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侮辱は許さん

「おっはよーございまーすっ!」


 ピスチェがニッコニコの笑顔で元気よく挨拶をしながら教室に入ったというのに、教室内の会話が一斉に止み、誰も彼もが彼女に鋭い視線を投げてよこした。


(うわあ。きっびしー。ああそっか。平民と同席するのも嫌なんだっけ。私とは口もききたくないってことだな)


 ピスチェの後から教室に入ってきた生徒が、知り合いを見つけて談笑を始めた。

 それを機に教室内は、ピスチェ入室以前の和やかな雰囲気を取り戻した。


(ほっほー。そうですか。そうですか)


 座席はあらかじめ指定されていた。入学前に、一年生全員の簡単なプロフィールが座席表や教師陣の紹介文などと共に配布されたのだ。


 カランカランと鐘の音が聞こえると皆着席し黙った。


(い、いよいよ始まる――)



 生徒たちが緊張して押し黙っているところに、長身の男性が入ってきた。

 男性は一通り生徒たちを眺めると、にっこり笑って口を開いた。


「やあ、一年生諸君。入学おめでとうございます。私は一年生を担当するアンリです。今日から一年間、君たちと共に学び成長していきたいと思います」



「よろしくお願いします」


 ピスチェ以外の全員が声を揃えて挨拶をした。ピスチェも一拍遅れて目礼した。


(え? そういう風に挨拶するものなの?)


「こちらこそよろしくお願いします。さて、それでは恒例のペア作りを始めましょうか。中等科のスクールメイト制度と同じです。この先、何かと助け合うことになりますからね。よく話し合って決めてください」



「はい!」


(う。また出遅れた。「はい」ね。「はい」と)


「ただ、実力差がつき過ぎるのはよくありませんから、Aランクの3人は、BランクかCランクと組んでくださいね。ええと、Cランクは二人……ですね。あ、内一人はまだでしたか……」



「え? Cランクが二人もいるの?」

「やだ。Cランクなんて久しぶりに聞いたんだけど」

「どうせあの忌みキャラでしょ」


 ヒソヒソと囁く声も集まれば騒がしく聞こえる。


「はい! はい! 私語は慎んでください。ええと、ピスチェ・クロヴィス」

「は? あ、はい!」

「君はCランクだから、Aランクのエイデン、コリーン、チェルリーの中からペアを決めてくださいね」

「は、はい!」


「先生! どうしてもAランク同士で組んでは駄目ですか? 私はエイデン様と組みたいのですが」


 ゆるいウエーブの金髪に薄い緑の瞳。口を尖らせてはいるが美少女であることは一目でわかる。


「君はチェルリーでしたね。駄目です。君はBランクかCとランクとペアを作ってください」

「む!」


(うっわー。先生を睨みつけてる! よっぽどエイデンっていう子とペアになりたかったんだ。ん? エイデン? どっかで聞いたことがあるような)


「お、俺が――」

「あー。皆さん。すみません。エイデン様はBランクの私ジークとペアが決まりましたので」


 発言を遮られたエイデンが怒りに震えた形相でジークを睨みつけた。


「ええー!」

「そんなー!」


 女子たちが不満げにジークに抗議の眼差しを向けている。


(じゃ、私は、あのチェルリーっていう子か、えっと、コリーンだっけ? どっちかと組む訳ね。チェルリーは面倒臭そうだからな。残るはコリーンか)


「では、私がピスチェと組みますわ」


(お、おおー! こっちもすごい美人さんだー!)


 静かな口調でキッパリと言い切ったコリーンは、漆黒のツヤツヤな黒髪と、これまた黒い瞳が印象的な美少女だった。


「よ、よろしく。コリーン――さん」

「コリーンで結構よ」

「こ、コリーン!」



「ええ! チャンスだと思ったのになー」

「ああ。先に申し込むんだった」


 今度は男子が落胆していた。


「うん、いいですね。その調子でペアを作ってくださいね。次の鐘が鳴ったらホールに集合ですから、あと十分くらい時間があります。それまでよく話し合ってください。では私は先にホールで式典の準備をしていますから、遅れないように頼みますよ」



「はい!」


(よし! 今度はピッタリ合った!)


 ピスチェは小さくガッツポーズをした。





 アンリが教室を出ていくと、隣の席の男子が立ち上がってピスチェを見下ろした。

 見覚えのある嫌な目つきだった。


「なんだよクロヴィスって。そんな家名、初めて聞いたな。あ、いっけね。家の名前じゃな

かったな。農場の名前だっけか?」

「何が言いたいの?」


 近くの男子が面白半分に止めに入る。


「おいおい、やめとけ。平民みたいな忌まわしい存在に話しかけるなよ」


 ピスチェも立ち上がって二人を睨み返した。



「おい! よすのだ」


 ジークの制止を振り切ってエイデンが叫んだが、男子生徒には届かない。



「何だその顔は? おお怖い怖い。王都の外で暮らすと、さすがの侯爵家の血も錆び付いてお前の頭みたいに茶色くなるってか? やっぱ忌みキャラじゃん!」


 それを聞いたピスチェの顔から表情が消えた。


「シュタイン侯爵家の令嬢っていやあ、限りなくSランクに近いって言われていたらしいな。なんでも伝説の赤髪に近いピンクだったそうじゃないか。でもま、今じゃ赤錆みたいになってんだろうけどな」



「よせと言ってる!」


 エイデンは我慢できず、睨み合う二人に近付いていく。


「お母さん――お母様は関係ないでしょ。どうして私じゃなくてお母様を侮辱するの! それ以上は許さないんだから!」


「へええ? 許さない? これ以上言うとどうなるって?」


「こうなるんだ、よっ!」


 ピスチェは目の前にある机に手を着いて勢いよく両足を浮かせた。男子生徒までは一メートル程の距離。

 目を剥いた男子生徒の顔を目掛けて両足を思いっきり突き出す。


 命中――すると思った瞬間、横から違う顔が入ってきた。


 ピスチェの飛び蹴りをくらって吹っ飛んだのはエイデンだった。


「きゃあー!」

「いやあー!」


 教室中に女子たちの悲鳴が響き渡る中、ジークだけが素早くエイデンの元へ駆けつけ、冷静に状況把握を行った。

 彼の口元に顔を近づけ呼吸を確認し、呼びかけへの応答を確かめている。


「はあ。初日から失神なんて……。こんな失態がティモシー様に知られたら、あなたは……。まあ、私を責めるんでしょうねえ。はあ」


 ジークがエイデンに何らかの処置を始めたことは、魔法に疎いピスチェにも分かった。何しろエイデンの全身が青白い光に包まれているのだ。


 直撃されるはずだった男子生徒は、エイデンが身代わりになった事実を受け止めきれず、ガタガタと震えている。


(嘘でしょう!? なんであのタイミングで割り込んでくる訳? なんで? ……ってか、私、大丈夫かな? 完全にやっちゃったよな。あ、あの人の顔に、モロ入った気がするんだけど)


「あ、あのう。大丈夫ですか? 誰か呼んできましょうか?」


 エイデンに覆いかぶさるように膝立ちしているジークの後ろから、ピスチェが声をかけると、ジークの肩がピクリと強張った。


「何だと? 誰かを呼んでくるだと?」


 ジークは立ち上がると、ピスチェを冷たい視線で黙らせ、次いでエイデンに注がれている視線を全て絡め取るかのように教室中を見回した。


「お静かに!」


 ジークはエイデンから自身に生徒たちの注目を移し替えた。


「今ばかりは殿下の従者として皆様にお願い申し上げたく」


 その言葉に教室中が静まりかえった。「ゴクリ」と唾を飲み込む者もいる。


「入学早々アクシデント発生とはいただけません。殿下にとっても皆様にとっても」


 ジークは間をおき、「そうでしょう? 都合悪いでしょう?」と無言で畳み掛けた。


「殿下は間も無くお目覚めになります。そうすれば全て元通りです。いいですか。先生が出ていかれ、ペア作りも完了。移動まであと二分少々というところでしょうか。鐘が鳴ったらホールに移動し、滞りなく式典を終わらせる。よろしいですね。他言無用など言うまでもないと思いますが」


 言葉を発する者はいない。


「ああ、そういう訳ですから、ペアになっていない人はあと一分以内に作ってくださいね。では」


 この状況下、エイデンを支えるジークの言葉は王族からの指示に等しい。ペアを決めかねていた者たちは男子も女子も声をかけまくってペアを作っていった。

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