畑を耕しましょう
今にも崩れてしまいそうな家は、家を支える柱を増築して少し頑丈になった。家の中は砂や埃がこんもりと積もっていたところを掃いて、綺麗に拭きあげた。
それだけで、そこそこ住める家のように見える。
多少、穴は空いているし、屋根裏をネズミであろう小さな動物が走り回る音も聞こえるけど。そのくらいなら、許容範囲だろう。
「住めば都って言うしね」
私が明るく笑うと、横にいたオスカーは納得できない顔で私を見下ろした。
「いや、その言葉にも程度はあると思うが。ここじゃ、前の家の方がまだ、、、」
「やだオスカー。わかってないわね。見た目は快適さとは別なのよ。あの壊れた家は、通気性が悪くてジメジメしていたじゃない。でもここは、死ぬほどボロいけど、通気性はいいし、何より外の環境が最高でしょ」
私は部屋の窓のない窓枠から身体を乗り出して、外を眺めた。
外は小鳥が歌い、川のせせらぎは優しく聞こえる。
どこからともなく草木が香り、空気は澄んで身体が浄化されている気さえする。
少し離れた場所にある畑は、まだ作物はないけど、この土地ならきっと、美味しいものが沢山育つだろう。
少し離れたところでは、愛しのマリウスが鍬を持って畑を耕している姿が見える。
私にとって、これほど最高の環境はない。
「家はこれから住みやすいように整えていけばいいだけだもの。それこそオスカーの場所は何でもオスカーの好きにできるわ。それを思うと、これからが楽しみで仕方ないわよね?」
「そんなものか?」
オスカーは私が身を乗り出した窓枠から、自分も外を眺めてみせる。
自然の音は聞こえるのに、とても静かで。
やわらかく優しい風が吹いて、オスカーは僅かに口元を緩ませた。
「、、、まぁ、悪くはないな」
「またそんな言い方して」
ひねくれもののオスカーらしいと私が笑うと、オスカーはオッドアイの瞳を私に向けて、少しだけ黙った。
「ーーーお前はほんと、変なやつだな」
急に言われて私は目を丸くする。
「何よ?突然、失礼なことを言い出して」
オスカーは私の悪口を言ったことに気づいて、困ったように訂正した。
「いや、悪い意味ではないんだが」
「そう?」
一呼吸置いて、オスカーは少し離れた場所で妖精達と畑の土を耕しているマリウスを眺めた。
「ーーー前にアグノラから、自分と会ったことが聞かれたことがあったな」
オスカーに言われて、私は過去に戻ったオスカーにも私の記憶があるか確かめるために、オスカーに尋ねたことを思い出す。
結果、オスカーは覚えていなかったのだけど。
私は誤魔化すようにへらりと笑う。
「あぁ。でも人違いだったのよね。そっくりな人って世の中に3人はいるっていうしね」
「、、、マリウスにそっくりな人も知っているそうだな」
ドキリと心臓が鳴った。
たまたま似ている人はいても、その極似する2人が知り合い同士というのは、やはり無理やりすぎただろうか。
「、、、、、、」
私はどうにか誤魔化そうと考えを巡らせたが、すぐに思い付かず沈黙してしまう。
そんな私の様子をオスカーは見下ろしたまま、オスカーも黙った。
気まずい沈黙を終わらせたのは、オスカーの方だった。
オスカーの1つに括った長い髪が、風に吹かれて舞うように揺れる。整った顔の中のオッドアイが、私の心の中を見透かしているような感覚があった。
「、、、、アグノラ。お前にもし、人に言えない秘密があったとして」
圧迫される雰囲気にギリギリと心臓が痛む。
「お前がマリウスのことをどう思っているかも明らかすぎるが」
私はパッとオスカーを見上げた。
「え?バレてる?」
私が驚くと、オスカーは呆れた顔を著明に浮かべた。
「バレないわけがないだろう。ずっとマリウスを目で追っているんだ。このままではマリウスの顔に穴が空くぞ」
そんなに見ているつもりがなかっただけに、私は顔がかあっと熱くなるのを感じた。
「それは、は、恥ずかしいわね。これから気を付けるわ」
パタパタと自分の頬を叩きながら、私は眉を下げた。
そんな私にオスカーは苦笑する。
私の知るオスカーは、本当に能面みたいな顔で、感情を表すことが殆どなかった。私に対しても全く興味ないとばかりに、近寄ってもこない人で。
だから、こうやってオスカーが僅かでも私に感情を表してくれるのは嬉しい。
「オスカーは私の知り合いに似てるけど、全然違うのよ。今のオスカーの方が、すごく好感度高いというか」
「ーーー今の?」
「あっ」
私は口を閉じる。
このままでは余計なことを言いそうだ。
オスカーは本当に鋭いから。
「似ている人を比べるのって難しいわね。言葉の選択を間違ってしまったみたい」
ふふ、と私は誤魔化す。私は嘘が下手だ。
だからきっと誤魔化しているとわかっているだろうに、オスカーはそれ以上は聞かないでくれた。
オスカーの瞳の色が優しい。
「、、、そういうこともあるかもしれんな」
オスカーは、元々はこんな人だったんだろうか。それならば、何故、私はあんなにもオスカーから冷たい態度をとられていたのだろう。
いや、オスカーは私だけじゃなく誰にでも冷たかった。陰で孤児院を支援したり、見えないところでフォローしたりするくせに。本当は優しいくせに。
直接的には、マリウス以外の誰へも心を許そうとしなかった。
いったい何故。
「オスカー」
私は窓枠に置いたオスカーの大きく骨張った手を見つめた。
さっき特殊な金属を生み出した、賢者の手。
「なんだ?」
「もしーーーもしもよ?何か、本当に特別な理由があったとして、、、」
『マリウスの命を奪うことはできる?』
私は聞きたい言葉を飲み込んで、オスカーを見上げた。
裏切る。敵対する。
そんな言葉が頭の中を行き来する。
でも、それを今聞いたところで、オスカーは困ってしまうだろう。
捉え方によっては、オスカーを傷つけてしまうかもしれない。
本当は優しいオスカー。私も疑いたくないのに。
私は、ぐっと唇を噛んだ。
「ーーーえっと。オスカーは、私の恋敵になる可能性はあるのかしら?」
大寒波。
という寒気が一瞬、私とオスカーの間を駆け抜けた。
オスカーの最高級の宝石のようなオッドアイが、レプリカだったかのように、おかしな焦点になっている。
「、、、俺がマリウスを、ということか?」
オスカーはちょっと声に怒りを含ませている。
やばい。何か言わなきゃと思ったけど選択肢を間違えた。私は慌てて狼狽える。
「いや、言葉のあやというか。でも、私はそれはそれで困ったなとは思うけど別に嫌悪はしないというか、マリウスさんの魅力があればそれも致し方ないというか」
何を言っているんだ、私は。
動揺しすぎて支離滅裂になってしまっている。
「っふ」
オスカーから言葉が漏れた。
ふ?
オスカーを見ると、オスカーは口元を手の甲で隠すようにして震えていた。そして、たまらず笑った。
「っはは。自分が言い出したくせに、なんでそんなに動揺しているんだ。怯えて逃げる近所の子猫のようだ」
オスカーが声を出して笑ったーーー!!!
仰天してしまい言葉を失っている私に、オスカーはまだ少し笑いながら私の顔を覗き込んだ。
「マリウスは良い友ではあるが、恋人にするには色気と女らしさが足りないな。少なくとも、俺はマリウスにときめいたことはない。どんなに特別な理由があったとしてもこの先も有り得ない。ーーーこれで、解答になったか?」
冗談っぽく、ほんのりと微笑むオスカー。
顔の距離を縮められ、貴方の色気で私が倒れそうですが、と心で叫びそうになる。
ほんと、オスカーったら、無駄に色男というか。
美貌の無駄遣いというか。
「、、、マリウスさんに色気とか女らしさとか、想像するだけで笑いそう。やめてよ、マリウスさんをこの先、そういう目でみてしまったらどうするの」
マリウスは鍛えられた男らしさと爽やかさと愛嬌で出来た男だ。
彼に色気だの、女らしさだのが加わる日は今後くることはないだろうし、来られても困る。
私もオスカーにつられて、くすくすと笑った。
こんな話をされているとは思いもしないマリウスは、やけに姿勢の良いフォームで畑を耕していた。手に持つ農耕用の鍬が、立派な武器に見えてしまう。
オスカーもそんなマリウスに気づいたようで、ふむ、と唸った。
「前の家でも畑の管理はマリウスがしていたが、鍬の使い方が全然違うな」
「そうなの?妖精が鍬の本来の使い方を教えたのかもね」
マリウスが鍬で耕している姿なんて、過去に戻る前に見たことないからわからない。
「マリウスは基本、独学だからな。畑のこともそうだし、家事も、戦い方もあいつの勝手なやり方だ」
「戦い方も?」
確かにマリウスは独特な剣の使い方をするなとは思っていた。そういう流派の師匠から教わったのだと思い込んでいたのだけど。
「マリウスは身体能力が高いから、変な使い方をしても誰も文句言われないんだ。俺は剣では戦わないから剣のことはよくわからないしな」
文句、とは、ギルドの人達のことだろうか。
いくらマリウスがまだ世界最強になるまで時間があるとはいえ、ここら辺では強い部類に入るから、戦える力があれば問題ないということか。
「剣の型を変に矯正しようとして、かえって弱くなるということもある」
「そうなのね」
オスカーの言葉に返事してから、気づいた。
マリウスはこのままでは、近い未来、世界最強の男になってしまう。
世界最強ということは、国王より勇者に認定されてしまうということであって。
「、、、それはまずいわね」
「何がだ?」
「このままじゃダメってこと」
私は慌てて走り出す。一度振り返って、オスカーに手を振った。
「マリウスのこと。教えてくれてありがとう!」
オスカーは私の姿が見えなくなるまで、その窓の側で私を見送ってくれた。
窓辺に佇む美男子は、それだけで絵になるわね、なんてことを、私はのほほんと考えていた。
家から離れてしばらく走ると、村の奥、森の入口手前で果物を採っているワイアットを見つけた。
「ワイアットさん!!!」
走り続けていたせいで呼吸が落ち着かず、私が息を整えるまで私が身体を屈めていると、ワイアットは腰に巻いた水袋を私に渡してくれた。
「さっき、そこの川から汲んだばかりだから綺麗だよ。僕も別の袋で飲んでみたけど、ちゃんと飲める水だった」
ワイアットは天使のような笑顔で私に微笑む。
もし汚水であっても私には毒は効かないし、私が聖魔法で浄化したら何でも飲めるようになるんだけど、せっかくのワイアットの好意なのでありがたくいただいた。
「あぁ、美味しい。ありがとうございます」
私は口元に残った冷たい水を指で拭き取り、ワイアットに水袋をお返しした。
「それで?僕に何か用かい?」
ワイアットに質問されて、私は身を乗り出す。
「そう!そうなんです。ワイアットさん、以前、騎士をされていたんですよね?」
ワイアットはほんわりと微笑んだ。
「そうだね。瘴気に侵されて、たった数年しか騎士団にはいれなかったけど、その間はまずまずちゃんとした隊にも入れてもらえていたかな」
私はそれを聞いて、ワイアットの手をがしりと掴んだ。
「ワイアットさんにお願いがあります」
私の突拍子もない行動に冷静に対応できるワイアットは、やはり大人なのだろう。
「なんだい?僕に出来ることなら力になるよ」
ワイアットは表情を変えることなく微笑んでくれる。
まだ何も言っていないのに、そうやって受け止めてくれるワイアット。さすがマリウスとオスカーから愛された男だと思う。
「マリウスさんに、ぜひ剣を教えてあげて下さい。ガチガチの騎士の技です。できるだけ堅苦しい技を。もう、マリウスさんが戦い方がわからなくなるくらいのやつでお願いします」
ワイアットはいきなり言われて驚いてはいるが、私の話からぼんやりと私の意図は理解したようだ。
「僕がマリウスに?」
「そうです。他の誰のことも聞かなくても、ワイアットさんの言うことなら聞くでしょうし。適任かと」
ううん、とワイアットは少し悩んでみせる。
「確かにマリウスは我流だから、剣術の癖が強いよね。あれで強いんだから凄いと思うよ。ーーーもちろん、僕が教えるのは構わないんだけどね、、、」
私は満面の笑みを浮かべて、ピョンと跳び跳ねた。
「良かった!引き受けてくれてありがとうございます。これでマリウスさんの未来は安泰だわ」
私は喜んで浮かれてしまい、そのあとワイアットが呟いた言葉が、耳に入っていなかった。
「あいつ、我流であれだから、ちゃんとした剣術教えたら、もっと強くなっちゃう気はするんだけどね、、、」
そんなマリウスは、妖精の指示のもと着々と農作業の技術が上昇していた。それとともに、想像以上に広大な畑を耕すことで体力も増強していることなど、私は考えもしていなかった。




