プロローグ
この世界には、誰にも知られていない、この世でもなくあの世でもない、狭間の世が存在する。そしてそこに無数に存在する大通りの中で、ひときわ異彩を放つ店があった。
「D」という店。
その店内で、オーナーである三ッ頭コウは頭を悩ませていた。
「困りましたねぇ、本当に悩ましい。たった一つの問題なのに、どうしてこうも長い間悩ませられるのか…」
彼は厚紙に縫い付けられた二つのサテン生地を凝視しながら、サイドテーブルに置かれた紅茶を口に含んだ。ピンとたった犬の耳を忙しなく動かし、椅子の背もたれの隙間から垂れ下がった尾をパタパタさせる。
ふと、コウは視線を感じ、灰色の空が良く見える窓の外を見つめた。今日もいつもと変わらず灰色だけで、変わり映えもなく、つまらない世界だ、と思う。しかし視線の主は見つけられず、彼は思い立ち窓際に歩みを進め、窓の外をよく見ることにした。窓枠…正確にはショーウィンドウーから、小さな頭がひょこりとはみ出ていることに気づき、微笑みがこぼれる。空や景色の色と同じ灰色だったため、一見気づかなかった。
コウは店のドアを開け、ショーウィンドウからのぞいていた小さな客を一瞥した。自分の幾らも小さい身体がびくっと震え、ぱっと灰色の髪が揺れる。コウを見つめた少女から、幼い声が聞こえた。
「ごめんなさい!えっと…てんちょー、さんですよね?お仕事のおじゃま、しちゃいましたか?」
少女は青色の瞳に、白のリボンで飾られた灰色の帽子を被っていた。見ただけでわかるさらさらとした生地のワンピースが、少女の出生の身分の高さを想像させる。
鈴の音のような声は、自身を「店長」と呼んだ。そんなに大したものでもないのだが…と思いながらも、コウはモノクルをかけなおし、身を屈めて彼女の瞳を見つめた。
「はい、私がいかにも、この店のオーナーであります、三ッ頭コウと申します。どうなさいましたか?」
これが、迷子少女と、狭間の店のオーナーの出会いだった。