魔力判定
ジークの治癒魔法に包まれているエイデンは、記憶が作り出した世界の中を彷徨っていた。
(あ……れ? あそこで泣いている子どもは――俺か? ああそうだ。六歳の俺だ……)
無言で佇む神官たち。鎮痛な面持ちの両親。
六歳になる年の六月一日は特別な日だ。この先の人生の振り分けが行われる――魔力判定の日。
初めて連れてこられた大聖堂は、浜辺で拾った貝殻の内側のような輝きを持つ白い建物だった。
花と緑がふんだんに植えられている庭。
長い回廊が建物の外側を取り巻いている。
宮殿を出る際は、雲一つない晴天がめでたいだの、明けの鳥の鳴き声が長く縁起が良いだの、従者たちが口々に寿ぐ中、晴れがましい気持ちでいっぱいだった。
馬車に乗る前、柔らかい風が頬を撫でていき、これほど幸先の良い出発はないように思われた。
――それなのに。
判定結果が正式に伝えられる前に、神官と両親との会話を聞いてしまった。
その内容にショックを受け、従者を振り切って駆け出したエイデンは、闇雲に走っているうちに大聖堂の中庭に来ていた。
庭の中央の噴水の台座に、初めて見る少女が座っていた。貴族にしては珍しい茶色の髪と同じ色の瞳の持ち主だった。
(誰だろう? ここにいるということは貴族の令嬢のはずなのに。それなのに見覚えがないとはどういうことだ? パーティーではいつだって国中の貴族たちと挨拶と交わしている。年も近いし、何よりこんな可愛い子を忘れるはずがない)
少女は、黙ったまま自分を見つめているエイデンに、不思議そうな顔で、「誰? どうして泣いているの?」と尋ねた。
エイデンはそう問われて初めて涙を流していることに気が付いた。
そんな自分の迂闊さと恥ずかしさとで返事ができず、プイッと背中をむけてしまった。
今しがた盗み聞いた神官たちの言葉が蘇る。
「まあその。才能の発露がわずかばかり遅いだけだと思われますので――」
「そうですな。Aランクで問題ございますまい。成長するに連れて兄君に負けずとも劣らない御力を示されることでしょう」
「異論なし」
「異論なし」
「異論なし」
(……嘘だ。兄上に遠く及ばないことくらい分かっている。兄上は魔力判定の日を迎える前から大人顔負けの魔法を使っていた)
誰かが言っていた。
「ティモシー様は五歳で宮殿全体を覆ってしまわれるほどの雪を降らせたのですよ」
(五歳の俺にできたのは、ゴミのような粉雪を舞わせることくらいだった。分かっていた。兄上には到底及ばないことくらい分かっていた。でもまさかBランクだったなんて。王族の恥晒しだ。きっと父上もそう思っているに違いない。だからあんなため息を……。俺にだって兄上と同じ誇らしい血が流れているはずなのに。ううっ。くそー!)
少女はエイデンの素振りなど意に介さず話し始めた。
「私、『C』って言われたよ。ほとんど使えないんだって。魔法なんて別にいらないからいいけどね」
「え? C? いらないって、どういうこと?」
思わず振り返ったが、少女は屈託のない笑顔で、手のひらで水をパシャパシャと弾いている。
「ん? だって魔法なんか使えなくったって、何にも困らないもん」
(お、俺を励ましているのか? 自分の方が辛いだろうに。Cなんて……。この先どうするんだ?)
「殿下! こんなところで何をなさっているのです」
「……ちっ」
エイデンを見つけた従者は、胸を撫で下ろすとすぐにエイデンの腕をとった。その力強さから、二度と離さないという強い決意が伝わってくる。
「ささ。お早くお戻りを。陛下のご機嫌を損ねるような真似をなさってはなりません」
「分かった。でもその前に」
少女に名前を聞こうと思ったが、既に彼女の姿はなかった。
噴水は常にそうであったように、チョロチョロと控えめに規則正しく水を流している。
(まさか幻? いやいや言葉を交わしたではないか。まあ、そのうちどこかのパーティーで会えるだろう。そのときはしかと名前を聞くとしよう)
エイデンの瞼の下で眼球が激しく動いていた。
(そうだ名前。あの子の名前……。やっと見つけたんだ。見つけた)
「……殿下。鐘が鳴っても目を覚まされない場合は、強制的に覚醒させていただきますからね」
ジークは、エイデンの額にそっと手を当てて呟いた。
エイデンの閉じた瞼から一雫の涙が流れ出た。