ちはありがたいけど、僕はまだ回復したばかりなんだ。だからすぐに働くのはちょっとね。騎士団長には、今度また改めて挨拶に行くつもりだよ。今日はただ城下町に買い物に来ただけなんだ」


「そ、そうでしたか、、、」

 甲冑達は明らかにがっかりしている。

 そんな1人の肩をワイアットは軽く叩く。


「監視の仕方が、昔よりずっと上達している。僕がいない間も根気強く頑張ってきたんだとわかって、僕は嬉しかったよ。アンドリュー」

 そして隣にいる男の肩にも手を乗せた。

「君もだ、サムエル。すごく強くなったな。甲冑越しにもわかるよ」

 

「ワイアット様っ!!!」

 ぐすりと甲冑の中から鼻を啜る音が聞こえた。

 え?泣いているの?大の大人が。

 ちょっとビックリしてしまう。


 ワイアットはまだ離れたがらない男達に、また今度ゆっくり話そうと別れを告げて門を潜り抜けた。


 騎士団長を呼び出せるだけの存在であるワイアット。

 いったい何者だったのだろう。

 興味はあるけど、門の中に入ると賑やかな城下町の大通りが広がっていて、それどころではなくなった。


 祭りでもあるのかというくらい、人が集まっている。

「な、なにこれ?どうしたの」

 

 私の知る城下町は少し寂れていて、人通りもこんなに多くなかったはずだ。


 並ぶ店も多く、声をあげる店員は生き生きとした表情で働いていた。それにつられて客が店に入っていく。


 とても町全体に活気があった。


 私も果物屋に入り、葡萄を買うことにした。お金を支払おうとおばさんに私は話しかける。

「美味しそうな葡萄ですね。葡萄を1房くださいな」

 おばさんは元気よく声を出した。

「そうだろう?うちのはみずみずしくて甘いよ!お嬢ちゃんは外の人かい?」

 外の人。城下町の住人ではないということだろうか。

「はい。だから、人の多さにビックリしてしまって。今日は祭りでもあるんですか?」

 あははとおばさんは笑う。

「外

から来た人はビックリするだろうね。今日は朝市の日だから、いつもより多いね。でも最近はだいたいこんな感じだよ。景気がよくて、日に日に人が増している。何もかも、第一王子様の政策のおかげだ」


 私はピクリと手が一瞬動いてしまった。

「、、、第二王子、、、?」


「そうだよ。性格はちょっと奔放だけど、良い王子だよね。ここ数年は、第二王子が新しい政策を立てて、それが次々と見事にはまるから、国全体が良くなっているそうだよ。昔こそ心配していたようだけど、王様も立派な後継者がいて安心だろうね」


 ()()第二王子が?

 ーーーそんなことあるのか。

 自由過ぎて、遊び歩いていた金食い虫。その第二王子が、勉強どころか国の政策を立てる?

 国の方針を決定するのは王だ。

 つまり、第二王子が政策を王に上申して、それを王が認めなければならない。

 賢王と名高い王様は、第二王子を認めていなかった。あの王様が第二王子の政策を受け入れることなど、有り得るのだろうか。


 私は疑問しかない頭で、おばさんから葡萄を受け取る。しばらく考えたけれど、思考の行きつく先に終点はなく、一旦、第二王子のことを考えるのはやめた。


 店の外に出て、男達に葡萄を買った説明をする。

「今から会う人が葡萄が好きなの」

 そういった私にマリウスは顔をしかめた。

「どうしたんだ?顔が変だが、何かあったのか?」

 マリウスから指摘されて、私はギョッとした。変な顔って言われると辛い。

「変?」

「あ、いや、アグノラの顔が変なわけじゃなくてだな。なんか、おかしいというか」

「おかしい!?」

 私はわざとペタペタと自分の顔を触ると更にマリウスは慌ててくれた。

「いや、違う。そうじゃなくて」


 そのマリウスの首に、ワイアットの腕が絡み付く。

「アグノラ。うちの可愛い弟をからかわないでやってくれないか。言い方が悪かった弟も悪いけど」


「うふふ、からかうだなんて。マリウスさんーーーマリウスが心配してくれるのが嬉しくて」

 わざとらしくにっこり笑ってみせる。

 人の顔を変だとかおかしいとか言う人は、少し困ればいいと思う。


「それで。これからどう動くつもりなんだ?」

 オスカーが近づいてきて、私に声をかけた。


「そうね。その人とは夜に会うから、今は種や苗を買う方を優先しようかしら」

 私が言うと、マリウスは急に険しい表情になって私を見てきた。

「夜に?その人も女なんだろう?城下町の夜に会うなんて危ないんじゃないか?いくら俺達がいるとはいえ」


 でた。マリウスの過保護。


「大丈夫よ。その人も強いから」

「そうはいってもだな。どうにか昼に会うわけにはいかないのか?」

 マリウスは本気で心配してくれている。


「、、、そうね。ちょっと昼に会えないか、先に確認してみようかな」

 本当は夜にしか会えない理由があるんだけど、こんなにマリウスが心配してくれているのだから、ここで頑なに否定するのは申し訳ない。

 

 否定されないことで、マリウスは少しだけ口調の強さを緩める。

「そうしてくれ。女同士なら特に、昼間に会った方が安全だからな」

 私は素直に頷く。

「そうね。それで、種や苗は何にする?私はそこそこ育てやすくて料理に使いやすい野菜を数種類欲しいわ。魔方陣があるなら、すぐに城下町にも来れるし」


「味付けなくても食べれる野菜がいい」

とマリウス。


「サラダは必要だ。みずみずしくて栄養価の高い野菜は外せないだろう」

とオスカー。


「いずれ動物とかも飼うんだろう?動物が食べれる草も早い段階で育てておきたいな」

とワイアット。


 そのワイアットに私とマリウスが振り返る。

「「動物!!!」」


 失念していた。

 そうだ、家畜も大切だ。

 牛、豚、鶏。羊。 


「ワイアットさ、、、ワイアット。盲点だったわ。確かにその通りよ。色んな動物を飼いたいわ。肉だけじゃなくて、牛乳とか卵とか。必要不可欠のものよね」


 私が話していると、その横でマリウスは目を輝かせながら話に割り込んできた。


「立派な馬も憧れるが、竜とかワイバーンなんかも乗りこなしてみたい気はしていたんだ。フワフワモコモコの癒し動物も捨てがたい」

 

 魔法がまだうまく使えないマリウスは、魔方陣を起動できないだろうから、移動に馬も必要だろう。


 私とマリウスの希望を叶えるには、牛舎や厩舎、その他もろもろの動物の家も必要になる。


「夢は広がるねぇ」

 ワイアットは、穏やかな声で微笑ましそうに笑う。

 私はワイアットに同意した。

「することが沢山あって大変だけど、どれも楽しそうよね。わくわくしちゃう」

 

 その全てをマリウスと共有できるという幸せ。

 1つ1つ噛みしめなくちゃ。


「じゃあ、種と苗を探しにいきましょうか」

「そうだな」

と皆で歩き出す。 

 歩きながら、私は城下町の奥に繋がる細道を確認した。

 過去に戻る前に、何度も通ったこの道。 

 よく見ると濃い緑の文字で書かれた店の看板が道の突き当たりに見える。


『スマラグドス』


 緑の宝石を意味するその店には、確かに絶世の美女が存在していることを私は知っている。


 血は繋がらないけど、私が姉と慕う人。

 

 賢者であるオスカーとは違う、大魔法使い。


 彼女は私の心にも魔法をかけて、凝り固まった色んなものを溶かしてくれた。

 マリウスが最愛なる人なら、彼女は私の親愛なる人。


 私は彼女の姿を想像して、口元に力をいれる。


 待っててね。ベリル。

 すぐに。

 すぐに助けにいくからね。

 

 

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