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妖精の町とオンボロの家

 妖精と名乗る、小枝に羽が生えたような生き物。妖精のようだ。


 私が彼らと話をしている横で、彼らが見えていない他の三人は訝しそうに私を眺めていた。


 ワイアットが心配そうに私に話しかける。

「アグノラ。大丈夫?突然誰かと会話するように話し出すなんて。多分疲れたんだ、もう休んだ方が」

 腫れ物に扱うような言い方だ。

「熱があるんじゃないか?」

 マリウスが私の額に手を当ててくる。

 マリウスに額を触られるなんて、こんなサプライズラッキー、ありがとうございます。

 内心、喜んで飛び上がりそうな私。その斜め前のオスカーは、辺りを見渡しながら警戒していた。

「いや、急にこんなに景色が変わるはずがない。何かの幻覚と考えていいだろう。アグノラも幻覚にやられたんだ。悪い魔力は感じないが、気を引き締めた方がいい」


 小枝のような妖精達はくすくすと笑う。

【人間ってば相変わらずね。信じられないものは見ないし聞かない】

【真実を視る目がないんだよ】

【弱いからだわ。真実を知ると心が壊れちゃうのよ。型にはまった人間って脆いわよね】


 なんか色々言われてるけど。

 どうやら人間は快く思われていなさそうだ。


 私は指で掴んでいる小枝のような妖精を見下ろした。


「私が来るのを待ってたようだったけど、気のせいだったのね?私達の目的地はもっと先だから、もう進んでもいいかしら」


 私は自分が掴んでいる妖精に尋ねたのに、周りの妖精達がざわつく。

【待ってた。待ってたわ】

【会いたかった】

【私達を助けて】


 助けて?

「どういうこと?」


【それはワシから説明しよう】

 そう言ってでてきたのは、杖をついた、小さな手のひらサイズの羽の生えたおじいさんだった。ちゃんと人間の顔をしている。宙を飛んでいるのに杖は必要なのだろうか。


【それより、まずはお主の手にしているボウズを離してくれんか。もうすぐ消えてしまいそうじゃ】


 見ると、私が掴んでいた小枝の妖精は、私の手の中でぐったりとしている。手に持っていただけだったのに。


 慌てて手を離すと、残り少ない力で羽を動かし、なんとか元いた草に戻った。するとじわじわと回復していく。


【まだ小さい子達は、生まれた場所から離れると生命力が足りなくなってしまうんじゃ。大きくなるためのエネルギー消費が激しくてな。親元から常に供給してもらわねばならん】


「あら、そうだったのね。ごめんなさい。知らなかったとはいえ悪いことをしたわ」

 私が謝りながら手を離すと、手のひらサイズのおじいさんが穏やかに笑った。

【ホッホッホッホッ。大丈夫じゃよ。これから気をつけてもらえれば良い】

 おじいさん妖精のすぐ傍で、複雑そうな顔をして私をみているマリウスが視界に入る。


「アグノラ?本当に大丈夫か?」

 マリウスが不安そうに私に話しかけてきた。

 気が狂ったと思われているのかもしれない。


 私は小さなおじいさんに相談することにした。

「私以外の人に、貴方達の姿が見えていないみたいなの。私が独り言を言ってるみたいになってるんだけど、どうにかならないかしら」


【ふむ、、、】


 おじいさんは、羽をパタパタと揺らしながら、顎に手を置いて考えるポーズを取る。


【では、わしらが見えるようにしたらどうかな?】


「そんなことできるの?」

【もちろんじゃ。これは意図的にわしらが姿を隠しているだけ。光魔法の一種じゃから、聖女のお主には魔法が効いていないだけじゃ。だからこやつらにも、その魔法をといてやればいいのじゃよ】

 それは『魔法を解いてくれる』と解釈していいのよね?

「それならお願いするわ」

【わかった】

 妖精のおじいさんが頷くと同時に、私はあっと声を出した。大切なことを思いだして私はおじいさんに小声で耳打ちする。

「魔法を解く前に、私が聖女であることは秘密にしてもらえるよう皆に伝えてもらってもいいかしら」

 妖精の子達みんな、私が聖女であることを知っているようだった。せっかく今まで隠していたのに、こんなところでバレたくない。

 私の意を理解して、妖精のおじいさんは頷く。

【承知した。お主が聖女であることを秘密にしておけばいいのじゃな?】


「そう。ありがとう。よろしくお願いします」


 そしておじいさんが杖をふりかざすと、おじいさんから光が放射線状に広がった。


 今まで何もなかったところに急に小さいおじいさんが現れて、マリウスは後退りして驚く。

「わぁ?なんだ?小さいじぃさんに翼が生えてる?」

 

 オスカーは足下の妖精達に気づいてしゃがみこんだ。

「、、、小さいな」

 つんと妖精を指先で突いて、妖精から嫌がられていた。


 私も小枝達を見ると、さっきまで指先サイズの小枝だったはずの妖精達が、羽の生えた人間の形になっている。世間で『妖精』と呼ばれる姿そのままだ。


「あれ。小枝じゃない?」

「ふむ。あやつらが小枝に見えていたということは、お主、まだ能力的には完全ではないのぅ。特殊な光魔法とはいえ、ちゃんと見えていなかったということじゃからな」


 耳ではなく頭に直接響いて聞こえていたおじいさんの声が、ちゃんと耳から聞こえる。


 過去に戻る前にも、この隠された地にたどり着いてこの景色には出会えたのに、妖精の彼らが見えなかったのは、聖女の能力が今よりもっと低かったからかもしれない。


 過去に戻って随分とレベルがあがったと思っていたけどまだまだだったのねと思うと同時に、そんな中途半端なレベルでよく魔王に挑もうと思ったものだと笑ってしまう。


 魔王に挑んだのは私1人だけではない。

 マリウスもオスカーも。他の皆もいた。

 でも、もし私がもっと聖魔法レベルをしっかりあげていたら。傷付いたマリウス達を瞬時に回復できる力があれば。


 ーーーいや、今更、考えることではない。

 もう私がーーー私達が魔王に挑むことはないのだから。


 おじいさん妖精は、満足そうに頭を上下に揺らした。

「これで文句も言われんじゃろ。さ、立ち話もなんじゃから、わし達の村に行こうかのぉ」


「貴方達の村に?」

 

「そうじゃよ。お主達はそのためにここに来たのじゃろ?」


 私が目指していたのはもっと先、遥か遠くの山奥だ。でも景色としてはここで正しい。確かにこのような穏やかに続く、どこまでものどかな場所で生活がしたかったのだ。


「、、、まぁ、行ってみるか。こいつらが行け行けとうるさいし」

 マリウスの声が後ろから聞こえて振り返ると、マリウスの肩にびっしりと妖精達が集まっていた。

 私はぎょっとしてしまう。 

 妖精達が、木に仕込んだ蜜に群がる虫のようだ。


「マリウスさん、何故そんなことに?」

 マリウスは困ったように眉を下げていた。

「それは俺が知りたい。なんで俺に集まっているんだ」


「ほうほう。この娘だけでなく、お主も変わった魔力の持ち主なのじゃな。驚くほど透明な魔力とは珍しい。もう1人は魔力が尋常ではないし、あと1人も、、、ふむふむ。なるほど、ただの御一行ではないということかの」

 ホッホッホッとおじいさんは楽しそうに呟く。


「まぁ良い。全員、歓迎するぞ」


 おじいさんは翼を動かし宙を泳ぐようにして、私達を村まで誘導してくれた。


 私達はサラサラと流れる川沿いに、上流に向けて歩いていく。おじいさん妖精は進みながら、妖精の村について色々と話してくれた。


 妖精の村は年々少しずつ小さくなっていること。

 人間とは、数百年前の大きな種族の戦争の時から関係を断っていたこと。

 妖精の少しずつ弱くなっている力を回復するには、世界樹の樹液か、聖女の魔力が必要なこと。


「世界樹の樹液を手に入れるのは、わしらの力でも無理なのじゃ。世界樹はどこにあるのかわかっておらん。あとは聖女の力じゃが、聖女は100年に一度しか現れんからのぉ。現れんこともある。だがわしらは全滅を覚悟しつつも、希望を捨ててはおらんかった」


 妖精達が身体から離れてくれず窮屈そうなマリウスは、それでもおじいさん妖精の言葉を聞いて「そうか」としんみりとした顔をする。

「確かに聖女を探すとなると難しいか。今のところ、聖女が現れたという話は全く聞いていない。前の聖女の命が絶えてから、もう100年近くになる。そろそろ現れる頃だと期待する声はあちこちあるのに、聖女が現れたという話は聞かない」


 どうにか探しだしてやりたいのだがな、、、と呟くマリウスに、私は少し申し訳ない気持ちになる。

 その聖女が目の前の私であるし、すでにこの妖精の村に私はたどり着いている。

 

 どうにか聖女を探してみると、妖精達に意気込んでいるマリウスのその優しさは不必要なのである。


 だけど。

 

 聖女がいるだけで沢山の人が救われる。

 私が聖女だと知ると、正義感の強いマリウスは「世界のために聖女として活躍するべきだ」と言うに違いない。


 だけど聖女を手に入れるためだけの争いも少なからず起きていた。

 勇者のメンバーにいたことでその争いは小さめで済んだけれど、今現在、私は勇者の旅に同行しているわけではない。

 聖女の奪い合いの戦によって命を落とす人は、下手したら私が助けることができる人の数を越えるかもしれない。


 そして私は聖女と知られた段階で、勇者ではないマリウス達から離され、どこかの土地で聖女として馬車馬のように働かされるのだろう。


 私はワイアットを信用して、自分が聖女であることをワイアットだけには話したけれど、本当は少しだけ後悔している。

 ワイアットへの信頼は崩れていない。

 でもどこかでバレるかもしれない。

 そう思うだけで不安が心の奥底から拭えないでいる。

 やはり秘密にしようと心に決めたら、人に話してはいけなかったのだ。


 もう秘密をバラすのは、ワイアットだけにしておきたい。愛するマリウスでも、口はかたそうなオスカーでもダメだ。

 それが、全ての人にとって最善な道なのだから。


 だから、私が聖女であることは言わない。


「さぁ、着いたぞぃ」

 おじいさん妖精に促されて視界にいれたのは、柵で囲まれた、直径500メートルくらいの小さな平地だった。


 平屋の家と、それと同じくらいの面積の畑の名残があるだけ。その土地以外は、手入れのされていない広大な耕作放置地になっている。


 私達がその畑を眺めていると、おじいさん妖精は説明してくれた。

「遠い昔の聖女がここで過ごされた時は、お付きの者が畑を耕していたのじゃがな。わしらは作物を食べる必要がないから、聖女がいなくなってからはそのままになっておる。じゃが、わしらがおる以上、土の質は保証するぞぃ。今日からでもこの畑は使用可能じゃ」

 どや顔で胸を張るおじいさん妖精。


「苗や種はあるんですか?」 

 私が聞くと、うむ?とおじいさんの体が固まる。

「、、、備蓄しておるわけではないから、ここにはない。じゃが、近くの町や村にはすぐに行けるぞぃ。この魔方陣を使ってじゃな」

 おじいさん妖精が地面に魔方陣を描くと、それをオスカーが覗き込んだ。


「ほぅ。転移の魔方陣か。一時期、手紙を転移の魔方陣を使って送り合うのが流行ったが、ほんの少しのミスで目的地に届かなかったり、届いても手紙の痕跡も残っていなかったりして、すぐに使われなくなったがーーーなるほど、あの魔方陣とは根本から違うのか」

 オスカーが興味深そうに呟くと、おじいさん妖精はヒョヒョと笑った。

「おや、お主、この魔方陣が理解できるのか?」


 オスカーは魔方陣から目を離し、おじいさん妖精に視線を移す。

「勉強中ではあるが、多少は他の者より魔法の理解に秀でている自覚はある」

「ほうほう。ではこれはどうじゃ?どうしたら更に動くようになると思うか?」

 宙にサラサラとおじいさん妖精は魔方陣を描く。

 それを真剣な顔でオスカーは眺めた。

「、、、これは、、、かなり難しいが、これをこうすれば、、、」

 オスカーは人差し指を伸ばして魔方陣の紋様に手を加える。

「おお、なるほど。これは面白い解釈じゃのぉ。そうきたか」

 2人はまるでお祖父ちゃんと孫が囲碁をしているような雰囲気になっていて妙に楽しそうだった。

 しばらく待ったが話が終わりそうになかったため、私達はオスカーを残して先に進んだ。


 家は古く、いつ壊れてもおかしくなさそうだった。平屋とはいえ崩れたら軽い怪我ではすまないだろう。家の中は古いだけでなく、埃や土で覆われていて、靴で中に入っても、足を踏み入れただけで全身真っ黒になりそうだ。


「住むには掃除と補強が必要ね、、、」

 私が言うと、マリウスは驚いて私に視線を向けた。

「ここに住む気か?確かに周りはのどかで良さそうだが、さすがにこの家は、、、俺達が住んでいたボロ家よりも酷いぞ」


「綺麗にすればどうにかなるんじゃないですか?掃除は私がどうにかします。マリウスさんはそこの川で魚釣りをお願いします。今日の夜ご飯ですから、頑張って下さいね」

 私はそういって、家の端にかけてあった古い釣り道具をマリウスに渡す。竿にこっそり回復の魔法をかけたから、見た目は悪いけどちゃんと釣りはできるだろう。


「ワイアットさんは、病から回復したばかりで疲れたでしょう?少し休まれて下さいな」

 ニコリとワイアットに笑うと、私の意味深な笑顔にワイアットが顔を強張らせる。

 ワイアットはすでに理解したようで、諦めた表情になって頷いた。

「、、、わかった。アグノラの言うとおりに休むことにするよ」

 ワイアットさん、勘が鋭くて助かります。


 マリウスは文句も言わず川に向かっていった。ほんのり顔が紅潮していたのは見間違いではないだろう。

 

 マリウスは以前、のんびりと釣りをするのが好きだと話をしていた。

 ここの川には沢山の魚が泳いでいる。

 太陽はポカポカ陽気で心地好い。 

 釣りを楽しむマリウスの姿を想像すると、私の心も弾む。本当はすぐ傍にいってマリウスの勇姿を眺めたかった。でも、私にはとりあえず住む家を確保するという任務がある。


 ワイアットを連れて、家の裏手に回った。

「、、、ワイアットさん。もうお気付きでしょうけど、ワイアットさんには、木の柱を作ってもらいます」


「何だって?」

 ワイアットは固まった笑顔で聞き返す。それには私も笑顔で受け止めた。

「私はこの家の掃除をするので、ワイアットさんには、風魔法でこの家を支える新しい柱を作って下さい」


 やっぱり冗談ではなかったかと、ワイアットは肩を落としながら、一応、反論してきた。顔も口調も穏やかだったけれど、言葉だけが棘を隠していなかった。


「柱を作るなんて簡単に言うけど、ここらの場所に柱になりそうな木が生えていないね。あったとしても、木を加工できる技術を僕は持っていないのだけど、どうしろというのかな」


 私は手を軽く打ち合わせ、その両手を頬の横に添えた。おねだりのポーズだ。

 このポーズでお願い事を言うと、成功率が10%上がる、、、気がする。


「木は私が今からここに生やします。ワイアットさんはその木を風魔法でカットするだけだから、そんなに難しいことではないですよ?」


 ワイアットは片手で頭を軽く支えながら、もう片方の手を私に「待て」をするように伸ばした。


「ーーーごめん。全く意味がわからないんだが」

「?」

 謝られても、こちらも何がわからないのかわからない。


「木を生やすというのは論外として、風を吹かすだけしかできない僕が、どうやって風魔法で木を切ると言うんだ」


「簡単ですよ。私は風魔法は使えませんが、光魔法で『シャイニングカッター』というものがあります。魔法技術としては同じ感じでしょうから」


 私は家の前の地面に生えている、足元の小さな木に手を置いた。私が魔力を込めると、みるみるうちに木は大きくなり、見上げるほどに育った。木の幹は何百年と生きた大木と等しく、たくましい太さで背を伸ばしている。


 ワイアットもその木を見上げて、驚きで口をポカンと開けている。

「今から見せるのがシャイニングカッターです」

 私は手を手刀にして手のひらを伸ばし、宙を斬るように手を水平に動かした。


『ザンッ!!』


 数秒の滞空時間を経て、大木は地鳴りを伴って倒れた。


 ワイアットは言葉を失い、倒れた大木と私をただ目を丸々とさせて見ていた。


「こんな感じです。ーーーえっと、これのコツは、風を吹かせる魔法が身体全体を大砲にして打つものだとしたら、この魔法は、魔力を2枚の板で挟んで圧縮し、それを遠心力で投げるような、そんな感じですね。イメージが大事ですから。コツさえつかめば簡単ですよ。ほら、試しにチョチョイとお願いします」


 私は倒れた大木を指差して笑顔で促す。ワイアットは額を片手で押さえていたはずなのに、頭を支える手は両方に増えていた。

「、、、いや、ほんと待ってくれないか。頭が痛くなってきた。ーーーーこの先、確かに僕が必死に努力したら今のように大木が切れる日がくるかもしれない。でも、さすがにそれは今日じゃないよね?」

「でもワイアットさん、貴方は貴方が思っているよりずっと大きな魔力持っているのですよ。あの竜巻を目的地まで動かした、かなり繊細な魔法技術もお持ちですし」


 私が首を傾げてみせると、ワイアットは黙る。褒められて嬉しかったのか、眉は寄せながらも口の端は僅かにあがっている。

「、、、、、、」

 私は説明を付け加えた。

「私がやるのは簡単なんですが、聖女ということも光魔法が使えることも秘密にしておきたいんです。そのためには、ワイアットさんの魔法で木を切ってもらわないと。ワイアットさんなら絶対にできると私は信じています」

 私がガッツポーズでワイアットを促すと、ワイアットは少し考えた後、はぁ、とため息を漏らした。


「、、、わかった。まだ試してもいないのに、その前に音をあげるのはよくないね。やるだけやってみよう」


 ワイアットはゆるりと動きだし、倒れた大木に近寄った。樹齢100年はあろう大木を前に、ワイアットは眉を下げる。

「、、、それにしても、これだけ大きな木が突然生えるってどういうことなんだ」


「聖魔法は、浄化と回復だけじゃなく植物を含む生物の成長を促すことができるんですよ。今回は沢山の魔力を注いだからここまで大きくなりましたけど、さすがに1日にこの太さの木を何本も育てることはできないですよ」

 

 期待されると困ってしまいます、と私が首を振ると、ワイアットは手のひらに魔力を込めながら、から笑いをした。

「充分だろ。歴代の聖女でも、さすがに何百年分の成長を一瞬でさせるなんて記録に残っていないよ」

「あら?ワイアットさん、聖女に詳しいんですか?あ。込める魔力はもうそのくらいで良さそうですよ。あとはそれを平たく圧縮して下さい」

 私は万が一、魔法の失敗でオンボロ家が壊れないようにボロ家に結界を張る。張りながらワイアットの様子を細かく観察していた。


 ワイアットは私の言うことをちゃんと理解していて、魔力に圧をかけて平たく凝縮させようと頑張っている。

 頑張りながら、私の問いに返事をしてくれた。


「瘴気による病を治すために、治せる可能性があるものは必死で調べたからね。『世界樹』は勿論だけど、『聖女』の歴史に関しても、もしかしたらアグノラよりも僕の方が詳しいかもしれないよ。、、、魔法に圧をかけるってすごく神経使うんだけど」

 言われて、私はえへへと軽く笑った。

「じゃあ間違いなくワイアットさんの方が詳しいですね。私は『聖女』って認定されただけで、以前の聖女に関することの勉強はあまりしていないんです。聖女としての仕事と聖魔法の勉強は気が狂いそうになるほどしましたけどーーーその圧のかけ方、すごく良いですよ。順調に圧縮できてます」


 ワイアットは初めてとは思えないほど、上手に風魔法の魔力を圧縮させている。

 あと少し薄くしたら、風によるカッターとして物体を切ることができるようになるだろう。


 激しく否定するから若干不安だったけど、謙遜寄りだったのだろう。

 こんな世間話をしながらでもしたことのない魔法を順調に練れるなんて、やはりワイアットは魔法の才能も優秀だ。


 このまま問題なく魔法が完成すれば、と思ったところで、すぐそばに人の気配を感じた。


 それにワイアットは気づかなかったのか、ワイアットが話を続けた。

「アグノラは『聖女』ーーー」

「ワイアットさん!!!」


 黙って!と大声で叫びたかった。

 でも私も、会話とワイアットの魔法の観察で、周囲への意識が疎かになっていた。


「!!!!?」


 私に急に大きな声をあげられて、魔法に集中していたワイアットは気が逸れてしまい、「あ」と声を漏らした。


 ワイアットの手から魔力がすっぽ抜けて、古びた家の庭を切り裂くように風が土をえぐる。そのギリギリ先に、オスカーが立っていた。

 

「、、、、、、!!!!」

 彫刻のように綺麗な顔を硬直させて、オスカーは私達をしんじられないという顔で眺めていた。



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