魚とイモとリンゴを持って焚き火をしましょう。
妖精の村にある家の中を清掃して、とりあえず寝るくらいはできるようになった。
私達は、家の玄関前で焚き火を囲って、マリウスの釣ってきた魚をマリウスが焼いてくれた。
棒に魚を突き刺し、火に近付けてじっくりと焼く。じわじわと魚が汗をかきはじめ、1滴ずつ地面に落ちていく。
魚の良い香りが辺りに広がっていた。
魚の皮はほどよく焦げて、食べ頃だと伝えてくれる。
「そろそろいいかな」
マリウスはまず手前の一本を地面から引き抜き、味見で一口齧りつく。
「うんーー?うん、うん。大丈夫だ」
確認を終えて、マリウスはもう一本引き抜く。向かいに座っていた私にその串を差し出し、食べるように促された。
私は明らかに熱々の魚を、軽く息を吹き掛けてからマリウスのしたように齧りついた。
川魚なので淡白な味のはずなのに、軽い塩だけで、充分旨味が引き出されて美味しかった。
「んーー!!!美味ひぃでふ!!!」
熱さのために上手く話せなかったが、凄く美味しいということは伝えられたと思う。
マリウスは少し嬉しそうにはにかんだ。
「だろ?釣りは好きだから、その流れで焼き魚は上手くなったんだ。命をとったからには、ちゃんと最後まで食べて礼を尽くすべきだよな」
そう言ってマリウスはまた魚を齧る。
「、、、命を大切にと思うなら、はじめから殺さなければいい」
マリウスの横で、オスカーはせっかく焼いた魚を食べずに、焚き火で一緒に焼いたイモばかり食べている。
森の中に自生していたイモは繁殖能力が高く、以前の聖女が暮らしていた時からずっと、山に生え続けているそうだ。
ほんのり甘みのあるイモで、焚き火の下に入れて焼くとほっくりとしてとても美味しい。
とても美味しいが、食べて欲しいと眼力で圧をかけているマリウスを、オスカーが完全に無視してイモを食べ続けるのはどうなのだろう。
いくらオスカーがベジタリアンとはいえ、せっかくマリウスが釣ってきた魚なのに。
マリウスはブスリと拗ねてみせる。
「な。こいつ、俺が釣った魚も狩った肉も、全然食べてくれないんだぞ」
やけ食いとばかりにむしゃむしゃ魚を食べるマリウスの横で、オスカーは食べているのがイモとは思えないほど上品に、イモを口に運んでいた。
オスカーはわずかに眉を寄せる。
「、、、小さい頃、その釣った魚や獲った肉を、まださばく技術も焼き加減も覚えていないくせに、俺に無理やり半生のものを食べさせたんだ。そのせいで何度か地獄を味わったんだ、食べたくもなくなるだろう」
「それは昔の事だろう?今はもう肉も魚も、焼くだけなら完璧だ」
オスカーはマリウスから魚の刺さった串を目の前に出されて、それを鬱陶しそうに手で押し返した。
なるほど。オスカーがベジタリアンである理由が、ここにして明らかになったわね。
それは確かにオスカーに同情する。生肉を食するのは危険すぎる。小さい頃だというから、さぞ見るも無惨な地獄を味わっただろう。
マリウス達の前の家に調味料が塩しかなかったのも、納得できた。
マリウスは何でも焼いて塩しかかけないし、オスカーはそもそも肉や魚を食べないから様々な調味料が必要ないのだ。
それにしても、小さいマリウスが、釣ってきた魚をわからないなりに必死にさばいていた姿を想像すると、可愛すぎてそれだけで幸せな気分になれる。
できることなら、その小さい頃のマリウスも見てみたかった。絶対、可愛さの破壊力が爆発しているに違いない。
私は魚を齧りながら、1人でうんうんと頷いた。
私の横で、先に魚を食べ終わったワイアットが、森で採ってきた果物の皮をナイフで剥いていた。頷いた私に目を向けると、ふと思い出したようで私に尋ねた。
「そういえば、部屋割りは勿論、男女別にするつもりだけど、女1人じゃ心細いだろう。前に話してた、一緒に住む女の人はいつ連れてくるんだい?」
私も忘れていた。
妖精達があちこちいるから、もしこの中の誰かと二人きりになっても、そういう雰囲気にはなりそうにないなと思いながら、私は「そうね」と背筋を伸ばした。
「彼女とは早く会いたいから、明日にでも早速、出発しようかと思います。城下町にいるから、ここからそんなに離れていないし、1人で大丈夫です。すぐに帰るので、その間にこの家のことをお願いしてもいいかしら」
「1人で?」
ワイアットが心配そうに私を見た。
私はにこりと笑う。
「心配しなくても大丈夫です。私はハタカンの町まで1人で来た女ですよ?」
オスカーが無表情でぼそりと呟く。
「、、、ここまでの船に乗れなくかったやつがよく言う」
私はそれをあえて無視した。
あれはたまたま、私が護衛を雇う必要性を度忘れしてしまっただけのこと。
「城下町なら、ここからずっと陸続きだから、船も使わないし平気よ。片道3日で往復して、1日城下町に滞在するから、1週間くらいで帰ってくるわ」
「ーーーダメだ」
予想に反して、一番に反対してきたのはマリウスだった。
「女の子が一人旅なんて、危険過ぎる」
マリウスってば、私が家に一緒に住むことといい、野宿のことといい、ちょっと心配性で頭が固いところあるわよね。
勇者パーティーの時は、私が無理やり勇者パーティーに付きまとっていただけだから、私が野宿しても何も言われなかったけど。
いや、もしかしたら歳のせいかしら。
18の頃の私なら大人で、16の私は子供扱い?
女は16から成人なんだから、子供扱いなんて心外だ。
もう少ししたら、メリハリボディーの色気でまくりの女性になって見返してやれるのに。ーーーなんて、そんな身体には18歳の頃にもなってはいなかったけどね。
残念。
オスカーは、焚き火に炭を足しながら、淡々とした口調で言った。
「、、、苗や種を買いにも行く必要があるだろう。荷物運びもいる。乗り掛かった船だ。俺が付き合おう」
オスカーの申し出に、マリウスは慌てている。
「まてまてまて。オスカーは何かと目立つだろう。知ってるぞ。お前、実は結構な回数、ごろつき共に絡まれているって」
オスカーは鼻で笑った。
「そんなのどうでもなる。城下町については俺の方が詳しい」
私に付き添うかどうかでマリウスとオスカーが揉めている。この2人、仲が良いけど喧嘩は絶えないのよね。
私は1人で大丈夫って言っているのに。
私はこの状況に慣れているからわかるけど、これを知らない人が見たら仲が悪いと思ってしまうだろう。
「ほんとに私は1人で大丈夫ですよ」
もう一度、言ってみる。
1人の方がむしろ、聖魔法も光魔法も使い放題にできるから、1人の方が勝手が良かったりするんだけど。
かといって、それを彼らに言うわけにもいかないし。
すると、私の横でくすくすと笑い声が聞こえた。
ワイアットが楽しそうに笑っている。
「珍しい喧嘩が見れて僕は嬉しいよ。アグノラ、わかっているかい?僕も含め、みんな君を心配しているんだ」
「そ、それは勿論」
私は戸惑いながら頷く。こんなに心配してもらうほどのことじゃないと思うのに。
それに『珍しい』?
こんな喧嘩、2人にとって日常茶飯事でしょう。
彼らに一番近いワイアットがそんなことを言うなんて、不思議だった。
ワイアットは私に、4つに切り分けたリンゴを全て差し出してきた。
私はそれを視界に入れる。
4つ。せっかく食べやすく切ってくれるには大きすぎる。皆に平等に分けたのなら、私にだけこれを差し出すのはおかしい。
まさか、リンゴが4つに分かれているが、リンゴは元々1つなんだよ、なんていうくさいセリフでも言うつもりか。
「1人でと言わずに、こうなったら皆で行けばいいんじゃないか?たった1週間なんだろう?いいかい、リンゴは4つに分かれても、、、」
私は素早くワイアットの声に言葉を被せた。
「リンゴは4つに分かれたら、それはもう4つの別々のリンゴですよ。私達もそれぞれの人間です」
ワイアットは天使のような顔で驚いてみせる。
「、、、な、なんで僕の言おうとすることがわかったんだ、、、?」
それには苦笑するしかない。
「私も正直、ワイアットさんの思考回路がそんな感じだったとは、知りたくなかったです」
マリウス曰く、ワイアットは誰よりも優しくて賢く、強くて格好良いお兄さんのはずなんだけど。
「むむむ。でも、まぁ、いいじゃないか。皆で城下町に行こうよ。僕も昔住んでいた城下町がどうなったか知りたいし」
「でも、そうしたらこの家は誰が、、、?」
せっかくここまで綺麗にしたのに、1週間も離れるとまた多少汚れてしまうだろう。
すると、マリウスの後ろから、ひょっこりと妖精達が顔を出した。
「わたしたちが見るよー」
「この家、守るよー」
「まかせてー」
皆が小さな妖精達に注目する。
ワイアットは横から私の顔を覗き込む。
「、、、だそうだけど?」
むむむむむ。
こうなると、断る理由が見つからない。
「ーーーーわかりました」
私がガックリと項垂れると、妖精達とワイアットは満面の笑みで喜んだ。マリウスとオスカーはそれからも少しだけ険悪そうにしていたけれど、数分後には普段の様子に戻っていた。
「あぁそうそう。アグノラ」
食事が終わって、焚き火の始末をしながらワイアットが私に声をかけた。
「何ですか?」
「それそれ、それなんだけどね」
「それ?」
私は焚き火の火を消すために水を持ってきただけだ。もう水も使いきってしまい、手元にはバケツしかない。
ふふふ、とワイアットは笑う。
「それだよ、君の言葉遣い。オスカーには普通なのに、僕とマリウスには敬語だろう?一緒に住むなら、もう家族も同然だし、これを機に、オスカーに話しているように話してくれていいよ。いや、むしろ話して欲しい。名前もワイアットとマリウスと言ってくれ、是非」
「え、でも」
ワイアットさんは年齢不詳だけど、多分そこそこ年上だろうし、マリウスに至っては、過去に戻る前は「マリウス様」と呼んでいた。
実はマリウスと呼ぼうとしたことが何度もあったけれど、あまりに抵抗が強くて「マリウスさん+敬語」で落ち着いたのだ。
今さら、また「マリウス」と呼ぶチャレンジをするなんて、恥ずかしすぎる。
私は狼狽えまくった。
それでもワイアットが肯定を期待する瞳でみてくるので、
「で、できるだけ精進いたします、ね」
と、私はその場は、渾身の作り笑いで誤魔化した。




