家を整備しましょう
「、、、何をやっているんだ、こんなところで」
オスカーは1つに結んだ長い黒髪を肩から後ろに回し、呆れたように息を吐いた。
私はワイアットと聖女という会話をしていたから、もしかして勘の鋭いオスカーに聞かれたかと思ったけれど、オスカーの様子は普段と変わらないし、私達に何も聞いてこない。
オスカーは普段クールでも、魔法のこととなると人が替わったように熱くなってしまう。魔法と聖女は切って離せない関係にあることから、オスカーが話を聞いていたら何の話か詰めよってくるはずだ。
聞いていなかったのかと、私はほっと胸を撫で下ろした。
ワイアットはやんわりと微笑んでオスカーに声をかけた。
「家が壊れそうだから、柱を追加して補強できないかと思ってね」
下手したらオスカーの足を切断してしまうところだったのに、何もなかったかのように話すワイアット。
オスカーは動揺する様子もみせないことから、もしかしたらワイアットはこういうことは日常茶飯事だったりするのだろうか。
実はうっかりさんなのかもしれない。
オスカーはちらりと地面に倒れている大木を視界に入れ、そして足元までの地面を切り裂いた風魔法を冷静に分析する。
「、、、ワイアット。お前がやればできる男だというのは充分理解しているが、ここ数年、騎士団からも離れて魔法というものに殆ど関われてないだろう。急にこんな大きな魔法を使うとか、いくらなんでも無謀じゃないのか?」
「ーーーだよね。わかってたよ」
ワイアットは苦笑する。
「それで?この木を切りたいと?」
オスカーは大木の前で身体を屈めて、その大木の上に手を置いた。
「これはまた随分と状態の良い木だな。これだけの樹齢の木ならば、もっと虫に食われたり穴でも空いてよさそうなものだが」
そんなことを考えもしなかった私は、あ、と口元を押さえるが、ワイアットは少しも表情を崩すことなく、スラスラと言い訳を口にする。
「ここの土地のものは何でも質がいいから。そういう大木もあるんじゃないかな?」
オスカーは確かにと、すぐに頷いた。
「まぁそうなんだろうな。現にここにあるわけだし」
ここに広がる土地は、明らかに自分達が住む世界と違う。空気の清浄さ、自然の豊かさ、何もかもが。オスカーもそれは感じていたのだろう。素直に納得してくれて助かった。
「それで?このまま、またあの魔法を使ってこの大木を切るつもりか?」
ワイアットは「あぁ」と言って、また手に魔力を集めだした。
「慣れない魔法を使うのは危ないから、他に道具があればそちらを使いたいんだけどね。何もないから仕方ない。人を殺さない程度に頑張ってみるつもりだよ」
それに対してオスカーが口の端を上げた。
「何もないことはない」
ワイアットの真似をするように、オスカーが自分の手を前に出して魔力を集めだした。その手に宿る色は黄色。もう片方に茶色。それは雷属と土属の色だ。
魔法は火、水、土、雷、風。
そこから派生する他の魔法はあるが、基本はその5つだ。オスカーはその5つ全ての魔法を使うことができる。
「2つをかけ合わせることで形のある物質を造ることができる。魔法だからあくまで一時的だが」
オスカーが手を重ね、その手を再び離すと、バチバチと手と手の中で雷が飛び交う。そしてオスカーの手の内から電気を帯びたノコギリが現れた。
ワイアットは目を丸くしている。
「これならその大木でも簡単に切れるだろう」
オスカーはそのノコギリをワイアットに手渡した。受け取ったワイアットは、そのノコギリをためつすがめつしてみせる。
期間限定とはいえ、人の体から金属が生まれるなんて信じられないのだろう。正直、私も驚いた。
そして注目すべきはオスカーだ。
この前の魔物との戦いをみる限り、マリウスだけでなくオスカーもまだ未熟だった。いずれ賢者になるほどの力と知識を身につけるにしても、今はまだ、あの程度の魔物も倒せていなかったというのに。
過去に戻る前。
オスカーは様々な大魔法を駆使していた。
だけど、こんな技。
こんな無から魔法属性を帯びた剣を作り出すなんて技、見たことなかった。
なぜ、と私は思う。
元々できていたのに、勇者パーティーの時のオスカーは見せなかっただけ?
それとも隠してた、、、?
私の脳裏に、マリウスの背中に刺さったナイフの映像が蘇る。
どこかにマリウスを裏切った人がいたはずだ。
魔法でノコギリが作れるなら、隙をみてマリウスにナイフを造って刺すことだってできただろう。
マリウスはオスカーを信頼していた。
勘が鋭いマリウスでも、オスカーから攻撃されるとは考えもしていなかったはず。
マリウスの親友だし、クールながらも芯は優しい人だと思っていたのに。
ーーーーまさか裏切り者はオスカーなの?
私は真顔でオスカーを見てしまっていたのだろう。オスカーは不思議そうにしながら、私に手を伸ばした。
「どうした、アグノラ。顔が青白いが」
熱を確かめるために額を触ろうとしたのか。
オスカーの手が私に届きそうなところで、私はその手を遮ってしまった。
「、、、気にしないで」
私がオスカーの手を払うと、オスカーの顔が一瞬強張った。その瞳から見られるのが耐えきれなくて、私は笑顔をわざとでも作れないまま、オスカーに話しかけた。
「、、、オスカー。こんな魔法も使えたのね。すごいわ」
声が掠れてしまっていた。
だけど、オスカーは相変わらずのポーカーフェイスで、また別の物体を手と手の内側に造り出そうとしている。
オスカーは僅かに笑った気がした。
「実はさっき覚えたんだ」
「え?」
「さっきの爺さん。妖精の村の村長らしいが物知りでな。俺の知らないことを沢山知っていて、この魔法も、さっき理論を聞いたばかりなんだ。知るとつい使いたくなってしまうな。悪い癖だ」
オスカーの手と手の中で錬成されているものの形が、はっきりとしてきた。弾ける雷の中で生まれたのは、優しいフォルムをした翼の昆虫だった。
「、、、、蝶々?」
完成すると、オスカーは魔力を注ぐのを終える。
金色に輝く蝶はオスカーの手を離れ、ふんわりと宙に舞い始めた。
繊細な模様の羽根は、妙なところにこだわるオスカーらしく、とても薄くて儚くて綺麗だった。
蝶々は私達の周りを2周ほど回ると、どこへともなく飛んでいってしまった。
「あ、、、、」
金色の蝶。あまりの綺麗さにまだ見ていたかった気持ちもあり、私は名残惜しそうに蝶のいなくなった跡を目で追った。
「アグノラに花でも作ろうかとも考えたんだが、翔んでいく蝶々くらいが妥当かと思ってな」
相変わらず表情が読みにくいオスカーだけど、言葉さえも本気か冗談か全くわからない。
オスカーが私に花を?
貴方、私のことが好きじゃなかったでしょう?
そんなオスカーから花なんて、あまりに不気味すぎる。
私はオスカーと違って考えが顔に出やすいタイプらしい。オスカーは「なんだその顔は」と不本意そうに呟いてから、ワイアットの方に視線を移した。
「ワイアット。どうだ、ノコギリの切れ味は」
ワイアットはオスカーが魔法で造り出したノコギリを大木に当てて引くと、たった一引きで大木が冗談のようにサックリと切れた。
おぉ、とワイアットは口を尖らせて驚いている。
「これは凄いな。全然力を入れていないのにこれほど切れるとは」
オスカーは目を細める。
「まだまだこれは実験段階だ。この先、もっと研究をしてどこまで強化できるか試していくつもりだ」
「研究熱心もいいけど、ほどほどにしなよ?オスカーは興味が湧くと必要以上にのめり込む癖がある。加減を忘れてしまって後悔することになったのは1度や2度ではないだろ」
「ーーーわかっている」
オスカーはつんと顔を背け、それにワイアットが念を押す。
「いいや、わかってないね。オスカーのことは、オスカーよりも僕の方が詳しいんだから。本当にほどほどにするんだぞ?」
「わかっていると言っている」
困った顔も、言い返せないでいるオスカーの姿も珍しい。
ワイアットとオスカーはとても仲が良いのだと改めて思った。
マリウスとオスカーが親友だと認識していたけれど、ワイアットとの方がオスカーは心を許しているように感じる。
やはりワイアットは、マリウスにとってもオスカーにとっても、かけがけのない人物に違いないのだろう。
彼を救えて、本当に良かった。
私は足を一歩前に出して、彼らに声をかけた。
「じゃあ、家の柱はお任せしていいかしら?私は家の中を掃除してくるわね」
楽しそうな彼らの邪魔をする気はない。
私は1人、今にも崩れそうな古い家の中に入っていった。
家の中は静かだった。
家はどこもかしこもボロボロで、あちこち穴が空いているし風通しが良すぎる。それなのに思ったより防音がしっかりしているのか、外の音は全く聞こえない。不思議だった。
長年の埃と外からの砂や土が入り込んで、直接には家の床を見ることはできなかった。数センチ何らかのものが積もっている。
試しに玄関の端に置いてあった箒を回復させて掃いてみたら、その砂や埃は舞うばかりで、一気に家の中の空気が汚れた。
「ゴッ!ゴホッ!!ゴホッ!!!」
思わず気管に吸い込んでしまい、咳が止まらなくなる。これは想像よりずっと強敵だ。
「どうしようかしら」
私は口元にハンカチを巻き、腕を組んで仁王立ちをした。向かう敵は私の聖魔法や光魔法でどうにかなるものではない。
箒で掃いて外に出せばいいだけと思っていただけに、困ってしまった。
ワイアットは風魔法。オスカーは五大魔法が使えるけれど、どれも役に立つ気がしない。
マリウスに至ってはまだ思うように魔法は使えないだろうし。
「、、、仕方ない。地道に掃除するしかないか」
私は諦めて腕捲りをし、埃や砂が舞わないように、床に積もるものを塵取りでゆっくり掬って外に捨てることにした。
わかってはいたけれど、本当に地味な作業で、かつ重労働だった。屈んでは掬って立ち上がると外に捨て、屈んでは掬って立ち上がり、外に捨てる。
疲れたら自分にこっそりと回復魔法をかけて体力を回復させることを繰り返した。
ようやく箒で掃けるようになったところで、マリウスが、満足した量の魚が釣れてニコニコ顔で戻ってきた。相変わらず両肩に妖精が沢山乗っている。
妖精達ったら、聖女である私を待っていたと言いながら、こっちには全く来ずに私のマリウスにくっついていくなんて。
悔しいというか、羨ましいというか。私だってマリウスにくっつきたい。
小さな妖精は、親元から離れたらエネルギー不足で倒れるんじゃなかったのか。
だけど私はそれは顔には出さず、マリウスにニッコリと微笑んだ。
「お帰りなさい、マリウスさん。いっぱい魚が釣れたみたいですね。川魚は淡白な味でしょうから味付けをしようと思いますが、塩焼きの方が良いですか?」
「そうだな、今日は塩焼きの方が、、、って、え?怒ってるのか?見た感じ、そんな風には見えないが」
マリウスは肩に乗る妖精と何かコソコソ話をしている。それが聞こえている私は、笑顔のまま少し頬をひきつらせた。
妖精達ったら、余計なことを言わなくていいのに。
「怒ってなんかいないですよ。家の掃除がまだ終わらないから申し訳ないなぁと思っているだけです。マリウスさんは、家の外にワイアットさん達がいるからそちらで少し待っていて下さい。すぐ片付けますから」
私が渾身の笑顔を見せると、マリウスはキョロリと家の中を眺めた。
「1人でここの中の掃除は大変だろ。言ってくれればはじめから俺も手伝ったのに」
マリウスは私から箒を奪うようにして取り、イタズラするように歯を見せて笑う。
「こういうことは俺に任せなさい」
私はくらりと眩暈を感じながら、改めてマリウスにときめいてしまう。
「わたしもするー」
「そうじするー」
「こんなのあっという間だよー」
マリウスが掃除をしだすと、マリウスにつきまとっていた妖精達も箒や床に群がり掃除を始める。
「おぅ、サンキュ」
さわやかな笑顔のマリウス。
いやほんと、マリウスはもうそのままでいい。ずっとそのままでいてください。
それよりも妖精達よ。
長い間、聖女を待っていたんじゃないの?
ようやくやってきた聖女の手伝いはせずに、私に嫉妬心を煽るのはどうなのかしら。
マリウスは小さな妖精達と、きゃっきゃと笑いながら楽しそうに掃除をしている。
マリウスの一番近くにいるのは、私でありたいのに。
ーーーーもう。
こうなったら、妖精達よりも私の方がいいってところ、見せてやるんだからね!




