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お詫びのキッス

「行ってらっしゃいませ。どうか平穏な一日を」

「へ? あーははは。そうだねー。んじゃ」


 ギヨームはキュッと目元と口元を綻ばせると、次の瞬間は真顔でピスチェの後ろ姿を見送る。


(うっ。やばい。やばい。なんか色々とバレている気がするんだけど……。昨日の帰りの馬車の中で余計なこと呟いてちゃったかな?)




 初日の入学式を終え、二日目からは授業が始まる。


「うーん。今週はまだ学科だけだもんな。実技がないだけ、まだましかー」


 ピスチェは石畳の上を歩きながら左右にそれとなく目をやった。

 どうやら生徒たちはピスチェとは一定の距離を取って歩いているらしい。

 近くにいた二人組の男子に意地悪く近づいてみると、ギョッとして走り去って行った。


「ふっふーん。なるほどねー」


 昨日の一件が知れ渡ったのか、それとも、「平民の分際がー」というやつか。

 まあ、それならこちらからどうこうしようがない。


「まあ、最初のうちは仕方がないか」


 ピスチェが自分にそう言い聞かせていると、不意に横に並んだ生徒から「お、おはよう」と挨拶された。


 うわずった声で伏し目がちに隣を歩いているのは、昨日、心ならずも会心の一撃を決めてしまったエイデンだった。

 コリーンから第二王子だと聞かされた時は肝を冷やしたが。

 他言無用ということでお咎めなしだという。


 彼の顔に痣などは見当たらない。いたって元気そうなのだが、心なしか挙動不審だ。

 視線はそこら中を彷徨っているし、顔が全体的に赤らんでいる。


(まさか発熱しているとか? 嫌だな。私のせいなのかな。困ったな)


「お、お前……。げ、元気にしていたか?」

「へ?」


 エイデンの横にいるジークが我慢しきれず「ぷっ」と吹き出して言った。


「何ですかそれ。随分久しぶりに会ったような挨拶ですね。ほんの、ええと、二十時間ほどしか空いていませんよ。ああ、もしかしてエイデン様にとっては、その二十時間がとてつもなく長い時間に感じられて――うぐっ」


 真っ赤な顔のエイデンがジークの口を鷲掴みにして黙らせた。


「えっとエイデンと、そっちはジークだっけ。おっはよー。私は元気っていうか、君の方こそ大丈夫だった?」

「ああ、いや。おお。もちろんだ……とも」


(その尻すぼまりな感じは何? 本当に大丈夫? ってか、この人が大丈夫じゃないと困るんだけどな。まあ騒ぎはごめんだっていうのは私と一致しているみたいだけど)


「昨日あんな目に遭わせておいて言うのもアレなんだけどさ。私たちって、友達になれるかな?」


 ピスチェの申し出に、というよりも、突然向けられた彼女の笑顔に、エイデンは「ふえええ」と撃沈した。


 崩れ落ちそうなエイデンの体を、ジークよりも早く、持ち前の反射で支えたのはピスチェだ。

 そして彼の体を離す前に、「優しい王子様にお詫びのキッス!」と言って、エイデンの頬に「チュッ」軽くキスをした。



「んじゃ、これからもよろしくね!」



 エイデンは頬をかすめた微かな存在が、目の前で動いているその唇だと認識すると、膝から力が抜け地面にへたりこみそうになった。


「うげ! エイデン様!」


 今度こそジークがエイデンの体を支え、かろうじて彼が地面に突っ伏すのを防いだ。


「君! 茶化すような真似はよしたまえ。学園といえども、気安くエイデン様に触れることは許されない。それから、王子様じゃなく殿下だ。殿下とお呼びするように」


 「殿下」という言葉にエイデンがピクリと反応した。


「え、遠慮はいらぬ。友達なのだ。俺のことはエイデンと呼んでくれ」

「なりません。もういったい何を言い出すかと思えば――」


「了解! エイデン」

「お、おう……」

「君も調子に乗るんじゃありません!」


 嬉しそうに笑うピスチェと、彼女に見入っているエイデン。

 二人の間に割って入って口を挟んでいるジークだが、二人の目には映っていない。


 エイデンの問いたげな視線に「何?」とピスチェが軽い調子で聞きながら、頬に垂れた髪をなでつけている。


「い、いやあ、その。平民はその――。先程のような、その――」


 ピスチェがふと視線を逸らせたのが、自分以外の者に興味が移ったように感じられ、焦ったエイデンは単刀直入に尋ねた。


「皆、ああいう交わり方をするものなのかっ?」


 まるで宣戦布告でもするかのように真っ赤な顔で挑んだ割には、エイデンは両手の拳を力一杯握って、唇をへの字に曲げている。


 ピスチェは彼の唇が小刻みに震えているのを見逃さなかった。


「えー何? 何? 何? ふっふー。『交わる』なんて や〜らし〜」

「おおうわあ」


 強烈なパンチを食らったようにエイデンが頭をのけぞらせた。


「じゃっあねー」


 手を振るとピスチェは行ってしまった。

 ジークはムッとしながらも、背骨を抜かれてふにゃふにゃになったエイデンの両肩を掴んで直立させた。


「……はあもう。公衆の面前だというのに。いつものあなたらしくないじゃありませんか」

「あれは、あれはいったい。い、今のはいったい……。ここに、俺の頬に……」

「はいはい。後でゆっくり考えるとして、今は一旦忘れましょう。さ、教室に行きますよ」

「い、いや……」

「行きますよ!」


 ジークはエイデンを強引に引っ張りながら歩いていたが、足元のおぼつかない彼が段々とおかしくなってきた。


「ま、“パーティープリンス“を卒業できたのはよかったですけどね」

「パーティープリンス言うな!」



 第二王子は招待されたパーティーには必ず出席し会場内の令嬢を物色する――という噂が囁かれ始めたのは、エイデン個人宛にパーティーの招待状が届くようになった十歳の誕生日を迎えてすぐのことだった。


「俺だって好きでパーティーに参加していた訳じゃないのに。勝手な呼び名をつけおって」

「そうですね。彼女の耳に入ればチャラい男と思われちゃいますもんね。あ、でも正直に『君と会うために全てのパーティーに参加していたんだ』と打ち明ければ――」

「う、うるさい! 黙れ!」


 エイデンの黒髪が風になびき毛先が逆立ってきた。興奮してきた証拠だ。

 ジークはダメだと分かっていながらどうしても我慢ができず、もう一押ししてしまう悪い癖が出た。


「昨日は目を覚ますなり、『ピスチェ!』って大声で叫ばれていましたっけ」

「な、なんだと?!」

「まあ、周りは断罪すべき者の名前を呼んだくらいに思ったでしょうけど」

「そ、そうか」

「おお、愛しの君よ。君の名前を聞くのに十年もかかったぞ。貴族の令嬢ならどこかのパーティーで会えると思ったのに、なぜ君はいないのだ。おお、麗しの我が――ふんぎゃ」


 エイデンもやられっぱなしではない。

 悦に入って大袈裟な身振り手振りで舞台役者のように甘ったるいセリフを吐いているジークの膝の裏を蹴って、膝を曲げさせたのだ。

 石畳に膝を強打したジークは中腰で「いてててて」と膝を撫でながら、抗議の視線をエイデンに投げた。


「ふん。ほら行くぞ。この俺が授業に遅れてもよいのか?」

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